ギルドスタッフ ヒーの癖
ヒーからの受付説明が終わり、しばらくしても当然のように客は来ず、俺達はまた暇な時間を過ごしていた。
「なぁヒー?」
「はい」
ヒーは相変わらず無言で受付を続け、何も話しかけてこない。今まで常に動き回る仕事をしてきた俺には、この時間はとても苦痛だった。そこで、俺から話題をふる事にした。
「ヒーはいつも、リリアとはどんな話しすんだ?」
ヒーは俺の質問が不思議だったのか、首を小さく傾け、困ったような表情を見せた。
「普通の姉妹の会話ですよ? 何故です?」
話し掛けてこないが、こちらから話し掛ければ応える。あれ? もしかしてヒーって、俺の事嫌いなの?
「ヒー達って姉妹なのに、敬語で話すじゃん。だからちょっと気になって……」
その言葉に、ヒーは話し掛けられた犬のように首をコロンと傾げた。
「何故と言われても……返答に困ります。気が付いたらこうだったとしか、言いようがありません」
二人は初めて会ったときから敬語で話していた。そのせいか、今までほとんど気になるような事は無かった。暇つぶしに見つけた話題で、今さらながら俺も不思議に思った。
「まぁそうだよな? 喋り方は人それぞれだもんな? じゃあ、話す内容は?」
これには興味があったのか、今度は散歩と言われた犬のように、パッとヒーの表情が明るくなった。
「ここのケーキが美味しいとか、この服が良いとかです」
ヒーの表情を見て期待したが、とても普通だ。……そりゃそうだよね。
「まぁ普通だな。……料理とかは一緒にしないのか?」
「はい。……でも、言われてみれば、姉妹で敬語は変ですね? う~ん……どうすればいいですか?」
大きく表情が変わる事は無いが、よく見ていればコロコロ表情が変わるのが分かる。以外とヒーは表情が豊かなのかもしれない。……そうなの?
「俺に聞かれても困るわ。その敬語やめてみれば?」
「……敬語ですか?」
また首を小さく傾げた。これはヒーの癖なのかもしれない。でも、この仕草が意外と可愛い。
「そう。ちょっと俺に、敬語使わないで喋ってみて?」
これには驚いたのか、鳥のように首がパッと動いて俺を見た。
「分かりました。…………こんな感じ? ですか? ……何かしっくりこないですね……う~ん」
意外な事で苦戦するヒーに、親しみを感じ、一気に好感度が上がった。昔からヒーは、俺でも近寄りがたいところがあった。常に表情を変えず無口で、まるで氷の人形のようだった。そのイメージが一気に変わった。
「今日は買い物に行かない? ……う~ん……難しいですね……」
でも真面目なのは変わらない。こんなんでそんなに悩む?
「ごめんヒー。無理しなくていいよ。ちょっとづつ敬語減らしていこうか」
「そうですね。無理は禁物でした。しかし、喋り方一つ変えるのが、こんなにも難しいとは思いませんでした」
まぁ普通はそうだろう。長年それで生きて来たのだから、それを急に変えるとなると至難だと思う。
「ヒーは本とか読むのか?」
「はい。ほとんどが参考書ですが」
だろうね。
「小説とかは?」
「あまり読まないです」
ですよね~
「好きな主人公とかいないの?」
「特にはいません」
空想や想像の世界に、少しくらいは興味があると思っていたが、そうでは無いらしい。っていうか、全く会話が続かない! ここは一度喋り方に話題を戻そう。
「そうか。誰か参考になる人でもいればいいんだけどな?」
「参考? ですか?」
突然話題が戻ったので、ヒーはまた首を傾げた。これだけ動かす癖ならば、とっくに知っていてもおかしくないが、ヒーとこうして二人っきりで会話すること事態初めてかもしれない。
「そう。その人の真似すんだよ」
「真似ですか? 何の真似ですか?」
あっ、まだヒーは話を戻したことに気付いていない。俺も焦り過ぎた。
「ごめんごめん。さっきの敬語の話。急に変えるのは難しいからさ、誰かの喋り方真似すんだよ。そしたら結構楽かもしれないぞ?」
「なるほど」
多分今のなるほどは、そっちの話ね、のなるほどだろうが、ヒーは行ったり来たりする俺の話し方に、文句の一つも言わない。本当に優しい子だ。
「では、リーパーの真似などどうですか?」
何で? 普通はリリアじゃないの? あ、リリアも敬語だから駄目か。
「俺は駄目だよ。ヒーのイメージが台無しになるだろ?」
イメージもそうだが、絶対リリアに怒られる。
「そういうものですか? ますます難しいですね。自分のイメージを守りつつ、言葉遣いを変える……う~ん」
真面目過ぎる性格が、こんなにも面倒臭いものなのかと思ってしまった。この話題は失敗だった。
「悪かった。この話は無しにしよう。ヒーはこのままでいいよ」
「そうですか? 努力は続けてみます」
努力するんだ? 止めた方が良いような気もする……
「ゆっくりだぞ? いきなり変えんなよ?」
ヒーの場合、いきなり口調が変わりそうで、危険な臭いがプンプンする。
「分かりました。いえ、そうしよう!」
「もう口調変えんの禁止ね!」
そのあとしばらく、ヒーが変な口調にならないよう語りかけず、俺は静かに教本を読みながら受付を続けた。その間もヒーは、ぶつぶつと首を傾げながら喋り方の練習をしていた。
本などほとんど読まない俺だったが、自分の業務と関係があると思うと、教本を熟読してしまい、空腹に昼だと気付くまで熱中してしまった。




