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ギルドスタッフ クレア

 リリアが鍵を開け本日の営業をが始まると、昨日と同じように倉庫へと行き、商品用の薬の調合から、俺の本日の仕事が始まった。今日はリリアの手元だ。

「調合って、毎日してるのか?」

「えぇ、在庫を切らさないようにしなくてはなりませんから」

「在庫って……そんなに売れるのか、コレ? そうは見えないけど……」

 高価でもなく、どこにでもありそうな商品を見て、こんな田舎のギルドで、そんなに儲けを生めるのか疑問に思った。

「たまに大手の注文があるんですよ」

「大手って?」

「自警団や、王国からですよ」

 ハンターギルドだから、ハンターだけだと思っていたが、そう言われるとそうだと思った。

「へぇ~。ハンターだけじゃないんだ? ……そうだよな、良いやつあるもんな」

 リリアに言われて気付いたが、確かに色々と使い勝手の良い物はある。例えば、いま作っている狼煙花火は、相当便利だ。導火線に火を点けると、打ち上げ花火のように高く打ち上がり、鮮やかな煙と大きな音を出す。色も数種類あり、ハンター同士の合図に使われる。中でも黒は、救助要請に使われ、過去に何度も危機を救われた経験がある。

「えぇ。でも、それはたまにですけど。一番の理由は、特にする事が無いからです」

 え? …………え?

「何ですか、その顔は?」

 え? 何も無いの? 何言ってんの? この子サブマスターだよね?

「いや、それ言っちゃうの? もっとやる事あんじゃないの?」

「ヒーに裏方を任せると、その日のうちに全て終わらせてしまうんですよ。だから朝一は、特にやる事が無いんですよ」

 あのヒーならそうだろう。例え次の日に仕事が無くても、ヒーならお構い無しに与えられた仕事をこなすだろう。俺が大工の見習いをしていた時は、「明日の仕事を残しておけ!」と言われた事がある。職人を遊ばせたくないからだ。でもこの場合、どっちが正解なのだろう? ……どうでもいいや。

「よく出来た妹持ったな、お前?」

「はい。私に似て、とても優秀な妹です」

「威張るなよ! お前、楽し過ぎじゃねぇか?」

 妹を褒められたリリアは、自慢するように誇らし気だ。

「それでも、暇なのは朝だけですよ? もう少しすれば、忙しくなりますよ」

 昨日見た限りでは、とてもそうは思えない。……が、それでもサブマスターがそう言うのなら、そうなのだろう。

「昨日みたく、キールが持ってくる荷物の搬入の手伝いとかか?」

「昨日はたまたまキールが遅くなっただけですよ。彼ならすでにもう帰りましたよ」

「そうなの? いつ?」

「私達が掃除をしているときですよ」

 全く気が付かなかった。ギルドにいても、まだまだ俺が気付いていない仕事があるのだと、驚いた。

「そうだったのか。気が付かなかったわ……」

 ――その後も二人でいくつかの調合をしながら時間を潰すと、リリアは外回りに行くと言い、俺はヒーに預けられ、受付をする事になった。

 受付に座りジャンナの方を見ても、まだ客は来ておらず、フィリアがのんびりしているのを見て、リリアの言っていた「暇なのは朝だけです」の意味を何となく理解した。

 そんな客のいないギルド内でも、ヒーはしっかりとした姿勢で業務をこなしている。凄いわこの子。

「なぁヒー?」

「はい。どうしました?」

 横に座る俺に、顔を少しだけ向け、ヒーは応える。真面目過ぎじゃない?

「いつも、どれくらいしたら客来んの?」

「昼時です。それまでは、いつもこんな感じです」

 いつもこんな口調だが、受付に座り、業務中のヒーの口調は、普段と違うように感じる。これがヒーの仕事モードなのだろう。

「うちの方は?」

「受付も同じです」

「ふ~ん」

 ヒーはだらけている俺に、何も注意してこないが、話し掛けても来ない。ただ静かに、客が来るのを待っている。

「……なぁヒー?」

「はい」

 だらけている新人の後輩から声を掛けられても、ヒーは嫌な顔一つ見せず返事をする。   

「暇じゃないか?」

「……えぇ。暇です」

 やっぱりそうだった! ヒーでも暇という感覚を持ち合わせていた! ベテラン受付も、暇なものは暇なようだ。

「やっぱり? ヒーはこれで良いと思うか?」

「どういう意味ですか?」

 首を傾げ、俺の目を見るヒーが、とても可愛く見えた。ヒーってやっぱり可愛い。

「もっとデカイ町のギルドみたく、たくさんハンターが来るとかさぁ、なんかこう、もうちょっと客が増えないかな~、とか思わない?」

 それを聞いてヒーは、僅かに目を大きく開いた。

「忙しいより、私は暇な方が好きです」

 怒った? まさか俺の質問で、ヒーの癇に障った? 上手く誤魔化さなければ。

「い、いや、確かにそうだけどさぁ、受付にやり甲斐感じる?」

 その質問に、今度はヒーは少しだけ笑みを見せた気がした。もっと表情変化させよう? 感情読みづらくて大変だわ。

「私達が暇という事は、それだけ平和、という事ですから、それで十分です」

 良かった~。怒ってない。

「ホント真面目だな。俺なんて暇すぎて、髪の毛抜けそうだわ」

 ヒーは、今度こそはしっかりと笑みを見せた。俺、なんか面白い事言った?

「私も最初は、今のリーパーと同じように、髪の毛が抜ける思いでした。ですが、常に受付がいるという事の大切さを学んだお陰で、この時間も苦にはならなくなりました」

 ヒーもそれなりに人生を経験しているようだ。人に歴史ありだ。

「受付の大切さね~。……難しいな」

「これも経験です。ハンターが動の仕事なら、私たちの仕事は静です。どんな仕事にも、必ず辛い作業はあるはずです」

 優しくなだめるように言うヒーが、俺より年上に見えた。

「確かにな。まぁ、逆に言えば、そこをどうこなすかが仕事の肝って事か」

「はい。受付は、待つのも仕事と覚えて下さい」

「了解」

 ヒーは嫌味や冗談を言わない。そのため、ヒーからの教えは、ある意味リリアより厳しい。

 しばらくそんなヒーの横で、大人しく受付の何たるかを考えながら従事するが、何とも辛い。特にやっと来たと思った客が、ジャンナの方へばかり行き、その都度「ようこそシェオールギルドへ」と、声を出すのが苦痛だ。だが、待つことしばらくして、やっと本日最初のお客様が来た。

「ようこそシェオールギルドへ」

 と、ヒーを見習い声を出すが、やってきた相手は、昨日も来たゴンザレスとサイモン、それとクレアだった。

「リーパー。本当にギルドで働いてたのか?」

 最初に受付に来たのはクレアだった。

 赤毛のロングヘアーに、対人用の白銀の鎧。その上には髪の色に合わせるような赤いマント。顔は美人で優しい声をしている。中型の狩猟剣を背負い、腰にも普通の剣を装備していて、見た目は格好良い女騎士だが、手に抱えるフルフェイスの兜に髪を収め被ると、亡霊ナイトのような風貌になり、そこから覗く目が怖い。そんな見た目から、戦慄の乙女という字名がある。俺も初めてアルカナギルドでクレアを見たとき、敵襲かと思った。

 クレアは、元は冒険者を目指していたようだったが、何故かハンターになったらしい。その名残から、防具は対人用の物を愛用している。

「おう、久しぶり。そうなんだ、昨日から働き始めた。よろしく頼むよ」

「ハンターを辞めてもギルドとは、余程の変わり者だな? どうだ、今度一緒にハントに行かないか?」

 クレアとは、今まで一度も一緒にハントに行ったことは無い。だって見た目が怖いじゃん。クレアと一緒にハントに行ったら、モンスターではなく、アンデッドに襲われそうじゃん。

「冗談。まともに武器も振るえねぇよ」

「小型の獲物に変えればいいだろ? ライセンスはまだ持っているんだろ?」

「あるけど。行っても途中でぎっくり腰になって終わりだよ」

 ハンターの引退と言っても、ライセンスを剥奪されるわけではない。ハンターの引退は、本人が勝手に決めて隠居するだけで、再びハンターとして活躍する者も少なくない。

「それより、今日はどこに行くんだ?」

「さぁな。今日はゴンザレス達の同伴だ。おい! 決まったか!」

 受付横に設置されている掲示板で、仕事を探すゴンザレス達に、クレアは叫んだ。

 ギルドで仕事を貰うには、先ずギルド内の掲示板で、自身がこなせそうな依頼を選び、それを受付に持って行き手続きする。手続きには、そのうちの一名がリーダーとして依頼を受ける。この時、リーダーのランクにより受けられる依頼難度の上限が決まる。

 しばらく三人は、掲示板の前であれやこれや言いながら悩み、ようやく受付へ持って来た。

「これで頼む」

「かしこまりました。リーダーはゴンザレス様でよろしいですか?」

「おう」

「では、ライセンスの御提出と、こちらの受注書に必要事項をご記入下さい」

 ヒーはゴンザレスに受注書類を渡し、ライセンスの確認を始めた。

 何度もここで依頼をこなすゴンザレスのライセンスだが、ヒーは真面目に一つ一つ個人情報と照らし合わせ確認する。

 その姿を見て、真面目だな~と思うより、これは仕事なのだと痛感させられた。

 ゴンザレスが書類を書き終えると、ヒーは再び一つ一つペンでチェックを入れ、素早く確認していく。そのヒーを手伝うためというわけでもないが、その間、ゴンザレス達が暇をしないよう声を掛ける事にした。

「昨日に続いて今日もとは、歳なんだから気を付けろよ?」

「これもシェオールの為だ。なんてな」

 ゴンザレスは口を開けて笑った。元気な親父だ。

「私が誘ったんですよ。久しぶりに三人で行こうと」

 サイモンが言う。サイモンは、今日も”紳士“だ。

「大熊猫の狩猟に行くのか? それならクレアもいるんだし、Sランクのクエストでも受ければいいべ?」

「まだ引退したくないからな」

 シェオールのハンターのうち、Aランク以上はクレアだけだ。そのため、Sランクを受注できるのはクレアだけだ。

「では、同伴する、クレア様、サイモン様、ライセンスを御提出願います」

 もうチェックは終わったのか、ヒーは手続きを続ける。早い。ここまで早い受付は、そうそういない。

 クレア達はライセンスを提出した。

 自分の時もそうだったが、分かっていても言われるまでライセンスを出さない姿に、そういえばライセンスは貴重なものであった事を思い出した。

 ハンターにとってライセンスは、命の次に大切なものであり、紛失する事などあり得ない。故にハンターは必要以上にライセンスを見せたがらない。お調子者や新人がよくひけらかすが、腕のいい者ほど大切に持ち歩いている。

「ゴンザレス様、クレア様、サイモン様。ご本人様と確認致しました。ライセンスをお返しします」

 ヒーの手際の良い確認で、ゴンザレス達を待たせる事なく手続きが進んでいく。

「では、こちらの書類を、解体屋の方へお持ち下さい」

 解体屋とは、狩猟や採取により、獲物の運搬が必要な場合に同伴してくれるポーターの事だ。運搬から加工までをしてくれる業者で、ギルドと提携されている。

 解体屋は依頼を受けたハンターと共にそのエリアまで行き、狩猟が終わると獲物を運搬するほか、怪我などの事故にあったハンターも運搬する。しかし解体屋に運ばれるハンターのほとんどが、引退や死亡していて、死体ばかり運ぶものだから”葬儀屋“とハンター達から揶揄されている。

「狩猟期間は三日となります。それ以内にお戻りにならなければ、依頼の破棄になります。また、ハンター様の怪我や死亡、過失による損害は、ギルドに責任を問えないのでご注意下さい」

「おう」

 依頼にはそれぞれ期日が決まっており、その期間が過ぎると依頼は破棄され、再びギルドの掲示板に張り出される。解体屋もその期間だけの同伴となる。

「何かご質問はありますか?」

「いや、これでいい」

「それでは受注を認めます」

 ヒーはそう言うと、依頼書にギルドの判子をドンッと力強く押し、受付の小さな鐘を鳴らした。

 カランカランという音がギルド内に響き渡ると、その音を聞いたジャンナの客たちから「頑張れよ!」の歓声が飛ぶ。それに対しゴンザレス達は、手を上げ応える。

 これはハンターの無事を祈願して行われる儀式のようなもので、この姿にたくさんの者がハンターに憧れる。

 颯爽とハントに向かう後姿に、元ハンターの俺でさえカッコいいと思ってしまった。ところが、

「わりぃ。傷薬と狼煙花火くれ」

 と、ゴンザレスが商品の購入を求めて戻って来た。

「締まらねぇなお前」

 それでも買い物を済ませ、改めてハントに向かうゴンザレスの後姿は、カッコ良かった。

  


  

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