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鬼時々狐

 恐怖とは人間以外の生物にもある感情だ。恐怖のせいで行動が制限されることがあるが、仮に恐怖がなければ生物は生きながらえることが出来ないだろう。なぜなら恐怖という感情は生存欲そのものだからだ。

 幼いころの深水解は、それを他人の視線に感じていた。深水の流派の陰陽師は高い妖気を活かし、妖怪を討伐している。特に頭首の息子である解は陰陽師なのにもかかわらず妖気が少ない。妖怪は見える程度には備わっているのだが、それ以外は何もない。

『出来損ない』

 彼は深水家の門下生からそんな視線で見つめられていた。呪符を持ち、詠唱しても発動が遅い。鬼を召喚しても軟弱なものしか出てこない。

 そんな中、召喚した鬼は解に告げる。

「鬼は陰陽師よりも妖気が少ない。解は鬼と同じくらいの妖気しか扱えないんだな」

 彼は鬼に対して、渇望した犬のように噛みつき、問いかける。

「妖怪の体は妖気で出来ているんじゃないのか?」

 幼いながら、深水家の人間である彼は知っていた。一つ下の弟や生まれたばかりの妹は妖気に満ちていた。彼らに囲まれ、劣等感を抱きかかえていたが、その言葉で彼は安心した。

「鬼は妖怪の中でも妖気が少ない方なんだよ」

「じゃあ、どうして人間に取って鬼が脅威なんだ? 他の妖怪は出てきたとしてもすぐ倒せるのに、鬼に関しては、苦戦を強いられる。それはどういった理由で?」

 その言葉から察するに、解は幼い頃から知的だった。陰陽師の式神となっている鬼達は、解のその愚直なまでの知識欲が好きだったろう。

「鬼以外の妖怪が織りなす妖術を知っていれば、陰陽師は対応出来るだろう? しかし、鬼と言うのは他の妖怪を凌駕する力があるが、要因は身体能力だ」

 解は一度も妖怪と渡り合ったことがないが、知識としては知っている。

「深水家が式神に鬼を採用しているのはそれが理由だ。少ない妖気で、強さを発揮できる。しかし、召喚術を主とする浅江家は鬼以外にも使っているだろう? それは妖怪を召喚するだけで共食いをしてくれるからな」

 彼の妖気が途切れ、式神が消えてしまった。

「僕は、鬼になればいいのか? つまり、広部と同じ戦い方か?」

 広部、それは陰陽師の四代勢力のうちの一家で、体内に妖気を循環させる近接戦闘を行うことに特価しているところだ。

 その日以来、彼は努力の方向を変えた。門下生に頼み込み、式神を見せてもらった。その式神達はそんな解を好きだった。門下生達は、式神のモチベーションが上がるから、解と式神の対話を好意的に思っていた為、快く承諾した。

 解はある日、自身の最大の妖気を体内に循環させ、体力、筋力などを上昇させた。ただ、身体能力が増加しても、体の使い方が悪ければ戦闘には使えない。その後、敢えて初心に帰り、体を鍛えた。走り込みに柔軟、筋トレにサーキットトレーニング。解は才能こそはなかったが、努力の仕方は上手だった。

 そして、小学四年生の夏休み。彼は青森県にある広部家へと新幹線で行き、複数の技術を盗んできた。



 午後三時半。学校が放課するなり、舞は荷物をまとめ、家に帰る。彼女の中学校は部活動への参加を義務付けてない。故に、彼女はまっすぐ帰宅をする。

「舞、これからカラオケ行くんだけど…」

 彼女の友人は遊びに誘うが、舞はごめんと告げる。

「今日、道場なの」

 彼女は家に走って帰る。

 舞は授業を受けている最中に、解が出した宿題の答えを見つけたのだ。それを忘れる前に解に伝えようとしたのだ。

 彼女は解の部屋の襖をノックする。

「はーい。誰?」

「にーにー!」

 彼女は猫なで声を出し、解の部屋に入る。解の格好は、パーカーを着衣しているのに下がトランクスだった。足は筋肉質でありながら細身を帯びていて美しいのにもかかわらず、真っ黒に浮かぶ毛がそれを醜く映していた。その状態で、アイスの棒を咥え、コントローラーを持ち、テレビゲームをプレイしていた。そのだらけた姿に妹である舞もだらけてしまい、解の背中にのしかかりゲーム画面を見つめる。

「なんのゲームやってるの?」

「メタルギアソリッド、ファントムペイン」

 彼は淡々と答え、倒したアナログスティックを元の位置に戻し、セレクトボタンを押してポース画面にした。その隙に、舞は解の脛と腿に生えている毛を犬でも撫でるかのように擦った。

「珍しくノックしてきたんだから、何かあるんでしょ? それと脛毛をワシャワシャするな」

 解はコントローラーを置き、アイスの棒をゴミ箱に投げ入れる。

「そうそう、忘れてた。にーにーの怠けモードが移ったんだよ」

 彼女は解の肩から手を外し、真横に座る。解は舞に向き合い、正座をした。舞もそれに合わせて正座する。

「にーにーはゲームしていたけど、学校早く終わったの?」

「いいや、帰宅した直後にプレスリ点けただけだよ。珍しくノックをしたけど、答えは見つかったか?」

 舞は手をぽんと叩く。

「そうだ、見つかったんだよ」

 解は立ち上がり、タンスからスポーツ用の短パンを出し、着衣した。

「どうしたの?」

「舞はお母さんとそっくりで、言葉での説明が下手っぴだから、実戦形式で聞こうかなって思って」

 解の笑顔に舞は首を縮めた。

「じゃあ、道場行こうか。学校が終わったばかりだから未だ空いていると思うんだよね」

 彼は木刀を持ち、舞に着替えるように言う。

「私は式神を使うからいい」

「いいや、念のため着替えて。制服が汚れたら、困るでしょ?」

「そんなこと言って、にーにーは私の着替え見たいだけでしょう」

 そう言いながらも、舞は学校指定のジャージに着替えた。

「行こうか。今日は本気だすぞ」

 道場には三人の門下生が妖気を錬る練習をしていた。彼らを横目に解と舞は向き合う。

「ルールはお兄ちゃんが決めるぞ。二分間、お兄ちゃんは舞に攻撃を仕掛ける。それを耐えるんだ。その間、お兄ちゃんを倒してもいいよ」

 解はスマホを取り出し、タイマーを設定する。

「五秒経ったら始めるよ」

 彼は壁際にそれを置き、タイマーを付け、カウントを始め、最後の数字で突撃する。舞は即座に詠唱をして式神を出し、舞を守るように木刀を双剣で受け止めた。しかし、解は息を鋭く吹き出すと式神の剣は折れ、首までに刃がたどり着き、両断した。

「我は求め 放つ 爆炎 となれ」

 舞は詠唱を即座に行い、解へと妖気の爆発を浴びせるが、その妖気を木刀で叩き斬った。

「氷壁!」

 詠唱を短縮し、妖気の壁を作り出す。その壁は妖気を弾く能力があるため、解は攻撃の手を一時的に止める。それを機に、舞は詠唱をして鬼を出し、今度は止まない連続攻撃を繰り出させた。

 解はそれらの攻撃を全て紙一重で回避する。そして、隙きを見つけて木刀の先端を式神の喉に突き刺し、踏み込んだ。その威力に式神は飛び跳ね転がる。舞は妖気の伝達を切り、「寿」と言い、再び召喚をした。

「なるほど!」

 解は出てきた式神の胴を両断する。

「迅雷!」

 舞の札から一筋の妖気が射出され、解に触れそうになるも、彼は下から斬撃をして光を屈折させる。

「妖気の多さを利用した」

 解は舞の懐に潜り込み、

「詠唱短縮か!」

 木刀を切り上げた。それを見計らっていたのか、舞は「氷壁」と言い、妖気の壁を作る。それと木刀が触れた瞬間、ガラスが砕けたような音が鳴るも、アニメソングが道場の中を反響する。解は木刀を肩に担ぎ、スマホへと手を伸ばし、音楽を消してポケットに入れる。

「今ので、私の出した答えがわかったの?」

「なんとなくね。舞は弱さを“見せない”ということが正解だと導き出したんだろう? 敵を知り己を知れば百戦危うからず。自分の弱点をしっかりと把握して、それを実戦で補ったんだろう?」

 解の言葉に舞は頷いた。

「そう。まさにそれ。今日国語の授業でそういうことわざが出てね。それだって思ったの。にーにーエスパー」

 舞は札をポケットへと入れる。

「舞は式神を出しながら妖術を扱うことが苦手だな。けど、妖気には富んでいる。それを活かして詠唱短縮をしている。量よりも、質と速度を意識した」

 解は舞の頭へと手を置きグラグラと揺らす。

「ただ、式神を使い捨てにする戦い方は評価できないね。これからの課題は妖術と召喚術の併用だ。まずは弱点と感じる部分が失くなるまで努力しようか。どうしてもできないと判断したら、別の所を良くすればいい」

 彼のアドバイスに舞はコクリと頷いた。

「にーにーはそうしていたんだね?」

「妖気の上限を上げる努力はできないからね。ただ、舞ができないってなら、長狭か浅江の何方かに行って、妖術と召喚術の何方かを強化してこい」

 彼は部屋へと足を戻す。

「兄さん!」

 光は解に近づき、指を向ける。

「俺は、兄さんよりも弱くはない」

「見つけたのか?」

 解は木刀を肩から外し、力の抜けた構え方をする。

「俺なりの、な。我は求め 矛となり盾となる 羅 現れよ」

 彼は詠唱をして、大剣を持つ式神を出した。その式神を見た解は首を横に振った。

「嫌だね。光は未だ、答えを見つけてないだろ?」

 彼の言葉に光は睨みつける。

「いいや! 見つけた!」

「――もし! 光が答えを見つける事ができていなかったら、僕は君を叩きのめす。でも、答えが見つかっているのなら、敬意を称して全力で当たろう」

 彼の言葉に光の目は鋭くなる。

「我は求め 欲する 迅雷 となれ」

 光は詠唱をして札に妖気を溜める。そして、彼の式神は解へと斬り掛かる。解はその大剣へと木刀を叩きつける。

「我は求め 与える 爆炎 となれ」

 光の詠唱と同時に大剣が爆発し、解はバックステップでそれを避ける。

「放つ 迅雷」

 彼は詠唱を短縮して砲撃を撃ちだした。

「なるほど。でも、甘い!」

 解は声を張りながら木刀を斬り上げた。すると、光が放った妖気が掻き消えた。

「なんだ?」

 先まで弾いていただけなのに、妖気が消えた。それを門下生や光は驚いていた。

 解は式神へと連続攻撃をするも、式神は大剣で防御する。

「我は求め 与える 爆炎 となれ」

 式神の大剣は爆発し、再び解を遠ざける。

「我は求め 放つ 迅雷 となれ」

 光の詠唱は一筋の妖気を打ち出すもの。しかし、彼の札から出た妖気は複数個あり、小さいものが連なっていた。

「連射かよ」

 解は無造作に飛び散る妖気を目で捉え、木刀を振り、全て叩き落とした。その間、光の式神は解に攻撃をしていたが、それらの攻撃は妖気と同時に切り離していた。

「我は求め 欲する 迅雷 となれ」

 詠唱中は式神が解と交戦して、詠唱の邪魔をされないようにしている。しかし、光の読みが甘かった。詠唱が終わった段階で、式神の胴体が斬られいてた。

「我は求め 放つ…」

 詠唱中、解は接近をした。光はそれをギリギリまで引き付けて、妖術を放つつもりだった。そして解は詠唱が終わる前に叩き切るつもりだった。

「爆炎となれ!」

 光は詠唱を一部区切らずに読み、花びらの様に広がる妖気を撃ち放った。しかし、解はそれを予測していたようで、体を逸らし、床すれすれに背中を滑らせる。腹筋を使い、起き上がり、彼は体を回転させて木刀を光の足に叩き付けた。

 次の瞬間、解のスマートフォンからアニメソングがオルゴールのような音で鳴り響いた。

「電話だ」

 解は光の腹へと木刀の先端で突き飛ばす。光は転がり、うつ伏せになって、背中を抑えた。解は電話を取る。

「お父さん。仕事?」

「ああ。仕事だ。今俺は会社にいるから向かえない」

 彼ら陰陽師は討伐した分、国からお金が支給される。その額は多大だが、不定期なもので、彼らの父は不動産で働いている。

「場所は?」



 解は顎紐の付いたヘルメットを被り、原動機付自転車にまたがった。

「じゃあ、行ってくるから」

 舞は駄々こねて解の袖を引っ張る。

「連れてって連れてって連れてって」

「おい、原付は二人乗り駄目なんだって何度言わせれば判るんだ。何回かおまわりさんに怒られただろ」

 彼は背中にぶら下げたバットケースを背負い直し、舞に伝える。

「車で行こうよ!」

「免許ねーんだって」

「運転したじゃん!」

「だからそれもおまわりさんに怒られただろうが」

「二度ある事は三度ある!」

「三度も会ってたまるか」

 彼らの論争を横目に、門下生の一人が車なら有りますよ。という。

「よし。にーにー。それで行こう!」

「俺はこいつで行くよ」

 彼はエンジンを蒸かし、音を鳴らしてから出発した。



 解は、父から聞いた現場に向かう。スクランブル交差点に警察が居て、人を誘導していた。

「こんにちは」

 彼はパトカーの隣にスクーターを止め、ヘルメットを外す。

「君は?」

「陰陽師です」

 その警察はサングラスのような眼鏡を掛けているが、それは妖怪を目で捉えることが出来ない人間にも、多少は見えるようにしてくれる機能がある。

「そうか…。あれはなんて妖怪か判るか?」

 警察が指をさす方向には人間の様に二足歩行な狐が立っていた。周りのビルの窓ガラスが割れていたり、標識が捻じれ曲がっていたりと、被害が確認できた。

「妖狐でしょうね」

 妖狐、その名の通り狐の妖怪であるが、妖気が豊富に備わっており、妖術を扱うもの。妖狐と一括りに言っても使う妖術などに個体差があり、決まった攻略法が無いことが厄介な所だ。

「被害者は?」

「二人だ。命に別状があるわけではないが、妖気を吸い取られたようで、意識が朦朧としている」

 彼らが会話をしていると、後ろから一台の車がよってきて、後部座席右側から舞、助手席から光が運転席から門下生が降りてきた。

「にーにー。早すぎるよ」

 舞は解に文句を言うが、解はそれを無視して札を取り出した。

「我は求め 目となり 耳となり 口となり 鼻となり 肌となる  現れよ」

 長い詠唱をする解の肩に小さい火の玉のようなものが現れ、目と口を作り出した。球体についた目の反対側には尻尾のように一筋が伸びていて、彼の左肩にまとわりついていた。

「敵は妖狐だ。できるだけ接近戦をするから補助を頼むよ」

「ギギギ」

 彼の肩に乗っかっている式神は妖怪としてはレベルが低い。その為、召喚妖気が少なく、元々の妖気量が少ない解に取っては適材適所な式神だ。これはケサランパサランという妖怪で、解が青森県に行った時に捕まえた妖怪だ。

「待ってにーにー」

 舞は解の袖を引っ張り、動きを止める。

「にーにー。舞の式神になって!」

 一度、解は首を傾げたが、納得したらしく、彼はわかったと言う。

「光。早く式神を出せ」

 解はそう言いながら、左手の甲マジックペンで、炎と書いた。

「舞、此処に妖術を込めて」

「わかった。我は求め 与える 爆炎 となれ!」

 彼女の呪文に解の手の甲は赤く光る。

「我は求め 盾となり矛となる 羅 現れよ」

 光の式神が現れたと同時に解は駆け出し、狐へと飛びかかる。先まで二足歩行だった狐は前傾姿勢になり、複数ある尻尾を扇状にしてから、妖気を飛ばす。防衛ミサイルのようなそれを、解は掻い潜り、妖狐の右に回り込むように接近した。すると狐は、尻尾を解に向け、そこから単発の砲弾を撃ちだした。彼はそれを切り落とし、何事もなかったように接近して木刀を切り上げた。

 現在、狐の後ろ側には光の式神、羅が居て、挟み撃ちにしていた。一対一であれば通常、余裕を持って回避する妖狐であったが、妖気を無理やり咆哮のように吐き散らし、全方位に衝撃波を撃ち放った。

 解の腕に巻き付いた目と口だけの式神は、その衝撃波を同じく、妖気の咆哮で威力を少しだけ弱めた。その為解は、体制を崩さずに追撃を行えた。

 妖気を無理やり吐き出した妖狐には、即座に立て直した解の動きを捉えることができなかった。解の一太刀は狐の左腕を切り落とす。隙かさず、解の腕にまとわりついた球体は口を開いて、それを頬張る。

「よくやった! 餽」

 解は式神の口に木刀を突っ込むと、餽は妖気を吐き出し、木刀にまとわせる。

「ギギギギ!」

 式神から出る妖気を、解は構築し、鋸の刃を作り出した。解は変化した木刀で妖狐に切りかかかる。妖狐は全力で逃げ回り、ミサイルを飛ばしながら走り回る。

 光の式神は妖狐目掛けて大剣を投げ飛ばす。狐はそれを飛び跳ねて回避すると、踵を返して、丸腰となった式神へと近寄る。そのまま、妖気の形を変えて右手を剣にし、切りかかる。

 解は木刀にまとった妖気を尖らせて槍投げのフォームで狐へと叩き付けた。狐の尻尾一本に触れ、串刺しにした。式神は木刀を握り、妖気の形を変形させて鋸へと変える。そのまま、互角な近接戦へと移行した。

 解は式神の大剣を拾い、狐へと近づく。

 まず、肉薄する羅と狐へ、解は大振りに叩き落とした。狐の左肩をごっそりと持っていくが、羅はそれを回避した。

 妖狐は外れた肩を妖気で接着剤のようにくっつけた。陰陽師よりも、狐や狸などの動物型の妖怪は、妖気が多い。その為、妖気でてきているからだの一部がなくなっても、蓄えである妖気を利用して、体の再構築が可能なのだ。しかし、その妖狐は、妖気を節約して使っている。

 光の式神は再生中の妖狐へと、木刀を突き立てた。狐はそれを妖気の壁で防ぎ、側転をして、解と式神の間から逃れた。

 解は体制を低くした後、バネのように体を弾き、妖狐へと跳びつき、大剣で居合を放った。狐は解の動きに慣れたのか、壁を作り出して、重い一撃を防いだ。

 確かに一撃は重かった。しかし、解の動きはあまりにも軽く、木刀を振る要領で行ってしまったせいで、大剣の最大限の強みである重撃を上手く活かすことができなかった。

「間違えた!」

 彼は叫び散らしながらも、落ち着いて剣を妖狐の足へと滑らせた。

「おりゃー!」

 大剣の刀背を背中で持ち上げるように斬る。

 妖狐は、斬撃を壁で防いだものの、運動エネルギーに逆らうことができず、宙へと舞い上がる。

「求め放つ 迅雷 となれ」

 舞は詠唱をして、呪符から砲撃を放った。それにより、狐の尻尾は欠け、錐揉みをしながら落下をする。

「羅、変えて」

 解は大剣の柄を光の式神である羅に向けた。すると羅はコクリと頷き、それを手に取る。解は空いた左手で木刀を受け取り、右手に持ち直したと思いきや、居合をするような構えを見せた。

「狐よぉ。獅子は兎を狩るのにも、全力を尽くすそうだぜ? 莫大な妖気をケチってていいのか?」

 狐は目を見開き、落下すると同時に、妖気を吐き出した。それにより、周囲へと衝撃波を撒き散らす。

「腹くくったみてーだな?」

 解は衝撃波を敢えて受け止め、膝を曲げて軽減し、そのまま足をすすめる。狐は尻尾からミサイルを散らして放った。舞と光は、それらのミサイルが警察官達に当たらないよう、詠唱をして、妖気の壁を張り巡らせた。

 妖狐は、解に対し、調子に乗るなと言わんばかりの悲鳴を浴びせ、右手を刃の形に作り変えた。


 人間と、妖怪との近接戦闘にて。人間の方が圧倒的に不利になる条件が三つある。

 一つ目は再生能力。妖怪は、妖気で体が構築されている為、傷ついても、“直せる”のだ。

 二つ目は持久力。妖怪は言葉を発する時以外、空気を取り込むことはないが、人間は酸素を必要とする。その為、動きすぎると、摂取するよりも吐き出す酸素の量が多くなるのだ。

 三つ目は、妖術を無詠唱で打ち出すことが出来ることだ。接近戦で、それをやられては、人間には為す術がない。

 しかし、解が不利になることはない。一つ目を潰す手段として、木刀にまとった鋸の形をした妖気が備わっていることや、彼の式神、餽の能力だ。それらは、妖気を吸い取る力を持っている。そのせいで傷を負う度に、著しく妖気が減少する。

 二つ目は彼の日々の努力で補う。彼が朝に行っている走り込みの長さは四百メートル。医学的に、人間が全力疾走出来る限界の距離はこの数字らしい。そのため、彼の持久力のメーターは非常に大きいものとなっている。

 三つ目も又、餽が補ってくれている。もしも妖術が襲ってきたら、無詠唱で盾となる妖気を作ってくれ、解が叩き斬った妖術を食べ、失った分の妖気を補充することが出来る。

 これらのお陰で、解は妖怪と互角以上に渡り合えているのだ。


 解は回避されようがされまいが関係のない三連撃を右手一本で行う。その振り方はバドミントンのラケットを持つように軽やかだった。始めの二撃は壁を貼ることでガードできた狐であるが、最後の攻撃は壁を貫通し、左足を切断した。狐は口から妖気の砲撃を打ち出す。それを餽が妖術で防ぐ。狐は足を再生させながら半歩下がり、バランスを崩した解が追撃できず、他の敵に攻撃をされない位置に移動した。否、解の追撃は然と届く距離だった。

「放て!」

 左掌を狐に向け、解は唱えた。狐との戦闘が始まる前、舞は解の手の甲のマジックペンへの印に妖気を流し込んでいた。その為、爆散する妖気が狐の腹を抉る。

 狐は後ろへとよろけると、光の式神、羅は大剣を被せた。その一撃に、妖狐は左半身を斬られた。

「遠い!」

 切断された部位を、餽は喰うことができない。解が伸ばした木刀も届かない。その為、ボンドでくっつけたかのように体がもとに戻った。

 解が木刀を伸ばした事により、狐は警戒し、横へとステップする。

「迅雷!」

「放て迅雷!」

 舞、光はそれぞれ短縮詠唱をして砲撃。狐の腹、頭に風穴を開けた。

 光の式神は横薙ぎに大剣を振り回す。それが狐の腹に当たり、両断した矢先に、その刃が解の木刀に触れる。解は大剣を斬り上げ、木刀を振り下ろし、両断した妖狐の下半身を斬り裂き、妖気を吸収する。狐は膨大な妖気を無理やり使い、体を再生させた。戻った肉体は、大剣の振り下ろしに依り、再び欠ける。狐の取れた腕を餽は齧りついて妖気を吸い取る。

 狐を追い詰めたはずだった。それに乗じて光は狐に近づき、爆炎と迅雷の合わせ技である散弾を至近距離で打ち出そうと試みていた。ただ、敵は妖狐である。視覚は勿論の事、聴覚も嗅覚も優れている。

 狐は解と式神を掻い潜り、光へと近づき、妖気のミサイルを撃ち放った。

「やべ!」

 解は冷や汗を握り、口を開いた。

「我は迅雷」

 この妖術は我が身を妖気に変えるもので、彼が広部から盗んだ技術の一つだ。

 力いっぱい妖気を振り絞った瞬間、解の体は狐の側面へと向く。ミサイルの根本を叩き斬った後、振り上げるように鋸のような木刀を妖狐に当てた。鋸はチェーンソーのように回転し、狐の妖気を吸い上げ、解の体へと流し込む。妖気を失った狐はやせ細った。

 舞は爆炎の詠唱をして、解の木刀を媒介とし、細身になった狐の体を爆発させた。

「ナイス…舞…」

 切れ掛かった息で、舞を褒める。彼は、木刀で自分の体を支えているようだ。

「兄さん…どうして」

 光はぐったりとした解に声をかける。

「兄さんは俺のことを嫌いじゃなかったのか?」

 その問いに舞は噛み付く勢いで目を尖らせた。

「光はにーにーの事、何もわかっていない!」

 舞は解に肩を貸した。その間、彼の式神である餽はまるで毛糸で作ったぬいぐるみのように、綻び、解けるように消えていった。

「大嫌いだよ。光のことなんか」

 解の言葉に、舞はなんでと言う。

「深水の後を次ぐのはお前だ。それを自覚しろよ。僕が光を嫌いなのは、跡継ぎになりたいくせに努力をしていない所だよ。僕はね、どうしたら光は正しい努力が出来るかいろいろ試したんだよ。答えを出すのは論外だが、早い話僕がライバルになればいい。大好きな弟を嫌うことも覚悟の上だよ!」

 解は付け加えるように自惚れてんじゃねーよといい、光の胸ぐらを掴んで額に頭突きをした。

「はぁ…光…」

 彼は弟のことを抱きしめ脱力する。妖気をゆっくり回復させているのだが、疲労感が伴っている為、それが追いついていないようだ。

「頼むからさあ…。努力してくれよ。いいや努力の方向を間違えないでくれよ…」

「皆が…兄さんみたいに努力の才能があるわけじゃないんだよ。俺だって頑張っているつもりなんだ! でも兄さんは自分の尺でしか判断してくれない」

 違うんだって…。解は一言、光に言う。

「結果を出せ結果を」

 解は弟のことが大好きだ。しかし、舞のようにデレデレとしていると成長が望めない。しかも光は自己評価の甘い人間である。嫌うことで、身を粉にして努力するだろうと考えた。だが、足りていないようだ。

 解は弟を離し、スクーターへと跨る。そこに、誘導を行っていた警察官が近づいた。

「君高校生だよね? すね毛濃いけど」

「高校生ですよ。すね毛濃いですが」

 警察官は手を差し伸べる。

「免許持ってる?」

 解はポケットに手を入れ、顔を青くした。

「家に忘れました…」

 彼は自主的にパトカーへと入った。

 免許不携帯になるのは初めてであるが、状況も状況だったので、罰金を取られることはなかった。


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