先輩と、笑う七不思議
「先輩と、真実の口」( https://ncode.syosetu.com/n0618ep/ ) の前日譚的な話です。( といってもそちらを読んでいなくても特に問題ないと思います。)
「七不思議を作るぞ」
我がSF同好会会長の太田明がまたバカなことを言い出した。
「それって、作るものなの?」
そう尋ねた手塚雅史の疑問は当然だけど、太田は良い質問だと頷いた。
「我々もあと半年で卒業だ。後輩たちに何か残してやるべきだと思ってな」
「後輩って、このSF同好会は私ら三年生三人しかいないじゃない」
そして私、岡島郁子。この同好会の紅一点。
「寂しいことを言うな郁子。俺は全ての下級生を後輩だと思っているのだ。高校生にとってこんな寂しいことがあるか? 七不思議の無い学校なんて水着回の無いラブコメみたいなもんだろう」
「七不思議って読者サービス的な位置付けだったのね」
「そうだ郁子。後輩達の心が離れていかないようサービスするのだ」
「でもSF同好会がやること?」
「郁ちゃん、それ今更じゃない?」
「おだまり雅史」
確かに。私の前には作りかけのトランプタワー。雅史の前には知恵の輪。太田に至っては将棋の駒と将棋盤。この光景からはどう頑張ってもSFの二文字は出てこない。
バカモン、と太田は拳を振り上げた。
「SはセブンのS。Fは不思議のFだ」
初めて知ったわ。
*
「七不思議の原案は既に考えてある。まず、理科室の笑う人体標本」
楽しそうに黒板に書き始める太田会長。
「定番だね」
頷く雅史。
「音楽室の笑うベートーベン」
「これもよくあるやつよね」
「それから、踊り場の鏡の中から笑う女」
踊り場に鏡なんてあったっけな。
「誰もいない体育館に響く笑い声」
「図書室の、笑う上半身だけ男」
「プールの笑う水着美女」
……私は、太田の背に蹴りを入れた。
「なんで全部、笑ってんのよ」
「ん?」
しげしげと黒板を見て「あ、ほんとだ」と言う太田を見て、こいつ本当にバカなんだな、と思う。
「確かに多いな」
「全部だよ」
「そのほうが不気味かなと思ったんだよ」
「僕も一ついい? 最後の水着美女って何?」
「ん? 言葉通りだろ。水着を着たおっさんてのも嫌だから美女にした」
「これって不思議なの? ただの水泳部員だよね」
おおう、と手を打つ何も考えてない太田。
「確かにプールで水着だと普通か。じゃあ服着せるか」
「プールで笑う制服美女?」
いかがわしい響きはしてきたが、ちっとも怪談ぽさが出ない。
「太田。言い方言い方。もっとこう、放課後のプールで不気味に微笑む水死した少女の霊……みたいな」
「さすが郁子。じゃそんなんで行こう」
太田は大雑把に満足すると、黒板に書き並べたそれぞれに下線を引いた。決定、と言うことらしい。
「あれ、ちょっと待って。六個しかなくない?」
「雅史。知らんのか。七不思議のお約束だぞ。「七つ目を知ってしまうと災いが起きる」とか言って、六つ目までしか語られないものなのだ」
なるほど、そもそも6個しか作らないわけね。
さてと、と太田は黒板をパンパンと叩いた。
「実現方法は手塚技術開発部長、君に一任しよう」
「うん、わかった。考えてみるよ」
ぽりぽりと頰をかきながら雅史が引き受けてしまった。いつものパターンだ。
「あんたは何をするのよ太田会長」
「俺にはやらねばならんことがあるのだ」
「何よ」
「七不思議を体験してもらう生徒を見つけねばならん」
*
「あの子なの?」
上履きの色からすると、一年生か。スラッとして細い、綺麗な子だった。
「そうだ。一年生の山本さんと言う。下の名前は知らん」
「可愛い子ねえ」
「だろ。俺はあの子にターゲッティング中なのだ」
マジか。
太田は恋愛感情を隠すという思考回路が無いらしい。ある意味幸せなやつ。
ふと見ると、雅史が慌てている。
「た、たたた、ターゲットって、七不思議を仕掛けるターゲットってだけの意味だよね!」
「おい雅史。声がでかい。気づかれるだろ」
私ら三人は、二階の廊下の窓からちょっとだけ頭を出してこっそり山本さんを観察しているのだ。
「ね、そう言う意味だよね。太田はロリコンじゃないもんね」
「高校三年と一年でロリコンはないだろ」
やれやれ。私は話を元に戻す。
「とにかくあの子に七不思議を体験させて、噂を広めてもらうのね?」
ああそうだと頷く太田に、雅史が妙に念を押す。
「それだけだよね。よかったね郁ちゃん」
あーもう。雅史黙れ。
「ちなみにどんな子なの?」
「素直に不思議がってくれる、純真な子だ。きっと」
思い込みかい。
改めて山本さんを観察する。
「まあスレてなさそうではあるね。……それにしても美少女だね」
わかりやすく太田が好きそうな、清楚可憐なタイプ。背筋がピンと伸びて、長い黒髪が美しい。良いところのお嬢さんという印象。
雅史が、物凄く不安そうな顔でこっちを見てくる。
やれやれ。私が怒り出すんじゃないかと気が気でないのだろう。
そう、雅史のやつは、なぜか私が太田のことが好きだと誤解しているのだ。
二週間ほど前のことだ。雅史が突然妙なことを言い出した。
「僕ね、いつか二人の結婚式で友人代表としてスピーチするのが夢なんだ」
最初、言ってる意味がわからなくて私と太田は大きな疑問符を浮かべた。太田の方は今でも意味がわかってないようだが、私はすぐに気づいて否定した。だが、どうも雅史の誤解は解けていないようなのだ。
「それじゃ、部室に戻って作戦会議だな」
部室と言う名の空き教室に戻る。
かくして、私達と山本さんの、七不思議を巡る戦いが始まるのだった。
*
三日後。
私達は、準備室に隠れてガラス越しに理科室の中の様子を伺っていた。
「来た」
カラカラと控えめな音を立てて扉が開き、山本さんが入って来る。
誰もいない理科室を見回した。
「よし、やれ雅史」
らじゃ、と呟いて雅史が手元のスイッチを操作する。
カタカタカタカタ……。
思いの外大きな音がした。知らないと腰を抜かしそうだ。
狙い通り、山本さんは音のしたほうを向く。そこには不気味に口を動かして笑う人体模型。
スタスタスタ。
えっ、と思う間もなく山本さんは人体模型の正面まで歩いて行った。消し忘れた電気を消しに戻る時のように。
カタカタカタカタ……。
音を出し続ける人体模型の頭部をしばらく観察していたが、いきなり模型の肩に手をかける。
「え、あの子、後ろ側見ようとしてない?」
「ヤバい。仕掛けがバレるよ」
「止めるぞ!」
太田が勢いよく準備室のドアを開けた。
「だ、大丈夫!? 危ないから離れるのよ!」
私は駆け寄り、かばうフリをして山本さんを人体模型から引き剥がした。
山本さんは人体模型よりも私達に驚いたようだった。
「どなたでしょうか」
*
「三年の岡島郁子よ。私達はちょっと理科の先生に頼まれて準備室で探し物をしていたの。貴女はどうして理科室に?」
「この手紙が届いたのです」
山本さんは手紙を私に手渡した。「山本さんへ。世にも不思議な体験をしたければ理科室に来るが良い」と太田の字で書かれている。こんなんでよく来たなこの子……。
「なるほど、それでここにやってきたら手紙の通り世にも不思議な体験をしたと言うわけか」
やたら芝居がかる手紙の差出人。
「そうなのでしょうか?」
山本さんはじっと太田を見た。
「うむ。これは学園七不思議の一つ、笑う人体模型に違いない」
えーと。
「わ、私もそれ聞いたことあるなあ! まさか本当だったなんて!」
三文芝居になんとか調子を合わせる。
「学園七不思議とは?」
「山本さん、聞いたことない? この学校には昔から伝わる七不思議があるの……」
私は心持ち声のトーンを落として語り始める。
「理科室の笑う人体模型。音楽室の笑うベートーベン。踊り場の笑う……ゴホン。とにかく7つあるのよ、不思議が」
「その一つがこの人体模型なのですね。それは興味を引かれます」
お、意外に好奇心旺盛な子で良かった。
「……って山本さん何してんの」
「後頭部を見ます。この下顎部を動かしている機構を確認したいのです。モーター音がしましたので、きっと後ろに何かが」
手伝っていただいてもよろしいでしょうか、と太田を見た。バカは「太田です、よろしく」などと言いながら喜んで自分からトリックをバラす手助けをした。
「やはり。小型のモーターにカムをつけた簡単な構造ですが、下顎部分のパーツを前後に動かして前歯の部分を打ち合わせ、音を立てる仕組みのようですね」
しげしげと雅史の作った仕掛けを解説する山本さん。
「モーターに小型の基盤が繋がっています。無線の遠隔操作か人感センサーかあるいはタイマー……。私はあまり電子工作に詳しくないのでわからないですが」
んー。この子……。
太田のやつ、完全に人選ミスだな。
素直に不思議がってくれるどころか、一瞬でトリックがバレたぞ。
「そ、そんな仕掛けだったのね」
とりあえず私はそう言うしかなかった。
「す、凄いね山本さん」
雅史が感心している。
ともあれ、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でもさ山本さん、例えモーターが付いてても、そもそも人体模型の口は動かない筈じゃない?」
「見てください。この下顎のパーツは、元々口の動かない人体模型に後でつけたものです。曲がったプラスチック板に塗装してあります。右半分に皮膚と唇、左半分に口の周りの筋肉。模型とデザインを合わせて、別に作られたものです」
私は太田と雅史にジェスチャーで「降参」のポーズをした。
と、山本さんは不意に息を漏らした。
「確かに不思議です」
「え? もはや何が不思議なの?」
山本さんが依然としてとても真面目な顔をしていた。
「このオプションパーツの出来です」
「え?」
「仮説ですが、これは理科の山田先生によるオリジナル教材ではないかと思うのです。口の周りの筋肉の動きやそれによる表情の変化を教えられるようにと自作なさったのでしょう。……ただ、そう考えた場合、デザインが不正確すぎるのが不思議なのです。筋肉の向きもめちゃくちゃですし」
うーむ。その筋肉の塗装は私だ。雅史を手伝ったのだが、どうせわかりゃしないと思って適当に筋肉っぽい模様を描いただけ。
「教材を自作するほど熱心でありながら、これほど手を抜くというのはとても不思議です」
山本さんは私達を見た。
「山田先生の作品であるという私の仮説は間違っているのかもしれませんが、今は情報不足でこれ以上は判断がつきません。他の七不思議を知る必要があります。先輩方、よろしければ他の七不思議について教えていただけませんか」
なんと。思わぬ展開。私達が仕掛けたとバレてるのかとも思ったが、山本さんの目は真剣だ。まさかの狙い通り?
私はごほん、と咳払いをしてから山本さんに言う。
「もちろんよ。私達でよければ教えるわ。ただ……山本さん。大事なことを言い忘れていたわ。学校の七不思議には掟があってね、決してその不思議を暴こうとしてはならないのよ。暴こうとすると災いが起きると言われているわ」
こう言っておかないとこの子はきっとこの後のトリックを全部見破ってしまう。ここで釘を刺しておく事が重要だ。
だが、山本さんの返事は予想外だった。
「岡島先輩。不思議を暴こうとしないことは原理的に不可能です」
「不可能?」
「はい。不思議とは「考えが及ばないこと」という意味です。つまり考えることによって初めて不思議は不思議たりえます。そして不思議を暴こうとすることは不思議について考えることです。それをやめてしまうと不思議自体が存在しえないのです」
ええと……。
「暴こうとする時にだけ不思議は存在するってこと?」
「その通りです。つまり不思議を暴こうとしないことは不可能。「人生を生きない」ことが不可能であるように」
山本さんは覚悟を秘めた目で私を見た。
「災いは恐れません。思考なき平和よりも災いに挑む思考こそを私は選びます」
「……わかったわ」
*
「ど、どうすんの郁ちゃん」
「しょうがないじゃない。受けて立つしかないわよ、あんな目で見られたら」
私たちは部室で反省会を開いていた。
「結果的には大成功じゃないか」
「会長はいい気なもんね。私はあの子を選んだのは大失敗だったと思うけど」
「何を言う。あんないい子を捕まえて」
「確かにいい子よ。可愛いし。でもあの子、仕掛けは見破るわボロを出すとツッコんで来るわ。七不思議を広めるどころじゃないじゃん。どうすんのこれ」
「少々ポイントは違うが不思議がってくれたろう。重要なのは過程ではなく結果だ」
「あのねえ!」
だが雅史がおずおずと手を挙げた。
「僕も、失敗でもないと思う……」
あれ。意外。
「何? 雅史まで。あの子が可愛いから?」
ち、違うよ、と真っ赤になる雅史。
私は内心、面白くない。なんでこう、男は清楚可憐なお嬢様っぽい子に弱いかな。悪いけど、あの子はそこらの男が相手になるようなタマじゃないと思う。
「そうじゃなくて郁ちゃん、そもそも七不思議を全部体験してくれそうな子なんて、他にいる?」
なるほど。
「それはそうなんだけどね」
馬鹿馬鹿しいと相手にされないか、怖がって聞きたくないって言われるか、どっちかだろうと私も思ってた。
「だから人選自体はむしろ成功だったと思うんだ」
問題は、と雅史は悲しそうな顔をした。
「仕掛けがショボかったせいで狙い通りに不思議がってくれなかったことだよね……」
「いや雅史が責任感じるとこじゃないでしょ」
私は太田を睨む。
「うむ。俺も山本さんの反応は正直予想外だった。彼女の言ってることは難しくてよくわからなかったが、一つわかったのは彼女は思ったより神経が太いということだ」
む。アホの太田が、意外に本質をついたことを言っている。
「あの人体模型の不気味さに全く怯えず、先輩三人にも全く構えない。災いと言われても臆するそぶりもない。なかなかの器だ。そこが魅力的でもあるが。これは我々も本気を出さねばなるまい。相当な演出が必要だということだ」
*
そして翌日。
「……不思議ですね」
私達が音楽室に連れてくるなり、山本さんがそう呟いた。
「いやまだ仕掛け動かしてないアダダダ」
太田が口を滑らせかけたので、私は足を思いっきり踏んで黙らせた。
「な、何が不思議なの山本さん」
「はい。あの肖像画のことです。右手前から、バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ショパン、ワーグナー、チャイコフスキーそしてベートーベン」
並び順がおかしいのです、と山本さん。
「活躍した年代順に見えますが、ベートーベンは本来、モーツァルトの次が正しいのではないかと」
おい太田。細工した絵をかけ直す場所間違えてんじゃねえ。
「そ、そそそんなことより、七不思議が今にも発動しそうな雰囲気じゃないか!? なあ雅史」
焦った太田は不自然に指示を出した。七不思議が「発動」って何よ。
雅史はこっそりと後ろ手に持ったリモコンを操作する。
仕方ない、やるか。
「キャーッ! ベートーベンが……!!」
私は大げさに崩れ落ちて震えながら肖像画を指差した。
ケケケケケ……。
そして聞こえてくる不気味な笑い声。
光る目。
「い、いやあああ!」
今回は、効果音や視覚効果を加え、私たちが大げさにわめくことで雰囲気で強引に怖がらせようという太田会長の作戦だ。
「うぉおお! 呪いじゃ! 祟りじゃ!」
太田会長も涙ぐましく努力してくださっている。あとでぶん殴ろう。
「なんてこった……!」
雅史までが後ろ手にリモコンを操作しながら、結構いい演技で驚くふりをしている。
そして全員の注目する中、ベートーベンの口角が上がり、ニヤリと笑う顔になった。
「七不思議のその2! 音楽室の笑うベートーベンだ!」
決まった、と太田のドヤ顔。
さて。
反応はどうだ。
「よいしょ」
「……ってちょっと待って待って山本さん、いきなり絵を下ろしにかからないで」
「なぜでしょうか岡島先輩」
机を運ぶ手を止めて不思議そうな顔をする山本さん。
「いやあの、ほら、危ないかも」
「そうですね」
って言いながら全く意に介さず、山本さんは遠慮なく壁際に机を移動するとその上に乗って絵を取り外してしまった。
「サーボモーターを使って口の脇のパーツを動かしていますね。目にはLED。あとスピーカーが付いています。笑い声はここからですね。オリジナル教材でしょうか。でもなぜベートーベンの笑顔を学習する必要が?」
雅史が顔を手で覆っている。ああ、また山本さんが違うポイントに不思議を感じている。
*
予想通りではあったのだ。
目が光ったり魔女みたいな笑い声させたり、ベートーベンのキャラを無視した大田の演出では怖がらせられないことは。
とはいえ眉ひとつ動かさない山本さんに悔しくなってきたので、次は私も本気を出すことにした。
そもそも明るいうちにやるのが間違いだ。
というわけでその二日後、夜八時に集まる我々。
閉門した後の校舎に、塀をよじ登って忍び込むという大胆な計画にまさか山本さんが素直に乗ってくるとは思わなかった。
「山本さん、こんな時間に出歩いて大丈夫なの? 門限とか無いの?」
「先輩方と一緒ですから安全面では大丈夫だと判断します。門限については……気分が悪いと言って部屋に鍵をかけて寝込んでいるふりをして、窓から出て来ました」
うわあ、思ったより本格的に抜け出して来ちゃってるよ、このお嬢様。
「山本さんって目的のためには手段を選ばないタイプなんだね……」
雅史は感心しているのか呆れているのか。
「目的のために最適な手段を選んだつもりです」
「あ、いや、批判したつもりじゃないんだ。選んだ手段が意外だっただけで」
「どう意外だったのですか?」
「親に嘘ついたりしなさそうだから」
山本さんはじっと雅史を見た。
「気分は主観ですから嘘にはあたりません」
「でも今の行動を知ったら親は騙されたと思うんじゃ……」
しばしの沈黙。
「なるほど、今気がつきました。ありがとうございます、雅史先輩」
「……いや、どういたしまして」
「私は人の気持ちを慮るのが苦手なのです。ご指摘ありがとうございます」
ぺこり、と山本さんは雅史に頭を下げた。
「では行きましょうか」
「……」
「「雅史先輩」だって」
「……え? 何、郁ちゃん」
「なんであんただけ下の名前なんだろね」
「あ、え?」
「太田より、あんたの方があの子とは合うんじゃないの」
「え、ちょっと郁ちゃん。どういう意味」
*
七不思議その3。踊り場の鏡に映る笑う女。
結論から言うと、瞬殺だった。
暗闇に沈んだ旧校舎の中を懐中電灯を手に進むというシチュエーションだけで私などは足がすくんでしまう。階段の踊り場にわざとらしく立てかけられた鏡に女が浮かび上がった時には心臓が飛び出るかと思った。だが山本さんは全く平気で、スタスタと近づいて鏡をひょいとどけて仕掛けを看破したのだった。
「ミラーガラス……いわゆるマジックミラーですね。昼間こちら側が明るい時は反射光が多く鏡として機能し、周囲が暗くなってから裏側のライトが点灯するとこちらへ通過する光が多くなり、奥の笑う女性のポスターが透けて見えるようになります」
太田が用意したポスターはなぜ水着のアイドルなのか。
あまりにあっさりバレたので雅史は落胆していたが、私はこの結果は半ば予想していた。
「つまり怖がらせて調べさせないってのが無理なのよ」
「悔しいがその通りだ郁子」
「怖がらせるのは諦めましょ。調べさせなきゃいいのよ。……ということで、次が本番」
「え、郁ちゃん、僕今日はもう何も用意してないよ」
ふふん、太田と雅史には内緒にしてあったが、今日はもう一個用意してあるのだ。
「山本さん。次の七不思議行ってみましょう?」
私は戸惑う二人と素直に頷く山本さんを連れて、体育館へ向かう。
郁子さんプロデュース、第四の七不思議。誰もいない筈の体育館に響く男子生徒の笑い声。
*
ダムッ……ダムッ……。
私達が体育館に着いたのと、突然、音が響き始めたのは同時だった。よし、タイミングバッチリ。
「え」
雅史が本気で驚いているのがちょっとおかしい。
「誰もいない筈なのに……?」
私もそう呟く。
ダムッ……ダムッ。
「バスケの音?」
私は電気をつける。やはりフロアには誰もいない。だが、音だけが響く。
あはははっ……あははははっ……。
「きゃあっ」
「笑い声だ!」
雅史と太田が顔を見合わせている。
「これぞ第四の……」
「放送ですね。これ」
さすが。山本さんは冷静だ。
「放送? ていうことはこの体育館の放送室から?」
「それはどこですか岡島先輩」
「ステージ右側の階段の先よ」
私の言葉を聞くなり止める間も無く階段へ走る山本さん。
「ちょっと待って、山本さんっ。危険よ。霊の仕業とかかも」
「なるほど。では確認しましょう」
変質者の仕業とか言った方が良かったのかな。この子、どうしたら止まってくれるんだろう。
あとを追っかけて私達も階段から二階へ。
放送が止んだのとほぼ同時に、山本さんは放送室のドアを開けた。
しかし誰もいない。
「そんな……」
「え、どういうこと?」
雅史は演技ではなく驚いている。
「おい郁子、一体どういうしかオグッ」
太田の失言は肘打ちで止める。
「確かにさっきのは放送でした。誰かがたった今までここに?」
しめしめ。山本さんが不思議がっている。
「まさか……亡霊?」
私はこれに乗じて用意しておいたストーリーを語る。
「昔、大会前に事故死したバスケ部員の男の子がいたの。大会に出るのを楽しみにしていた彼は、今でも秋の大会が近づくと夜な夜な亡霊となって現れ、練習音と笑い声を皆に聞かせ……ようと放送するらしいわ」
「その亡霊が、放送を?」
山本さんはしばし考えている。そういえばこの子、首を傾げたりしないのね。
「きっとそう。さっきまでこの放送室にいたけど私達が近づいてきたから慌てて放送をやめて消えたのね」
「消えた」
「亡霊だから。消えちゃったわけ」
「亡霊でも物に触れることができるものなのですね。放送設備を操作できたのですから」
「そう……なるわね」
痛いところを。
「不思議です」
来た。
「音源はどうしたのでしょう?」
「音源?」
「あのバスケットボールの音や笑い声は予め録音されたもの……例えば効果音CDなどを再生したのではないかと思いました。あるいはメモリーカードか携帯音楽プレーヤーか。いずれにせよ音源が必要な筈。それが無いのです。亡霊と一緒に消えてしまったのでしょうか」
私が答えに困っていると、雅史が、それを指差した。
「亡霊はきっと音は自在に発せられるんだよ。笑い声も、ボールの音も。だからそれを使ったんだ」
指差したのはマイクだった。
「……なるほど」
山本さんは、納得したのかそれ以上反論しようとはしなかった。なんとなく雅史の言うことには特に耳を傾けているような感じがして、私は少し複雑な気持ちになった。
*
「……で、どう言うことなんだ、郁子」
昨日は太田も雅史も解説を聞かずじまいだった。
「簡単よ。校内放送設備は全て繋がってるの。あの時は、体育館じゃなくて新校舎にある放送室から放送は流されていたってわけ」
「え、でも新校舎の放送室に誰が? 先生しか残ってないだろうし……。あ、もしかして郁ちゃん、玉川先生に頼んだ?」
「大当たり。ゆかりちゃんなら乗ってくれると思ったの。大成功」
玉川ゆかり先生はまだ二年目の新米教師で、規則にとらわれない自由な先生だ。私とは一度カラオケボックスで出くわして以来仲がいい。
「ゆかりちゃんが放送室にスタンバって、私がポケットの中のスマホで鳴らすタイミングを知らせてたの。一回目で再生、二回目で停止。山本さんの動きが速くて、あとちょっと停止が遅かったら体育館の方の放送室を使ってないのがバレるとこだったけど、ジャストタイミングだった。ゆかりちゃん、本当いい仕事するわ」
「凄い。僕もすっかり騙された。郁ちゃんはやっぱり凄いなあ。今度は山本さんも不思議に思ったんじゃないかな」
「二人にも黙っててごめんね。でも雅史ナイスフォローだった。ありがと」
私と雅史がハイタッチしていると、太田がよし、といきなり大きな声を出した。
「次は俺に任せてくれ。俺は決めたぞ。この流れに乗って、山本さんに告白する」
「え……どう言う流れ?」
太田は親指を立てた。
「わからんかね。亡霊の存在にすっかり怯えきった山本さん。ここに俺という頼れる先輩がいることを知ったらどうなる」
「絶望する?」
「なんでだ。惚れるんだよ」
太田ってすげえなあ。
と、いきなり雅史が慌てたように言った。
「だ、ダメだよ!」
「なぬ。どうしてだ雅史」
「え、えと、だって」
チラチラとこっちを見てくる雅史。
私がショックを受けていると思っているようだ。
やれやれ、まだ誤解しっぱなしか……。
「どうしてダメなんだ、言ってみろ雅史」
「え、えと……そうだ、僕も山本さんを好きになっちゃったからだよ!!!」
……。
…………。
え。なんてった?
「ほほう。薄々そうではないかと思っていたが、やはりな。良いだろう雅史。お前の覚悟が決まるまで待ってやる。二人で同時に告白して、山本さんが選んだ方が付き合う。それで良いな」
「え、僕は告白は……」
なんだと。
雅史が山本さんを?
おおう……。なるほど? 言われてみれば確かに。可愛いとか言ってたかも。
私も自分で言ったじゃないか。太田よりもあんたの方が合うんじゃないの、って。
ふーん。……だから私と太田をくっつけたいわけね。
「で? 話は終わり? 次は太田に任せていいわけね?」
私は少し強めに机を叩いて、二人の話を遮った。
「ん……郁子、なんか怒ってるのか?」
「太田ってば! なんでそんな鈍感なんだよ! 郁ちゃん、きっと違うんだ。太田は勘違いしてるだけで……」
「うっさいわね。あんたらの恋愛なんて興味は無いのよ」
*
そもそも、笑う上半身だけ男って何だ。図書室関係なくないか。
「太田先輩は来られなくて残念ですね」
「う、うんあいつは用事があるらしくてね」
さて。私達は部屋の真ん中で待ってりゃいいのか。
「……あ、あれは何!」
雅史が緊張した声で、窓の方を指差した。ベランダだ。
「……」
太田だ……。
上半身に蛍光テープをぐるぐる巻きつけ、下半身は真っ黒なズボン。顔は目出し帽。
「がははははっ。我こそは学校の七不思議その五、笑う上半身だけ男だーっ」
太田。せめて声色くらい使え。
「さらばだっ」
ベランダを駆けて行った。
「追いましょう太田先輩を」
ああバレてる。そりゃバレるわ。バレないわけないわ。
「山本さんやめてあげて。じゃなかった、やめとこうよ」
「どうしてですか?」
「きっとすぐ戻ってくるから」
ドタドタドタドタ……!
廊下から騒がしい音がして、本当にすぐ戻ってきた。
「大丈夫か諸君!」
目出し帽を外し上半身の服も脱いだようだ。ズボンがそのままだけど。
「太田! で、出たんだよ!」
「何だと! 待てい怪人上半身だけ男め!」
どこに何が出たとも雅史は言ってないのだが、太田は再びベランダへ飛び出していく。
「くそーっ。逃げおったな。はぁ、はぁ」
また戻ってきた。走り回って息が切れたようだ。
「大丈夫ですか太田先輩」
山本さんが心配している。太田の頭を心配しているのかもしれない。
「ああ、大丈夫だ。俺が現れたからにはもう安心だぞ」
「太田先輩こそご無事で何よりです。ところでご用事とはこのことですか?」
「駆けつけたのだ。君を危険から守るために」
「危険? 何の危険ですか」
「だから上半身だけ男の……」
「太田先輩が危険なのですか?」
「ん?」
「そもそも太田先輩には腰から下があるように思います」
「……ん?」
「上半身だけしか存在しないと誤解されたのは、先ほど着ていらしたご衣装のせいではないでしょうか。あの蛍光素材で覆われた服が目立ってしまい腰から下が闇に沈んで見えなくなります。また、目出し帽を被っていらしたのも太田先輩だとわからない一つの原因だと思います。私は声でわかりましたが」
「えと……はい」
無邪気にトリックを解説され太田が小さくなってしまった。
「それで、何をなさっていたのですか?」
*
「雅史。良かったじゃん、これであんた一歩リードよ」
「え、何が?」
「太田が大きく株を下げたことで、山本さんに対して一歩リードだって言ってんのよ」
もっとも、下がるほどの株があったか疑わしいが。
「山本さんのこと好きなんでしょ」
「ち、ちが……わないけど」
「雅史が人を好きになるなんてね。お姉さん寂しいわあ。こうして幼馴染と疎遠になってくのね」
冗談に雅史が慌てる。
「疎遠になんてならないよ! 僕は郁ちゃんの結婚式のスピーチをするんだから」
「あのね。いい加減その誤解は解いておきたいんだけど……」
「あ、二人が来たよ」
ああもう、タイミング悪い。山本さんと鉄面皮が現れた。
「よう雅史、郁子。待たせたな。さっきそこで一緒になったのだ」
太田はあんなことの後でも平気な顔でいられるのだから本当に凄い。
「お待たせしました、先輩方」
七不思議も大詰めである。第六。プールで笑う少女の怨念。
「雅史。手筈通り行くわよ。いいわね」
小声で雅史に囁く。
「うまく騙されてくれるかな……。自信ないよ。僕の工作、今までの全部バレてるし」
「自信持ちなって。アンタはやればできるやつなんだから」
「あ、ありがとう郁ちゃん」
今回は、三人の連携プレーだ。
*
プールサイドに立つ私達。
「とある生徒が夜中にプールに忘れ物を取りに行ったら、プールサイドでニヤリと笑う少女がいた。その生徒はプールの中に引きずり込まれて死んでしまったの……。その少女は昔このプールで溺れ死んだ生徒の怨霊だったからよ」
「なぜ夜中に一人で死んだ筈の生徒の体験談が残っているのですか?」
ツッコみどころが的確でお姉さん困っちゃう。
でも私は学習した。正解の返しはこうだ。
「そこも不思議なところよね」
「なるほど」
そう。これで良い。
さて、と。
「あ、ごめんなさい私、用事があったのを忘れてたわ。急いで帰らなくちゃ」
少々唐突だが、私はここで退場する……フリをする。
一人走って、一旦プールの更衣室側から出て中庭、雑木林へ抜けた。そしてプールの逆側の塀のところまで走ってきた。ここで、隠しておいた古い制服に着替える。お姉ちゃんから借りたものだ。
さらにここからのアクションがキツい。木を登り、塀に飛び移り、逆側から再度プールサイドへと侵入。
「やってることは完全に不法侵入者だなあ」
苦笑する。私は何をムキになっているのだ。……あ、私ムキになってるのか。
プールサイドを腰をかがめて進み、雅史達がいるのとは対角の位置にある飛び込み台のそばに潜んだ。
しばし、待つ。
雅史達がライトをあちこちに向けて、霊を探し始めたのがわかった。
雅史の向けるライトが、ゆっくりとこちらに向く。
「あっ!! あれ見て! 何かいるよ!」
雅史が私に聞こえるように大声で叫んだ。私はすっと立ち上がり、ライトに向かってニヤリと微笑んでみせた。
「ひぃ! 笑った!」
雅史が慌てたふりをしてライトの光を逸らす。その隙に私は再び飛び込み台の裏に隠れる。
ここで雅史の仕掛けが発動。プールサイドから塀を超えて雑木林の方へ張ってあった釣り糸に沿って、
「幽霊」がフワフワと移動する。
「あれ見て! 幽霊が逃げる!」
いいぞ雅史。うまくライトで視線を誘導している。釣り糸にぶら下がっているのは、ハンガーにかけた制服に丸めたタオルとかで人型を装っただけのものだが、振動もあってフワフワ移動する少女の幽霊に見える。
そのまま塀を越えて行った。
「俺は幽霊を追うぞ! 二人はここにいてくれ! 必ず戻る!」
太田が自然な演技(?)で外に向かう。雑木林で釣り糸やモーター、制服を回収する役割だ。
「あ、山本さん、待って! 危ないよ!」
おっと。雅史の声で、山本さんが動き始めたことに気づいた。
って……まずい。私の方に来てる?
見られたら台無しだ。
「ええい」
ドプン。
考えている暇はなかった。逃げ場は水中しかない。プールに水が張ってあって助かった。落ち葉が散っていて、正直汚いが。
瞬間、後悔する。
思ったより、冷たい。夜だからか……!
それに、服を着たまま飛び込むんじゃなかった。重い……。
息を止め、波をできるだけ立てないように底の方に懸命に移動する。
ライトの光が水面をなぞったような気がした。やばい。まだ出ちゃダメだ。
ああ、水中眼鏡持ってくれば良かった。無駄か。光が刺さないから真っ暗だ。
無限に近い時間が流れたような気がした。
息が苦しい、ということと、
自分は今暗闇の水の底に沈んでいるのだ、ということを、
同時に自覚して。
急に恐ろしくなった。慌てた。
出なくちゃ、あれ、何だ。うまく泳げない。もが、けない。あれ、何これ。
やだ。
水が口に入ってきた。
やだ。
え、嘘。
助けて。
*
「郁ちゃん、部活何入るのー?」
雅史が学ランを着てる。
私も中学の制服だ。
ああ、そっか。中学生になったんだ、私達。
「バトン部かなー」
「あ、そうなんだ……」
嘘だった。雅史がいつも私の真似ばかりするし絶対同じ部活に入る気だと思って、意地悪を言ったのだ。バトン部なら男子は入れない。
「雅史は?」
雅史が悩んでいる。ヘッヘッヘ。たまには自分の意思で選択してみなさい。
「電子工作部」
電子工作部?
いつの間にか私達は高校生になっていた。
「うん、部活、作ろうと思って」
雅史、そんなのやるんだ。知らなかった。
「部員は?」
「えとね、同じクラスの太田くんがね、それはSFっぽいなって入ってくれそう」
「二人だけ?」
「うん、まだ」
「じゃ私も入ったげる」
「ほんとう!?」
満面の笑みを浮かべる雅史は、いつの間にか小学生になっていた。
「郁ちゃんが行くなら行く!」
思い出した。それで雅史は私と一緒にプール教室に行くことになったんだ。
「郁ちゃん!」
雅史が溺れた。大変だ。助けなきゃ……。
「郁ちゃん!」
あいつは、私がいないと……。
「郁ちゃん!」
私がいないと。
「郁ちゃん!」
目の前で泣いている雅史を思いきり抱きしめた。
もう大丈夫だよ、雅史。そう言おうとして。
けほ、と私は口の中に入った水を吐き出した。あ、雅史の服が濡れちゃう。
いや、既に雅史はずぶ濡れだった。
「良かった……。大丈夫、郁ちゃん」
「雅史……。結婚式のスピーチ、頼むわ」
「え……。う、うん」
「新郎として」
「え……。え?」
「ごめん。忘れて」
忘れて。
忘れろ。
忘れたい。
何を、口走ってたんだ、私!?
我に返る。
プールサイド。雅史が溺れた私を助けてくれたのか。
「はっ……。ちょっと待って、七不思議は!?」
私は慌てる。
「……ごめん」
雅史の視線の先を見ると、そこには心配そうにこっちを見る山本さんもいた。
「……おっと……」
「第六の不思議の正体は岡島先輩だったのですね。しかしなぜこんな危険なことを……」
「だってあんたがこっち来るんだもん」
申し訳ありません、と山本さんが謝った。
「幽霊が笑った時と飛んだ時で服の袖の長さが違ったので二体いるのだと思ってプール側に残った方を追ったのですが、まさか岡島先輩だったとは思いませんでした」
……。本当に目ざといなあ、この子。
お姉ちゃんから借りた二着の古い制服が、夏服と冬服だったからだ。
「でも本当だよ郁ちゃん、幾ら何でも無茶しすぎだよ! プールの中に逃げるなんて」
「だって悔しかったんだもん」
「何が!」
「雅史まで取られちゃうんだもん」
「と、……と?」
「はぁ……。あんたらの結婚式のスピーチは太田に頼みなさいよね。私は出ないから」
「え、え?」
「あのねえ」
私ははっきり言う。
「私が太田のこと好きっての、本気で誤解だからね」
「え……そうなの?」
「いい加減にしてよね」
「ごめん……。勘違いしてた」
「太田が誰に告白しようと私は怒りゃしないから安心しなさいよ」
「なんだ、ならあんな嘘つくことなかった」
「嘘?」
「僕が山本さんのこと好きになったって言ったのは太田を止めるためだったんだけど、そんな必要なかっ……」
「嘘ぉ!!?」
「どうしたの郁ちゃん凄い怖い顔して」
「なんでそんな嘘つくのよ!!!」
「あの……さっきから岡島先輩と雅史先輩は何の話をなさっているのですか?」
「……ていうかなんであんた、雅史だけ下の名前なの?」
「あ、その……苗字をお聞きしていなかったもので」
そ……そんな理由かい。
「手塚よ。こいつは手塚雅史」
それを聞いた瞬間、山本さんはこれまでで一番ビックリしたようだった。
「え! では雅史先輩があの仕掛けを……!?」
*
翌日の部室。
「昨日、私は人体模型やベートーベンのし掛けについて理科の山田先生に尋ねてみたのです。先生はこんなもん作るのは三年の手塚じゃないのかと仰いました。失礼ながら先輩の苗字を知らずにいたため、それが雅史先輩のことであるとわからなかったのですが」
「ああ……確かに僕、一年の頃電子工作部作ろうとして山田先生に顧問お願いしたことある……!」
「それで思い至ったのですが、体育館の放送も先輩が配線の接続を変えて別の場所から放送を流されていたのではないですか?」
「おーっ。惜しい。当たらずとも遠からず」
「流石に僕そこまではやらないよ」
私が種を明かすと、そうだったのですね、と山本さんは納得した表情を見せた。
「ほぼ完敗だね。ほんと、ごめんなさい」
「何を謝られるのですか? 教材作成のお手伝いをされているのはとても立派だと思います」
なんか誤解が微妙に解けてないな。
*
後日、太田は山本さんに告白して振られたらしい。あの太田でもショックだったらしく、一週間ほど休んだので結構心配したのだが、あっさりと復活した。
そう言えば、と私は気がつく。
「七つ目の不思議見つけた」
「え、何?」
「笑わない美少女山本さんの、下の名前」
「あ、確かに聞いてないや」
雅史と私は笑いあった。