パインカップ終了
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『ヨシアキ!』
演技を終えて、エプロンに停めた「エクストラ330SC」のエンジンを切ったサクラは、ベンの声を聞いた。
「(……ん?……)」
左後ろを見ると、息を切らしてベンが走ってくる。
「(……何だ? アイツ、今ヨシアキって言ったよな……俺はサクラだぜ……)」
『ハイ! ベン……』
サクラは、キャノピーを跳ね上げた。
『……貴方、今なんて言った? 私はサクラよ。 何処かで頭でも打った?』
『……はぁはぁ……い、いや……ヨシアキだ……』
ベンは、コックピットにしがみ付いた。
『……今のローリングサークルは、ヨシアキにしか出来ない』
『はぁ? ローリングサークルなんて、誰でも出来るじゃない……』
サクラは、ベンの顔を覗き込んだ。
『……高槻さんだって、ベンだって……なんなら、ここに居るかなりのパイロットが出来るわ』
『いや出来ない。 あの変態的なラダーとエレベーターの連動は』
ベンもサクラの顔を、真っ直ぐに見返した。
「(……げっ!……この野郎、相変わらず変態的って言うんだな……)」
『なによ! 変態的って……』
サクラは、頬を膨らせた。
『……私の何処が変態なのよ』
『い、いや……サクラが変態って訳じゃなく……』
ベンは、掌を前に出した。
『……あのローリングサークル中の絶妙な舵のバランスだ。 あれはヨシアキが得意だった。 俺は出来なかったんだ。 今でも出来ない』
『それが、何で変態なの?』
サクラは、首を傾げた。
『褒めてるんだよ。 羨ましいんだ……』
ベンは、コックピットの縁を掴んだ。
『……ヨシアキにしか出来ないローリングサークルなんだ。 なあ……ヨシアキなんだろ? サクラってのは仮の姿なんだろ?』
『違う……私はサクラ。 ヨシアキは、私の義理の兄。 2年前に事故で死んだのよ』
サクラは、目を伏せて首を振った。
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大会一日目が終わり、サクラはイロナの部屋に来ていた。
『そう……ベンは、そこまで真実に近づいて来たのね』
サクラの話を聞いて、イロナは腕を組んだ。
『そうなんだ。 ヤバイよ……』
サクラは、ベッドの上で腕を後ろについて胸をそらした。
『……このままじゃ……ベンの命が危ない』
『そうね。 ヴェレシュの実働部隊は、容赦なく行動に移すでしょうね……』
イロナは、ため息を吐いてスマホを取り出した。
『……何とか時間を稼ぐわ。 サクラは、どうにかしてベンにヨシアキのことを諦めさせてちょうだい』
『うん……何か考えてみる……』
サクラは、反動をつけてベッドから立ち上がった。
『……それじゃ、私は部屋に帰って「アンノウン」を覚えるね。 おやすみ』
『おやすみ。 あまり夜更かしはしないようにね』
『分かってるよ』
サクラは、ドアを開けて出て行った。
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パインカップの二日目。
今日はそれぞれのクラスで「アンノウン」が行われて、午後には大会が終わる予定になっていた。
「室伏さん、頑張って。 昨日まででトップですから……「アンノウン」の結果次第で総合一位ですよ」
サクラは「エクストラ330SC」に乗り込む室伏を手伝っていた。
「ああ、分かってる。 期待してくれて良いぜ……」
室伏は、キャノピーを閉じた。
「……それじゃ、離れてて」
「はい……」
サクラは、機体から走って離れた。
すぐにエンジンが始動され「エクストラ330SC」は走り出した。
『……で? そこで何をしてるの? ベン』
『バレてたか?』
のっそりとベンが、ギャラリーの後ろから現れた。
『はぁ……分かるわよ……朝からチラチラ視界の隅にズット見えてるんだから……』
そう……サクラはホテルで朝食をとる時から、今この時まで視線を感じていたのだ。
『……パイロットからストーカーにジョブチェンジした?』
『そう見えても仕方がないな……』
ベンは、自嘲気味に薄く笑った。
『……サクラが尻尾を出さないか、ってね……見張ってたわけだ』
『尻尾?……』
サクラは、お尻に手を回した。
『……そんな物、生えてないわよ』
『そうだな。 サクラは、どう見ても若い女性だ。 俺の知ってるヨシアキとは違ってる。 上手く化けたもんだ』
『何よ! 人を妖怪みたいに言って……』
サクラは、頬を膨らせた。
『……ねぇ……ベンは、私のローリングサークルが吉秋しか出来ない物だ、って言うのよね。 だから私は吉秋だって』
『ああ、そうだ』
ベンは頷いた。
『ところがね……それは間違ってるわよ。 私は、日本で室伏さんにエアロバティックを習ってたの』
サクラは、滑走路を見た。
丁度室伏の「エクストラ330SC」が、離陸して行った。
『それはムロフシから聞いた』
ベンも釣られて滑走路をみた。
『その室伏さんも出来るのよ。 私はそれを習ったんだから』
サクラはベンを見た。
『信じられない。 あの変態的な操作の出来る奴が、何人も居るなんて』
ベンは目を見開いた。
『ベン? その変態って言うのは、やめて! あなたの方が、よっぽど変態的でしょ。 ストーカーの自由恋愛さん』
『バカ! 確かに俺は「フリーラブ」だけど……奥さん一筋だ、って言っただろ』
ベンは、右手を横に振った。
『ま、冗談だけど……』
サクラは、顔の前で手を振った。
『……「アンノウン」の中にローリングサークルがあるのよ。 そこでハッキリするわ。 貴方の思い違いだってことがね』
『そうか? そうだな……ハッキリするな』
ベンは、エアロバティックボックスを見上げた。
室伏の操縦する「エクストラ330SC」が、ゆっくりとロールをしながら向きを変えていた。
『……まさか……嘘だ……』
空を見上げたベンは、呆然としていた。
『……あれが出来るなんて。 まるでヨシアキと同じじゃないか』
『ふふん! どう? 室伏さんは出来たでしょ』
サクラが威張るのも当然だ。
室伏は、ローリングサークルを完璧にこなしていた。
『何故サクラが威張ってるのかは、置いておいて……』
ベンは、肩を落とした。
『……認めるよ。 あれが出来るのはヨシアキだけじゃなかった。 だから、サクラが出来たからって……サクラはヨシアキだという証拠にはならない』
『よろしい。 つまりベンは下手だからあれが出来ない、って事ね』
サクラは、勝ち誇って胸を反らした。
『はいはい、その通り……』
ベンは、空からサクラに視線を移した。
『……何でそんな所が似てるんだろう? ヨシアキもそんな風に……俺に勝てるところを見つけては勝ち誇ってた。 その他にも、色々と似てる仕草をするよな? 何故なんだろうな?』
『は? そ、そうかなぁ……』
サクラは「すっ」っと視線を逸らした。
『……ぐ、偶然じゃない? 兄妹だし』
『ほら……ヤバくなると目を逸らすのも一緒だ……』
ベンは「にやっ」と笑った。
『……変だよなー 血は繋がってないんだろ? 一緒に暮らしてた事も無いんだろ? ヘンダナー』
『偶然よ、偶然! んじゃ、私はフライトの準備があるから』
サクラは、身を翻して走って行った。
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パインカップは、事故も無く無事に全日程を終えた。
『……スポーツマン一位……メイナード リチャードソン……トータル2981ポイント……』
拍手の中、名前を呼ばれたメイナードが、顔を赤くして前に出て行った。
そう……今は表彰式が行われていた。
『……おめでとう、立派な成績だ』
『あ、ありがとうございます』
ぎこちなく、メイナードは盾をもらった。
『ねえ、メアリ。 メイナードって、上がり症?……』
サクラは、隣で見ているメアリに小声で尋ねた。
『……女性に対してシャイだっていうのは聞いたけど』
『少しね。 中学校の頃は、酷かったけど……
二人の見ている前で、メイナードは二位、三位の者と並んでカメラの前に並んだ。
『……大人になった近頃は、大した事は無いはずよ』
『そうなんだ……でも顔が真っ赤だね』
『ふふ……そうね』
メアリは、ちょこっと肩を竦めて見せた。
『さて……アドバンスドの発表だ……』
インターミディエットの表彰が終わり、司会者が新しいプリントを持って言った。
『……三位は……ほぉ……これは二位との差がトータル14点しかない……』
司会者は、プリントを頭上で振った。
『……惜しくも三位だったのは……皆さんご存知の、メアリ リチャードソン。 あの、お転婆メアリだ』
『なによ! 言いふらさなくても良いじゃない?』
拍手と歓声……悲鳴かもしれない……の中、メアリは前に出て行った。
『いやいや……メアリが三位になるなんて、此処最近は無かったことじゃないか?』
そう……毎年のように出場しているメアリは、ここ数年一位を独占していたのだ。
『一位が続いたのは偶然よ。 上手な人が出てきたら……』
メアリは、肩を竦めた。
『……私の腕なんて、こんなものよ』
『おやおや……あのお転婆が、随分大人しくなっ……イデデデデ……』
司会者は、メアリに頭を掴まれた。
『……止めてくれ……頭が割れる』
『余計な事を言ってないで、さっさと進めてくれる?』
メアリは、手を放すとハンカチで拭いた。
『……おー、死ぬかと思った……では、改めて……アドバンスド三位は、メアリ リチャードソン……トータル6608ポイント』
拍手の中、メアリは盾を受け取った。
『……さて、アドバンスドの二位は……サクラ トヤ……トータル6622ポイント』
『ハイ』
返事をして、サクラは前に出た。
『おや? 名前からして日本人かと思ったら……赤毛……ヨーロピアンかな? 可愛いね』
司会者は、サクラに向かって右手を出した。
『こんな見た目でも、国籍は日本ですよ。 生まれはハンガリーですが』
サクラは、司会者の手を握った。
『なるほど……サクラは初出場で二位。 素晴らしい成績でした……フリーに至ってはトップの成績で……トレーニングはハンガリーで?』
『いえ、日本でトレーニングしてました。 アンリミテッドに出ている室伏さんが先生です』
『なるほど……それなら納得ですね。 彼は素晴らしいパイロットだ。 さあ、どうぞ……』
司会者は、盾をサクラに渡した。
『……改めてサクラに拍手を』
『ありがとうございます』
盾を持って、サクラはお辞儀をした。
表彰式は終わった。
『はぁ……終わっちゃったなぁ』
ホテルに帰ろうと駐車場に来たところで、サクラは大きく背伸びをした。
『ねえサクラ。 サクラは、明日帰るの?』
一緒に駐車場にきたメイナードが尋ねた。
『ううん……ルクシがエクスペリメンタル・カテゴリーに変更出来るまで、ここに居ようと思うけど……』
そう……結局「エクストラ300LX」のエンジンを交換して帰る、と言うのは無駄だと言う事になったのだ。
『……何かあれば、ルクシを置いて帰るけど……とりあえず2週間ほど、居るつもり』
『それじゃ、それじゃさ。 一緒に僕の「スホイ」に乗らない?』
メイナードは、サクラの前に回った。
『え? 乗せてくれるの?』
サクラは、立ち止まった。
『うん……明日は日曜日だから、仕事は休みなんだ』
『メアリは? 彼女は飛ばないの?』
そう……確か「スホイ」は二人で共有していたはずだ。
『ん~~ 何とかする。 メアリだって、一日中飛んでるわけじゃないし』
『良いの? じゃ、乗せてもらおうかな』
サクラは、頷いた。
『それじゃ、明日10時に迎えに行くね』
メイナードは「くるり」と回ると、車の方に走って行った。
『あら……サクラは、明日はデート?……』
横にいたイロナは「ニマニマ」している。
『……じゃ、私はユウイチとデートしようかな』
『デート? まさかー メイナードは、そんなつもりで誘ったんじゃないとおもうよ』
サクラは、首を振った。
『甘いわね。 デートの約束が出来て、彼は今日は眠れないかもよ』
イロナは「ポンポン」とサクラの肩を叩いた。
『姉さん、明日午前中に「スホイ」使うね』
『あら? メイナード、珍しいわね。 貴方、大会の後は疲れたって言って、乗らないことが多いじゃない?』
『うん。 そうだけど……サクラを乗せてあげるんだ。 彼女、2週間ぐらいここに居るんだって』
『あらら……ひょっとしてデート? 貴方も隅に置けないわねー』
『ち、違うよ。 彼女の「エクストラ」は、暫く乗れないから……退屈するんじゃないかなって』
『照れるな照れるな、誤魔化さなくたって分かるから。 そうかー メイナードも、やっとそういう事に目覚めたのね。 よっし、姉さんが素敵なディナーのあるホテルを予約してあげるわね。 勿論ダブルの部屋よ』
『や、止めてくれよ。 まだそんなんじゃないから』
『うふふ……まだ、なのね。 そうね、2週間余裕があるものねー 焦らずじっくり攻めるわけね』
『もう……いい加減にしてくれよ』
メイナードの顔は、茹蛸のようだった。




