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紅い桜  作者: 道豚
92/147

公式練習

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


『……ふぁ……』

 エフラタの市街から空港に向かう車の中……周りから建物が消えて「ただっ広い」草原が広がった辺り……助手席のイロナが欠伸をした。

『珍しいね。 イロナが寝不足なんて』

 後部席のサクラは元気だ。

『ん~ 夕べは、ちょっと……ふぁ……遅くまで飲んでたから』

『空港内のバーに行ったんだよね。 森山さんと』

 そう……軽く練習したサクラがホテルに行こうとしたら……『バーがあるから、ちょっと飲んでくわ』とイロナは森山と連れ立って歩いていったのだ。

『ええ、そうだけど……すぐに閉まっちゃったのよ。 そのバー』

『あ、そうなんだ。 んじゃ、どこで飲んでたの?』

『ホテルの部屋よ。 色々買ってきてね』

『えー 部屋で? 一人で飲んでたって、つまんないでしよ』

『あ、えっと……』

 イロナは、運転をしている森山を見た。

 森山は、軽く頷いた。

『……ユウイチと飲んでたわ』

『えっ! 森山さんと? 二人で?……』

 サクラは、森山を見た……運転中だから、後頭部が見える。

「……森山さん本当? それって……不倫じゃない?」

 そう……森山は結婚していて、子供が一人居るはずだ。

「い、いや……それがだな……純子とは別れたんだ」

「ええーー! いつの間に? どうして?……」

 サクラは、大声を上げた。

「……あんなに優しい奥さんだったのに」

「やはり、見知らぬ国で暮らすのは、耐えられなかったらしい。 しかも俺は、出向で長い事留守にするし……十分なフォローが出来なかった。 別れたのは、3月だ。 純子は、もう高知に帰ってるよ」

 森山の声には、寂しさが滲んでいた。

「3月……私が、まだ高知に居るころだ。 全然知らなかった……言ってくれれば良かったのに……」

 森山をヴェレシュに誘ったのは、サクラだった。

「……ゴメン。 私が二人の仲を壊しちゃったんだね」

「いやいや……気にしないでくれ。 決めたのは、おれ自身だし……ヴェレシュに来た事に後悔はない。 ま、そういう運命だったんだよ」

「でも……」

「でも、は無い。 しかし……どうせなら、サクラちゃんには……チャンピオンになってもらおうかな? しっかりチューンしてやるぜ」

 森山は、前を向いたまま右手を肩まで上げて、握りこぶしから親指を上げて見せた。




 駐機場には、格納庫から出されたエアロバティック機が、所狭しと並んでいた。

 その中をサクラは、フライトスーツを着て歩いて行く。

『……ヒュー……』

『……ヘイ、レディ……』

『……ハイ、キューティ……』

     ・

     ・

     ・

 そして、至る所から声を掛けられていた。

「(……もう……どいつもこいつも……女と見れば声を掛けやがって……)」

 もっとも……サクラとしては、迷惑極まりない事だった。

「(……無視・無視……)」

 「チラ」とも視線を向けず「スタスタ」と歩いている、と……

「サクラちゃん!」

 日本語で名前を呼ばれた。

「え!……」

 流石にサクラは立ち止まり、声のした方を見た。

「……室伏さん!」

 そう……そこには室伏が、立っていた。




「お久しぶりです……」

 サクラは、室伏に駆け寄った。

「……二ヶ月ぶりですね。 この大会に出るって、言ってましたっけ?」

「ああ、久しぶり……」

 室伏は、サクラの差し出した右手を握った。

「……出るって言わなかったっけ?」

「聞いてないですよ……」

 サクラは、そこに在る「エクストラ330SC」を見た。

「……これが、室伏さんの機体ですね。 報告書の写真では見てましたけど……実際に見るのは初めてです。 綺麗にラッピングしてあって……特に垂直尾翼の赤がお洒落」

 そう……シルバーを基本として、垂直尾翼には日の丸の一部が掛かっているかのように、赤くラッピングされている。

 それは、ヴェレシュのイメージカラーでもあり、そしてパイロットが日本人であることを主張していた。

 勿論、胴体の目立つ場所に「VERES」と書かれている。

「ああそうだ。 良い飛行機だよ……」

 室伏は、カウリングを「ぽんぽん」と叩いた。

「……こいつは、曲技飛行に特化していて……特にロールの入りと止めが素晴らしい」

「いいなー……一度操縦させて下さい」

「ああ、それは構わないが……これはシングルシートだぜ。 大丈夫かな?」

『へい! ムロフシ……』

 突然、横から声がした。

『……可愛い娘を引っ掛けたな』

 室伏とサクラは其方を見た。

 そこには……室伏と同じ位の歳だろうか……精悍な顔の紳士がウインクをしていた。

『ルイス……』

 室伏は、溜息を付いた。

『……冗談は、止めてくれ。 彼女は、日本での俺の生徒だ』

『ああ、ああ。 そんなところだろう……』

 ルイスは「にやっ」っとした。

『……ムロフシに、そんな意気地いくじがあるはず無いよな』

『言っとけ。 俺は、日本に奥さんが居るんだ。 おまえみたいに、一人者じゃないんだよ』

『あの……この方は?』

 何か……冗談の応酬を始めた室伏に、サクラが尋ねた。

『ああ、こいつは……』

 室伏が、紹介しようとしたが……

『お、これは失礼した……』

 それを遮ってルイスは、サクラに右手を出した。

『……俺は、ルイス。 このムロフシのライバルさ』

『始めまして。 私はサクラです……』

 サクラは、出された右手を握った。

『……室伏さんに、エアロバティックを習ってます』

『それは良い。 こいつは、腕は確かだし……女に手が出せないからな。 安全だ』

 ルイスは、横目で室伏を見た。

『ええ。 知ってます』

「サクラちゃん! サクラちゃんにとって、俺の評価は……そんなものかい」

 室伏は、ガックリと肩を落とした。




 サクラが「ルクシ」のところに来ると、森山とイロナ、そしてクルー全員が居た。

『順番は? サクラ』

『ん……あと30分後だよ』

 イロナに答えると、サクラは「ルクシ」の点検のため踏み台に登って、コックピットを覗き込んだ。

『そう……それで、何を練習するの?』

 今日は、大会前の公式練習日なのだ。

『……イグニッション、OFF……持ち時間が10分しかないから、ノウンかな? 午後はフリーを飛んでみる……バッテリー、ON……フュエル、OK……バッテリー、OFF……』

 サクラは、コックピットから上体を引き出した。

「(……ふぅ……何気に胸が引っかかるんだよなぁ……)」

 そう……エアロバティックの為に、今日は胸を固めているので……狭いところでつかえてしまうのだ。

 サクラは、踏み台から降りて尾翼のほうに歩き出した。




 点検しながら機体のまわりを一周いっしゅうしたサクラは、コックピットに乗り込んだ。

『んじゃ、エンジンを掛けるね』

 シートベルトを確認してくれたアンナに言って、サクラはキャノピーを閉めた。

「(……ブレーキ、OK……バッテリー、ON……アビエーション、OFF……オルタネーター、ON……プロペラピッチ、ロー……スロットル、少し開けて……ミクスチャー、フルリッチ……プライミング……)」

 サクラは、燃料ポンプを数秒間ONにした。

「(……スティック引いて……スタート……)」

 サクラがキーを捻ると「ライカミングAEIO-580」は機体を震わせて始動した。




{『エフラタコントロール エクストラ111G パイロットはサクラ リクエスト RW22へのタキシー』}

 十分暖機が出来たころ、サクラは大会を管理している所を呼んだ。

{『サクラ エフラタコントロール RW22へのタキシー許可 滑走路前で待機』}

 飛行機を複数人で使い回すことがあるので、ここでは特別にパイロット名がコールサインになっている。

{『エフラタコントロール サクラ RW22へタキシー 滑走路前で待機』}

『それじゃ、行くね』

 サクラは前席の……セイフティパイロットとして、今日は乗っている……ベンにインカムで言って、スロットルレバーを押した。




{『エフラタコントロール サクラ RW22』}

 「ルクシ」の前に、ペイントで示されただけの滑走路がある。

 これは昨日着陸したRW21と平行した短い滑走路だ。

{『サクラ エフラタコントロール そのまま待機』}

 どうやら、誰かが着陸してくるようだ。

{『エフラタコントロール サクラ 了解』}

 サクラは、返事をして空を見た。

「(……ん~~ 誰かなー 今は「スホイ」がボックスに入ってるみたいだけど……)」

 此処から正面にエアロバティックボックスが在るのだ。

 そこには黒っぽい色の星型エンジンの機体が見えていた。




{『ユウイチ エフラタコントロール ランウェイ イズ クリヤー』}

 開いたままにしているチャンネルから、コントロールの無線が聞こえた。

{『エフラタコントロール ユウイチ ランウェイ イズ クリヤー』}

「(……高槻さんの声だ……)」

 聞こえてきた声は、高槻だった。

 サクラは、左を見た。

「(……あ、居た……)」

 そこには、着陸態勢に入っている高槻の「ピッツ」が見えた。

「(……確か、高槻さんが「アンリミテッド」の最後だって言ってたから……)」

 そう……今朝会った時に「演技順が最後だよ」と言っていたのだ。

「(……今練習してる人は「アドバンスド」って事だよな……)」

 サクラは、前方のエアロバティックボックスに視線を向けた。

 相変わらず「スホイ」が演技をしている。

「(……どんな人が乗ってるんだろう?……)」

 少なくとも、この大会での「競争相手」であることは、確かだった。




{『サクラ エフラタコントロール ランウェイ イズ クリヤー 離陸後左に旋回 許可があるまでエアロバティックボックスに入らないこと』}

 高槻の「ピッツ」が通り過ぎると、離陸許可が出た。

{『エフラタコントロール サクラ ランウェイ イズ クリヤー 離陸後左に旋回 許可が出るまでエアロバティックボックスに入りません』}

 サクラは「ルクシ」を滑走路に進ませた。

 右ペダルを踏んで右のブレーキを掛け「ルクシ」を真っ直ぐに向ける。

 先の方では、高槻が滑走路から出て行くのが見えた。

『離陸します』

 ベンに一言告げ、サクラはスロットルレバーを押した。




{『メアリ エフラタコントロール 時間だ エアロバティックボックスから出なさい』}

 サクラが、大きく旋回して高度を取ったとき、無線機が通信を拾った。

「(……「スホイ」のパイロットって、女だったんだ……)」

 黒っぽい色だったので、サクラは勝手に男が乗っていると思っていた。

{『エフラタコントロール メアリ 了解』}

 やや低めの声……それでも女性だとは分かる……が聞こえた。

 サクラは、左にバンクを取ってエアロバティックボックスを見た。

 「スホイ」が高度を下げながら離れていく。

{『サクラ エフラタコントロール エアロバティックボックスに入って宜しい』}

{『エフラタコントロール サクラ エアロバティックボックスに入ります』}

 サクラはバンクを戻し、左手にスティックを持ち替えた。

 右手でトリムレバーを操作して「ゼロリフト トリム」に合わせる。

 「ルクシ」は機首を下げようとするので左手でスティックを引きながら、右手をスティックに戻す。

 左手は、定位置のスロットルレバーに添えた。

『ボックスに向かいます』

 ベンに告げ、サクラはスティックを左に倒した。




『おつかれ、メアリ』

『ん、ありがとう』

『どうだ? 調子は』

『いいわ。 ところで……私の後から来た「エクストラ」……可愛いラッピングだったわね』

『そうだね。 無線を聞いたけど、女の子だったよ』

『そうでしょうね。 あんなラッピング……男じゃ乗れないわ。 可愛いかしら?』

『聞いた事が無い名前だから、分からないなー』

『なんて名前?』

『サクラってコールサインだった』

『サクラね。 東洋っぽい名前ね』

『ああ。 確か春に咲く花の名前だろ? 洒落てるじゃないか』

『それより……私の直後って事は、同じアドバンスに出るのよね。 後で会いに行こうかしら』

『それは良いね』

『んじゃ、私はシャワーを浴びてくるわ。 後はお願い』

『OK。 任しといて』

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― 新着の感想 ―
[一言] 女性二人が参加。ライバル関係になるのかな。森山さんいつの間に離婚を。
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