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紅い桜  作者: 道豚
91/149

エフラタ到着

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。

 クレセントシティを離陸して、しばらく海岸線沿いを飛び、「NORTH BEND」ポイントから内陸に入ったのは、およそ1時間半前……「ルクシ」は、コロンビア川を横断してワシントン州に入った。

 左手に白く輝く……雪が残っているのだろうか……周りから突き出した山が見える。

『そろそろKLICKITATだ』

 前席のベンが、インカムで言ってきた。

『OK……』

 サクラは、膝のポケット……透明になっている……に入れているチャートに視線を落とした。

『……LTJだよね。 そこからヘディング18度となってる』

『ああ、そうだ。 しばらくはその辺りのヘディングで飛ぶ』

『了解。 ねえ、あの山って……』

 サクラは、左を指した。

『……随分高いよね。 まるで富士山みたい』

『あの山、って言ったって……方角を言ってくれ。 っま、分かるけどな』

 ベンが左を見るのが、サクラから見えた。

『あ、ごめん。 えっとー……9時かな?』

『OK、OK。 あの高い山だな……』

 ベンは、左を指差した。

『……あれは、アダムス山だな。 およそ12000フィートだから、近づかないほうが良い』

 そう……「ルクシ」は今7000フィートで飛んでいる。

 もし近づいたら、山頂は見上げる高さになるだろう。

『12000フィートって言ったら……富士山と同じくらいの高さだ。 確かに近づかないほうが賢明だね』

『さっきから出てくる「フジサン」も、あんな風に突き出してるのか?』

『うん。 特に北側から見るとね』

 そう……南側からは、手前に海があって違うが……北側からは、手前に山が連なっていて、丁度今見えている風景に近いのだ。

『そうか……こんなに離れた場所なのに……似てるってのは不思議な物だな。 っとLTJだ! レフトターン ヘディング18度』

 どうやら余所見をし過ぎていたようだ。

『レフトターン』

 慌てたベンの声を聞いて、サクラは大急ぎで左旋回を始めた。




 LTJを通過して30分後……

『ライトターン ヘディング41度』

 ヤキマ市にあるYKMポイントで、サクラは右旋回をした。

 前方下側は、荒涼として木の生えてない……比較的低い山並みが続いている。

「(……とても人の住める土地じゃないな……)」

 そう……此処から見ると、まるで砂漠のようだ。

「(……ん? 滑走路かな?……)」

 少し先の谷間に飛行場らしきものが見える。

『ベン。 滑走路が見える』

『ん! ああ、あれか……』

 ベンは、少し伸び上がって……前席は低いので、前方下側が見難い……先を見た。

『……多分、あれは陸軍の滑走路だ。 この下は「ヤキマ演習場」だから、その施設だろう。 俺は軍に居たことが無いから、詳しくは分からないけどな』

『そうなんだ、物騒だね。 こんなとこ飛んでて、攻撃なんかされないよね?』

『大丈夫だろ? 特に何かしてる様子は無いから……今日は休みなんだろう』

 やけに楽観的な予想であるが……そうそう民間機が攻撃されるものでもない。

『そうだよね。 でも……サッサと行ったほうがいいよね』

 サクラは、スロットルレバーを進めた。

『おいおい、ユウイチが付いてこれないぜ』

 高槻の「ピッツ」は、右後ろを付いて来ているのだが……

{「サクラちゃん。 こっちはそんなに速度が出ないから。 飛ばしすぎだよ」}

 見る間に後方に遅れていった。




 大きく蛇行したコロンビア川が、右手から再び前方に見えてきた。

 ダムがあり、少し川幅が広がっている先は、台地状になっている。

「(……あはは……緑の水玉模様が繋がってる……)」

 その台地の上は、緑の丸い模様……直径500メートルはあるだろうか……によって埋め尽くされていた。

『さて……そろそろグラント郡に入るな……』

 インカムからベンの声がした。

『……ATCはどうする? サクラがするか?』

『そうですねー 私がします……』

 サクラは、無線機の周波数を切り替えた。

 途端に「ガヤガヤ」とした通信が聞こえてくる。

{『……グラント カウンティ アプローチ JA111G エクストラ300LX』}

 その「ガヤガヤ」が静かになった時を狙って、サクラはマイクに吹き込んだ。

 ややあって……

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ ゴーアヘッド』}

 男の声で無線が返ってきた。

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G M94の北2マイル ALT7000 エフラタに向けて飛行中』}

 ダム湖のほとりに飛行場があり、そこのコードがM94なのだ。

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ 了解 これからどうするね? かわい子ちゃん。 エフラタに降りるのかな?』}

 何か……以前の岡南空港以来の砕けた話ぶりだ。

「(……か、かわい子ちゃん?……なんちゅう奴がATC握ってるんだよぉ……)」

『ぷっ……かわい子ちゃん、と来たか。 当たってるよな』

 無線が聞こえていたのだろう……ベンが噴き出したのが聞こえた。

「(……ベンの奴……そんなに可笑しいか?……っと、返事しなくちゃ……)」

 会話を途切れさせる訳にはいかない。

 サクラは、通話ボタンを押した。

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G エフラタに着陸します』}

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ 了解 10マイル手前で報告してくれ』}

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G エフラタの10マイル手前で報告します』}

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ またね、かわい子ちゃん』}

「(……はぁ~~ かわい子ちゃんは、やめてくれよ……)」

 沈黙した無線機に向かって、サクラは心の中でため息を吐いた。




 小さく街が見え始めた。

 ゆっくり高度を落とした「ルクシ」は、今4000フィートを飛んでいる。

「(……そろそろ10マイルかな?……)」

『10マイルだ』

 サクラが思ったところに、ベンがインカムで言ってきた。

『OK。 連絡するね』

 サクラは、マイクのボタンを押した。

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G エフラタの南西10マイル ALT4000』}

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ RW22を使用中 そのままダウンウインドレグに進入 臨時のタワーがある 周波数126.4で連絡』}

 気に掛けていてくれたのだろう……呼びかけに対して、すぐに返事がきた。

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G  了解。 126.4でタワーに連絡。  RW22のダウンウインドレグに進入』}

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ OKだ。 それじゃね、かわい子ちゃん』}

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G かわい子ちゃんは、やめて。 私は21歳よ。 子供じゃない』}

 もう、いい加減「かわい子ちゃん」は、恥ずかしい。

{『エクストラ111G グラント カウンティ アプローチ あははは……それは失礼した。 それじゃ、レディ。 この先も気をつけて。 グッデー』}

{『グラント カウンティ アプローチ エクストラ111G ありがとう グッデー』}

「……ふぅ……疲れた……」

 マイクのスイッチを切って、サクラはさっきに増してため息を吐いた。




{『エフラタタワー エクストラ111G 南西5マイル ALT2200 着陸を要請』}

 街の向こう側に、滑走路が見えてきた。

{『エクストラ111G エフラタタワー RW22の右ダウンウインドレグに進入。 現在トラフィックパターンに他機無し。 滑走路の反対側には行かない事。 ボックス内で練習している』}

 どうやら滑走路を挟んだ反対側にある、常設されているエアロバティックボックスで、エアロバティックスの練習をしているらしい。

{『エフラタタワー エクストラ111G 了解。 RW22の右ダウンウインドレグに進入。 ボックスには近づきません』}

{『エクストラ111G エフラタタワー ベースレグで報告』}

{『エフラタタワー エクストラ111G ベースレグで報告します』}

「(……これでよし……)」

 着陸前のやり取りの一つが終わった。




 街を貫くハイウェイの上空で左に45度向きを変え、「ルクシ」はダウンウインドレグに入った。

 右には、開けた郊外に直角に交わる二つの滑走路を持つ、空港が見える。

「(……ん~~ 飛行機は見えない?……)」

 その二つの滑走路に挟まれた場所に、エアロバティックボックスが在るはずなのだが……

「(……ちょっと、遠いかなぁ……)」

 流石に数マイル離れた場所を……激しく姿勢を変えて……飛ぶ小型機は、見つけることが出来なかった。




 やがて滑走路は後ろになった。

『ベースレグに入ります。 ライトターン』

 サクラは、ベンに言って右に90度旋回した。

{『エフラタタワー エクストラ111G ベースレグ』}

 かさずタワーに報告する。

{『エクストラ111G エフラタタワー クリヤード ツウ ランド』}

 滑走路は空いている。

{『エフラタタワー エクストラ111G クリヤード ツウ ランド』}

 サクラは復唱すると、スロットルレバーを手前に引いた。




 滑走路が近づいてくる。

{『エフラタタワー ピッツ345DW 南西5マイル ALT2400 着陸を要請』}

 開いたままになっている無線から、高槻がタワーに交信するのが聞こえてきた。

{『ピッツ345DW エフラタタワー RW22の右ダウンウインドレグに進入。 現在ファイナルレグにエクストラが居る。 滑走路の反対側には行かない事。 ボックス内で練習している』}

 ファイナルレグのエクストラは、言わずと知れたサクラ達である。

『高槻さん、来たようですね』

『ああ、意外と早く追いついたな。 どうせ近道でもしたんだろう』

 ヤキマで置いてきたはずなのに、もう追いついたのは、ポイントを幾つか抜かしてきたのだろう。

『そうでしょうね。 っと、滑走路端通過』

 お喋りをしているうちに、滑走路端のマークを通過していた。

「(……アイドル……)」

 サクラは、スロットルレバーを引いた。

 そして……メインギヤが接地する数十センチになると……

「(……フレア……)」

 サクラは、スティックを引いて降下を止めた。

 「ルクシ」は、どんどん速度を落とし……

「(……タッチダウン……)」

 失速警報の「ピー」音と共に「トン・トン」と……テールギヤ、メインギヤの順で……滑走路に車輪を付けた。




{『エクストラ111G エフラタタワー 速やかに滑走路から出て』}

 ここの管制官は、せっかちなようだ。

「(……はいはい、わかってますよー……)」

{『エフラタタワー エクストラ111G 次の誘導路から出ます』}

 後ろから高槻が来ているのだ。

 態々言われなくても、さっさと滑走路を空けるのは、当たり前である。

 サクラは、右ラダーペダルを踏んで「ルクシ」を誘導路に向けた。




 駐機場には、沢山のエアロバティック機が並んでいる。

「(……イッパイ居るなー……)」

 吉秋時代には、経験したことだが……最近は、精々数機並んでいるのを見ていたので、サクラは「うきうき」と……タキシーしながら……周りを見ていた。

『あそこだ。 モリヤマが手を上げている』

 ベンは、落ち着いて見張りをしていた。

『え? どこどこ……』

 サクラは、意識を飛行機から人間に切り替えた。

『……ああ……見つけた』

『あの辺りから入っていけそうだ』

 ベンが右前を指差した。

『そうですね。 あそこから入ります』

 ベンが指した方に、サクラは「ルクシ」を向けた。




『サクラ。 夕暮れまでまだ時間があるから、練習できるそうよ』

『誰から聞いた? イロナ』

『Mrムロフシからよ。 彼は、今日のお昼ぐらいから練習してたんだって』

『室伏さん、来てたんだ。 何処に居るのかな?』

『今、飛んでるわ』

『そうなんだ。 タワーが言ってた今練習してる、ってのは室伏さんだったんだね。 んじゃ、私も練習しようかな。 何処で着替えたら良い?』

『バンを借りてるわ。 そこで着替えてちょうだい』

『OK。 それじゃ森山さん、燃料を補給しておいてください。 イロナ、案内して』


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