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紅い桜  作者: 道豚
89/147

試行錯誤と練習

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 広々とした畑の片隅に立てられた2本のパラソル。

 その一つの下で高槻はリクライニングさせたピクニックチェアに寝そべっていた。

『なあユウイチ……もちょっと見やすい色にしたほうが良いんじゃないか? 後ろの方が桜色になってるが……あれも今一ボヤけた色だしな』

 そしてもう一つのパラソルの下では、同じようにムラオカが仰向けになっていた。

『ああ、そうだなぁ……』

 高槻の視線の先には、真っ青な空に溶け込みそうなブルーを基調とした小型機が飛んでいた。

『……今日は、天気がいいから……確かにブルーは見辛いな。 特に年寄りには』

『な、何を言う……俺は目だけは良いんだ。 年寄り扱いするんじゃない』

『お! そりゃ失礼。 しかし爺さんも好きだねぇ……自分は飛ばないのに』

 話しながらも、高槻は飛行機から目を離さない。

『そりゃよ……俺も飛びたかったんだ。 しかし……俺たちには、そんな暇も金もなくてな……戦争中に飛行機乗りに潜り込むことも出来なかった。 でもな……こうして下から見て「ウンチク」を垂れる事は得意だぜ』

 いったい二人は何をしているのか……

 つまり、サクラのフライトを審査員の目線で確認しようと……高槻はジャッジの資格を持っている……今日は地上から見ていたのだ。




{「今の演技は、良かったんじゃないか?」}

 演技を一つ終わり「ほっ」っと息をついた時、サクラのヘッドセットに高槻の声が聞こえた。

{「はい。 今度は、大きな演技をしてみます」}

 サクラは「ルクシ」をスタート位置に移動させた。

{「始めます」}

 スロットルレバーを「フルハイ」の位置まで進めると、サクラは左手をスティックに移し……

「……んっ!……」

 素早く水平を確認すると、気合と共にスティックを引いた。

「(……っく・っく・っく……)」

 途端に襲う「G」に耐えながら、サクラは左を見た。

「(……っく……も、もうすぐ……)」

 そこにはサイティングデバイスと、それの向こう側で傾斜を深める水平線が見える。

「(……よ、よっし!……)」

 水平線がサイティングデバイスの垂直バーに合う寸前……

「……んっ!……」

 サクラは、スティックを押して「ゼロリフト」位置にした。

{「良いループだ。 続けて」}

 高槻の声が聞こえる。

「(……一……二……三……)」

 しかしそれに答える事無く、サクラは頭の中でタイミングを測り……

「……くっ!……くっ!……」

 スティックを左に二回倒した。




 トランシーバーのマイクを持って高槻が見上げる空の上で、「エクストラ300L」は綺麗なループを描き垂直になった。

{「良いループだ。 続けて」}

 マイクのボタンを押し、高槻はサクラに告げた。

 しかし、それに対する返事はなく……機体は素早く90度ロールを2回した。

「(……ロールは上手くなったな……さあ、大分速度が落ちたぞ……同じ距離登れるか?……)」

 ロールをした事で……空気抵抗のため……はっきりと上昇速度が遅くなったことが分かった。

 直線飛行の……水平でも垂直でも、45度でも……途中でロールをするときは、その直線の中央がロールの中央でなければならない。

 つまりこの場合は、ループの終わりからロールをするまでに上った距離と同じだけ上昇してループを始める必要がある。

 時間でなく、距離なのだ。




「(……速度が落ちた……)」

 目の前の速度計の針が大きく左に回ったのを、サクラは見た。

「(……さっきより、長く上らないと……)」

 視線を再び左翼のサイティングデバイスに向け……

「(……一……二……三……)」

 サクラは、タイミングを計り始めた。

「(……ん~ 軽くなってきた……もっと踏んで……)」

 速度が落ちるに従って、舵に掛かる力が弱くなってくる。

 そして、フルパワーで回っているエンジンによる反トルク……プロペラを回す力の反作用……の影響が現れ、機体が左に回ろうとする。

 更にプロペラ後流の影響まで大きくなってくる。

 それらを打ち消すために、スティックを段々と右に倒し、すでに右に踏んでいたラダーペダルをもっと深く踏む。

「(……五……六……も、もう駄目……)」

 「ゼロリフト」位置を保つために、小刻みに修正していたスティックに掛かる手応えが、無くなってきた。

 これ以上、垂直を保つ事が出来ない。

「(……押して……)」

 昇降舵エレベーターが効いているうちに、サクラはスティックを「そっ」と押した。




「(……最初のロールまでが長かったから、かなり大きな演技になったな……)」

『あの嬢ちゃん、今度は随分と男前の飛び方だな。 デッカイぜ』

 演技を見上げる高槻に、ムラオカの声が聞こえた。

『ああ、ちょっと大きく演技しすぎだ。 後で苦しくなるんじゃないか? っと、ループを始めたな』

 「エクストラ300L」は垂直の姿勢から、ユックリと前に倒れ始めた。




「(……うわ……機首が下がる……)」

 速度が下がり過ぎていた為に、機体が前に倒れ始めた事で、重い機首が重力に引かれてループの半径が小さくなってしまう。

「(……押せない……少し引く?……)」

 スタート時のループの半径に合わせるためには、スティックを押す事が出来ず……さりとて、こんな所で引いたりしたら……

「(……いや……失速する……)」

 そう……失速してしまい、演技として成り立たなくなってしまう。

「(……ルクシ、頑張れ!……)」

 結局……サクラは、失速の兆候をスティックに感じながら、速度が回復するのを待つほか無かった。




「(……やっぱり、苦しい演技になったな……)」

 高槻は、苦笑すると……

{「サクラ、大きく演技しすぎだ。 ロール前の直線を、もっと短くしろ」}

 マイクに向かって話した。

{「はい、そうですね。 もう一度、初めからで良いですか? 今度は小さくします」}

 分かっていたのだろう……サクラから、すぐに返事が返る。

{「ああ、そうした方がいい。 このまま続けても、あまり意味がないだろう」}

{「はい。 降下して、スタート位置に戻ります」}

 レシーバーから返事が聞こえた途端……高空に有ったルクシは「くるり」とロールして、その後ループを始めた。




 キャノピー越しに地平線が見える。

 失速しそうだった速度も、ハーフループで高度を下げたお陰で……位置エネルギーが速度エネルギーに変換された……回復していた。

「(……よし……)」

 サクラは、左手をスティックに移し……

{「……ナウ!」}

 無線に一言吹き込むと……

「(……くっ!……)」

 スティックを引いた。

「(……くぅぅぅぅぅぅ……まだ……まだ……もうすぐ……)」

 左翼端のサイティングデバイスの向こう側で、地平線が立ち上がっていく。

「(……よし!……)」

 サクラは、サイティングデバイスの垂直バーに地平線が合う寸前……

「……んっ!……」

 スティックを「ゼロリフト」の位置に押した。

「(……せーのっ……くっ!……くっ!……)」

 サクラは、地平線が垂直になっているのを確認すると、スティックを左に2回倒す。

 ルクシは、90度のエルロンロールを続けて二度行った。

「(……少し待って……プッシュ……)」

 サクラがスティックを押したことにより、機体はネガティブループを始めた。

「(……ん! ラダーもエルロンも少なくて良い……)」

 そう……ループ後の上昇距離を短くしたお陰で速度の低下が少なく、プロペラ後流やプロペラの反トルクが少ないのだ。

「(……ふぅぅぅぅ……)」

 マイナスGの所為で肩ベルトに体重が掛かり、頭の後で纏めている髪……所謂ポニーテール……が浮き上がる。

「(……水平……OK……)」

 下からせり上がってくる地平線は、傾いていない。

「(……速度OK……スロー……)」

 左手をスロットルレバーに移し、手前に引く。

「(……まだ……まだ……もう少し……よし!……)」

 例によってサイティングデバイスを頼りに垂直確かめ、スティックを「ゼロリフト」の位置に戻す。

「(……あれ? ズレてる……)」

 正面に見える畑の作業道が、傾いている。

「(……ロールが回りすぎた?……)」

 そう……上昇中にした二回の90度ロールが、正確に90度でなく多く回っていたのだった。

「(……ま、しょうがない……)」

 過ぎた事を考えている暇は無い。

「(……くっ!……くっ!……くっ!……)」

 サクラは、スティックを3回左に倒した。

 正面に見える地面が、右に90度ごと回る。

 「ルクシ」は左に90度回るエルロンロールを3回……合計270ロールをした。

「(……スロットル、ハイ……プル!……)」

 垂直降下しているのだ……どんどん高度が下がる。

 サクラは、スロットルレバーを限界まで進めると左手をスティックに戻し、両手でそれを引いた。

「(……ぐぅぅぅぅぅぅ・ぅ・ぅ・ぅ……)」

 垂直降下から垂直上昇まで引き起こすのだ……サクラはシートに押し付けられた。

「(……ぃてててて……む、胸が……が、我慢……)」

 いつものようにスポブラをして、その上からケブラー製のブラで固めているのだが……アメリカ暮らしが続いた所為で胸のボリュームが増え……Gに対する防御が心もとなくなってきていた。

「(……よし、水平……)」

 地面が下に流れ、やがて地平線が現れた。

「(……まだ……まだ……もうすぐ……)」

 その地平線が機首の下に隠れて見えなくなると、サクラはやはり左翼端のサイティングデバイスを頼りに機体の姿勢を確かめる。

「(……よし、垂直……くっ!……)」

 垂直になったのを確認すると、サクラはスティックを右に倒した。

 「ルクシ」は之までの左と違って、右に90度ロールをする。

「(……引いて……)」

 サクラは、スティックを引いた。

 地平線が上から降ってくる。

「(……此処!……)」

 それが正面に来る前に、サクラはスティックを中立から少し押した位置にした。

 「ルクシ」は背面飛行インバーテッドフライトを始めた。




「(……ん!……良い演技だ……減点はあるけどな……)」

『良かったんじゃないか? 綺麗に纏まってる』

 高槻がノートに「ロール回りすぎ」と書いていると、隣のムラオカが話し掛けてきた。

『ああ、コンパクトな良い演技だ。 ジャッジ目線だと、減点はそれなりにあるけど。 始めの頃からは随分上達した』

『そうだな。 一週間、毎日飛んでるもんな。 あの嬢ちゃん「コンジョウ」あるぜ』

『そういうムラオカさんも毎日見に来てるよな』

『おうよ。 カワイイじゃないか……一生懸命頑張ってるところが』

『やっぱり爺さんになっても、可愛いには目が無いって事だな』

『おい、婆さんには言うなよ』

『OK、OK……後でオゴリだな』

『ちぇっ……悪いやつに聞かれたなぁ』




「(……水平……OK……スロー……)」

 地上でのやり取りを知らずに、サクラは次の演技を始めた。

「(……押して……押して……まだ……まだ……)」

 背面飛行をしている「ルクシ」は、パワーを絞ったせいでどんどん速度が落ちる。

 それに合わせて、サクラはスティックを押して行った。

 そして……

「(……今だ!……えいっ!……)」

 「ルクシ」が失速した瞬間、サクラは右ペダルを踏みつけた。

 途端に機首を下げた「ルクシ」は左に……背面飛行なので、右ラダーで左に回る……「くるり」とキリ揉み(スピン)を始めた。

 キャノピーの向こうに見える地面が回る。

「(……くっ!……止まれ!……)」

 180度回ったところで、サクラはスティックを中立位置にしてラダーを左に切った。

「(……よし、止まった……)」

 「エクストラ300LX」は、スピンからのリカバリーを初めて1/2回転回るのだ。

 その為、スピンが止まったときは丁度一回転していた。

「(……垂直、OK……ダイブ……)」

 スピンを止めると機体は垂直降下になる筈だが、サクラはサイティングデバイスで垂直を確認した。

 そのまま降下を続けて速度が上がるのを待つ。

「(……160ノット……引いて……くぅぅぅ……)」

 十分な速度になったところで、スティックを引く。

 地面は下に流れて、正面に地平線が現れた。

「(……水平、OK……ロール!……)」

 スティックを左に倒す。

「(……右、プッシュ、左……)」

 機体が回転するのに合わせ、フットペダルとスティックを操作して機首が下がるのを止める。

「(……水平……)」

 「ルクシ」は一回転のエルロンロールをした。

「(……プッシュ……)」

 間髪を入れず、サクラは逆宙返り(インバーテッドループ)を始めた。

「(……うぅぅぅぅ……)」

 マイナスGが掛かり、肩にベルトが食い込んでくる……ついでに胸の重さは感じなくなる。

「(……垂直、OK……)」

 サイティングデバイスで垂直を確認して、直ぐに正面を見る。

「(……くっ!……)」

 スティックを左に倒し、地面は右に回る。

「(……よし!……プル……)」

 地面の模様を頼りに90度ロールをすると、スティックを引く。

「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 今度はプラスのGにより、シートに押し付けられる……胸の重さでブラの肩紐が食い込む。

「(……よし! 水平……ふぅ……)」

 正面に見えるようになった地平線により、水平飛行を始める。

 これで二つ目の演技が終わり、サクラは一つ息を吐いた。




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