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紅い桜  作者: 道豚
88/147

エアロバティックボックス設置

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。

 サクラは、高槻の運転する車に乗って郊外に向かっていた。

 周りには、広い畑……レタス?……が広がっている。

「そのムラオカさん、って……どういうかたなんですか?」

 今は地上ではあるが、タッカーが居ないのでサクラは日本語で話していた。

「ん……日系二世だ。 戦争にも行った事があるらしくて……けっこうなお年寄りだな」

 高槻は、前を見たまま答えた。

「そのかたが、空域を使わせてくれるんですね? あ……牧場かな」

 畑が切れて、前方に緑の……緩くうねった……岡の連なりが見え始めた。

「ああ、以前から使わせてもらってる……」

 高槻は、サクラを見た。

「……俺が日本人だから、ってね。 だからベンは遠慮して飛ばないんだ。 久しぶりに飛ばすから、挨拶しておこうと思ってね。 サクラの紹介もしておかなくちゃ……」

 そう……二人は、エアロバティックのトレーニングをする空域を貸してくれる人物の所に向かっているのだ。

 幾ら広いアメリカといえど、勝手に人の土地の上でトレーニングは出来ない。

 すぐに抗議の電話が入るだろう。

「……こんな美人が飛ぶんだ。 爺さん、大喜びで貸してくれるさ」

「そう……ですかね」

 サクラは、小さく息を吐いた。




「ここだ」

 高槻は、一軒の農家の庭に車を止めた。

「へえ~ 何だか日本の農家と同じような建て方ですね」

 そう……広い庭……作業をするのに使うのだろう……の周りに母屋や倉庫が並んでいる。

「そうだなー こういうのが使いやすいんだろう。 じゃ、行こうか」

 高槻は、母屋に向かって歩き出した。

「あ、はい……」

 サクラは、慌ててドアを開けた。

「……待って」

「ああ……ドアを開けるのを待ってたのか……」

 高槻は、立ち止まって頭を掻いた。

「……ごめん、ごめん。 どうも日本人ってのは、そんな所が抜けるな」

「あ、いえいえ……私が「ぼー」っとしてたんですから」

 高槻に追いついたサクラは、顔の前で手を振った。

「サクラは、日本人みたいな仕草をするね。 流石は日本のパスポートを持ってるだけの事はあるよ」

 高槻は、にっこりした。




『……やあ、久しぶりじゃないか。 またアクロバットの練習をするんか?』

『爺さん、元気だな。 ああ、新しい生徒が来たんだ……』

 母屋の玄関から出てきた「好好爺」然とした老人と高槻が、握手をしている。

『……サクラだ。 こう見えても日本人だぜ。 サクラ、こちらがムラオカさんだ』

『サクラです。 始めまして、ムラオカさん』

 サクラは、高槻の横で右手を出した。

『ユキオ ムラオカだ。 あんた、日本人には見えないないが……』

 ムラオカは、サクラを真っ直ぐに見た。

『……なかなか「ベッピンさん」じゃないか』

『そ、そうですか? ありがとうございます……』

 サクラは、自分の手を握った節くれ立ったムラオカの手を見た。

『……ムラオカさん……働く手をされてますね』

『はは……これか? 唯の年寄りの手さ。 サクラの手は、綺麗だ。 心を表しているんだろう』

 ムラオカは、手を離すと「ふんわり」と笑った。




『こんな娘が、アクロバットをするんだって?……』

 サクラ達は……居間に通され……ソファに座っていた。

 そこにムラオカ夫人が、コーヒーを持って来た。

『……どうなってるんだろうね。 そんな危ない事をしなくてもよかろうものを』

『ありがとうございます……』

 サクラの前にコーヒーが置かれた。

『……いいぇ……危ない事はないですよ』

『そうかい? 空の上で、あんなに「ぐるんぐるん」して……』

 夫人は、頭をぐるぐる回した。

『……目が回るだろう?……っととと……目が回った!』

『バカヤロ! なーに一人で「マンザイ」やってんだよ』

 ムラオカが、慌てて夫人を抱きとめた。

『ありがと、あなた』

 下ろされたソファの上で、夫人は「にっこり」した。

「……なんだか……二人ラブラブですね……」

 サクラは、高槻に向かって囁いた。

「ああ……此方が恥ずかしくなるな」

 顔を隠すようにして、高槻はコーヒーカップを傾けた。




『じゃ、いつもの様に使わせていただきます』

 サクラと高槻は、玄関を出た。

『ああ、好きに使ってくれて構わない……』

 ムラオカは、外まで送ってくれた。

『……嬢ちゃんも、頑張ってな。 良い成績を取るのを祈ってるぜ』

『はい、ありがとうございます』

 サクラは、頭を下げた。

『うん、うん。 サクラは、容姿は日本人らしくないが……仕草は日本人だね。 両親を思い出すよ』

 ムラオカは、何度も頷いた。

『そうですか?』

 サクラは、首を傾げた。

『そういう所も、そうだね……「カワイイ」の文化だ。 さ、もう行きなさい。 時間は有限だから、大事に使わないとね。 こんな年寄りと話してるのは、無駄だ』

 ムラオカは、手を振った。

『無駄なんかじゃ無いです。 でも……もうお昼が近いですので……これで失礼します』

 もう一度頭を下げ、サクラは高槻の後を追った。




 広い農場の作業道を、高槻の車は走っていた。

「この辺だがな……あった、あった……」

 高槻は、何かを見つけると車を止めた。

「……ここがX軸とY軸の交点だ。 ボックスの中心だな」

 エアロバティックは、空中に浮いた……ランクによって地上からの高さが違い、インターミディエットは1200フィートで、アドバンスドは656フィート(200メートル)……縦横1000メートルのボックス(直方体)……エアロバティックボックス……の中で演技を行う。

 最高点の高さもランクによって違っていて、サクラの挑戦するアドバンスドは3609フィート(1100メートル)となっている。

「あの杭ですか? これで全部のマーカーが設置できましたね」

 そして、各コーナーと辺の中央に白い布で出来たマーカーを置くのだ。

「ああ、これで終わりだ……」

 高槻は、トランクからマーカーに使う布と、それを固定するペグを出した。

「……さ、広げよう。 終わったら空港に帰って、ここに飛んで来てみよう。 空から見たら、どんなに見えるか……楽しみだろう?」

 高槻は、吉秋サクラがエアロバティックをしていた事は、当然知らない。

「そうですね、楽しみです」

 サクラは、話を合わせておくことにした。




 「ルクシ」に乗って、サクラはエアロバティックボックスの位置に飛んできた。

 見下ろすと、所々茶色になった所が有る……多分、収穫したばかりなのだろう……緑の大地が広がっている。

「分かるか?」

 インカムから、高槻の声が聞こえた。

「ええと……待って下さい……」

 サクラは、スティックを左に少し倒した。

 「ルクシ」は左にバンクを取る。

「……う~ん……あ、ありました」

 左下の緑の中に、小さく白い色が見える。

「全部見えてるか? 九個ある筈だ」

 高槻も左下を見ているのだろう……サクラからは、横顔が見える。

「はい……えっと……1,2,3……7?……」

 サクラは、首を傾げた。

 白い色は、正方形を形作るはずが……一部欠けている。

「……あ! 見えた」

 主翼の後ろから、マーカーが二つ現れた。

「見えたか? どうだ、狭いだろう?」

「ええ、そうですね。 主翼に二つ隠れてしまうんですから……」

 サクラは、一つ息を吐いた。

「……そして、この中で演技をする……訳ですね」

「そういう事だ。 因みに、160ノットで飛ぶと……12秒程度で飛びぬけるからな」

「かなり忙しそうですね」

「そうなるな。 しかも悠長に旋回やループをしていたら、それだけで出てしまう。 自然と大きな「G」を掛ける事になる。 半径は採点に関係ない、と言っても……どうしても小さな半径になるんだ。 体力も必要だ」

「大丈夫です。 ジムに通って、鍛えてますから……脱いだら凄いんですよ……えっと……筋肉が」

「ほう! それじゃ、軽く演技をしようか?」

「はい」

 サクラは、一旦ボックスから出るように機首を回した。




 地面からの高さ600メートルで「ルクシ」は、ボックスに進入した。

「ん……良い水平飛行だ……」

 高槻は、フレームを握って体を支えている。

「……先ずは、垂直にがってうえでネガティブハーフループ。 上昇中に90度エルロンロールを二回。 くだりに90度エルロンロールを3回。 下側でポディティブハーフループ。 のぼりに90度エルロンロール。 エレベーターを引いて、インバーテッドフライトで終了だ」

「最初から、厳しい演技ですね。 160ノットで始めます……」

 サクラは、左手をスロットルレバーからスティックに移した。

「……行きます」

 一声かけて、サクラはスティックを引いた。

 途端に「G」が二人をシートに押し付ける。

「(……っく……)」

 体に力を入れて、それに耐えながら……サクラは、左翼端に付けたサイティングデバイスを見た。

 急速に地平線が回り、デバイスの垂直バーに合う。

「(……よし!……)」

 サクラは、かさずスティックを「ゼロリフト」の位置……主翼が揚力を出さないアタックアングルで、この姿勢でないと垂直に飛んでいるとみなされない……まで押した。

 シートに押し付けられる「G」は消え、体重が背凭れに掛かる。

「くっ!……くっ!……」

 機体が垂直になって数秒……サクラは、スティックを素早く左に2回倒した。

 「ルクシ」は90度左に2回ロールする。

「(……このまま……このまま……)」

 如何に余剰パワーの大きな「エクストラ300L」と言えど、垂直に何処までも上っていける訳ではない。

 高度計が右に回るにつれ、速度計は左に回る。

「(……右を踏んで……)」

 速度が落ちるにつれ、機首を左に向ける諸々の力……主にプロペラ後流……が強くなるので、それに対抗するようにラダーペダルを踏む。

「(……そろそろかな?……)」

 サクラは、頃合を見てスティックを少し押した。

 「ルクシ」は、ゆっくりと機首を向こうに倒していく。

 マイナスGが掛かり、お尻がシートから浮きそうになった。

「(……もっと踏んで……)」

 機体がネガティブループを始めると、これまでよりも左を向こうとする……プロペラ後流以外の力が大きくなる……ので、ラダーを更に大きく使う事になる。

 やがて頂点……

「(……少し傾いた……ちょい右……)」

 サクラは、サイティングデバイスを見て、機体が左に傾いているのを修正した。

「(……押して……押して……)」

 此処までスロットルはフルハイに固定していたので、機体は加速し始めている。

 速度が上がるとループの半径が大きくなってしまう。

 ループ前半と同じ半径にするため……マイナスGが大きくなって、気持ち悪くなろうとも……スティックを押してエレベーターを大きく動かさなければならない。

「(……スロー……)」

 そして、このままでは際限なく加速してしまうので、サクラは左手をスロットルレバーに移して手前に引いた。

「(……よし!……)」

 サイティングデバイスで垂直になったのを確認して、スティックをゼロリフトに動かし、ラダーペダルに加えていた力を抜いた。

「……ふぅ……」

 機体は真っ逆さまに降下している所だが、体には負荷が無い。

 サクラは少しだけ緊張を解いた。

「(……丁度畑の境界が正面だ……やるぞ!……)」

 息を突いたのも束の間……サクラは正面に見える地上に目印を見つけ、次のマニューバを始めた。

「くっ!……くっ!……くっ!……」

 サクラが、スティックを左に3回倒す。

 「ルクシ」が左に90度ロールを3回し……地上に見える畑が右に90度ごと3回回った。

「(……よし……)」

 回転が止まったのに合わせ、サクラは翼端のサイティングデバイスで垂直を確認すると、そのまま降下。

 そしてスロットルレバーを前に進めると、左手をスティックに戻し……

「(……く!……」

 スティックを両手で引いた。

「(……ぐぅぅぅぅぅ……)」

 これまでに無い「G」がサクラを襲った。

「(……くっ・くっ・くっ・くぅぅぅぅ……)」

 体中……特にお腹……に力を入れて耐えるサクラの前を、大地が上から下に流れる。

「(……ね、捻れて無いよな……)」

 眼前を地平線が過ぎる瞬間にサクラは、機体の傾きをチェックした。

「(……少し戻して……)」

 大きなGが掛かった為に速度が落ちて、同じエレベーターの引き量では半径が小さくなってしまう。

 サクラは、少しスティックを戻した。

「(……よし!……)」

 三度みたびサイティングデバイスで垂直を確認して、スティックを中立に戻す。

 一瞬の間を取って……

「(……くっ!……)」

 サクラは、これまでと違って右にスティックを倒した。

 機体は90度右にロールした。

「(……少し引いて……)」

 ロール後、少し待ってサクラはスティックを少し引いた。

 地平線が、頭の上から降りてくる。

「(……ここだ!……)」

 キャノピーに付けた印……何度も飛んで、ちょうど良い位置を見つけている……に地平線が合った時、サクラはスティックを少し押した位置にした。

 「ルクシ」は、進入したのと同じ方向に背面飛行を始めた。




「そうだなー……」

 ハーフロールをして水平飛行に戻した時に、高槻の声がインカムから聞こえた。

「……ま、どうにか演技になったかな?」

「ど、どうにか……ですか? ちゃんと飛びましたよ」

 酷い評価に、サクラが噛み付いた。

「ああ、どうにかだな。 0点じゃない……3か4点ってとこかな」

 高槻の声は冷静だ。

「そ、そんな……そんなに減点がありました? どこです?」

 サクラは、まだ納得がいかない。

「先ず……90度ロールが、不正確だ。 6回のうち、90度に足りないのが2回。 オーバーしたのも2回。 ぴったり回ったのは、垂直降下中のロールのうち始めの2回だけだ。 次に、ロールの位置が直線飛行の中央にない。 これは全部の場所だな。 さらに、ループの半径が全て違っている。 まだまだ細かいことを言えばたくさん有るが……ま、これは良いとしても……大負けに負けて……3点だ」

「そんな……酷い」

 次々と上げられる失敗に、サクラの声は小さくなった。

「そんなに落ち込むことはない。 これからそれを練習するんだろ?」

「はい。 そうですね」

「よし、一旦帰ろう。 本格的に練習するのは明日からだ」

「はい、分かりました。 よろしくお願いします」

 サクラは、機首を飛行場に向けた。




アタックアングルとは、主翼の前縁と後縁を結ぶ直線が気流と当たる角度です。

プラスなら上向きの揚力、マイナスで下向きの揚力が発生します……が

翼形……主翼の断面形状……によっては、0度の時に揚力が0とはならないのです。

そこで、揚力が0になるアタックアングルを……それに合わせるためのエレベーターの位置という事で「ゼロリフト トリム」と言います。

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