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紅い桜  作者: 道豚
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エンジン交換

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 夜明けまで、まだ1時間ほどもある午前5時……

 ルート101を、巨大なコンテナを積んだトレーラーが、走っていた。

『イロナ様、あと1時間程度でキングシティー に着きます』

 助手席に座った男が、スマホを耳に当てている。

『ご苦労様、マールク。 そのまま格納庫の前に付けて』

『わかりました……』

 マールクは、スマホをポケットに仕舞い……

『……予定通り、格納庫の前に行ってくれ』

 運転席の男に言った。




「いただきまーっす」

 朝食を前に箸を持ったサクラは、元気だ。

「いただきます……」

 同じテーブルに着いた森山も箸を持った。

「……しかし……日本食は、久しぶりだ」

 そう……テーブルに並んでいるのは、ご飯、味噌汁、焼き魚……シャケでなくサーモン……そして卵焼きに、どこで見つけてきたか……タクアン等だった。

「いいでしょ? ドーラとアンナは、折角だからお母さんに習ってもらったんです。 だから偶に作ってくれるんです……」

 サクラは、味噌汁碗を持った。

「……うん、美味しい」

「ああ、日本を離れて半年……ほとんど食べてないから、ちょっと感動だな……」

 森山は、ご飯を口に入れた。

「……美味い。 ちゃんとした日本の米だ」

「そうですよねー……」

 サクラも箸で御飯を掬った。

「……でも、これはカリフォルニア米だけど」

「あ、そうなのか……タイなんかの米より短いから、日本の米だと思った」

 森山は、苦笑を浮かべた。

「日本の米とタイの米を掛け合わせた物らしいですよ。 日本の米も輸入されてますから、買うことができるんですが……」

 サクラは、ウインクをした。

「……ドーラが、間違えたんですよ」

「ごめん・なさい」

「お!っと」

 直ぐ横でドーラに頭を下げられ、森山が驚いて茶碗を落としそうになった。




 スクールの格納庫前に大きな……ブルーの地に桜の花弁はなびらが舞っている塗装の……コンテナが置かれていた。

「やっと「ルクシ」が来たなー……」

 サクラは、腰に手を当ててそれを見た。

『……マールク、ご苦労様。 日本まで往復して……疲れたでしょう?』

『はい、いささか……』

 コンテナの横に立つマールクは、眠そうだ。

『……あ! い、いえ……とんでもございません』

『無理しなくてもいいのよ。 家に帰って寝てちょうだい』

『だ、大丈夫でございます』

『マールク……貴方のためよ。 それに、そんな状態で作業したら……みんなの迷惑なの』

 サクラの口調が、キツくなった。

『は、はい。 申し訳ございません……』

 マールクは、深く頭を下げた。

『……休ませていただきます』

『家にはドーラが居るから、彼女に言っとくね』

『はい。 失礼します』

 マールクは、事務所に歩いて行った。




『これがサクラの「エクストラ300LX」かい? 綺麗なラッピングじゃないか』

 コンテナから引き出した「エクストラ300LX」の胴体を格納庫に入れたところに、タッカーがやって来た。

『ああ、タッカー社長……』

 サクラは、コックピットに突っ込んでいた頭を引き出した。

『……おはようございます。 ええ、やっと届きました』

『おはよう。 「やっと」なんて……話があってから、たった一週間だよ? とんでもない早さだと思うがね。 いったい、どんな裏技があるのやら……あ! 聞いちゃいけなかったな』

 タッカーは、口をきつく結んで明後日の方を見た。

『ええ、そうね……』

 イロナが、スパッツ……流線型をした車輪のカバー……を持って来た。

『……知らないほうが良いわ。 はい、持って来たわよ、サクラ』

『ありがと……そこに置いて……』

 サクラは、作業台を指差した。

『……主翼は? どうなってる?』

『ユウイチとケンが運んでくるわ』

 イロナは、親指を立てて後ろを指した。

『ユウイチ? って誰?……』

 サクラは、イロナの脇から顔を出した。

 主翼を乗せた台車を、森山とケン……スクールのメカニック……が押している。

『……って、森山さんじゃない。 イロナって、名前で呼ぶことにしたんだ』

『え、ええ。 ファミリーネームじゃ、何となく他人みたいでしょ。 同じヴェレシュのファミリーなんだから……』

 イロナは「ぽりぽり」と、少し血色が良い頬を人差し指で掻いた。

『……良いわよね』

『ヴェレシュ? それが、君達のグループなのか?』

 タッカーが、聞いていたようだ。

『Mr.タッカー……その名前は、忘れたほうが良いわよ』

『あ、ああ……そうだな。 俺は何も聞かなかったよ』

 氷のようなイロナの声に、タッカーは震え上がった。




『イムレ、こっちの機体からもエンジンを下ろす。 準備をしろ……』

 森山が、スクールの機体から外したエンジンの所に居た、イムレを呼んだ。

『……お前が整備していた機体だ。 詳しいだろ』

『はい! 直ちに』

 イムレは、ホイスト……手動のクレーン……を取りに駆け出した。

「森山さん。 あっちのエンジンの具合は?」

 再びコックピットに頭を突っ込んで、リンケージの様子をチェックしていたサクラが、顔を向けた。

「ああ……もう殆ど終わってるよ。 俺の予想だと……2から3パーセントはパワーが増えると思う」

 工具を揃えながら、森山は答えた。

「あ~ そんなもんなんですね。 このエンジンは……」

 サクラは、カウルが付いてなくて丸見えになっているエンジンを指差した。

「……ノーマルより5パーセント程パワーがあるけど……そこまでは出ないんですか?」

「んー 出そうと思えば出せる。 でも……そこまで出すと、多分壊れるな」

 森山は、レンチを持ってリンケージを外し始めた。

「それは、どうして?」

 サクラは、首を傾げた。

「それだけ出そうと思ったら、圧縮比を上げる事になる。 事は、簡単じゃない。 各部に掛かる力が、段違いに大きくなるんだ。 数フライトで整備するなら、何とかなると思うが……借り物のエンジンに、ぶっちゃけ……」

 森山は、息を吐いた。

「……そんな手間を掛けたくない」

「ん? このエンジンが大丈夫なのは?」

 再びサクラは、エンジンを指差した。

「こいつは、特別に強化してあるんだ。 クランクケースやシリンダ、ヘッド等は材質から吟味している。 だから……交換用のエンジンが直ぐに手に入らない……」

『森山様、持ってきました』

 イムレが、エンジンを吊り下げるための鋼材で組んだ大きな枠……下に車輪が付いている……を押してきた。

『……よし。 ワイヤーを通すぞ』

 森山は、レンチをテーブルに置いた。




「よっし……こんなもんだろ」

 森山は、木箱に蓋を打ち付けていたハンマーを置いた。

「出来ました?……」

 サクラが、フェルトペンを持ってきた。

「……送り先は、ライカミングでいいんですね」

「ああ、流石にここじゃオーバーホールは出来ない。 メーカーに送った方が、結局早く出来る」

 そう……「ルクシ」のエンジンは、完全に分解……クランクケースを割って、メタルまで外す……しなければならない。

 そんな作業は、森山一人では……工具も十分でないし……時間が掛かりすぎる。

「そうですね。 それで……森山さんも、エンジンと一緒に行くんですか?」

 サクラは、木箱にフェルトペンで送り先を書き始めた。

「行くけど……一緒に、ってわけじゃない。 チューンしたエンジンが、大丈夫かどうかを見てから行くことにするよ」

 森山は振り返って、主翼がついた「エクストラ300LX」を見た。




 ーーーーーーーーーーーーーー




『イムレ、しっかり頼むぞ』

『はい、大丈夫です』

 ようやく太陽が登った午前5時、小型トラックの運転席にイムレが乗っていた。

「(……ふぁ……)」

 そのイムレに指示を与える森山を、サクラは欠伸を堪えながら玄関先で見ていた。

「(……昨夜は、ずいぶん遅くまで機体に取り付いていたのに……)」

 そう……サクラの「ルクシ」にスクールのエンジンを取り付けるために、森山とイムレは遅くまで格納庫に残って作業していたのだ。

「(……寝不足になってなきゃいいけど……)」

『俺は……問題がなければ、明日にでも飛行機で行く。 向こうで待ってるからな』

『はい、分かりました』

 イムレは窓を閉め、サクラに会釈をしてトラックをスタートさせた。




 格納庫から出された「エクストラ300LX」のコックピットに、サクラは居た。

「それじゃ、始動します」

 インカムは、森山に繋がっている。

「OK」

 その森山は、カウルが外されてむき出しになっているエンジンの側に居た。

「(……メインスイッチ、ON……)」

 サクラは電気系統のスイッチを入れた。

 電気で動く計器の針が動き出す。

「(……スロットル フル フォワード……燃料ポンプON……)」

 スロットルを全開位置にして燃料ポンプを始動する。

「(……ポンプOFF……)」

 プライミングは数秒で終わる。

「(……スロットルを下げて……混合気ミクスチャーリーン……)」

「行きます」

 混合気を始動に適した位置にあわせ、サクラは森山に宣言し……

「(……マグネトーON……スタート……)」

 返事を確かめず、サクラはキーを捻ってセルモーターを回した。

「ウィ・ウィ・ウィ・ウィウィウィ……バッ・ババッ・バッ・バン……」

 激しいアフターバニングの音に、サクラはキーから手を離した。

「も、森山さん。 これ大丈夫ですか?」

 排気管から出た白煙が、機首の周りに渦巻いている。

「う!……」

 煙にむせた森山が、目を「しぱしぱ」させた。

「……ああ。大丈夫なはずだ。 組み立てたときのオイルが残ってるだけだから……しかし……こりゃたまらん」

 チョッと待ってくれ、と森山は格納庫に歩いていった。




「ようし……掛けてくれ」

 ゴーグルを掛けてマスクをした森山が、再びエンジンの横に立った。

「はい、行きます」

 サクラは、キーを捻った。

「ウィ・ウィ・ウィ・ウィウィウィ……バッ・ババッ・バッ・バン……バ・バ・バン……」

 相変わらず、排気管から白煙が出るが……サクラは構わずスターターを回し続けた。

 やがて……

「バッ・バッ・バ・ババババ……ドッ・ドッ・バ・ド・ド・バ・ド・ドドドド……」

 機体を震わせ、ライカミング製エンジンAEIO-540(森山チューン)は始動した。

「(……マグネトーBoth……ミクスチャーFull Rich……)」

 揺れるコックピットで、サクラはエンジン始動後の確認をする。

「(……オイルプレッシャーOK……アイドル……)」

 オイルも順調に送られているようだ。

 サクラは暖気運転のため、スロットルをアイドリングの位置にした。

「ストストストスト……」

 低速に下げられたエンジンは、先ほどと変わって静かに回りだした。




「(……オイル温度、圧力。 シリンダー温度……オールグリーン……)」

 エンジンの状態を表す計器が全て許容値に収まったのを確かめ、サクラは……

「森山さん、マグネトーチェックをします」

 インカムで森山に言った。

「OK」

 森山は、まだエンジンの横にいる。

「(……1750……マグネトーR……)」

 サクラはスロットルを調整すると、マグネトースイッチを切り替えた。

「(……1650……マグネトーL……)」

 回転数を読み、サクラはマグネトーをLに切り替えた。

「(……1650……ぴったりだ……マグネトーBoth……アイドル……)」

 再び回転数を読み、サクラはマグネトースイッチをBoth(同時使用)にしてスロットルレバーを引いた。




「森山さん。 フルパワーをチェックします」

 そう……飛行機のエンジンは、頻繁にフルスロットルを使う。

 当然確かめておかなければならない。

「OK。 掴まっておくよ」

 森山は、エンジンマウントを握った。

「(……ブレーキ……OK……スティックを引いて……)」

 サクラは、スティックをいっぱい手前に引き……

「(……スロットル ハイ……)」

 スロットルレバーを突き当たるまで前に進めた。

「ゴーーーーーー……」

 途端にエンジンは吹き上がり、物凄い力でスティックは前方に動こうとする。

 サクラは、左手をスロットルレバーから離し、スティックを引く右手に添えた。

「(……2600rpm……OK……オールグリーン……OK……)」

 エンジンのパワーは下がっているのに、何故回転数が「LX」用の物と同じなのか……

 つまり……その分だけプロペラピッチが小さくなっているのだ。

 具体的に、ピッチの値は分からないが……そんな表示機は付いてない……恒速プロペラなので、パイロットは回転数を指定するだけである。

「(……変な音もしない……OK……スロー……)」

 サクラは左手をスティックから離し、スロットルレバーをゆっくり手前に引いた。

「ゴーーー⤵ ……ストストストスト……」

 やがてエンジンは、静かにアイドリングを始めた。




 とある町の、とあるビルの中……

『おい! ジャックの結婚の件、どうなっている? くだんの女とは、まだ接触できないのか?』

『は、はい、旦那様。 ……今のところ、まだ接触できておりません』

『何だと! あれから何日たったと思っている!』

『それが……複数人で送り込むエージェントも、ことごとく行方不明になるのでございます。 既に我が家の、その手の者は……』

『ん? どうした』

『その手に長けた者は、一人も居なくなってしまいました』

『なんだと! ん? 誰だ?』

 ドアをノックする音が聞こえた。

『旦那様、ダニエルという方がお見えです』

『誰だ? そんな奴は知らん。 追い返せ』

『は! 直ちに……あ! 止めろ ぐあー……』

『何事だ?』

『失礼するぜ』

 ドアが開き、男が入ってきた。

『誰だ、お前は。 勝手に入ってきおって。 ワシを誰だと思っている』

『俺は、ダニエル。 ヴェレシュのダニエルだ。 聞いた事ぐらいあるだろ?』

『ヴェレシュ? ……ヴェレシュだと! あのヴェレシュか? しかもダニエルと言えば……』

『どうやら知っているようだな』

『そのヴェレシュが、いったい何の用なんだ?』

『お前らが探ってる女性……俺の妹だ』

『お! おお。 それは良かった。 わしの息子と結婚すれば……大きな後ろ盾が出来る』

『何を寝ぼけた事言ってるんだ? サクラは、お前の息子なんぞ何とも思ってないぜ。 鬱陶しがってるぐらいだ』

『そんな事……家のためなら、なんとでも出来るだろう?』

『お前は、何にも分かってないな。 ヴェレシュの当主である俺の親父は、サクラが可愛くて仕方が無いんだ。 サクラの意に沿わない結婚なんてさせる訳が無い……』

 ダニエルは「にやっ」と笑った。

『……と言う訳で。 お前の財産は、ヴェレシュが全て吸い上げた。 今日からお前は一文無しだ』

『何が「と言う訳」だ! 理由になってないだろうが!』

『理由? 簡単だ。 サクラに迷惑を掛けた。 それで十分だ。 それじゃな』

 ダニエルは「くるり」と回り、部屋を出て行った。

『旦那様、失礼します』

『失礼します』

『失礼します』

     ・

     ・

     ・

 使用人は全て出て行き、男は一人残された。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一ヵ所サクラさんが漢字になっていますよ。 [一言] エンジン換装終了。さらっと潰された(笑)
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