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紅い桜  作者: 道豚
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時差ぼけ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 五月の大型連休……所謂ゴールデンウイーク……は、此処高知も観光客が沢山訪れる。

 そんな、ごった返した空港の到着ロビーに、志津子は居た。

「お姉ちゃん、まだかなぁ。 アンナさん」

「かんくう を とびたって そろそろ 40ふん ですので そろそろですよ」

 志津子の手を取って、アンナは一緒に立っていた。

 サクラを迎えに行くのを志津子に見つかり、アンナは仕方なく連れて来たのだ。

「ねえ、ねえ。 おみやげかってくるかなぁ」

「かって みえますよ。 しずこ には チョコレート かも しれません」

「チョコレートかぁ、おいしいよね。 まえに吉秋おじさんが、チーズのまわりをココアでつつんだおかしをかってきたんだよね。 あれもおいしかったよ」

「それは『トゥーロー・ルディ』ですね。 わたし も すきです」

「トーロールディ、って言うんだ。 かってくるかなぁ」

「どうでしょう? ……『あ!』……」

 アンナは、バッグからスマホを取り出し耳に当てた。

『……はい、ドーラ? 無事着いたのね。 うん、いつもの場所に駐機ね。 分かった、今から行くわ』

「だれからでんわ?」

 突然日本語で無い言葉を話しだしたアンナを、志津子は見上げた。

「サクラ様が、いま ついた。 むかえに、いきましょ」

 スマホを仕舞い、ドーラは志津子の手を握りなおした。




 アンナと志津子は……セキュリティゲートを通って……「エクストラ300LX」の置いてある格納庫に来た。

 二人は、格納庫を回ってエプロンの方に向かった。

 そこには……

「お姉ちゃんの「サイテーション サクラ」だー」

 サクラの「サイテーション X」が止まっていた。

 今、エンジンを切ったところだろう……甲高い音がゆっくりと消えていく。

「わたしは ここに たつ。 しずこは ここね」

 アンナは……ドアの開く位置を見越して……横に立ち、志津子を前に立たせた。

 車止を嵌めたクルーのマールクが、走って来てアンナの横に立った。




 機首にあるドアが外に向かって倒れるように開き、階段になった。

 女性が一人、安全を確認するようにゆっくりと降りてくると、そのままアンナの隣に立つ。

『お疲れ、ドーラ。 サクラ様の様子は?』

 顔を前に向けたまま、アンナは小声で尋ねた。

『問題ないわ。 終始ご機嫌だった』

 アンナと同じように、ドーラも小声で返した。




 -----------------




 開いたドアに向かって、サクラは歩を進めた。

 四角く切り取られた風景は、慣れ親しんだ高知の山並みと少し育ってきた稲、そして空港の近くで飼われている牛のための牧草だ。

「おねえちゃーん!」

 階段の上まで来たところで、志津子の声が聞こえた。

「はーーーいっ!」

 大きな声で答えると、サクラは階段を下りた。




「おねえちゃん、おかえりー」

 エプロンに下りると、志津子はサクラに飛びついてきた。

「ただいま、シーちゃん。 お迎えに来てくれたんだ」

 サクラは、腰にしがみ付いた志津子の手を解いて、腰を下ろした。

 これで、お互い目を見て話が出来る。

「うん。 アンナさんに連れてきてもらった」

「そう。 良かったね……」

 サクラは、少し先に並んでいるクルーを見た。

「……さ、皆の所に行こう」

「うん! おかえりなさいませ、って言ってくれるんだよね。 アニメで見たよ」

「そ、そうだね」

 サクラは立ち上がり、志津子の手を取った。




『サクラ様、お帰りなさいませ』

 サクラが近づくと、イロナを先頭に……彼女はいったい何時の間に並んだのか……アンナ、ドーラ、マールクが頭を下げた。

『ただいま。 って、イロナは……ドーラも……また先回り?』

 そう……留守を守っていたのは、アンナとマールクの二人だった筈だ。

『以前も言ったとおり、ケジメです……』

 イロナは、澄ましている。

『……それに、サクラは使用人が少ないから……お出迎いが少なくて、寂しいじゃない』

『いいよ、そんなのは……』

 サクラは、肩を竦めた。

『……マールク、アンナ。 留守居、ご苦労でした』

『これが私どもの仕事で御座いますれば、勿体無いお言葉です』

 マールクは、さらに頭を下げた。

『硬いわ、マールク。 私には、そんなに改まった言葉でなくて良いのよ。 ここはヴェレシュじゃ無いんだから』

 サクラは、優しく微笑んだ。




『それで……「ルクシ」の調子は?』

 格納庫の中で、サクラはエンジンカウルの外された「エクストラ300LX」の前に立った。

『はい。 機体各部の整備は十分に行っています。 ただエンジンが……』

 マールクは、整備手帳をめくった。

『……使用期限に達しています。 新しいエンジンの調達も遅れていまして……このままでは飛ばせなくなっています』

『そう……仕方が無いわね』

「お姉ちゃん。 ルクシちゃん、とばないの?」

 久しぶりに見た「エクストラ300LX」のカウルが外されているのを見て……そんな所は見たことが無かった……志津子は、サクラの手を取った。

「ん? そうねー……」

 サクラは、志津子の横にしゃがんだ。

「……ルクシちゃん、今はエンジンが草臥れてるの。 エンジンが元気になるまで、お休み中」

「そうなんだー はやくげんきになるといいね……」

 志津子は、サクラの顔を見た。

「……お姉ちゃん、しってる? つかれたら、あまいものをたべるといいんだよ」

「よく知ってるね、シーちゃん」

「うん。 お姉ちゃんのおみやげって、チョコレート? ルクシちゃんにもあげようよ」

 志津子は、サクラに向かって掌を出した。

「チョッと待って」

 サクラは振り向くと……

『ドーラ。 志津子へのチョコレートを一つ開けて』

 後ろに控えているドーラに言った。




 浜通り……例によって、海は見えないが……そこを走る「フォレスター」は、今日は満員……運転席にアンナ、助手席にイロナ、後部座席にサクラとドーラ、そして志津子……だった。

「ルクシちゃんのエンジン、げんきになるかなー」

 後席の中央に座った志津子が、右に座るサクラを見上げた。

「そうねー シーちゃんの気持ちは、分かってくれると思うよ」

 そう……志津子は、元気になりますように、と「エクストラ300LX」のエンジンの吸気マニホールドに、チョコを一粒置いてきたのだった。

「だったらいいよね。 このチョコ、おいしいから」

 志津子は、摘んだチョコを口に入れた。




 全員で「さわち」を囲んだ夕食を終え、風呂に入り……志津子も一緒に入った……サクラは、パジャマで机の上のスマホに向かっていた。

「……つまり、こっちでエアロバティックの大会に出る、って訳だな?」

 そこには室伏が映っている。

「ええ、そうです。 それなりの大会で、それなりの成績をおさめなくちゃいけないそうなんです。 日本では、エアロバティックの大会なんて開催されてませんから」

 サクラは、頷いた。

「……ふーん……俺のときは、そんな事言われなかったんだが……」

 室伏は、思案顔だ。

「……マーティンが言ったんだよな? 今度会ったら、聞いてみよう」

「会う予定でもあるんですか? あちらはヨーロッパですよ」

 そう……室伏はアメリカに居て、マーティンはチェコに住んでいる。

「……サクラちゃんのお陰で、レース開催に向けて動き始めてるんだ。 俺のところにも参加の打診が来てる……」

 室伏は、ニッコリした。

「……近いうちに会うつもりだ。 多分、マーティンがアメリカに来るよ」

「そうなんですね。 勿論出ますよね?」

「……ああ、その積もりだ……」

 室伏は、頷いた。

「……っで、サクラちゃんの大会出場だが……ちょっと動いてみるよ。 何件かは心当たりがある」

「はい、お願いします。 んじゃ、しつれいします」

 サクラは、スマホに手を伸ばし、通話を切った。




「お姉ちゃん、どこかにいこうよ」

 連休中という事もあり、翌朝も志津子はやって来た。

「ん~~ そんなこと言ったって……」

 サクラは、ソファの上で大きく欠伸をした。

「……シーちゃんのお母さんに聞かなくちゃ」

「お姉ちゃん、ねむいの? さっきから、あくびばかりしてる」

「うん。 時差ぼけだから……ふぁ……」

 サクラは、ソファの背もたれに肩を預けた。

「……眠い」

「ねえ、じさぼけってなに?……」

 志津子は、サクラの膝に登って顔を近づけた。

「……吉秋おじちゃんも、がいこくからかえってきたら、ねむそうだったよ」

「んとね……外国と日本は、時間が違ってるの。 日本の方が進んでるんだよ。 だから、体はもっと寝て居たいのに、朝が早くやってくるんだ……」

 サクラは「ぱちぱち」と瞬きをした。

「……凄く早起きしたみたいなんだよね」

「ふーん、そうなんだ。 お姉ちゃん、まつげがながい……」

 志津子は、サクラの目に手を伸ばした。

「……めのいろも、きれい」

「ちょっと……こそばゆいよ。 シーちゃん、時差ぼけの説明、聞いてなかったね」

 睫毛に触られ、サクラは目を閉じた。

「うん、わからないもん……」

 志津子は、体をずらしてサクラの胸に顔を埋めた。

「……ふわふわ……いいにおい」

「シーちゃん、暖かいね……ふぁ……眠い」

 サクラは、志津子の体に腕を回した。




「(……ん? 朝?……)」

 コーヒーの香りが漂ってきて、サクラは目を覚ました。

「(……何か、重い……)」

 ブランケットが胸元まで掛かっているようだが……何か重くて柔らかい物が乗っている。

 サクラは、ブランケットを持ち上げた。

「(……志津子かー 胸の上で寝ちゃったんだな……)」

「あら! サクラさん、起きた?」

 少し離れたダイニングから由香子……志津子の母であり、サクラの姉……吉秋の妹……の声が聞こえた。

「あ、はい。 ブランケットはお姉さんが?」

「ええ。 二人とも気持ち良さそうに寝てたから……」

 由香子は、ニッコリした。

「……ほんと、志津子は貴女が好きよね」

「はい。 そこは嬉しいです」

 サクラが頷いたとき……

「……んん? おねえちゃん?」

 ブランケットの中から、志津子の声がした。

「シーちゃん、起きた?」

 サクラは、ブランケットをお腹の辺りまで下げた。

 サクラの胸に顔を押し付けた志津子が現れた。

「……んーー まだ。 これ、きもちいいいもん」

 どうやらサクラの胸の魔力に、取り憑かれているようだ。

「シーちゃん、サクラさんの御土産、食べる?」

 由香子が、サクラの買ってきた御土産の一つの包みを、破きはじめた。

「たべる、たべる……」

 志津子は、体を起こした。

「……おねえちゃんも、たべようよ」

「うん。 食べようか」

 手を引かれ、サクラもソファから下りた。




『……ふぁ……』

『……ドーラ、さっきから欠伸ばかりしてるわよ……』

『……仕方ないじゃ無い、アンナ。 昨日、帰って来たばかりなんだから……』

『……ヴェレシュ本家だったら、あっと言う間に「クビ」ね……』

『……そうねー……ふぁ……サクラ様で良かった……』

『……そうよねー 私にも「疲れただろうから休みなさい」なんて……優しいわ……』

『……それをイロナ様にも言うんだから……』

『……流石にイロナ様は、断ってたわね……』

『……イロナ様は、サクラ様の隣に住んでるんだもの……休めないわよね……』

『……そうよねー ところで、そろそろお昼なんだけど……どうする?……作る?……』

『……ふぁ……面倒……食べに行こうよ……』

『……そうね……んじゃ、いつまでもパジャマで居ないで、着替えるわよ……』

『……ふぁ……はいはい……』

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