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紅い桜  作者: 道豚
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貧弱な自動装置

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 サクラの操縦する「ムーニーM20C」は、滑走路……芝生広場に白線が引いてあるだけに見える……の端で離陸許可を待っていた。

『サクラ、何時いつまで待つの?』

 イロナが、前を見たままで聞いた。

『んー 分からないよ。 ブダペストの空港が混んでるのかなぁ……遅いよね』

 そう……サクラがリスト・フェレンツの管制に……この飛行場は小さいので、リモートでコントロールされている……離陸をリクエストしてから10分程度経っている。

『ちょっと電話するわね』

 イロナは、スマホを取り出した。

『ん? 何処に?』

 何でこんな時に?

『飛んでないから電波は届くわよね。 ちょっとした仕事よ』

 イロナは、スマホを耳に当てた。




 ----------------




 窓の無い部屋の中に、10人程度の男達がスクリーンを前にして座っていた。

『EW7785 リスト・フェレンツデパーチャー FL140に上昇』

『W62326 リスト・フェレンツアプローチ ALT3500 ローカライザーを受信するまで高度維持』

     ・

     ・

     ・

 時々、マイクに向かって話す声が聞こえる。

 そう……ここはブタペスト国際空港の航空管制室であり、座っているのは管制官、スクリーンに映っているのはレーダー画像だった。

『おい! 誰かゲデレーからの離陸を受けてないか?』

 そんな部屋に、大声が響いた。

 見ると、一人の男がドアを開けて飛び込んできた所だった。

『如何したんだ? 主任』

『ど・ど・ど・如何したもこうした無い! 誰が受けた?』

『はい! 私です』

 隅に座った一人が手を上げた。

『と、とんでもない事をしてくれたな!……』

 主任と呼ばれた男は、大股で手を上げた男の所に行った。

『……イレム!』

 そして胸倉を掴んで椅子から立たせた。

『苦しい……何ですか? 主任。 私が何をしたんです?』

 いきなりの事で、イレムは抵抗する事も出来ない。

『バカヤロ! お前が受けて、そのまま放置している相手はな……ヴェレシュ家のサクラ様だ!』

 管制室から一切の音が消えた。




『FR6680 リスト・フェレンツデパーチャー レフトターン ヘディング250』

『W62224 リスト・フェレンツアプローチ RW31Rキャンセル RW31LにILS進入』

『そうだ。 着陸する奴は、さっさと下ろしちまえ』

     ・

     ・

     ・

『D83551 リスト・フェレンツグランド タキシーの許可は取り消し その場で待機』

『LX2254 リスト・フェレンツアプローチ レフトターン180 ALT7500』

『いいぞ。 ゲデレー上空には近づけるな』

     ・

     ・

     ・

『LO2547 リスト・フェレンツグランド エンジン始動は許可できない そのまま待機』

『W62362 リスト・フェレンツアプローチ ライトターン180 ALT6500』

『それで良い。 待たせられる奴は、待たせておけ』

 一時のフリーズから回復した管制官達は、主任の監督の下に大車輪で……ゲデレーの近くから飛行機を遠ざけていた。

『早くしろ! 早く空域を空けるんだ!』

 それでも、此処は国際空港だ。

 なかなか空域から旅客機が居なくならない。

『(……神様、助けて……どうかサクラ様が、お怒りにならないように……あぁ……もう5分も経った……あぁ……俺はまだヨーロッパを離れたくない……)』

 主任の顔は、まるで死人のように血の気が失せていた。

『(……あぁ……あれがサクラ様だったんだ……あぁ……初めてお話が出来た。 綺麗なお声だったなぁ……)』

 そんな修羅場になった管制室で唯一人、イレムは呆けていた。




 ----------------




{『ムーニーYCT リスト・フィレンツタワー ランウェイ イズ クリヤー そちらのタイミングで離陸して下さい ALT1500でデパーチャーに連絡』}

{『リスト・フィレンツタワー ムーニーYCT ランウェイ イズ クリヤー ALT1500でデパーチャーに連絡』}

 管制から離陸の許可が下りた。

「(……ふぅ……やっと飛べる。 随分混んでるんだなー……)」

 大きな空港ならば、待たされる事はよくある事である。

 サクラは、無線機の周波数を199.05に合わし……

{『ゲデレートラフィック ムーニーHA-YCT RW31よりテイクオフ 西方向に飛行』

 誰も聞いてないだろうが……離陸を宣言した。




「(……プロペラピッチレバー……フォワード……)」

 離陸時は、フルパワーを出さなければならない。

 よってプロペラピッチは最低にする。

「(……エレベータートリム……テイクオフ位置……)」

 昇降舵が変な角度では、離陸後に困る。

「(……フラップ……テイクオフ……)」

 滑走路は草原で、長さが950メートルしかない。

 フラップは使うべきだろう。

「(……フュエルコック……L……)」

 R、Lどちらでもいいが、取りあえずLを選んでおく。

「(……キャブヒート……OFF……)」

 パワーを落とす可能性のある物は、切っておくに限る。

 これらを素早く確認して、サクラはスロットルレバーを前に倒した。




『……100キロ……110キロ……120キロ……』

 草原を走る所為で「ゆさゆさ」揺れる中、イロナが速度計を読み上げる。

『……Vr……ローテイト……』

 サクラは、コントロールホイール……ムーニーはスティックでなく、ハンドルで操作する……を引いた。

 ムーニーは機首を上げ……メインギヤで少しの間走り……離陸した。

『……昇降計……上昇確認。 イロナ……ギヤ、アップ』

 抵抗になる車輪は、サッサと仕舞ったほうがいい。

 慣れてない機体なので、サクラはイロナに「ひき込み脚」の操作を任した。

『いいわ。 ギヤ……アップ』

 イロナは手を伸ばして……ギヤのスイッチは、サクラに近いほうにある……スイッチを上に倒した。




「(……140キロ……どうもメートル法は慣れないなー……)」

 マニュアルに載っているように上昇させながら、サクラは首を傾げた。

「(……えーっと……大体80ノットかな?……)」

 そう……この機体は、グライダーに合わせたのか……メートル法の速度計が付いていた。

「(……ん~ そろそろデパーチャーに連絡しなくちゃいけないかな……)」

 高度計の鉢は、1500を……何故か高度計はフィートの目盛りになっている……指そうとしていた。

『リスト・フィレンツデパーチャー ムーニーYCT ALT1500』

『ムーニーYCT リスト・フィレンツデパーチャー スコーク3732に設定』

『リスト・フィレンツデパーチャー ムーニーYCT スコーク3732』

 サクラは、トランスポンダーを3732に合わした。

『……ムーニーYCT リスト・フィレンツデパーチャー レーダーで捕捉しました 現在、ゲデレーの北西2マイル 高度1700フィート』

『リスト・フィレンツデパーチャー ムーニーYCT 了解』

 さて何のやり取りだったのか……実はレーダーに映るのは、唯の光る点でしかない。

 そのままでは、管制官には誘導すべき飛行機が分からないので、飛行機側にレーダー電波を受けると特定の情報を返す無線機……トランスポンダー……が積まれている。

 そのトランスポンダーに入力するコードが、スコークなのだ。

 これにより管制官は、レーダー上で光る点が何を表すのか分かるようになる。

 ついでにサービスとして、機体の位置を教えてくれたのだった。




 離陸して10分ほど経った。

「(……そろそろだな……)」

 サクラは、コントロールホイールを少し押した。

 ムーニーは、ゆっくりと水平飛行に移行する。

「(……ALT6500……よし……トリムを合わせて……)」

 上手いこと、予定していた高度でムーニーは水平飛行を始めた。

 サクラは、コントロールホイールに掛かる力が無くなるように……手を離しても水平飛行をするように……エレベータートリムのハンドルを回して調整した。

「(……こんなもんかな?……まてよ……こいつは、ポジティブコントロールが付いてるから……ひょっとして手放しで飛べるんじゃないか?……)」

 このM20Cという型には、メーカーの名づけた「ポジティブ・コントロール」という……簡単な自動操縦装置が標準で付いていた。

「(……ヘディングはペダルを使って……エレベーターはトリムホイールで……)」

 サクラは、早速コントロールホイールから手を離してみた。

「(……ん! いいじゃん……)」

 ムーニーは、何事も無いように水平飛行を続けている。

『サクラ! ハンドルを持ってないの?……』

 サクラが「にんまり」していると、イロナの驚いた声が聞こえた。

『……ひょっとして、疲れたとか?』

『ん? 大丈夫だよ。 自動操縦が付いてるから』

『あら、そうなの? んじゃ……サクラは何もしなくていいのね』

『んー 何もしてないわけじゃないけど……』

 サクラは、イロナを見た。

『……自動なのは、主翼を水平にしておく事だけなんだ。 だから……機首の向きはラダーペダルを使って調整してるし、高度は、この……』

 サクラは、右手をエレベータートリムホイールに当てた。

『……ハンドルを回して調整するんだよ』

『はぁ……随分と貧弱な自動装置ね』

『ん、まあ……でも、これでも随分と楽が出来るんだよ。 左手は、空いてるし』

 オヤツが食べられるもんね、とサクラは振り返って後ろのドーラを見た。




 水平飛行になり、段々速度が上がってきた。

「(……パワー……75パーセント……)」

 何時までもフルパワーでは、エンジンがヒートしてしまう。

 サクラは、マニュアル通りにスロットルレバーを引いた。

「(……回転数……2250……)」

 この辺りの回転数が、燃費が良いらしい。

 プロペラピッチレバーを手前に引いて調整する。

「(……さてと……ミクスチャーは、っと……)」

 サクラは、マニュアルを取り出した。

「(……ん~ まず、リーンにして……排気ガス温度を覚えて……少しずつリッチに動かして……)」

 何だか、操作が複雑だ。

「(……華氏で100度下がる位が燃費がよくて、パワーが欲しければ華氏250度下がる位に調整かー……どれぐらいにしよう?……)」

 さて……それほど省燃費で飛ばなくても、目的地には十分飛べる。

『イロナ……やっぱり早く着くほうが良いよね? 少しぐらい燃料を使っても』

 ガソリン代に響く事なので、サクラは一応聞いてみた。

『そうねー 個人的には、早く着くほうが嬉しいわ。 燃料を使うって言っても、大した事はないでしょ?』

『OK んじゃ……パワー優先で調整するね』

 間髪の無い返事を聞いて、サクラはミクスチャーレバーに手を伸ばした。




 ムーニーM20Cのマニュアルを参考に書いていますが、英語なのでなかなか読み取れずに苦労します。

 ポジティブコントロールも、常に働いているのか? 又は働かせるためのスイッチが有るのか?

 一時キャンセルには、操縦輪コントロールホイールにあるボタンを押す、というのは分かるのですが……



 ただ、ポジティブコントロールは、不人気だったそうです。

 新しいムーニーには、きっと普通の自動操縦オートパイロットが付いているでしょうね。


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