表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い桜  作者: 道豚
75/147

ヨーロッパへの飛行

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 多数のソファーが置かれた広い部屋の中で、サクラは一つのソファーを占領してスマホを見ていた。

 サクラの他にも「パラパラ」と人……日本人には見えない……は居て、それぞれがソファーで寛いでいる。

「お姉ちゃん。 今はどこにいるの?」

 スマホに写っているのは、部屋の中にいると思われる志津子だった。

「んーっとね……カザフスタンっていう国だけど……シーちゃんは分からないかな?」

 そう……サクラは、今朝早く日本を離れていた。

「分かんない。 それって……ヨーロッパ? じゃないの?」

「まだヨーロッパには着いてないよ。 ここは中央アジアっていう所だよ」

「中央アジア? もっと分からないよ」

「ごめん……上手く説明できないや。 後でお父さんにでも聞いて」

 流石に幼女では、世界の地理は分からない。

「うん、そうする。 んっで……」

 志津子は、横に置いてあった段ボール箱にカメラを向けた。

「……ジャーン。 これは何でしょう?」

「それ? あ! もしかして……ランドセル? 届いたの?」

 志津子は、今年から小学校に上がるので……お爺ちゃん…… 孝洋が、ランドセルを注文したのだった。

 それには、サクラも少しお金を出している。

「あたりー  そうだよ……」

 志津子は、もったいぶった様子で箱を開け始めた。

「……ジャジャジャーン」

「わあ! 凄いじゃない。 綺麗な色だねー」

 出てきたのは……濃い赤色のランドセルだった。

「そだよね、そだよね。 きれいな色だよねー よいしょ……」

 志津子は、スマホをホルダーに置いてランドセルを背負った。

 既に一度は背負ったのだろう……肩紐は調整してあった。

「……どう?」

「よく似合ってるよ。 何処から見ても1年生だねー」

 体に対して大きく見えるのは……それはそれで新一年生を具現していた。

「これって……お姉ちゃんの髪の色にしたんだよ……」

 志津子は、くるっと回って見せた。

「……きれいだよねー お姉ちゃんも、帰ってきたら せおうといいよ」

「え……私も背負うの? それを?」

 さすがにそれは恥ずかしい。

『あら? 何を話してるの?』

 そこにイロナが、戻ってきた。

『お帰りイロナ。 シーちゃんのランドセルを見せてもらってたんだけど……』

 サクラは、イロナも見えるようにスマホの向きを変えた。

『……私も背負うんだって……そう言うんだよ』

「あー イロナさんだー」

 スマホがイロナを向いたせいで、志津子にもイロナが見えたようだ。

「ハイ。 こんにちは シズコ」

「イロナさんも、お姉ちゃんに にあうと思うよね」

『そうねー…………似合いそうじゃない?』

『今、少し考えたでしょ。 イロナ……』

 サクラは、横目でイロナを睨んだ。

『……絶対面白がってるよね』

「そうね サクラに にあうと おもうわ……」

 イロナは、サクラの視線を無視して頷いた。

「……サクラの かみのいろ と おなじ いろね」

「だよね、だよね。 だから、お姉ちゃん……はやく かえってね」

 カメラに近づいたのだろう……志津子の顔がアップになった。

「う、うん。 お仕事が終わったらね」

 サクラは、スマホに向かって頷いた。

「ぜったいだよ!……なに? おかあさん……んー わかった……」

 横の方から、由香子の声が聞こえた。

「……おかあさんが そろそろ 切りなさい、だって。 お姉ちゃん、またね」

「うん……またね」

 手を振る志津子に向かって、サクラも手を振った。




『お待たせいたしました……』

 サクラとイロナが並んで座っている所にドーラが、トレーを持って来た。

『……サンドイッチと飲み物で御座います』

『ご苦労様……』

 それをイロナが、受け取った。

『……この程度の物なのね』

『申し訳御座いません。 ラウンジ内では、これしか手に入りませんでした』

 ドーラは、慌てたように頭を下げた。

『あ! 貴女を責めてる訳じゃないのよ……』

 イロナは、トレーからサンドイッチとコーヒーを取り出して、サクラの前に置いた。

『……はい、サクラ。 これしか無いみたいね』

『ありがと、十分だよ。 ドーラも、気にしなくていいからね』

 サクラは、サンドイッチを取り上げて「にっこり」とドーラに笑い掛けた。




 スマホの中に入れてある小説……Web上にアップされているものをPDFでダウンロードした物……をサクラが読んでいる横で、イロナは何処からか手に入れたワインを飲んでいた。

『熱心ね。 それ、面白いの?』

 無言でスマホを見ているサクラに、イロナは興味を持ったようだ。

『うん、面白いよ。 この作者の小説は、どれも面白いんだ……』

 サクラは、スマホの画面からイロナに視線を移した。

『……それが無料で読めるんだから……こんな良い事は無いよね』

『そうね……私も読んでみようかしら』

『読んでみてよ。 少なくてもお酒ばかり飲んでるより、教養がやしなわれると思うよ』

 サクラは、イロナの前のワイングラスを見た。

『お酒は、リラックスするのに良いのよ……』

 イロナは、スマホを取り出した。

『……さて、どんな物語があるのかしら……って……日本語じゃない』

『そりゃそうさ。 日本のページなんだから』

『読めないじゃないの。 はぁ……この歳になって日本語を勉強するの? 冗談じゃないわ……っと……電話だわ……』

 イロナの持つスマホが、音楽を奏で始めた。

『……はい……ん!……準備できたのね……分かったわ、今から向かうから……そうね、20分ぐらいかしら……そう、用意しておいて』

『タマーシュから?』

『ええ、そうよ。 燃料補給と整備が終わったって……』

 イロナは、サクラに頷いた。

『……さ、行きましょうか』

 イロナと一緒にサクラは、立ち上がった。




 イロナが開けたドアからベンツを降りると、サクラの目の前にサイテーションのタラップがあった。

『お帰りなさいませ』

『ただいま。 機体の調子は?』

 タラップの横で頭を下げるローザに、サクラは軽く尋ねた。

『万全の調子で御座います』

『そう……それじゃ、よろしくお願いね』

 サクラは、タラップを登った。




 カスピ海……世界最大の湖……その北側上空、地球の丸みさえ分かる程の高度を、サクラの乗ったサイテーションはマッハ0.92という高速で飛んでいた。

 太陽を追いかけるように西に向かって飛んでいる所為で、飛んだ時間の割に辺りは暗くなってない。

 そうは言っても……流石にコックピットには夕日が差し込み始め、後ろには夕闇が迫ってきた。

『ヴォルゴグラードコントロール  HA-SKL(ホテル アルファ ダッシュ シエラ キロ リマ) セスナ サイテーション テン』

 コパイ席のローザが、管制を呼んだ。

 そろそろ国境を越える。

『サイテーション サクラ ヴォルゴグラードコントロール ゴーアヘッド』

 何故か……管制からのコールバックは、サクラになっている。

『……ボルゴグラードコントロール サイテーション サクラ 現在200海里東を飛行中』

 苦笑しながらも、ローザは位置を報告した。

『サイテーション サクラ そのまま飛行を継続』

『ヴォルゴグラードコントロール サイテーション サクラ このまま飛行を続けます』

 お堅いロシアの管制官との通話が終わり、ローザは「ほっ」と息を吐いた。

 ソビエトの時代から融通の聞かない彼らとは、出来るだけ関わらないように……そのため、態々大圏コースからずらして飛んでいる……しているのだが、実際はなかなか避けるわけには行かない。

『(……あれ? サクラ、って呼んだわね。 少しは柔らかくなったのかしら?……)』

 そう……昔なら、とても考えられないことだ。

『(……ま、サクラ様なら、そういう事もあるわね……)』

 納得したのか……ローザは「うんうん」と頷いた。




『サクラ。 サクラ。 そろそろ着くわよ』

 シートをリクライニングさせて寝ていたサクラの肩を、イロナは優しく揺すった。

『……ん? もう着くの? ……今、どの辺り?』

 青みがかった灰色の目を、サクラは「ぱちぱち」とまたたいた。

『チョッと前にルーマニアから、ハンガリーに入ったわ』

『リスト・フェレンツ アプローチ HA-SKL(ホテル アルファ ダッシュ シエラ キロ リマ) セスナ サイテーション テン』

 イロナが答えるのを遮るように、ローザが管制に通信する声が聞こえてきた。

『サイテーション サクラ リスト・フェレンツ アプローチ お待ちしていました。 RW31RにILS着陸を予定しております』

『アプローチ 優先順は大丈夫ね』

『サクラ 心得ております。 他機は31Lに誘導しております』

『アプローチ 宜しい』

 何故だかローザの口調が「上から」になっている。

「(……って、何だよ……優先的に降りる、ってのか?……)」

『サクラ ……もし宜しければ……サクラ様のお声を頂戴出来ませんか?』

 不思議な無線のやり取りにサクラが首をかしげていると、何かトンでもない発言が飛び出した。

『……』

 ローザが、無言でサクラを見てきた。

『……』

 サクラは、無言で首を振る。

『アプローチ サクラ様は、お休みで御座います。 諦めなさい』

『サクラ は、はい。 申し訳御座いませんでした』

 管制からの無線は、プツリと切れた。




 太陽は沈み、空には星が……どうやら晴れているようだ……瞬き、そして下を見れば真っ暗な中に所々町の明かりが煌いている。

「(……あの真っ暗なのは、森かな? ……あー あれは、高速道路だよな……結構交通量がある……)」

 着陸態勢に入り、灯りの消されたサイテーションの窓から、サクラは外を見ていた。

『ギヤ ダウン』

『ギヤ ダウン ……スリーグリーン』

 コックピットからタマーシュとローザの声が聞こえてくる。

 因みに……スリーグリーンとは、着陸装置が下降位置でロックされている、と言うことだ。

『サクラ リスト・フェレンツタワー クリヤード ツウ ランド』

『タワー サクラ クリヤード ツウ ランド』

 最終着陸許可が下りた。

『サクラ様、着陸いたします。 ベルトをご確認下さい』

 ローザが、放送で言ってきた。

『分かったわ』

 言われるまでも無く、既にベルトはしていたのだが……サクラはそれを確認した。




『……500(ファイブハンドレッド)……』

 合成音声が、電波高度計……地面との距離を電波の反射時間で測る……の数値を読み上げる。

『……300(スリーハンドレッド)……200(ツーハンドレッド)……』

 サイテーションは、滑走路の端を通過した。

『……100(ワンハンドレッド)……』

『アイドル』

 タマーシュの声と共に、エンジンの音が小さくなる。

『……50……40……』

 読み上げる速さが早くなった。

『……30……20……』

『フレア』

 機首が上がり、機体の降下が遅くなった。

『……10……タッチダウン』

 軽いショックと共に、サイテーションはハンガリーのリスト・フェレンツ空港に着陸した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ