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紅い桜  作者: 道豚
73/147

定期点検

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


{『サイテーション サクラ 八尾タワー RWランウェイ27 クリヤード ツウ ランド』}

{『八尾タワー サイテーション サクラ RW27 クリヤード ツウ ランド』}

 管制と通信するローザには、小ぶりな飛行場の短い……1500メートル弱……滑走路が正面に見えている。

『ギヤダウン』

 左に座ったタマーシュから指示が出た。

『ギヤ ダウン……』

 ローザは、タイヤの形の握りをしたレバーを下げた。

 足元から「ゴン、ゴン」と音がして、計器盤のランプが点く。

『……ランディングギヤ オール グリーン』

 サクラを乗せた「セスナ サイテーション テン」は、ランディングギヤを下ろし、フラップを最大に下げて、八尾飛行場のRW27に着陸した。




 空港を出たサクラとイロナは、近くのビルの中でソファに並んで座っていた。

「これが今回の作業内容です……」

 二人の前に座った中村が、資料をテーブルに広げた。

「……特に何も無かったようで、ま……いつもと同じかな?」

「ええ、そうですね……」

 サクラは、資料を手に取った。

「……はい、問題ないようですね。 それじゃ、支払いを済ませましょう。 イロナ……」

 サクラは、資料をイロナに渡した。

『……この金額の小切手を用意して』

 いったい、何の支払いなのか……

 実は、飛行機は一年に一回、点検が義務付けられている。

 去年サクラが高知に帰って直ぐに点検に出した「エクストラ300LX」だが、それから一年経って再び点検の時期が来たのだった。

『分かったわ』

 イロナは、バッグから分厚い小切手帳を取り出した。




「やあ、サクラさん……」

 サクラたちが格納庫に来ると、ごま塩頭の男が声をかけてきた。

「……点検は、バッチリだよ。 なかなか調子が良さそうだね」

「こんにちは、塩頭しおずさん……」

 サクラは、右手を出した。

「……お陰さまで、不安なく飛ばせてます」

「あははは……そう言ってくれると、嬉しいね。 っと、まあ機体の方は、問題ないんだが……」

 塩頭は、右手でサクラの手を握った。

「……エンジンが……そろそろオーバーホールの時期じゃないかと思うんだが?」

「そうですね。 そろそろなんですが……予備エンジンが、まだ手に入らないんです」

 飛行機に使っているエンジンは使用期限が決められていて、それを超えるとオーバーホールをしなければならない。

 サクラの使っている……吉秋が使っていた……「エクストラ300LX」は標準のエンジンでなく、少しチューンしてあるものなのだ。

 そのため「欲しい」と言っても、直ぐに手にはいる物ではなかった。

「そうだね。 標準の物なら、ウチにもあるけど……」

 塩頭は、格納庫の奥を見た。

 そこには、大きな木箱が何個か積み上げられていた。

「……やっぱりパワーが違うと、練習が上手く行かないんだろうね」

「はい。 まあ……あと数十時間は使えますから……もう少し待とうと思います。 交換するときは、またお願いします」

 サクラは「ぴょこっ」と頭を下げた。

「はい。 その時は、また持ってきてね」

 さあ、出そう……と塩頭は若い整備員を呼んだ。




「また、ごっつい飛行機で来たね……」

 塩頭は、目の前のジェット機を見上げた。

「……これは……サイテーションテン+(プラス)かな?」

 そう……「エクストラ300LX」を引き出した格納庫の前に、サクラのサイテーションが駐機していたのだ。

「はい。 そうです……」

 フライトスーツに着替えたサクラは、頷いた。

「……これならヨーロッパに行くのも、一回の給油で済みますから」

「HA-SKLか……HAって事は、ハンガリー?」

「はい。 私の実家があります」

「んで……SKLは、サクラかな?」

 塩頭は、サクラの横顔を見た。

「そうらしいですね。 お父さんのプレゼントなんです。 なんか……親ばかですよね」

 サクラは塩頭を見て、苦笑を浮かべた。

「あははは……親ばかで良いじゃないか。 娘ってのは、何時までも可愛いもんだよ。 もっとも……こんな数十億もするものを贈るなんてのは……世界でも少数だろうなぁ」

 塩頭は、サクラに向かって破顔した。




『イロナ!』

 「エクストラ300LX」の周りを回りながら点検をしていたサクラは、ふとサイテーションの方に歩いていくイロナを見つけた。

『……!』

 ビクリ、とイロナが固まった。

『何処に行くの?……あなたは、私と一緒に行くんだよ』

 サクラは、ゆっくりと近づいた。

 ギギギ、と軋む様にイロナが振り返る。

『……そっちに乗らなくちゃ、ダメ?』

『当然でしょ。 貴女は、私の秘書なんだから……何時も一緒に行動するんだよね。 自分から言ってたじゃない』

 そう……ニコレットは妊娠したことにより、第一秘書をイロナに譲ったのだ。

 更に、ニコレットは新しい会社のCOOに就任する事になっていて、秘書に復帰することは無い。

 会社の役職を全て断ったイロナは『私は、一生サクラの側から離れない』と宣言したのだった。

『そ、そうだけど……』

 イロナは「ちらちら」と視線をサイテーションに送った。

『……こっちのだと、トイレが付いてるから……飲めるじゃない?』

『確かに「ルクシ」には、トイレは無いけど……』

 サクラは、半眼でイロナを見た。

『……途中でお酒を飲まなけりゃ、良いんじゃない?』

『飲みたい!……』

 イロナは、頭を振った。

『……空の上で飲む酒、って美味しいのよ』

『はぁ……イロナってアル中? 1時間ぐらい我慢できるでしょ!』

 溜息を吐くと、サクラはサイテーションの乗降口に立っているローザに合図をした。

 一礼をしたローザが機内に入り、ゆっくりとドアが引き上げられ始めた。

『あ、あああああ……』

 イロナが、膝から崩れ落ちた。

『……行っちゃう……希望の船が行ってしまう』

『何、大げさな事を言ってるのさ……』

 サクラは、回れ右をして歩き出した。

『……イロナもフライトスーツに着替えるんだよ。 早くしないと置いて行っちゃうよ』

『……酷い……サクラは、暴君だわ』

 よろよろと、イロナは立ち上がった。




 「エクストラ300LX」のコックピットで、サクラは首を回して周囲の確認をした。

「(……周囲、OK……ブレーキ、OK……操縦桿スティックを引いて固定……)」

 誰も居ない事を確認して、スティックをお腹につくまで引いてベルトで留める。

「(……メインスイッチ、ON……)」

 サクラは電気系統のスイッチを入れた。

 電気で動く計器の針が動き出す。

「(……スロットル フル フォワード……プライミング……燃料ポンプON……)」

 スロットルを全開位置にして燃料ポンプを始動する。

「(……ポンプOFF……)」

 数週間動かしてなかったエンジンは、何時に無く中が乾いている。

 サクラは、少し長くポンプを回した。

「(……スロットルを下げて……混合気ミクスチャーリーン……)」

 ガソリンが流れやすいように全開だったスロットルを下げ、同じく濃くしていた空燃比を始動位置にする。

「(……マグネトーON……スタート……)」

 サクラはキーを捻ってセルモーターを回した。

「ウィ・ウィ・ウィ・ウィウィウィ……ズドドドドドド……」

 541.5ciキュービックインチ ……約8800cc ……もの排気量を持つライカミング製AEIO-580エンジンは精々700kg程度の機体を震わせて始動した。

「(……マグネトーBoth……ミクスチャーFull Rich……)」

 揺れるコックピットで、サクラはエンジン始動後の確認をする。

「(……オイルプレッシャーOK……アイドル……)」

 オイルも順調に送られているようだ。

 サクラは暖気運転のため、スロットルをアイドリングの位置にした。

「ストストストスト……」

 低速に下げられたエンジンは、先ほどと変わって静かに回りだした。




『イロナ……お酒臭い』

 離陸前のチェックをしていたサクラは、前席から流れてくる臭いに気が付いた。

『あら、そう?』

 イロナの返事は、素っ気無い。

『あら、そう……って、何か飲んでる? またおしっこを漏らしちゃうよ』

 そう……夏に笠岡に飛んだときに、イロナは大変な思いをしたはずだった。

『大丈夫よー あの時はー薄い酒を沢山飲んだから……いけなかったの。 今回は「ウォッカ」よ。 少量で酔えるわー』

 何だか、イロナの声は……呂律が怪しくなってきている。

『あ、そう……悪酔いしないでね』

 もう、突っ込むのも疲れたサクラだった。




{『八尾グランド JA111G エクストラ300LX』}

 サクラは、無線機の周波数を121.8に合わせ、管制を呼んだ。

{『エクストラ111G 八尾グランド ゴーアヘッド』}

 サクラ達の様子を見ていたのだろう……直ぐに返事が返る。

{『八尾グランド エクストラ111G リクエスト RW27へのタキシー 情報Eを確認済み』}

{『エクストラ111G 八尾グランド RW27へのタキシー許可 サイテーションXに続いて下さい』}

 どうやらサクラ達の離陸は、サイテーションの後になるようだ。

 見ると、サイテーションがタキシーして行く。

{『八尾グランド エクストラ111G RW27にタキシー サイテーションに続きます』}

 サクラは、スロットルレバーを進めた。




 サクラが誘導路をタキシーしていると、先を行くサイテーションがRW27に入っていくのが見えた。

{『エクストラ111G 八尾グランド ランウェイ ホールドポジション にて待機』}

 どうやら、サイテーションが離陸する為に「エクストラ300LX」を滑走路に近づけないつもりらしい。

{『八尾グランド エクストラ111G ホールドポジションで待機』}

 サクラは、滑走路の手間で機体を止めた。

{『エクストラ111G 八尾グランド 126.2にてタワーに連絡してください』}

 少し早いが、此処からはタワーが管制をするようだ。

{『八尾グランド エクストラ111G 126.2でタワーに連絡』}

 サクラは、グランドに返事をして周波数を126.2に合わした。

{『サイテーション サクラ 八尾タワー クリヤード フォー テイクオフ』}

{『八尾タワー サイテーション サクラ クリヤード フォー テイクオフ』}

 途端に、サイテーションとタワーの通信が飛び込んできた。

「(あらま……切り替えるのが早すぎたかな? って言うか……私が止まるのを待ってたんだな)」

 そう……サイテーションは、滑走路の中で待機していたのだった。

 エンジンをフルパワーにしたサイテーションは、見る間に加速して目の前を通過した。




{『エクストラ111G 八尾タワー クリヤード フォー テイクオフ』}

 サイテーションがゴマ粒のようになった頃、タワーから離陸許可が来た。

{『八尾タワー エクストラ111G クリヤード フォー テイクオフ インターセクションテイクオフします』}

 今、待機しているのはRW27の途中……端から1/3程度……なのだが、それでも1000m程残っている。

 「エクストラ300LX」にとって離陸するのに十分すぎるので、サクラはここから離陸することにしたのだ。

 サクラは、ブレーキを外しスロットルレバーを進めた。

 「エクストラ300LX」はゆっくりと滑走路に入った。

「(……もう少し……そろそろ……)」

 滑走路のセンターラインが近づいてくる。

「(……よし……)」

 サクラは右のブレーキを掛けた。

 「エクストラ300LX」は右に向きを変える。

「(……スロットル……)」

 そして機体が滑走路に正対したとき、サクラはブレーキを離しスロットレバーをイッパイ前に倒した。

 所謂いわゆる……ローリングテイクオフである。

 「エクストラ300LX」は弾かれたように加速を始めた。

 反動トルクで機首を振ろうとするのをラダーで押さえ、スティックを軽く押す。

 直ぐにテールは上がる。

「(……Vr……)」

 ほんの100m程で「エクストラ300LX」は地面を離れた。




『……サクラ……』

『ん、何? イロナ』

『……今、何処?』

『淡路島の辺りだよ』

『……後、どの位で付く?』

『ん~ 30分位? かな』

『……ゴメン……持たないかも……』

『持たないって……もしかしておしっこ?』

『……違う。 気持ち悪い……』

『気持ち悪い? って……わーーー! 待って、まって……』

『……うぇ……うぇっぷ……出そう……』

『イロナ! 右側に備え付けられているバッグの中にビニール袋があるから……それを使って』

『……こ、これね……*****(イロナの名誉の為に音声規制)……』


{『徳島アプローチ JA111G エクストラ300LX』}

{『エクストラ111G 徳島アプローチ ゴーアヘッド』}

{『徳島アプローチ エクストラ111G 現在東方20海里 着陸したい 情報Bを確認済み』}

{『エクストラ111G 徳島アプローチ 飛行計画には無いが?』}

{『徳島アプローチ エクストラ111G 同乗者の体調が悪い』}

{『エクストラ111G 徳島アプローチ そのままRW29に進入してください 5海里手前でタワーに連絡して下さい』}

{『徳島アプローチ エクストラ111G RW27にストレートイン 5海里前でタワーに連絡』}


『イロナ……徳島空港に降りるから、もう少し頑張って』

『……わ、分かった……』


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[一言] イロナさん、またやらかしちゃいましたか(苦笑)
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