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紅い桜  作者: 道豚
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ラブレター

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 フランツィシュカ達が、ハンガリーに帰って2週間が経った。

 12月に入って日の出も遅くなり、月曜日だと言うのにサクラは、未だに夢の中だった。

「ぴ・ぴ・ぴ・ぴぴ・ぴぴ・ぴぴぴぴ……」

 どんな夢なのか……にこにこと楽しそう……それを打ち壊すように、目覚ましの音が鳴り始めた。

「……ん゛~~~……」

 唸りながらサクラは、花柄の布団から目覚まし時計に向けて腕を伸ばした。

「……ぴぴぴぴっ」

 目覚ましは頭を叩かれて、その煩い音を止めた。

「う゛ーー 朝かーー」

 サクラは、顔を顰めて体を起こした。

「(……はぁ……もうチョッとで、モンブランが食べられたのに……)」

 どうやらケーキを食べる夢だったようだ。




 ベッドから降りるとサクラは、チェストから新しい……先日ハンガリーから届いた……ブラを取り出した。

 それを椅子の上に置いて、パジャマの裾を握ってバンザイをするように……襟を引っ張って首から抜くようにすると、胸が引っかかってしまう……脱いだ。

「(……うーーー 寒い……)」

 上半身が、グレーのナイトブラだけというのは、流石に寒い。

「(……我慢、我慢……)」

 サクラは、大急ぎでナイトブラを取り、ブラの肩紐を腕に通す。

 大きく上体を前に倒し、胸をカップに収めながら背中のホックを止めた。

「(……ん? 良いかも……)」

 上体を起こし、カップの中に肉を引っ張り込んで、サクラは鏡に映る胸を見た。

 そこには、綺麗に盛り上がるバストがあった。

「(……って、何を見とれてるんだよ! 寒いだろうが……)」

 ここに来て、中に居る「吉秋」が顔を出し……慌ててサクラは、ルームウェアの上着を被った。




『サクラ、起きてる?』

 ノックの音と共に、イロナの声が聞こえた。

『起きてるよ……』

 サクラは、髪を梳いていたブラシを置き、ドアを開けるイロナを見た。

『……って、まだメイド服を着てるんだ』

『だから……これが正装なの。 今の私はメイドだから……』

 イロナは部屋に入って来ると、サクラの脱いだパジャマとナイトブラを纏めた。

『……んで、新しいブラはどう?』

『ん! 良い具合だよ』

 サクラは、アンダーの部分に手を当てた。

 上着の弛みが無くなり、バストが強調される。

『それは良かったわ。 私が手伝わなくてもいいのね?』

『うん、大丈夫。 一人で付けられるから』

『それじゃ……お嬢様、朝食の用意が出来ております。 どうぞ食堂にお越し下さい』

 いきなりイロナの口調が、芝居がかった。

『分かったわ。 今行く』

 釣られてサクラの口調も、お嬢様風になった。




「お父さん、おはよう。 今日は和食なんだ」

 サクラが食堂に行くと、既にテーブルには朝食が並んでいた。

「おはよう、サクラ。 今日はお母さんが作ったきに」

 孝洋の答えは……聞きようによっては、叱られそうな雰囲気を持っている。

「お父さん? 私の料理で、悪う御座いましたね……」

 そこに、理恵子が皿を持って来た。

「……はい、ニロギが焼けたぜよ」

「おお、待っちょた。 上手うまそうやが。 なあ、サクラ」

 テーブルに置かれた皿の上には、小さな木の葉のような魚の干物が10匹ほども載っていた。




 月曜日なので、サクラには仕事がある。

 と、言うわけで……

「サクラ先生、おはようございます」

「おはよう」

「相変わらず、綺麗な髪ですねー」

「そう? 特別な事はしてないけど」

「先生って、日焼けしないんですかー」

「んー 多分するよ。 気をつけてるんだ」

     ・

     ・

     ・

 サクラは、高専の中を女生徒に囲まれて歩いていた。

「先生って、姿勢が良いですよね。 だからかな? 何だか今日はバストサイズが大きくなってませんか?」

 流石は、女性である。

 生徒はこんな事でも、気軽に聞いてしまう。

「ん! そう?……」

 サクラは、目線を下げた。

 そこには見事な高まりがあり、足元を隠している。

「……今日から、新しいブラにしたんだけど……その所為かな」

「新しくしたんですか? 何処のブランドにしたんですか?」

 何か思うところがあるのだろうか……一人の生徒が勢い込んで尋ねてきた。

「んーー これって……実家の職人が作った物だから……既製品じゃなくて、オーダーメードなんだ。 私のトルソーを最近新調したから、それに合わせて作ってきたんだ。 普通には買えなくて、ごめんね」

「あ、いいです良いです……」

 その生徒は、胸の前で手を振った。

「……でも……オーダーメードですかー 良いなー」

「先生……トルソーを新調って……」

 別の生徒が、口を挟んだ。

「……それって、先生の体を計って作ったんですよね?」

「うん。 大変だったよ」

 あっけらかん、とサクラは答えた。

「でも……専用のトルソーって……サクラ先生、お金持ちだったんですねー」

「そんなこと無いよ。 私じゃなくて、実家がそうだって事だから」

「例えそうでも、やっぱり凄いですよ。 いざとなったら援助してもらえるんだから」

「そうかなー 私は、そんなこと期待してないけどね。 でも、勝手にいろいろして来る、って有るかも。 ふぅ……今回のトルソーの件もね」

 サクラの口から、小さく溜息が漏れた。




「……おい……トルソーって何か分かるか?」

 サクラの周りを歩いているのは、女生徒ばかりではない。

「……知るかよ。 でもよ……何か体に関係する物みたいだな」

 近くを歩いていた……聞き耳を立てていた……男子生徒が、小声で話していた。

「……ブラジャーの話からの発展だろ。 胸の形を模した物じゃないか?」

「……あの胸の形……」

「……おい、バカヤロ! ヨダレが出てるぞ」

「……え! っと……出てないじゃないか」

「……気をつけろ、って事だよ。 もし垂らしてみろ……変態だぞ」

「……でもよ……あの胸……重いだろうなー 柔らかいかなー 先っちょの色、何色かなー」

「……馬鹿! ヨダレ!」

「……あっ!」

 妄想していた男子生徒は、首根っこを掴まれて……体育館の方へ連れて行かれた。




 サクラの周りの生徒達も夫々の教室に別れて行き、少なくなってきた。

「それじゃ……先生、私達は此処で」

 そして、一番北の一般棟……3年生までの教室がある……の入り口で最後まで残っていた女生徒が離れた。

「はい、授業で会いましょう」

 サクラは、胸の前で手を振って、それを見送った。

「あの……」

 教員室に行こうと、サクラが向きを変えたとき……目の前に男子生徒が現れた。

「……サクラ先生。 これを読んでください」

 その手は、白い封筒を差し出している。

「はい?……」

 サクラは、ついそれを受け取った。

「……えっと……何?」

 男子生徒は、長身のサクラより背が高くて……サクラは彼の顔を見上げた。

 少し赤くなっているようだ。

「読んで頂ければ、分かります」

 その生徒は、回れ右をして走っていった。




「(……これって……)」

 授業の間の休み時間……サクラは、朝受け取った封筒を見ていた。

「(……まさか、ラブレターじゃないよな……)」

 裏返してみても、さっきの生徒の名前は書いてない。

『サクラさん。 それは何?……』

 隣の机に向かっていた、年配の英語教師が訪ねてきた。

『……さっきから悩んでるみたいだけど』

『あ……えと……今朝、生徒が渡してきたんですけど……』

 サクラは、椅子ごと体を向けた。

『……読めば分かる、って。 何でしょうね?』

『渡してきたのは、男子生徒?』

『ええ、そうですね』

 サクラは、頷いた。

『んじゃ……やっぱりラブレターじゃない?……』

 英語教師の口角が上がった。

『……サクラさん、美人だから』

『そうかなー 私って、20歳超えてますよ? 生徒からしたら年上だと思うんですけど』

 こくっ、とサクラは首を傾げた。

『そうかもしれないけど……貴女、十分若く見えるわよ。 それに……5年生だったら、20歳超えてる生徒も居るから』

 開けてみなさいよ、と彼女は封筒を指差した。




「(……な、何なんだよ、これ……)」

 サクラは、便箋を広げて絶句していた。

「(……は、恥ずかしい……)」

『顔が赤いわよ……』

 英語教師が、覗き込んできた。

『……どんな事が書いてあるの?』

『あの……ずっと見てたそうで……何だか、随分と私のことを持ち上げてるんです』

 サクラは便箋を閉じて、熱くなった頬に手を当てた。

『例えば?』

『えっと……風にそよぐ髪が綺麗とか……瞳の色が澄んでて、吸い込まれそうとか』

『あら、素敵。 でも……それって、外見だけよね。 内面を見てないのかしら?』

『ですよね。 だって、話したことも無い生徒だから……何となく、憧れてるのかな?……』

 サクラは、再び便箋を開いた。

『……って、これは無いわ!』

『ん? 何が書いてあった?』

 嫌悪感を露にしたサクラに、英語教師が聞いた。

『胸が揺れると「どきどき」するって。 グランドを走ってると、目で追ってしまう、って……』

 サクラは、胸の前で腕を組んだ。

『……冗談じゃない』

『それはダメね。 女心を分かってないわ……』

 英語教師は、溜息を吐いた。

『……当然、返事は「バツ」ね?』

『ええ、当然「バツ」です』

 サクラは、顔を顰めて便箋を封筒に仕舞った。

「(……だいたい、俺が男と付き合う? 冗談じゃないぜ……)」

 急速に頬の熱さは消えた。

 それどころか……

「(……何で、一瞬でも嬉しくなったんだ? 心が女に近づいてる、って事じゃないよな……)」

 サクラの顔から血の気が引いた。




「お母さん……」

 夕食の席で、サクラは話しかけた。

「……今日、ラブレターを貰ったんだ」

「え! ラブレター?……」

 理恵子は、御飯をよそった茶碗を差し出した。

「……誰から? 返事はしたの?」

『……ラブレター、って聞こえたけど?』

 同じ席にはイロナも居た。

『うん。 学校で貰った』

「5年生だった。 断ったよ」

 サクラはイロナにハンガリー語で答え、理恵子には日本語で答える。

『返事はしたの?』

「あら、どうして?」

 またまた、ハンガリー語と日本語の質問が、飛んできた。

「もう……めんどくさいよ……」

 サクラは、理恵子の方を向いた。

「……お母さんは、後から聞くから」

『直ぐに断ったよ。 そいつ、私の外面だけ見てるんだよ。 しかも……胸の大きいのが良いだなんて……それだけが私じゃない、っての』

 イロナに向かって、サクラは顔を顰めた。

『そうね……それは酷いわね……』

 イロナは、うんうんと頷いた。

『……断って正解だわ』

『だよね。 イロナがそう言ってくれて、良かった』

『大体分かったわ。 そろそろお母様に説明してあげたら?』

『うん……』

 頷いたサクラは、理恵子の方を見た。

「……何だったっけ?」

「断った訳よ。 何か嫌だったんでしょ?」

 理恵子は、真っ直ぐにサクラを見た。

「うん、嫌だった……」

 サクラは、胸の前で腕を組んだ。

「……そいつ……私の胸が揺れるのが好きだ、って書いてたんだよ。 気持ち悪いよ」

「あら、それは酷いわね……」

 理恵子は、顔を顰めた。

「……断って正解だわ」

「だよね。 お母さんも、そう思うよね」

 サクラは、理恵子に向かって頷いた。

「まあ……相手は精々二十歳はたちでしょ。 仕方が無い事では有るわね。 男って、女に比べて幼いもの。 あなただって、男の頃は30歳ぐらいになって……やっと落ち着いてきたものね」

 理恵子は、ニッコリした。




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