CEOはサクラでしょ
ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。
{ }で括られたものは無線通信を表します。
{『関西アプローチ HA-SKL サイテーションX}
再びコパイ席に座ったサクラが、航空管制を呼んだ。
{『サイテーション サクラ 関西アプローチ ゴーアヘッド』}
待ち構えていたのだろうか……すぐに返事が返った。
「(……だから……ナチュラルにサクラって呼ぶなよー……)」
コールサインが、何となく気恥ずかしく……
{『関西アプローチ HA-SKL サイテーションX 高知空港の南30マイル 着陸のため接近中 情報Zを確認済』}
サクラは、生真面目にリクエストを出した。
{『サイテーション サクラ 関西アプローチ そのままベースレグに侵入して、高知タワーに連絡してください』}
しかし……そんなサクラの気持ちも分からないのか……管制官からは、やはりサクラと呼ばれてしまった。
サイテーションの客席で、サクラは窓の外を眺めていた。
青い海と白い砂浜、そしてその向こう側に緑の山々が見えている。
『そんなに不満そうにしてたって、仕方が無いわよ』
その膨れた頬を見て、イロナが声をかけた。
『分かってるよ。 けど……最後までコックピットに居たかったなー』
そう……流石にジェット機のライセンスを持たないサクラは……タマーシュに信用されず……ローザにコパイ席を譲ったのだ。
『……高知タワー サイテーション サクラ ベースレグ……』
そんなサクラのためにと、タマーシュは無線通信を客室に流していた。
『……サイテーション サクラ 高知タワー 貴女の着陸順は1番です そのままパターンを飛行してください』
無線を担当しているのがローザの所為か……心なしか管制官の声が優しいように聞こえる。
『……高知タワー サイテーション サクラ このまま飛行……』
それに気付いているのかいないのか……ローザは淡々と通信を終わらせた。
***********
高知空港ビルにあるサクラの部屋、その中でニコレットとフランツィシュカは机を挟んで向き合っていた。
『……ほんと……貴女、手強いわね』
フランツィシュカは、背もたれに体を預けた。
『ありがとう御座います。 お姉さまに、そう言っていただけるなんて……』
ニコレットは、机の上で手を組んで「ニッコリ」した。
『……頑張ってる甲斐があります』
『貴女……私を姉だと思ってるなら……少しは融通してくれても良いんじゃない? ほんの一人でいいのよ?』
『ええ、勿論お姉さまだと分かってます……』
そう……ニコレットとフランツィシュカは、異父姉妹なのだ。
『……でも……フランツィシュカ様は、アルトゥール様のご息女で御座いますれば……私とは、バックボーンが違います』
『ふぅ……嫌みったらしく、慇懃な言葉ね……』
フランツィシュカは、椅子に凭れたまま顔を顰めた。
『……貴女がそう言うなら、仕方が無いわ。 私も引かないわよ』
『望むところです、とは言えませんが……サクラ様のため、私も引くわけにはいかないのです』
少し休憩しませんか? とニコレットは、アンナに飲み物を頼んだ。
『帰りました……』
サクラは、イロナの押さえているドアを潜った。
『……って、お姉さまとニコレット……二人とも何してるの?』
『あら、お帰り……』
『上手くデータは取れた?……』
ホワイトボードの前に立っていた二人が、振り返った。
ボードには、何人もの名前が書かれ……夫々、丸で囲まれたり、斜線で消されたりしている。
『……一度落ち着きましょうか』
『……そうね、 少し頭に血が上っているわね』
『なに? 喧嘩してたの? 姉妹喧嘩かな』
サクラは、首を傾げながらソファに座った。
『つまり……役員の数で揉めてる、って事なんだ?』
ニコレットとイロナ、そしてフランツィシュカとサクラはローテーブルを挟んでソファに座っていた。
『そうよ。 ヴェレシュとしては、役員の数は同数にしたいの』
『此方としては、一人は多くしたいの』
サクラの言葉に、フランツィシュカとニコレットが答えた。
『役員の数、って決まってるの?』
『いえ、決まってないわ……』
イロナが、ファイル……社則の草案……を開いて見せた。
『……でも、あまり多くしないほうが良いわね』
『えっと……取りあえず、確実に入れるべき人を書き出そうよ』
『そうね……ヴェレシュからは、私とダニエル、そしてツェツィルかしら』
サクラの言葉に頷くと、フランツィシュカは離れた所に立っているツェツィルを見た。
『ん? ツェツィルも、なの?……』
サクラも首を回してツェツィルを見た……いや睨んだ。
『……ねえ、本当にしたい? 如何なの?』
『え! えええ……』
ツェツィルは、2対の瞳に……一方は親愛が篭り、他方は軽蔑の色を見せる……射竦まれた。
『何なの? サクラ、何か有った?』
『何か、何て物じゃ無いですよ。 お姉さま……』
その様子を見たフランツィシュカの質問に、サクラが答えようとした時……
『わーーわーーー! わ、分かったから……サクラ、俺は役員にはならない。 フランツィシュカ、俺は辞退する』
ツェツィルは、突然部屋を飛び出して行った。
『これで決まり、で良い? フランツィシュカお姉さま』
ホワイトボードの前でサクラは、腰に手を当ててソファに並ぶメンバーを眺めた。
『良いわ。 ちょっと悔しいけど』
憮然として、フランツィシュカは頷いた。
『んじゃ、決まり! ニコレット、記録をして……』
サクラは、満足げに頷くとホワイトボードを改めて見た。
『……役員は6人……私とニコレットとイロナ。 フランツィシュカお姉さまとダニエル。 そしてヴェレシュから監査役を一人。 ちょうど半分ですね』
『そう、人数はね……』
フランツィシュカは、息を吐いてソファに凭れた。
『……でも監査役なんて、執行役員じゃないし……CEOはサクラでしょ、COOはニコレットな訳で……これじゃ私なんて、ただのお飾りだわ……って、そうだ私を社長にしなさい』
『え! お姉さまが社長?……』
サクラは、目を見開いた。
『……い、良いのかなぁ』
『良い考えだと思います。 フランツィシュカ様は、EUで顔が効きますから……融資を集めるのに適任かと』
『そうでしょ……サクラ、そうしなさいね』
ニコレットの言に、フランツィシュカは胸を張った。
***********
高知市内の中央に在る「はりやまばし」、その近くに……150年の歴史のある……格式の高い料亭があった。
その車寄せに……こんな田舎の何処にあったのか……黒塗りのリムジンが止まった。
待ち構えていた……店の者だろうか……和装の男が駆け寄り、後部ドアを開けた。
まずカジュアルな服装の男が降り、そしてその手を取って赤毛をアップに纏めたスーツの女性が降りた。
『あら、良いわね……』
その女性……フランツィシュカは振り向いて、リムジンの反対側から降りたサクラを見た。
『……凄く日本的だわ』
『良いでしょ、お姉さま。 創業して150年だそうですよ』
自分の物でもないのに……サクラは、自慢げだ。
「ベレシュの皆様、ようこそいらっしゃいました……」
そこに上品な和服の女性が声をかけてきた。
「……当家の女将でございます」
『えと……何て言ったのかしら? この女性は』
当然の様に、フランツィシュカは日本語は分からない。
『彼女は、ここの女主人だそうです……』
サクラは、フランツィシュカに説明すると……
「……ヴェレシュ サクラです。 よろしくおねがいします」
女将に頭を下げた。
サクラたちは、渡り廊下を通って離れに案内された。
「(……えへ……こんな所は初めてだ……)」
そう……高知に住んでいたといえ、こんな高級な料亭に来たのは数度しかなく、しかもその時は大広間だったのだ。
「(……広すぎずに、落ち着くね……)」
10畳程度の書院造の部屋には、中央にテーブルが在り人数分の椅子が用意されている。
『ねえサクラ……日本では床に直接座るのじゃなかったかしら?』
フランツィシュカが、小さな声で聞いた。
『そうですよ。 でもお姉さま方は慣れてないから、こんな風に椅子とテーブルを用意していただきました』
『そうなの? これは普通じゃないのね……』
フランツィシュカは、おっかなびっくり畳を踏んだ。
『……クッションが効いて、気持ちいいわ。 っで、何処に座ればいいの? 席順にもルールが在るわよね』
『うん。 えっと……』
サクラも部屋に入って、周りを見渡した。
「(……えっと……こっちが上座だよな……お姉さまが此処で、ツェツィルはその隣……私がお姉さまの前……)」
『……お姉さまは、主賓なので此処です。 ツェツィルはその隣。 私はお姉さまの前に座ります。 そこからニコレット、イロナの順で』
『分かったわ。 さ、座りましょ』
フランツィシュカは、頷いた。
それを見て、此処まで案内した仲居が椅子を引いた。
『美味しいわ』
『でしょ。 この地方の郷土料理なんです』
出てきたのは、当然の如く「さわち」だった。
フランツィシュカの感想に相槌を打つサクラは、いつもの如く「巻き寿司」を取り皿に積み上げていた。
『サクラ……貴女、そればかり食べてるわね』
ニコレットが、隣から言ってくる。
『良いじゃない。 さわちの良い所は、好きなものが食べられる、って事なんだから……』
サクラは、横目でニコレットを見た。
『……ニコレットだって「たたき」ばかり取ってるじゃない』
『あら、これは魚だから……DHAが豊富に含まれていて、健康に良いのよ。 お腹の赤ちゃんも、頭が良くなるわ』
ねえそうよね、とニコレットは前に座るツェツィルに話を振った。
『ん? そうだねー そんな風にも言われてるけど……証明されてないんじゃないかなぁ』
『だめだめ、ツェツィルは研究馬鹿だから……』
イロナが、突っ込みを入れてきた。
『……一般常識、ってものが無いから』
『ちょっとイロナ! 私の旦那様を変人みたいに言わないでちょうだい。 貴女こそ、お酒ばかり飲んで……少しは何か口に入れなさい』
『大丈夫……これって、せいぜいワイン程度の度数だから、私の掛かれば1リットルや2リットル……軽い軽い』
『リットル、って……いったいどれだけ飲むつもりなのさ、イロナ。 以前、そんな事言ってて……危うく漏らしそうになったよね』
『う! あ、あの時は……トイレが無いのを忘れてただけよ、サクラ。 ニコレットだって、似たような事があったんだから』
『イロナ! 私の場合は、いきなり乗ることになったからよ。 恥ずかしい事を人前で言わないで』
『なになに? ニコレットが、恥ずかしい事をしたの?』
『そうらしいですよ、お姉さま。 日本に来て、初めて「エクストラ300L」に乗ったとき……』
『わーーーーー! ダメ! サクラ、それは言わないで』
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父親、母親が違っても、この4人は……大きく括れば……姉妹である。
お酒の所為で身分を忘れれば……お互いに遠慮の無い応酬が始まる。
『(……はぁ……この海老、美味いな……)』
そんな騒ぎをBGMにツェツィルは、茹でた海老の殻を剥いていた。