サクラが茹で卵?
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{ }で括られたものは無線通信を表します。
紺碧の空を、白地に赤いウェーブラインの入ったジェット機が、駆け上がって行く。
「(……もう2万フィートだってのに、全然上昇率が落ちない……)」
コパイ席に座ったサクラは、サイテーションXのパワーに改めて驚いていた。
「(……ルクシも、低高度なら同じくらいで上昇できるけど……)」
そう……サクラの「エクストラ300LX」も同じ位で上昇できるのだが……所詮プロペラ機なので……高度が上がるとエンジンパワーが足りなくなってくるのだ。
『タマーシュ……』
サクラは、左の機長席を見た。
『質問しても良い?』
『はい、サクラ様。 何でございましょう』
赤毛を短く刈った男が、サングラス越しにサクラを見た。
『この上昇率で、どこまで上れる?』
『30000フィート程度でございます。 その辺りからは、少しずつ上昇率は下がることになります』
流石に、こんな上昇率では限界があるようだ。
『予定の50000フィートまで、どれ位掛かる?』
『43000フィートまで、離陸から23分でございます。 しかし、そこからは10分程掛かるでしょうか? 殆ど限界高度で御座いますれば……その日の調子によって変わります』
『分かった。 後十数分は、上昇を続けるんだね』
『左様で御座います』
『ありがとう。 飛行を続けて』
『とんでも御座いません』
軽く頭を下げ、タマーシュは前を向いた。
高度五万フィート……約15240メートル……地球の丸味が分かる……気がする……に達したサイテーションXは水平飛行で加速した。
「(……すげ!……本当に0.92出たよ……)」
サクラの目の前のマッハ計は、0.92を表していた。
「(……えっと、ノットにすると……527ノット!……)」
グラスコックピット……計器盤は、タブレットが何枚か埋め込まれた様になっている……なので、簡単に表示を変えることができた。
『サクラ様、そろそろ準備を致しましょう』
感動していたサクラに、後ろからローザが声を掛けた。
『ん? そうだね……』
サクラは、シートベルトを外した。
『……んで、ツェツィルは?』
『ここに居るよ』
『ん、居た。 じゃ、此処から動かないでね』
サクラは、さっきまで座っていたコパイ席を指した。
『分かったよ。 そんなに警戒しなくてもいいのに』
『信用できない……』
サクラは、首を振った。
『……タマーシュ、しっかり見張っててね』
『はい。 お任せ下さい』
サクラは、タマーシュの返事を聞きながら、コックピットと客席を仕切るカーテンを閉めた。
「(……これで良し!……)」
カーテンをジッパーで留めて、サクラは客室を振り返った。
『満足した?』
イロナが、苦笑を浮かべている。
『うーん……まあまあかな? あのツェツィルだよ、用心してしすぎる事はないよ』
サクラは、疲れたような笑みを浮かべた。
『そんなに警戒しても疲れるだけよ。 胸ぐらい見られたって良いじゃない』
『やだよ。 恥ずかしい』
サクラは、両腕を胸の前で組んだ。
『恥ずかしくなるような、そんな貧弱な胸じゃないでしょ……』
イロナは、サクラの肩に腕を回した。
『……それより、するべき事をしましょ』
『そうだね』
サクラとイロナは、機体後部に取り付けられたボディースキャナーに向かった。
『それじゃ……全部脱いで』
サクラの前には、ドーナツ型のプラスチックケースの中央を貫く、薄いベッドがあった。
『本当に……本当に裸じゃなきゃならないの?』
そう……今朝、サイテーションに乗る前に聞いた話だと……ブラは勿論、ショーツまで着ていてはいけないそうなのだ。
『そうよ。 貴女の基礎的なサイズを測るのだから、変に修正してちゃダメでしょ』
『はぁ……仕方が無い……』
サクラは、コックピットのある機体前方を見た。
仕切りのカーテンは閉まっていて、ローザがその前に立っている。
『……ローザ、見張っててね』
『心得ております』
ローザは、お腹の前に手を当てて、綺麗なお辞儀をした。
『弾道飛行まで、あと10秒』
タマーシュの落ち着いた声がスピーカーから流れた。
「(……う、く、く、く……あと少し……)」
アイマスクをしたサクラは、一糸纏わぬ姿でベッドに押し付けられていた。
「(……いててて……大したGじゃないのに……)」
そして2Gの荷重を受けて、大きな胸が押しつぶされ両側に動き、引っ張られて痛くなっていた。
『5秒前……3秒前……2、1、0』
「(……う、わ!……)」
タマーシュのカウントダウンが終わり、サクラは不意にベッドから体が浮き上がるのを感じた。
潰れていた胸は元の自然な形に戻り、ふるふると震えている。
『力を抜いて、サクラ』
イロナの声が聞こえた。
『ん! これで良い?』
『良いわ。 そのまま待って。 今調整するから』
空中で不安定だったサクラが、腰骨の位置と肩に付けた細いロープによりドーナツの中心で安定した。
直ぐにドーナツの中から、機械の動く音が聞こえだした。
『弾道飛行終了まで、あと10秒……』
無重力状態は、ほんの30秒で終わる。
『……全員重力に備えて』
『サクラ、ベッドに下ろすわよ』
イロナはロープの張力を調整して、浮いていたサクラをベッドに乗せた。
『……3、2、1、0』
カウントダウンが終わり、機内に重力が戻った。
「(……ふぅ……)」
やはり1Gの世界は、安心感がある。
だが……
『2Gまで15秒』
「(……はぁ……また始まるか……)」
タマーシュの声に、サクラは心の中で溜息を吐いた。
引き起こして弾道飛行……引き起こして弾道飛行……これを10回繰り返し、サイテーションXは水平飛行を始めた。
『サクラ、お疲れ様。 そこから一度出て。 アイマスクは外しても良いわ』
イロナの目の前には、ベッドの上で脱力しているサクラが居た。
『ん……終わった?』
サクラは、アイマスクを取りながら体を起こした。
大きな胸が重力に引かれて、少し下がった。
『無重力状態での計測は終わり。 後は重力の下での計測をするわ……』
イロナは、サクラの体からロープを外した。
『……サクラが出たら、装置を動かすから』
『分かった』
自由になったサクラは、ベッドから降りた。
「(……へえ、こんな風に変形するんだ……)」
サクラの見ている前で、さっきまで入っていたプラスチックのドーナツ……よく見るとドーナツは三つに別れていて、そのうちの真ん中のドーナツが縦になった。
『さあ、入って』
『うん。 えっと、下から入れば良いのかな?』
『ええ、それで良いわ』
サクラは、這い蹲って……胸が床にあたらないように片手で押さえて……ドーナツの穴に入っていった。
コックピットのコパイ席に座ったツェツィルは、景色を眺めることもせずタブレット形の情報端末を見ていた。
『(……よしよし、イロナはちゃんと操作してるな……)』
画面には、後ろで動作しているボディースキャナーの情報が映っていた。
『(……これを、こうすれば……)』
ツェツィルが画面に触ると……
『(……ん! 上手いことデータが出来てる……)』
……黒いバックの上にサクラが、少しずつ現れてきた。
『(……髪の毛を外す処理も、問題ないな……)』
そう……どういうプログラムが働いているのか……頭に髪がない。
ゆっくりとサクラの顔が形作られ……顎が出来……細い首が現れた。
『(……さあ、もうすぐ胸だ……)』
肩が現れ……ツェツィルは、ワクワクと画面を見ている。
が……
『(……え!? な、何だ? どうなった?……)』
ツェツィルが、楽しみにしていた胸は現れず……
『(……何で茹で卵なんだ!?……)』
サクラの体は、殻をむいた茹で卵になっていた。
『きゃ!』
ローザは、カーテン越しに後ろから突き飛ばされた。
『ローザ! ここを開けてくれ……』
それと同時に、ツェツィルの切羽詰まった声が聞こえた。
『……サクラのデータがおかしい』
『駄目でございます……』
少しよろめいたローザは、しかし座席の背もたれに掴まってバランスを取った。
『……サクラ様のご命令です』
『しかしだな……サクラが「ハンプティダンプティ」になってるんだ。 これは俺が確認しないといけない』
『そう申されましても……』
ローザは、機体後部を見た。
そこでは、計測の終わったサクラが、下着を付けている途中だった。
『……今は男性は、来てはいけません』
『何事? 騒がしいわね』
そこにイロナの声が、聞こえた。
『イロナ! ボディースキャナーを調べさせてくれ……』
ツェツィルにも聞こえたのだろう……
『……茹で卵が、サクラになってる……じ、じゃなくて……サクラが茹で卵なんだ』
いつになく、ツェツィルは慌てていた。
『どういうこと?』
イロナは、カーテンの前に来た。
『サクラのデータをチェックしてたんだ。 そしたら……体のデータが、どう見ても茹で卵にしか見えない』
『そう?……それで良いのよ』
ツェツィルの説明に、イロナは冷たく答えた。
『良くないよ。 どこか悪いところがあるはずだ』
『それで良いの。 どこも悪くないわ』
『どういうことだ? イロナは、そうなることを知ってたのか?』
『ええ、知ってたわ。 これは、Mr.森山に作ってもらったのよ』
『森山? 最近ヴェレシュに入った日本人だな』
『そう。 彼は、優秀な男よ。 ツェツィルのプログラムを見て、盗み見できることを見つけたの。 そして、それを邪魔するプログラムを追加してくれたわ』
イロナの声が、氷のように冷たくなった。
『あ、あははは……そ、そうだったんだね。 うん、そんなバグがあったなんて……』
『あら? それってバグ? バグなら、貴方が知ってるはずないわよねー 知ってたなら、直したでしょ?』
『あ!……』
『と、いう訳よ。 この事、誰に報告しようかしら?』
イロナは、回れ右をして歩き出した。
『ま、待ってくれ! フランツィシュカにだけは言わないでくれ!』
カーテンの向こう側から、ツェツィルが叫んだ。
『何の騒ぎ?』
ワンピースの腰に……珍しく、今日はジーンズでない……ベルトを回しながら、サクラは帰ってきたイロナに聞いた。
『ツェツィルよ。 あいつ、サクラのデータを盗み見しようとしてたわ』
イロナは、苦虫を噛み潰したようだ。
『えーーー! なにそれ……』
サクラは胸の前に右手を回し、左手を下に伸ばしてワンピースの裾を押さえた。
『……信じられない。 フランツィシュカ姉さんも来てるのに』
『大丈夫よ。 Mr.森山のプログラムが、悪巧みを阻止したわ』
問いかけるようなサクラに、イロナは微笑んで見せた。
『森山さんが? そういえば……』
サクラは、ほっとして両手を下ろした。
『……森山さんって、今は何をしてるの?』
『今は、ヴェレシュの事を勉強してもらってるわ。 えっと……』
イロナは、ポケットからスマホを取り出して、画面を擦った。
『……12月の中ごろに一旦日本に帰って……2月頃からエンジンメーカーに行ってもらう事になるわね』
『うわ、森山さん大変だ』
『彼、優秀よ。 まだ十分慣れてないというのに、ヴェレシュのシステムなんかを改良してるそうよ』
『へー 森山さんって、ハードに詳しいだけだと思ってた。 けど、ソフトも分かるんだ』
感心して、サクラは「うんうん」と頷いた。
弾道飛行……投げ上げられた物体が、重力のみの力を受けて運動するときの軌跡をなぞった飛行……をすることにより、客室内は無重力状態になります。
その事により、サクラの乳房は……勿論それだけではなく、体全体が重力の影響を受けない……最も自然な形になります。
その状態でレーザーと超音波、カメラによって体の形を計測するのが、今回の目的でした。
レーザーは正確な形状を、超音波は皮膚の柔らかさを、そしてカメラによって色を測定します。
最後に重力下で測定したのは……重力によって乳房が下がる事を測定することにより、質量と強度を調べる為でした。
因みに、飛行機に搭載する以前は、大きな水槽に入って測定してました。