表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い桜  作者: 道豚
64/147

ダニエル

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 遠くに模型エンジンの音が響き、時々「おお!」や「あー!」等の群集の声が聞こえていた。

 しかし、サクラの座ったテントの中は、水を打ったように静かだった。

「(……どうすりゃいいんだよ……)」

 肩を窄めて項垂れたサクラは、目を瞑って考えを巡らせていた。

『……それでハーネスは、いつ届きましたか?……』

 少し離れた場所で、鈴木がクルーに英語で聞いているのが聞こえる。

『……昨日ですね。 夜遅くだと思います……』

 メカ担当のクルーは、そのままを答えているようだ。

「(……少しは、空気を読めよ……)」

『はい!サクラ。 どうした? 元気が無いな』

 そんな所に、落ち着いたハンガリー語が聞こえてきた。

『え!……』

 驚いてサクラは、顔を上げた。

『……ダ、ダニエル……どうして此処に?』

 そこにはイロナと共に、いつもは……サクラの父の……アルトゥールの側に居て、通訳をしているダニエルが立っていた。

『はは、驚いたか?……』

 ダニエルは、心底可笑しそうな笑みを浮かべた。

『……実はな、今回の事が……ハーネスの事だけじゃないぜ、一連のエンジン不調全般の事だ。 どうもおかしな動きが見えたんだ』

『ん? 何故ダニエルが知ってる?』

 サクラは、特に実家に報告した事はない。

『私が報告してたわ……』

 イロナは、椅子を二つ持って来た。

『……ダニエル様、座りましょう』

『そうだな』

 慣れた様子でダニエルは、イロナの引いた椅子に座った。




 聞き取りをしている鈴木の声が聞こえる中、サクラはイロナの淹れた紅茶を飲んでいた。

『やれやれ……Mr.鈴木は、職務に忠実だね』

 目の前ではダニエルが、同じ様にティーカップを持っていた。

『ダニエルは、鈴木さんを知ってる?』

 確か、サクラは彼の名前を、教えてないはずだ。

『ああ、知ってるよ。 と言うか……彼はヴェレシュ家に関係があるね』

『え! 関係者?』

『そうだよ……』

 ティーカップを置いて、ダニエルは頷いた。

『……彼は、ヴェレシュ家の調査官。 日本支部のね』

『はぁ……そんな人が居るんだ……』

 サクラは、一つ息を吐いた。

『……それじゃ……私に訪ねてきたのは? ヴェレシュの為? それとも航空局の役人として? 凄く怖かったんだけど』

『それは、俺が頼んだ……』

 ダニエルは、黒い笑みを浮かべた。

『……あんまりサクラがノホホンとしてるから、現実の怖さを教えようと思ってね。 お前は、もうチョット世間に対して、危機感を持った方がいい』

『むぅ……そんな事分かってるよ。 何よ、お前なんて言って。 私をそんな風に呼べる立場なの?』

 サクラは、頬を膨らませた。

『ちょっと、サクラ』

 何故かイロナが、咎める様に口を挟んだ。

『ああ、良いよイロナ……』

 ダニエルは、イロナに掌を向けた。

『……サクラは、記憶が無いんだから』

『何? なんか、意味深な言い方だけど』

 サクラは、首を傾げた。

『そうだね。 今まではっきり言ってなかったから、知らなかったんだね……』

 ダニエルの顔に影がさした。

『……大変な事故だったよね。 俺も心配してたんだぜ。 なんせ可愛い妹だからなぁ』

『ん? 妹? 私が? それじゃ、ダニエルは、お兄さん?』

 サクラの頭に、疑問符が飛び回った。




『そうだったんだ。 御免なさい、生意気なこと言って』

 イロナから詳しく聞いたサクラは、ダニエルに頭を下げた。

『気にしなくていいよ。 一生懸命強がる所が可愛かったからね……』

 ダニエルは、サクラを見てニッコリとした。

『……本当は、威張るのは苦手なんだろ? 日本語だと、大人しい話し方だよな』

『う、うん。 ニコレットが、そういう話し方をするべきだって……そう言うから』

 見つめられ、サクラは少し頬を染めた。

『そうだね。 それはこれからも実践したほうがいい……』

 ダニエルは、頷いた。

『……ヴェレシュは、サクラが継ぐ事になるから』

『え! ダニエルが継ぐんじゃないの? 長男でしょ。 私は三人目だよ』

 サクラは、首を傾げた。

『そうだけどな……俺とフランティシュカは、正式に結婚した相手との子供じゃないんだ。 今は大人しいけど……若い頃、親父おやじは随分と荒れた生活をしてたらしい。 家のメイドにも手を出して……それで俺とフランティシュカが生まれた。 妊娠が分かった途端に、そのメイドは首にしたらしい。 そして、その後サクラの母親である、ツェツィーリアと結婚した』

 ダニエルの語り口は、そんな話の割りに「淡々」としていた。

『酷い……あのお父さんが、そんな事したなんて』

『そう思うよな。 ツェツィーリアもそれを知ったときに、激怒したそうだ。 親父を締め上げて、メイドたちを家に呼び戻した……』

 ダニエルは、口角を上げた。

『……想像すると面白い絵図えずらだよな。 サクラと良く似たツェツィーリアが、あの親父を叱り飛ばすんだぜ』

『私って、お母さんに似てる? 以前お父さんも言ってたけど』

『良く似てるよ。 もっとも、もうちょっとサクラが歳を重ねたら、だけどね』

 思い出す様に、ダニエルは頷いた。




 『Mr.鈴木と話をしてくる』とダニエルは、席を離れた。

『ねえ、イロナ。 さっきの話で出てきたメイドだけど……ダニエルのお母さん……今はどうしてるの?』

 鈴木と握手をしているダニエルの後姿を見ながら、サクラは尋ねた。

『今はメイドを辞めてるわ。 結婚してるの……』

 イロナは、ニッコリした。

『……サクラは、優しいわね。 大丈夫よ、ちゃんとヴェレシュから援助もしてるから』

『そうなんだ。 よかった……きっと子供もいるよね』

 そう……結婚したなら、ダニエルの弟か妹がいるに違いない。

『いるわよ……』

 イロナは、テーブルの上に乗り出した。

『……ここにね』

『ここって……誰もいないじゃない。 私とイロナとクルーだけだよ』

 サクラは、首を傾げた。

『……ふふっ……貴方の目の前よ』

 イロナは、ウインクをした。

『え! イロナ? イロナって、ダニエルの妹なの?……』

 サクラは、目を剥いた。

『……似てない、よね』

『それは、私が父に似たからなの。 母に似たなら、美人だったんだけど……って、何を言わせるのよ』

 イロナは、肩を竦めた。

『お姉さんのお母さんは? 今の話だと、その方もメイドだったんだよね』

 イロナの自虐ネタを、とりあえず無視してサクラは尋ねた。

『無視したわね……まあ良いわ……』

 イロナは、肩を落とした。

『……フランツィシュカ様のお母様も、今は結婚してメイドは辞めてるわ』

『やっぱりそうなんだね。 今の暮らしは? ダニエルのお母さんと同じ境遇だと思って良いかな?』

『ええ、全く同じよ。 結婚してから、男女一人ずつ子供が生まれたわ』

『そうかー 良かったね』

『因みにその娘って、誰だか分かる? 貴方の良く知ってる人よ』

『えー 私の知ってる人? ……』

 サクラは、組んだ手の上に顎を乗せた。

『……んーー……あ! ひょっとして……もしかして、ニコレット?』

『あたり……』

 イロナは、ニッコリした。

『……如何? なかなか複雑でしょ』

『うん、こんがらがっちゃうね。 ダニエルとフランツィシュカは、私の異母兄と異母姉なのは確かだけど……イロナとニコレットは……異母、異父姉妹? って、それじゃ他人と同じじゃないかな?』

 こういう関係は、如何言えば良いのか……再びサクラの頭の中を、クエスチョンマークが飛び回った。




『サクラ……』

 ダニエルが、クルーの一人を連れて来た。

『……今回のトラブルは、どうやら解決したよ』

『え? 解決?』

 サクラは、ダニエルとクルーを交互に見た。

『申し訳御座いません、サクラ様……』

 クルーが、頭を下げた。

『……私が、全て悪いのです』

『と、言うわけだ。 この男が、エンジンに悪さをしていた……』

 ダニエルは、苦々しく顔を顰めた。

『……サクラは、信用していたようだが……この男は修理、調整、部品交換、それらをまともにしてなかった』

『え! まさか……』

 サクラは「ぽかん」と口をあけた。

『……ちゃんと部品は使った分だけ、在庫が減ってたよ』

『ばれない様に、アパートに持って帰ってたんだ。 そして、少しずつ売ってた』

『そ、そうなんだ……』

 サクラの瞳に、光る物が溜まってきた。

『……信用してたのに……何故?』

『申し訳御座いません……』

 クルーは、更に頭を下げた。

『……私の心が弱かったので御座います』

『サクラは、ヴェレシュと敵対……とまでは言わないが、仲の良くない家があるのは知ってるか?』

 ダニエルが、サクラを見た。

『何となく……』

 サクラは、イロナからハンカチを受け取った。

『……詳しくは知らない』

『まあ、その名前までは、今は知らなくていい。 ただ、その家の人間が、この男に接触していた。 どうやら、かなりの金額を提示されていたようだ……』

 ダニエルは、握りこぶしに力を込めた。

『……何の報酬だと思う?』

『ん……』

 サクラは、目を押さえたハンカチをイロナに返した。

『……私の邪魔をする事?』

『違う。 それ位だったら、まだ可愛い……』

 ダニエルの拳が「ブルブル」と震えだした。

『……お前の事故だ。 死ななくてもいい、しかし事故にあって大怪我をしたら……日本円で数千万円だそうだ』

『そんな……その程度のお金で』

『ふははは……』

 突然クルーが、下を向いたまま笑い出した。

『……そうだろうよ。 お前らヴェレシュの奴には、端金はしたがねだろうよ。 でもな、俺達下働きの者には、大金なんだよ! くそう! あのままドナウ川で死んでいれば良かったのによ』

『とうとう、本性を出したな……』

 ダニエルが、クルーの胸倉を掴んだ。

『……サクラの優しさに付け込みやがって』

『ダニエル様。 その先は私達が行います』

 気が付くと、ガタイのいい黒服の男が3人、周りを取り囲んでいた。




 クルーが黒服達に連れ去られ、テントの中には静けさが戻っていた。

『……どうして……私の何処がいけなかった……』

 残されたサクラといえば、イロナに抱きつき胸に顔を押し付けていた。

『……ちゃんと給料は……ヴェレシュの標準より少しは多く出してたのに』

『そうね。 私が思うには、サクラは悪くないわ……』

 イロナは、優しくサクラの頭を撫ぜた。

『……ただ、あのクルーがおかしかったのよ。 十分な給料を貰っているのに……サクラやヴェレシュのお金に目が眩んだんでしょうね。 結局は、唯の嫉妬よ。 自分でも言ってたじゃない、心が弱いって。 正にその通りね』

『私は、この先も今まで通りで良いのかな? 私の使用人達には、不満は無いのかな?』

『大丈夫よ。 ほら……』

 イロナが、サクラを自分の胸から起こした。

『……見てごらん』

『サクラ様。 私達は、サクラ様に付いていきます……』

 顔を起こしたサクラの前に、残った3人のクルーが並んでいた。

『……サクラ様は、大きなミスを犯した私達を許して下さいました。 更に、お側で仕える事も許して下さいました。 あのようなミスを犯した者は、ヴェレシュから追放されてもおかしくないのです。 それをサクラ様は、わずかな罰で終わらせて下さいました……』

 クルー達は、揃って頭を下げた。

『……私たちは決めたのです。 私たちは、サクラ様の為ならこの身を惜しまないと』

『ありがとう……みんな、ありがとう』

 サクラの頬を伝って、涙がパンツ(ズボン)に落ちた。




 競技が全て終わり、静かになった飛行場のエプロンで、サクラは「エクストラ300LX」のエンジンカウルを付けていた。

「これで良いか?」

 砕けた口調になった鈴木が、それを手伝っている。

「はい、それで良いです……」

 サクラは、素早くボルトを入れた。

「……はい、OK……すみません、手伝ってもらって」

「別に良いよ。 一人減って、メンテが大変だろ? 一応、俺も整備の真似事は出来るんだ」

 鈴木は、ポンポンとカウルを叩いた。

「そうなんですねー ただの文官じゃないんですね」

 サクラは、レンチでボルトを締めた。

「いや、ただの文官だよ。 趣味で飛行機を触ってるだけさ……」

 鈴木は、別のパーツを持ち上げた。

「……だからハーネスの事も分かるんだ」

「え、っとー やっぱりダメ?」

「ん? 何のことかな~ 俺は、おかしな物は見てないんだけどな~」

「良かったー 鈴木さんって、良い人ですね」

 サクラが鈴木の手を握り、鈴木は持っていたパーツを落としそうになった。




「鈴木さん、って安全に関する部署ですよね」

「何だい、サクラちゃん」

「友達に聞いたんですけど、彼女の知ってる人が航空局から目を付けられているらしいんです」

「ん? 何を仕出かしたのかな?」

「もう数年前ですけど……台風で閉鎖されてる高知空港に、ヘリコプターを着陸させたそうなんです」

「そりゃ、問題にされるよ」

「でも……その時は、沈没する船から乗員を救助して帰って来たところだったんです」

「そうか……確かに早く着陸したいよなぁ。 そのパイロットの名前は?」

「井上さんです。 今は名古屋の海上保安庁にいます」

「井上……聞いたことがある。 かなりの凄腕パイロットだ」

「何とかなりませんか」

「それは、ヴェレシュからの要請と思って良いかな?」

「そ、そこまでは……私のお願いということで」

「サクラちゃんのお願い? そうだなー 今度夕食でも一緒に行かないかい?」

「えっ! そんな~」

「はは、冗談だよ。 そんな事をしたら賄賂で捕まっちまう」

「はぁ……冗談ですか」

「そっ……サクラちゃんは、ヴェレシュの次期当主だぜ。 不敬で追放だな」

「だ、大丈夫です。 そんな事しません」

「冗談だよ。 そんな事、心配してないさ。 っで、井上の事だね……そうだなー 動いてみるかな」

「ありがとうございます。 よろしくお願いします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 航空調査官?さん、家の関係者だった。 ダニエルさん登場により色々な真実とエンジン問題の原因等闇が判明。 まさかイロナ達とそんな関係だったなんて。 サクラは井上さんに無事に助力出来るの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ