デモ飛行(2)
ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。
{ }で括られたものは無線通信を表します。
着陸した「フォックス」が、バギーに引かれてエプロンに帰ってきた。
キャノピーを開け、パイロットは立ち上がって手を振っている。
「(……凄かった……)」
サクラも観衆と一緒に拍手をしていた。
「凄かったねー サクラさん」
横にいる博美が、溜息を吐くように言った。
「うん、そうだね。 パワーが無いのに……」
サクラは「うんうん」と頷いた。
「……あの速度管理は、凄いとしか言いようが無いね」
そう……グライダーは動力を持たないのだから、基本的には高度を下げることで速度を保っている。
その中で何個かの演技をするのだから……高度を上げる演技の前には、高度を下げる演技をするようにプログラムは組まれているが……必要以上に速度を上げると、最後の演技がフレームに……最高高度と最低高度は決まっている……収まらなくなってしまう。
「そうか! 模型と違って、演技ごとの速度は違うんだ……」
「ぽん」っと博美は、左の掌に右の拳を当てた。
「……エンジン機もそうなのかな?」
「うん、演技開始速度は……標準的な物だけど……大体決まってる……」
サクラは頷いた。
「……例えば、水平飛行から垂直に変化させるときは、100ノット以上190ノット以下という具合に」
「そうなんだ。 でも、随分と範囲が広いんだね」
「そう……だから、意外と自由度が有るよ。 その点、グライダーは範囲が狭くて自由度が少ないんじゃないかな」
サクラ達の前を「フォックス」は通り過ぎて、パイロットとサクラは目が合った。
「二人目のゲストをお呼びしました……」
浅井の声が、スピーカーから聞こえる。
「……世界チャンピオンの加藤博美さんです」
「はい。 加藤博美です」
そう……今度は博美が放送席に座っていた。
「もう、改めて紹介はいらないですね。 去年の模型飛行機世界選手権大会で優勝されて……現在世界チャンピオンの女性です」
「いや、凄い方ですよね。 女性がチャンピオンに成った、というのは……史上初めてのことですし、しかも全てのラウンドで1000点という満点を取った、というのも初めてのことですね」
「やっぱり凄いんですよね、松川さん……」
うんうん、と頷く音がマイクに入った。
「……更に加藤さんは、なんと!……モデルさんなんですよね。 実は私、ファンなんです」
「あ、ありがとうございます」
「ああ……こんなに近くで見られて……私、上がりまくっております」
「あ、あはは……ただのパートタイムモデルですので……いたって普通の人間ですよ」
博美の声が、引き気味になった。
「トンでもない。 加藤さんが普通だったら……私なんか人じゃないですよ」
「浅井さん、そろそろ本題に行ったほうが……」
松川は、なかなか帰ってこない浅井の肩を叩いた。
「……そろそろサクラさんのフライトが始まりますよ」
「あ! 失礼しました。 それでは加藤さん、よろしくお願いします」
浅井の声が、プロのものになった。
エプロンでアイドリングをする「エクストラ300LX」のコックピットにサクラは居た。
エンジン計器の指針は、すべてグリーン上にある。
{『笠岡トラフィック JA111G 離陸のためにタキシー』}
当然の様に無線に返事は無く、サクラはスロットルレバーを進めた。
「さあ、サクラさんの「エクストラ300LX」がタキシーを始めました。 さっきの無線は、何をいってたんですかね? 松川さん」
そう……サクラの無線が聞こえる様に、サクラのクルーが無線機を放送局に置いていったのだ。
「あれは、この辺りを飛んでいるかも知れない飛行機に、呼びかけたんです」
「飛んでませんよね?」
「そうですね。 しかし、それが決まりなんですね」
「そうなんですねー」
サクラは、誘導路の途中で左のブレーキを掛けた。
「エクストラ300LX」は、左のメインギヤを中心にして向きを変えた。
{『エンジン ランアップ』}
90度回り、滑走路と並行になった時、右のブレーキも掛けて機体を止めると、サクラはスロットルレバーをいっぱい前にも倒した。
「ゴォーーー」と、ライカミング製AEIO-580エンジンが咆哮を上げる。
引きつけたスティックが、凄い力で引き戻されそうになった。
「(……2600回転……OK……アイドル……)」
安定して回ることを確かめ、サクラはスロットルレバーを引いた。
「今のは? エンジンテストでしょうか?」
「そうですね。 やはり離陸時のエンジントラブルは困りますから、ちゃんと高回転で回ることを確認するんですよ」
「横に向いたのは……プロペラの風が、此方に来ないようにしたんですよね」
「そうでしょうね。 流石は女性です。 気配りが出来ますよね」
{『笠岡トラフィック JA111G 滑走路に入ります』}
サクラは、右ブレーキは掛けたまま左のブレーキを離した。
機体は、さっきと逆に右に回る。
90度回ったところは、すでに滑走路の入り口だった。
サクラは無線で宣言すると、そのまま「エクストラ300LX」を進めた。
「サクラさんが、滑走路の方に行きましたね」
「そうですね。 乗せてもらったことがあるんですが……あれ、前が見えないんですよ。 よくあんな速度で走らせられると思います」
「あ、加藤さん乗ったことがあるんですか?……」
浅井は、博美を見た。
「……いいなー どんな感じですか?」
「んーー とにかく凄く運動性が良いですね。 上昇するときなんて、まるでジェット機みたいでした」
「そういうものですか? 松川さん」
「そうでしょうね。 確か毎分2500フィート程度の上昇率があるはずです。 小型のジェット機並みですね」
{『笠岡トラフィック JA111G ランウェイ21 離陸します』}
滑走路の中央辺りでUターンしたサクラは、スロットルレバーを押した。
サクラ一人が乗って、燃料も必要最小限……主翼内のタンクは空……そんな軽い状態なので「エクストラ300LX」は67メートルの滑走でメインギヤを浮かした。
「(……Vc……)」
すぐにクライム速度になる。
「(……Vy……)」
サクラはスティックを調整して……普段使うトリムは、エアロバティックをするのに最適な場所に固定している……最良上昇率にした。
昇降率計の針は、毎分2800フィートの上昇を指していた。
「あっという間に上がっていきました」
「そうですねー パイロット一人という、軽い状態だからでしょうけど……100メートルも滑走してないんじゃないでしょうか」
「凄いですね。 ラジコン機の飛行場からでも離陸できますね」
2000フィート……およそ600メートル……の高度で水平飛行を始めたサクラは、右旋回をして滑走路と平行に風下側に飛んだ。
風下側で再び右ターンをすると、サクラは大きく主翼を上下に振った。
「さあ、始まりますよ」
「あれが演技開始のサインですね」
「ええ、そうです」
{『シャークツース 2×4ロールズ』}
放送席からのリクエスト……呼ばれたときに受けた……に答えて、サクラは演技前にコールした。
「シャークツース、だそうです。 どんな演技ですか? 松川さん」
「サメの歯、という事ですね。 形としては上の尖った三角形です。 んー 三角定規のうちの二等辺三角形を、横にして置いた形ですかねー……」
なかなか言葉で形を表すことは難しい。
「……飛び方は、垂直に上昇して……頂点で135度の宙返り……45度の降下……途中で90度ごとに一時停止をするロール……開始高度で水平飛行……」
「あ! 始まりますよ」
松川の説明は、浅井の声に中断された。
「(……2600rpm……190ノット……ヘディング210……レベルOK……)」
演技開始点に向かいながら、サクラは計器を確認し、さらに水平線の位置を……ちゃんと水平飛行をしているかどうか……確認した。
「(……よし!……)」
{『ナウ』}
サクラは、左手をスロットルレバーから離し、スティックを握る右手の下に移した。
「(……んっ!……)」
一気にスティックを引く。
「ぐん」とGが掛かり、サクラはシートに押し付けられた。
「(……くぅ……)」
それに耐えながら、左の主翼端のサイティングデバイスをサクラは見た。
文字通り水平だった水平線が、垂直に立った。
「(……よし!……)」
サクラは、スティックを中立の位置に……どの位置で主翼の揚力が0(ゼロ)になるのかは、感覚で覚えている……置いた。
315馬力を誇るAEIO-580といえど、流石にラジコン機のように何時までも垂直には飛べない。
止まる事無く、速度計の針は左に回る。
「(……ここらへんか?……)」
スティックに働く空気力が減り、失速が近い事を教えていた。
サクラは、少しだけスティックを引いた。
「エクストラ300LX」は後ろに倒れるように宙返りをした。
「(……ここだ!……)」
殆ど無重力状態の中、サクラの見つめるサイティングデバイスの向こうで、水平線が45度の角度になった。
すかさず押されたスティック操作により、機体は45度で降下し始めた。
速度計の針は右に回り始める。
「(……んっ!……んっ!……)」
サクラは、素早く二回スティックを左に倒した。
前方に見える畑が、90度ごと回った。
「(……んっ!……)」
サクラはスティックを引いた。
「エクストラ300LX」は、侵入したコースを逆に飛んでいた。
「ふぅ……シャークツースが終わりましたね。 加藤さん、どうですか?」
浅井は、空から目を離さずに聞いた。
「そうですねー 実機の演技を採点したことが無いので……」
博美は、言いにくそうだ。
「あのですね……模型と実機とでは、減点の仕方が違うんですよ……」
そこに松川が、助け舟を出した。
「模型は飛行した軌跡が重要で、実機は機体の姿勢が重要なんですね」
「えっと……どういうことですか?」
博美は、松川を見た。
「つまり……実機は風の影響を考えなくていい、ということなんです。 だから、例えば風が強くて垂直上昇が流されても、機体が垂直なら……詳しく言うと、主翼が揚力を出してなければ、減点は無いんです」
「ああ、分かりました。 それなら、サクラさんのフライトも理解できます」
博美は「ほっ」と息を吐いた。
博美が言いよどんだのは、サクラの演技がF3A……ラジコン機によるエアロバティック……の基準で見ると……風の影響を打ち消してなくて……良い点ではなかったからです。
松川の言う通り、ラジコン機は空間に描かれる図形の正確さを要求されます。
それに対し、実機のエアロバティックは……勿論図形も正しい必要がありますが……機体の姿勢の正確さ、垂直や水平、45度などが採点されます。
そしてこの場合の姿勢は、胴体の向きでなく主翼がどういう風な揚力を出しているかです。
つまり、垂直ならば揚力は「0」の筈だと言うことです。




