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紅い桜  作者: 道豚
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感覚がある

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 ヴェレシュに付き添ってツェツィルとニコレットが行ってしまい、病室に一人になった吉秋はパソコンのモニターをベッドの上に動かし、テレビ電話のソフトを起動した。

 前回のセッティングのまま、モニターには今の吉秋が映る。

「……やあ、サクラ……」

 吉秋が右手の掌を向けると、モニターのサクラも掌を見せる。

「……聞いたよ 俺のファンだって? ありがとう。 君のような美人にファンになってもらって、俺は幸せだな……」

 吉秋がウインクをしてみせると、モニターの中でサクラもウインクをする。

「まだチャレンジカップに挑戦中だけど、必ずマスタークラスに上がってみせるね……って、俺はまだ飛べるのか?……」

 はぁ、と吉秋は溜息を付くと枕に頭を埋めた。

「(……この子が起きるまで死ぬな、か……確かに、おやっさんにとっては大事な娘だもんな……まあ、言われなくても俺は死ぬ気はないけど……)」

 上を向くと、モニターには変わらずサクラが写っている。

「(……そういえば……俺がサクラになったんなら、俺の体はどうなったんだ? 死んだ事になったんだろうか……)」

 吉秋はウイッグを取り、頭に触った。

「(……はは……脳みその無い遺体か……誰も気がつかなかったろうな……)」

 モニターの中、サクラの瞳は涙で濡れていた。




 夕食時にはニコレットは帰ってきて、吉秋はいつものように流動食を飲まされた。

『……さあ、体を拭く時間だけど……どうする? ツェツィル先生は頭を濡らさなければシャワーを浴びて良いって言ってたけど……』

 夕食に使った器具を片付け、ニコレットが聞いた。

『良いのか? でも、まだ体は麻痺してるし……おしっこのカテーテルが入ってるんだろ?』

 動けない吉秋は、当然トイレに行けない。

 老廃物を排出するためおしっこは作られているので、膀胱に管を通して抜いているはずだ。

『大丈夫よ。 シャワーのときだけカテーテルを外せばいいから……それに寝たまま入れるシャワー室があるわ……』

 ほらこんなの、とニコレットがいつも持っている携帯端末に写真を出した。

『……ん……じゃ、入ろうかな……』

『そう、それが良いわ。 準備するわね……』

 ニコレットは、何故か嬉しそうに部屋を出て行った。




『ヨシアキ シャワーを浴びるんだって?』

 5分も経っただろうか、開かれたドアからニコレットとは違う声が聞こえた。

『あれ? イロナ……なんで知ってる?』

 入ってきたのは、吉秋を担当する3人のナースの内の一人だった。

 彼女は、ストレッチャーを押している。

『……なんでって……そろそろ交代の時間でしょ。 それにニコレット一人じゃシャワー浴びさせるのは大変だわ……』

 イロナは、ストレッチャーをベッドの近くに置いた。

『……んじゃ、カテーテルを外すわね……』

 イロナは、吉秋の上からブランケットを取り、簡単に纏めるとベッドの隅に投げた。

 そして入院衣の裾を捲り、手を突っ込んだ。

『……はい、取れたわ……』

 引き出した手には、先端が丸くなったチューブが握られていた。




『……しかし、イロナは力が強いな。 一人でベッドから移すんだもんな……』

 ストレッチャーで運ばれながら吉秋が言う。

 そうなのだ、イロナは吉秋を横抱きして、ベッドからストレッチャーに一人で乗せたのだ。

『……うふふ……伊達にこの体じゃないわよ。 ヨシアキなんて軽いわ……』

 イロナが、今の吉秋の倍ほどもある腕を見せた。

『……なんたって、私は学生の頃柔道してたのよ。 力はニコレットに負けないわ……』

『……なに? 何が負けないですって……』

 シャワールームに着いたのだろう……開いたドアの中からニコレットの声が聞こえた。

『……あら、聞こえちゃった? 力だけは負けないって言ったの』

『……ああ、そんなこと……まあ、そうね……イロナって病院の中じゃ、アームレスリングのチャンピオンでしょ。 私なんか太刀打ちできないわ……』

 ニコレットはストレッチャーを受け取り、向きを変えた。

『……だからお願いしたんだけどね……』

 そして小さく言うと、吉秋に向かってウインクをした。




 バスタブの中に置かれたサマーベッド……特に荒く編まれた……の上にシャワーキャップを付けて吉秋は寝ていた。

 入院衣は脱がされて、その代わり股間と胸にタオルが掛けられている。

 健康体ならなかなかに扇情的な様子だが、如何せん一ヶ月に及ぶ麻痺の所為で、ヒップから太腿に掛けて筋肉が落ちてしまい、まるで小学生かとおもうように細くなっていて色気など無くなっていた。

『……どう? 何か感じる?……』

 その脚にシャワーを当てながら、ニコレットが尋ねた。

『……いや、何にも感じない……』

 吉秋が答える。

 濡れないように頭を高くして寝ているので、ニコレットの様子は良く見えている。

『……そう……まだ神経が上手く繋がってないのね……』

 ニコレットは、ボディーソープを含ませたスポンジをイロナから受け取ると、ゆっくりと擦り始めた。

『……何かを感じたら教えてね……』

『……ああ、分かった……』

『……イロナ、お願い……』

 返事を聞いて、ニコレットはイロナに吉秋の体を回すように頼んだ。

『……ほい、これでいいかな……』

 イロナが吉秋を抱えて回した。

 うつ伏せになり、ヒップが上を向く。

『……まだ感じない?……』

 ピタピタとニコレットはヒップを叩いた。

『……何にも……』

『……そう……』

 ニコレットは、シャワーを掛け始めた。




 「(……ん? な、なんだ……なんだかピリピリする……)」

 足先から表、裏、とシャワーを掛けられていた吉秋は、それが鳩尾辺りに来たときに電気が流れたように感じた。

『……ん? ヨシアキ、何か感じるの? お腹がぴくぴくしてるわよ……』

 シャワーを当てながら、てのひらこすっていたニコレットが気が付いた。

『……ああ……な、なんだか変な感じだ。 ニコレットの触れてる場所から電気が流れてる……』

 吉秋は下を見て、ニコレットの手の位置を見た。

『……か、感覚があるのね。 ……これはどうかしら?』

「……っい! 痛い……」

 ニコレットに抓られ、吉秋は悲鳴を上げた。

『……ニコレット なにするんだよ……おー 痛かった……』

 吉秋は、抓られた所に手を伸ばし、擦る。

『……ゴメン、ごめんね……どうやらこの辺りまで神経が繋がったようね……』

「(……な、なんだ……この膨らみは、やっぱり本物なのか?……)」

 吉秋は、ニコレットが謝るのも気が付かなかった。

 手を鳩尾まで伸ばした事で、腕が胸の膨らみ……要するに乳房……に触れたのだが、触ったという腕の感覚と触られたという胸からの信号がシンクロしたのだ。

 吉秋は掌を乳房に当てた。

「(……感覚がある……確かに触ってるし、触られてる……)」

『……ち、ちょっと、止めなさい!』

 吉秋の手がニコレットに掴まれ、持ち上げられた。

『……ヨシアキ 興味があるのは分かるけど……私達が居る所ではやめてね……』

 ニコレットの頬が、ピンクに染まっている。

 つい夢中になって吉秋は、胸を掴んでいたのだった。




 翌日、吉秋はツェツィルの診察を受けていた。

『……ここはどうかい?』

『……感じない……』

 ツェツィルが足先から少しずつ皮膚に刺激を与えていく。

 やがて皮膚をつつく器具が下腹部に来た。

『……あっ! 分かる。 へその下だ……』

『……うん……ここまで繋がったようだな。 ニコレット、夕べは鳩尾だったんだよね?』

 吉秋の反応を見て、ツェツィルが尋ねる。

 夕べのシャワーを浴びた時のことは、ニコレットから報告を受けていたのだ。

『……ええ、そうよ。 丁度胸のすぐ下だったわ……』

『……OK、分かった。 次は……』

 答えを聞くと、ツェツィルは器具をしまった。

 それを見てニコレットが入院衣の前を合わせる。

 診察の間、吉秋は裸だったのだ。

『……ニコレット、ヨシアキの上体を起こしてくれるか……座った姿勢にしてくれ……』

『……いいわ……』

 ニコレットが、ベッドの横に引っ掛けているペンダント形のスイッチを操作する。

 ベッドは中央で折れ曲がり、吉秋はゆっくり起き上がった。




『……ヨシアキ、体が前に倒れないように頑張って……』

 ベッドが60度ほど立ち上がったところでニコレットが声をかけた。

『……ああ、いいけど……全然力が入らないんだ……「っわ!」……』

『……おっと……』

 突然吉秋の体が前に倒れ、それをツェツィルが横から支えた。

『……大丈夫か? まだ十分に運動神経は繋がってないようだな……』

『……ツェツィル……腕が胸に当たってるんだが……』

 吉秋がジト目で見る。

『……ん? ああ、そうだね。 う~ん、大きいね……ねえ、ニコレット、これって何カップかな?』

 吉秋から目を逸らしながらも、あろう事かツェツィルは掌を乳房に当てた。

『……こーのセクハラ男!』

 直後、ツェツィルはニコレットに突き飛ばされた。

「……く、くるしい……」

 支えを失い、吉秋は長座体前屈の姿勢でベッドに突っ伏していた。




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