和と洋の美人
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笠岡飛行場の駐車場に、今日はタープテントが並んでいた。
「(……こんな風に、ショップが出張販売をするんだー……)……」
その中の一つで、サクラはカウンターの中に立っていた。
「……あ、いらっしゃいませー」
「え! 外人?……」
ブラブラとショップ巡りをしていた男が、驚いたように立ち止まった。
『……ここ ヤスオカですか? あなたは……』
『はい、ヤスオカで間違いないです。 私はお手伝いしてます』
『にほんご はなせません?』
流暢に帰ってきた返事に……男は、己の英語力の無さを悟った。
「もちろん話せますよ……」
サクラは、ニッコリと微笑んだ。
「……暑いですよね。 アイスティーでも如何ですか?」
「あ、よかった……頂けるんですか?」
「ええ。 見えられた方には、サービスしてます……」
サクラは、ポットから紙コップにアイスティー……イロナが淹れた……を注いで差し出した。
「ありがとう……」
男は……指が触れないように……遠慮がちにそれを受け取った。
「……妖精ちゃん……秋本さんは、居ないんですね?」
「博美は……ん~ 今、どこかな? いろんな人と挨拶があるって、出かけてますね。 多分、本部テントじゃないでしょうか」
サクラは、首を傾げた。
「そうですか……んじゃ、また来ます。 ごちそうさま……」
男は、飲み干した紙コップをカウンターに置いた。
「……それにしても、随分日本語が堪能ですねー 国はどちらですか?」
「ハンガリー生まれです。 今は日本に住んでますけど」
「へえー ハンガリーですか……首都はブタペストでしたっけ」
「えっと……ブダペストです。 豚じゃなくてブダですね。 豚ペストじゃ、豚コレラの親戚みたいじゃないですか」
「あー ごめん。 そうだったね。 確かに豚では可笑しいよね。 仏陀ペストだ」
「ぷっ……そ、それじゃ、仏様がペストにかかったみたい……」
「よぉー 熊本の中村さんじゃないか!……」
サクラが我慢できず「噴出した」所に、べらんめえ調の大声が飛んできた。
「……こんな所で、ナンパかぁ? 奥さんに言うぞ」
「な、成田さん……」
飛んできた方を見ると、成田が博美を連れて歩いてきていた。
「……な、な、何てこと言うんですか。 そんな事しません、って」
「その慌てぶりからすると、強ち間違っちゃいねえな」
近くまで来た成田は「にまにま」と笑っていた。
「サクラさん、大丈夫だった? なにもされてない?」
言葉はさも心配しているようでも、博美も「にこにこ」としていた。
「もう、妖精ちゃんまで……ただ話をしてただけだって。 ねえ……えっと、サクラさん?」
すがるように、中村はサクラを見た。
「ええ。 ちょっと可笑しな話をしてただけ」
その通りなので、サクラは頷いた。
「わかってるよー こいつにそんな甲斐性は無いわな……」
成田は、中村の肩を叩いた。
「……やっと貰った奥さんだもんな。 恐妻家ってやつだよな」
「あ、そう言えば……中村さん? 博美に用が有ったんじゃないですか?」
そんな男同士のやり取りを眩しく見て、サクラは言った。
「いやー 特に用事って訳じゃなくて……」
中村は、叩かれた肩を擦った。
「……可愛いから、目の保養に見ておきたいな、って」
「あら、ありがとうございます……」
博美は、カウンターの中に入った。
「……でも、それだったら……サクラさんで十分じゃなかったですか?」
「おお、そうだな。 和の美人と洋の美人が揃ってるじゃねえか」
並んで立っているサクラと博美を見て、成田は「うんうん」と頷いた。
「ただいま」
大きな袋を提げた森山が、テントまで帰ってきた。
「お帰りなさい。 どうでした……」
サクラは、アイスティーの入った紙コップを差し出した。
「……冷たいものでもどうぞ」
「ありがとう。 そうだねー 必要と思える物は、ほぼ手に入ったと思うよ……」
森山は、コップを受け取ると一息に飲み干した。
「……ふぅ、生き返る。 支払いはイロナさんがしてたから……割と良い物を選んだつもりだ」
「そうですか。 ハーネスはクルーに頼んで外してもらってますから……そろそろ持ってくるんじゃないかな?」
『ただいま、サクラ』
サクラが駐機場の方を見た時、イロナが歩いてきた。
『お疲れ様、イロナ。 あ、ハーネスを持って来たの?……』
サクラは、アイスティーのポットを持った。
『……紅茶飲む?』
『ええ、頂くわ。 けど、私がサクラにそんな事をさせる訳にはいけないの……』
イロナは、サクラからポットを取り上げた。
『……私は、あなたの使用人だから。 主人にサービスさせるなんて……これものよ』
『はぁ……分かったよ。 ヨーロッパって、21世紀になっても階級社会なんだよね』
首を切るジェスチャーをするイロナを見て、サクラは溜息を吐いた。
テントの後ろに置いた作業台の上に外してきたハーネスを置いて、森山は工具を振るっていた。
「どうですか? 分解できそうです?」
そんな所に、サクラは店番を博美に代わってもらい、やって来た
「ん……なかなか難しいな。 もともと分解する事を考えてないようだ……」
森山は、ナイフをハーネスに差し込んだ。
「……これで、剥がれるはずなんだが。 よーっし……上手く行ったようだ」
「あ! 外れましたね」
マグネトーに接続するコネクターから、やっと一本高圧コードが外れた。
「ふぅ……やっと一本取れた。 あと5本かー……」
森山は、ナイフを置いて額に流れる汗を、腕で拭いた。
左後ろからの、やや強い風の中……博美の「アルフィナ」は、こゆるぎもせず飛んでいた。
「……揺れないよな……」
「……ああ、何で風が吹いても揺れないんだろうな……」
「……この暑さだろ? サーマルがあってもおかしくないよな……」
「……サーマル、あったぜ。 さっき飛ばした長野は、巻き込まれて酷いもんだった……」
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操縦する博美の後ろには、大勢の選手や見学に来たマニアが立っていて、それぞれに小声で感想を言い合っていた。
「ホント、凄いね……」
その中にサクラは、紛れていた。
「……博美には、どんな風に飛行機が見えてるんだろう?」
「そうだよなぁ……」
隣で見ていた井上……ついさっき合流した……が、サクラの独り言に反応した。
「……以前、言ってたんだが……彼女、集中すると飛行機の中に乗ってるような気持ちになるらしい」
「乗ってるみたい……ですか……」
サクラは、アルフィナから視線を逸らさない。
「……私、乗るけど……あんなに飛ばせない」
「ま、そうだよな。 それが出来るのが、彼女が天才だって事の証明なんだろうな」
「おおーーー!」
見事なローリングサークルに、見物していた全員が歓声をあげた。
サクラの移動リビングの中で、森山は差し入れしてもらった弁当を食べていた。
「お茶をどうぞ」
「ありがとう……」
サクラのクルーが横に立って……今はメイド服を着て……サービスしている。
「……しかし……本当にいいのかねー ここって、随分上質な部屋だろ?」
「大丈夫です。 サクラ様の指示で御座います」
一番日本語の堪能なクルーを遣したのだろう……それでも、あまり抑揚の無い答えが返った。
「そうか……ま、涼しくて作業が捗るけどな」
そう……汗だくになって作業する森山を見て、サクラはクーラーの入るこの部屋を提供したのだ。
森山が涼しい部屋で弁当を食べている頃、サクラたちは博美のワンボックス車から張ったタープの下で、同じく弁当を広げていた。
「あ、さっきの中村さんが離陸したよ」
ここからは、練習で飛ぶ飛行機が良く見えた。
「ん? 博美、よく分かるね。 あれが中村さんだって」
見えるといっても、それなりに距離は離れているのだ。
サクラには、操縦者までは分からなかった。
「んっ、とねー フライトの癖?かな……」
博美は、春巻きを箸で持った。
「……なんとなく分かるんだよね、離陸しただけで。 飛行機が「ミネルバ」だってのもあるけど」
「「ミネルバ」なんて、それこそ十数機はあるよ?」
そうなのだ……博美の以前の主力機だった「ミネルバ」は、今ではナリタ製のスタント機と勢力を二分するほど売れていた。
「博美ちゃんのお陰だよ……」
店を放って、新土居は一緒に弁当を食べていた。
「……6年前、ヤスオカはスタント機の販売がジリ貧で……もう、止めてしまおうか? なんて話も出る事があったんだよ。 あの頃は、ナリタ製が7割程度占めてたんじゃないかな……」
ふぅ、と新土居は息を吐いた。
「そんなに売れてたんですか? まるで曲技機の「エクストラ」シリーズ並みじゃないですか」
サクラは、新土居を見た。
「……それが……博美ちゃんがチャンピオンに成って……見る間に売れ始めて……今では、生産が間に合わないほどだ。 昔から贔屓にしてくれてた人には優先的に回してるけど……一見の人は……そうだなー 2年は待ってもらってるかな?」
「2年ですか……生産量は?」
「月に10機だね。 その内、俺が手がけるのは2機だ」
「新土居さんの作った機体は、プレミアなんだよ……」
春巻きを飲み込んだ博美が、横から割り込んで来た。
「……他の機体より3割は高いんだ。 でも、それでなきゃダメだ、って買う人が居るんだよね」
「まあ、そうだな。 割とヨーロッパからの注文が多いかな? 結局それも博美ちゃんの人気のお陰だね」
「あ! そう言えば……私の生写真を入れる、なんて言ってませんでした?」
思い出したのか……博美は新土居を睨んだ。
「ん? 入れてるよ。 そりゃ、プレミア物だもの」
「凄ーい! 流石は博美だね。 美人は良いねー」
憮然とした博美の横で、サクラは能天気に歓声を上げた。
ヤスオカのテントに戻ったサクラが、ふと見ると向こうからメイドが歩いて来ていた。
すれ違う人が、びっくりしたように振り返る。
「(……ん? ウチのクルーだよな。 何だろう?……)」
こんな所に居るのは、サクラのクルーズ以外に考えられない。
『サクラ様、森山様からの伝言でございます』
サクラの予想は当たっていて……そのメイドはカウンターの前でお辞儀をした。
『ご苦労様。 森山さんは、なんて?』
『はい。 完成したので、機体まで持っていく、という事で御座います。 ついては、サクラ様にも確認をお願いしたい、と』
『そう、ハーネスが出来たの……』
サクラは、ホッと息を吐いた。
『……すぐに行くわ。 あなたは先に行っていて』
『はい、失礼します』
「新土居さん。 と、言う事なので……」
サクラは、振り返った。
「……「エクストラ」の所に行きます」
「サクラちゃん……「と、言うわけ」って言われても……俺には、何を話してたのか理解できなかったんだが?」
テントの奥で注文書類を整理していた新土居は、いきなり言われても「チンプンカンプン」だった。