俺が作る
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サクラとイロナの泊まるホテルから程近いファミレスに、博美と加藤、森山と新土居が居た。
「サクラさんたち、まだかなー」
博美は、さっきからチラチラと入り口を窺っている。
「もう来るんじゃないか?」
スマホを出して、時間を見た加藤が答えた。
「なぁ……ほんとにこれ頼むんか? けっこう高いぜ」
森山は、さっきから食い入るようにメニューを見ていた。
「もちろん。 約束だもんね」
森山の呟きに、博美は胸を張った。
「ま……仕方が無い、諦めな。 俺も以前、こんな事があった」
何年か前のことを思い出して、新土居がシミジミと言った。
「あー あったあった。 確か博美ちゃんの胸が小さい、って言って怒られたんだったよな……」
森山は、メニューから顔を上げた。
「でも、あの時はチョコケーキだっただろ? 値段が違うし、今度は何故か二つだぜ……小遣いが減ってしまう」
「いや違う。 お尻が大きい、って言ったんだ……」
新土居は、ふっ、と遠くを見る顔をした。
「……今より小さかったんだけどな」
「し、新土居さん! わ、私が気にしてることを言ってくれましたね……」
博美は、テーブルに手を突いて乗り出した。
「……同罪です。 新土居さんも何か奢ってくれるように」
「新土居さん……墓穴を掘ったな。 一緒に払おうぜ」
真っ白になって固まった新土居の肩を「ポンポン」と森山が叩いた。
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『イロナ、まだ掛かるの?……』
シャワーで軽く汗を流したサクラが部屋に戻ると、イロナはまだスマホを耳に当てていた。
『……博美たちは、もう店に着いてるよ』
『……ちょと待って……』
イロナは、断りを入れてスマホを離した。
『……まだ掛かりそうよ。 ほんと困ったわ』
『そう……何で、こんな時に限って手に入らないんだろうね』
サクラは、それを聞いて表情を曇らせた。
『もうちょっと待って。 ここはヴェレシュ家の威信をかけて手に入れて見せるから……』
イロナは、再びスマホを耳に当てた。
『……お待たせ。 んで、如何なの? あなたの所には無いの?……』
イロナは、何を手に入れようとしているのか……
『……ライカミング製AEIO-580のハーネスよ。 ……そう、プラグに繋がるコード。 パーツナンバーは67J20609ーP……そう……分かったわ。 来年からの契約は、考えさせてもらうわね。 さよなら』
そう……「エクストラ300LX」に使っているエンジンのプラグコードが古くなっていて、どうも漏電しているようなのだ。
『はぁ……ダメね』
溜息を吐いて、イロナはスマホをベッドに投げた。
サクラとイロナは、もう暗くなった街を歩いてファミレスに来た。
『ふぅ……無事着いたようね……』
イロナは、それまでの警戒モードを解いた。
『……特に不審な男は、居なかったわ』
『だからー 日本は、そんな変な人は居ないんだって……』
サクラは、自動ドアの前に立った。
『……いつも言ってるのに。 まだ慣れないの?』
『そう言ってもね……貴女は、ヴェレシュ家の大事な娘なの。 注意しすぎる事はないわ』
イロナは、サクラに続いてドアを潜った。
「いらっしゃい……ま……せ……」
そこにウェイトレスが話しかけて……そして固まった。
「……あの……あの……すみません……」
彼女はためらい……
『……はなせ……ます……にほんご?』
ようやく、たどたどしい英語が出た。
「大丈夫、話せるよ……」
サクラは、ニッコリと微笑んで見せた。
「……友人と待ち合わせてるんだけど、聞いてない?」
「ああ、良かったー ……」
ウェイトレスの彼女は、大いに「ほっ」として頬を緩ませた。
「……えっとー お名前を窺っても?」
「私はサクラ。 友達は博美って言うの」
「サクラ様ですね。 少々お待ち……」
「サクラさーーーん! こっちこっちーー!」
博美の大声が、ウェイトレスの声を遮った。
見ると、少し奥のボックス席で博美が手を振っている。
「ハーーーイ」
サクラは、それに手を振り返し……
「HI・HIROMIが居る……」
ウェイトレスは、再び固まった。
「カルボナーラ、二つ。 チキンステーキ、二つ。 サーロインステーキ、二つですね……」
ウェイトレスは、注文を確かめつつ博美を「ちらちら」見ていた。
「……飲み物はフリードリンクとなっております。 どうぞごゆっくり」
「随分、博美の事を見てたね」
彼女が行ったのを確かめ、サクラが言った。
「うん、そうだね。 多分……私がHIROMIだって気が付いたんじゃないかなぁ」
「ん? HIROMIは博美じゃない……」
サクラは、首を傾げた。
「……どこが違う?」
「んっとねー 私って、ちょっとだけモデルをしてるんだよね」
「うん、知ってる」
「その時の名前がHIROMIなんだ」
「うん、それも知ってる。 って言うか、それって同じ名前じゃない?」
そう……サクラが聞くと、二つは同じものだ。
「そうなんだよね。 同じだったんだけど、モデルの時は「ハイローミ」って読んで、それ以外は「ひろみ」なんだ」
「あ! じゃ、イロナやニコレットが呼んでるのは、モデルの時の名前だったんだ」
「そうだね。 イロナさんやニコレットさんは、ヨーロッパの人だから……仕方がないよ。 これって、世界選手権に出た時から言われ始めたんだ……」
博美は首を傾げた。
「……ん? サクラさんもヨーロッパの人だよね。 でも、きちんと「ひろみ」って言ってる」
「そうだよ。 ハンガリーだよ。 発音がきちんとしてるのは、勉強したからだと思う……」
サクラは頷いた。
「……イロナやニコレットは、自己流で覚えたんだ」
『イロナ。 「ひろみ」って言ってみて』
サクラは、隣でスマホを睨んでいるイロナの肩を突いた。
『ん? 何、サクラ』
どうやら、聞いてなかったようだ。
『「ひろみ」って言ってみて』
『ええ、良いわよ。 HIROMI』
イロナは、澄ました顔で言った。
『「ひろみ」だよ。 イロナのは「ハイローミ」って聞こえる』
『おかしいわねー HIROMIでしょ』
『ふふっ……やっぱり「ハイローミ」だ』
サクラは、可笑しくなった。
『もう……良いじゃない! 私は、ハーネスの事で忙しいんだから。 ほっといて頂戴』
頬を膨らませて、イロナはスマホに視線を移した。
サクラとひろみの前にカルボナーラ、新土居と森山の前にチキンステーキ、加藤とイロナの前にサーロインステーキが置かれた。
「……なあ……これって、確実に経済力を表してるよな……」
新土居が、隣の森山に囁いた。
「……俺たちは、チキンが精一杯だってのによ……あちらはサーロインだぜ」
「そんな貧乏人にパフェを奢らせようって言うんだから……博美ちゃんも世間に揉まれて強くなったね」
森山は、深く頷いた。
「ああ……あのウブだった頃が懐かしいなぁ」
「二人とも……何をコソコソ話してるんですか?」
パスタをフォークに巻きつけながら、博美は二人を見た。
「あ、いや別に……そ、そう言えば……」
新土居は、博美の隣で同じようにパスタを巻いているサクラに、視線を向けた。
「……サクラちゃん「エクストラ」のエンジンは直りそうかな?」
「ん! ……さっきまでイロナがプラグコードを探してたけど……」
サクラは、パスタを巻いたフォークを皿に置いた。
『……イロナ、ハーネスはどうなった? 見つかった?』
『あったわ。 USAのペンシルベニアだけど……』
イロナは、ステーキを切り分ける手を止めた。
『……簡単に言うと、メーカーが持ってたわ』
『あ、そうなんだ……』
サクラは、頷いた。
「……見つかったそうです。 アメリカのメーカーが持ってたみたい」
「アメリカかー……これから輸入する事になるんだろ? どれだけ掛かるんだろうね」
新土居は「ふぅ」と息を吐いた。
「そうなりますね。 そこんとこ、どうなんだろう……」
サクラは、イロナを見た。
丁度、イロナはステーキを口に入れたところだった。
『……手に入るまで、どれだけ掛かるかな? 輸入するんだよね』
『……ん……』
イロナは「もぐもぐ」としながら、指を2本立てた。
『二週間? やっぱり掛かるね。 はぁ、今回は間に合わないか~』
サクラは達観したような……諦めたような……ため息を吐いた。
『違うわ、二日よ……』
イロナは、フォークを置いた。
『……金曜日の夜……深夜?……に、ここに来るわ』
『え! ほんと? そんなに早く手に入る?』
『ええ、そうよ。 彼方は今、夜明け前だから……夜明けと共にメーカーからハーネスを受け取って……その足で西海岸のシアトルに飛ぶの……』
イロナは、ステーキにナイフを入れた。
『……サクラ、手が止まってるわよ……』
『う、うん』
サクラは、パスタの巻きついているフォークを持った。
『……シアトルには昼過ぎに着くから、輸出手続きを急がせて……その夜のNarita行きの飛行機に乗るのね』
イロナは、切り分けたステーキを口に運んだ。
『そんな事できるの? 相手はUSAだよ……あの唯我独尊の』
『出来るわ。 ヴェレシュ家って……とんでもない所まで入り込んでるのよ……』
イロナは、水の入ったコップを手に取った。
『……んで、金曜日の朝にNaritaに着くから……夕方までには通関をさせて、そのままNarita Expressで東京まで……新幹線で岡山まで……あとはタクシーでここまで来ればいいのよ』
『はぁ……もう突っ込まないよ。 そんな事が出来るって事だね……』
サクラは、パスタを頬張った。
「しかし……それだけ早く届いたとしても、デモフライトはブッツケ本番……しかも一回しか出来ないって訳だな」
サクラから話を聞いて、森山が言った。
「ええ、そうなりますね……」
サクラは、目の前に置かれたチョコパフェに、スプーンを差し込んだ。
「……でも、仕方がないですね」
「ねえ、森山さん。 何か手は無いですか?……」
博美の前にも、チョコパフェが鎮座している。
「そのコードを、何とかすれば良いんですよね」
「ん……手は有るぜ……」
森山は、コーヒーに手を伸ばした。
「……結局、飛行機用と言っても……ガソリンエンジンには変わりがないんだよな。 だから基本的には、車のエンジンと同じ原理で回ってる訳だ」
「ん、まあそうですね」
サクラは、頷いた。
「プラグに高電圧を流すのに、プラグコードが有るのも同じ。 だったら、車のコードが使えるんじゃないのかな?……」
森山は、サクラの顔を見た。
「……サクラちゃんの判断になるんだが……それで良い、それで飛んでも良い、って思えるなら……俺が、車用のコードを使って作ってやれる」
「そんな事が出来るんですか?」
目を丸くして、サクラは森山を見た。
「ああ、出来る。 さっき飛行機のエンジンは見させてもらったからな。 どんな風にコードを直せば良いかはわかってるつもりだ」
森山は、頷いた。