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紅い桜  作者: 道豚
52/147

岡南への飛行

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 格納庫の前に引き出された「エクストラ300LX」のエンジンが、静かにアイドリングをしていた。

 コックピットの中には、サクラとイロナが居る。

『それじゃ、Bチームは格納庫の戸締りをして、笠岡に向かって』

 キャノピーに付いた小窓を開けて、サクラはクルーの一人に言った。

『はい。 畏まりました』

『Aチームは、既に岡南こうなんに着いてるんだよね?』

 クルーの返事を聞いたサクラは、前席のイロナに訪ねた。

『ええ。 昨日のうちに着いているわ。 連絡を受けてる』

『OK。 んじゃ、行こうか』

 今日は、デモフライトをする飛行場に移動する日……なのだが、選手権大会の行われる笠岡は、小さな飛行場なので航空ガソリンが置いていない。

 そのため、一旦岡南飛行場……昔は岡山空港だったのだが、立地が悪く定期便のジェット化に際して拡張できなかった……に降りて、ガソリンを入れることにしていた。

 岡南までは飛んでいくと1時間足らずだが、車で行くと3時間は掛かる。

 そのため、グランドクルーを二人ずつのA、B、2チームに分けて、それぞれの飛行場に送る事にしたのだった。




『イロナ、良い?』

 チェックを済ませたサクラは、前席に座っているイロナにインカムで尋ねた。

『良いわ』

 落ちついた声のイロナからの返事を聞いて、サクラはマイクを無線機に切り替えた。

{『高知グランド JA111G エクストラ300LX リクエスト 離陸のため使用滑走路へのタキシー許可 フライトプラン提出済み 情報Cを確認済み』}

{『エクストラ111G 高知グランド ランウェイ32へのタキシー許可』}

 待つ事無く、管制から許可が出た。

『行くよ』

 既に車止めは外してある。

 「エクストラ300LX」は、サクラの操作により走り始めた。




「(……ヘディング30……ALT7500……剣山つるぎさんも見えるね……順調、順調……)」

 離陸して10分……「エクストラ300LX」は水平飛行を始めた。

 まだ午前の早いうち、ということもあり……夏ではあるが、気流は安定している。

「(……楽チン、らくちん……)」

 お陰で、サクラはスティックやペダルを、殆ど操作しなくてよかった。

「……カシュ……」

「(……ん?……)」

 小さく、金属音が聞こえた。

「(……ん!……)」

 そして……

「(……臭い……お酒?……)」

 何処からか、アルコールの香りが漂ってきた。

『イロナ……お酒飲んでる?』

『……ん!っく……ふぅ~ ええ、今酎ハイを開けたところ……』

 まさか、と思ってサクラが声をかけると……イロナは、当然の様に答えてきた。

『……ニコレットが言ってたのとは違って、乗り心地は良いじゃない。 これならゆっくりできるわ』

『はぁ……あのね、イロナ。 私達、遊びに行くんじゃないんだよ。 酔っ払ったら、現地での仕事に差し支えるよ』

 あまりの言い草に、珍しくサクラから小言が飛び出した。

『大丈夫よ。 この私が、酎ハイの5本や10本で酔うはずないから』

 しかし、イロナには効かないようだ。

『……知らないよ、トイレは無いんだから。 行きたくなっても我慢してね』

 サクラは、冷たく言い放った。




{『……高松タワー エクストラ111Gは管制空域を出ました……』}

{『……エクストラ111G 125.5で関西アプローチに繋いでください……』}

{『……高松タワー 了解……』}

{『……関西アプローチ JA111G エクストラ300LX 高松の北4マイル 高度7500……』}

{『……エクストラ111G 関西アプローチ 了解 高度規正値2988……』}

 四国を横断して、高松空港の上を通過したサクラ達の目の前に、風光明媚な瀬戸内海が見えていた。

「(……あれが、ALISAのある小豊島おでしまだよな……)」

 そして、真北に次のウエイポイントになる小島が見えていた。

「(……そろそろ高度を下げようか……)」

『サ、サクラ……』

 イロナの声がインカムから聞こえた。

『ん? 何?』

『……あと、どれ位で着くのかしら』

『ん~ 着陸に手間取らなかったら……15分位かな』

 そう、運悪く他機の着陸に絡んだりすれば、待つことになる。

『そう……15分ね。 多分、大丈夫よ』

『ん? 何が、大丈夫なのかな?』

『……トイレ……』

『え? 聞こえないよ』

『トイレ! トイレに行きたいの……』

『トイレ? ……はぁ……だから、飲み過ぎないように言ったのに……』

 案の定である。

 溜息が出るのも、仕方が無い事だろう。




{『岡南エアーサービス JA111G 機種はエクストラ300LX 情報を知らせてください』}

 ALISAポイントで、サクラは岡南飛行場を呼んだ。

 ここは管制塔タワーの無い空港なので、着陸するのはパイロットの判断になる。

 その判断するに必要な情報は、聞けば教えてもらえるのだ。

{『エクストラ111G 岡南エアーサービス 風120度6ノット 気圧1011 視程10キロ以上 滑走路09使用中』}

{『岡南エアーサービス エクストラ111G ありがとう』}

{「どういたしまして 着陸するなら、トラフィックパターン中に、もう一度聞いてね お嬢ちゃん」}

 正式な管制で無いからだろうか……最後に砕けた言葉が帰ってきた。

{「あ、はい」}

「(……はぁ……ここでもか……私の声って、可愛く聞こえる?……)」

 以前に比べて、管制官が優しいように思えるサクラだった。




「(……レフトターン、ヘディング330……)」

 左前に見える、入口の両側を山に挟まれた入江に、サクラは機首を向けた。

 奥には街が見えている。

「(……100ノット……降下速度1200フィート/分……これぐらいで、良いかな……)」

 児島湾……岡南飛行場のある入江……まで、今の速度でおよそ3分。

 現在の高度5000フィートなので、トラフィックパターンに入る頃には、1000フィートになるだろう。

 もちろん、速度を下げていくので、この先も調整しなければならないのは当然だが。




 海峡の幅は1キロ程度だろうか……「エクストラ300LX」は先ほど見えた入り口に差し掛かった。

 正面には工場が見えている。

 山の高さは1000フィートもないので、圧迫感を感じるほどではない。

「(……あの工場の上で旋回すれば、丁度良い具合にトラフィックパターンに入れるね……)」

 サクラは、コピーして持って来た地図を広げた。

 そこにはRW09とRW27、夫々の進入コースがフェルトペンで描かれている。




「(……レフトターン……)」

 サクラがスティックを左に倒し、左のペダルを踏むと「エクストラ300LX」は左旋回を始めた。

 左下には、小さな港の防波堤が見える。

「(……ヘディング270……)」

 サクラはバンクを直し、高度1000フィートで水平飛行を始めた。

「(……見えた、あれだよな……)」

 遠くに滑走路が見える。

「(……このままで、トラフィックパターンに入れそうだ……)」

 僅かに左に見えているということは、このまま真っ直ぐ飛べばダウンウインドレグに入る事になるだろう。

「(……えっとー トラフィックの高度は800フィートか……)」

 予めネットからプリントしておいた岡南飛行場の案内には、ダウンウインドレグの高度を800フィートと書いてある。

「(……速度も高度も下げなきゃ……)」

 サクラは、スロットルレバーを手前に引いた。




 左前に飛行場が見える。

{『岡南エアーサービス エクストラ111G 現在ダウンウインドレグ 情報をお願いします』}

 言われた通り、サクラは岡南を呼んだ。

{「やあ、お嬢ちゃん。 飛んでるのが、ここから見えてるよ」}

「(……え! な、何?……)」

 いきなりの日本語の通信である……

{『……岡南エアーサービス 情報は?』}

 焦ったサクラは、つい口調がキツくなった。

{『エクストラ111G 岡南エアーサービス  風120度6ノット 気圧1011 視程10キロ以上 滑走路09使用中』……「さっきと一緒だね」……『ランウェイ イズ クリヤー』……「いつでも着陸できるよ」}

「(……もう……一々言わなくても分かるよ……)」

 サクラのことを学生とでも思っているのだろうか……英語の通信に、わざわざ日本語を付けてくれる。

{『岡南エアーサービス エクストラ111G ランウェイ イズ クリヤー』}

 とりあえず、サクラはそれを無視する事にした。




 滑走路に平行に飛び、サクラは笹ヶ瀬川の上で左旋回をした。

{『エクストラ111G 現在ベースレグ』}

 管制官が居ない飛行場なので、サクラは無線で……誰に言う訳でもなく……今の位置を宣言した。

「(……高度を下げる……スロットル引いて……)」

 ベースレグが滑走路端まで比較的近いので……凡そ1マイル……ファイナルレグに入る頃には300フィートまで降下しておく必要がある。

「(……毎分1000フィート……こんなもんかな……)」

 ベースレグの長さ……およそ1.2キロ……で、500フィート降下しなければならない。

 80ノットで飛んでいるので、1.2キロを30秒だ。

 つまり昇降計の指示は-1000となる。

『もう着くの?』

 静かだったイロナが、話しかけてきた。

『うん。 あと数分で着陸だよ』

『……あぁ……よかった……ああ!』

『え! 何?』

 安堵の声の直後、イロナが悲鳴を上げた。

『……漏れた……』

『ん? 聞こえなかった……』

『……少し漏れたの……』

『ええーー! おしっこ漏れちゃったの?』

『……少しよ、少し。 うん、大丈夫……パッドしてたから』

 もぞもぞとイロナが動くのが見えると、少し落ち着いたように言ってきた。

『もうすぐ最終旋回だよ。 頑張ってね』

 サクラとしては、応援するぐらいしか出来ない事だった。




 最後の旋回を終えて機体を水平にしたとき、滑走路はもう目の前にあった。

{『エクストラ111G オン ファイナル』}

「(……PAPIは白2赤2……このまま……)」

 着陸まで30秒も無い。

 サクラは無線で宣言をすると、滑走路の左に設置してあるPAPIを見て降下角を調整した。

「(……ちょっと右……)」

 右からの風を受けているので、機首を真っ直ぐ滑走路に向けると左に流される。

 サクラは右のラダーペダルを踏んで、機体を右に向けた。

「(……こんなもんかな……)」

 機首のやや左に見える滑走路端が、どんどん近づいてくる。

「(……よし! アイドル……フレア……)」

 09という文字が、機首の下に隠れた。

 サクラはスロットルレバーをアイドリングの位置に引き、スティックをゆっくり引いた。

 速度がどんどん下がっていく。

「(……ラダー戻して……)」

 今まで、風に流されないように機首を右に向けていたのだが、そのまま接地すると……タイヤの向きは変わらないので……ランディングギヤに無理を掛けてしまう。

 サクラが「クラブ」を解いたとき「トン・トン」と軽いショックで、タイヤが地面に付いた。




 滑走路中央の誘導路に、サクラは「エクストラ300LX」を進入させた。

『エクストラ111G 滑走路から出ました』

 当然、滑走路に居ない事も宣言しておく必要がある。

「(……さーって、駐機場は……G5か……左の方だな……)」

 クルーが待っているはずだ。

 サクラはスロットルレバーを進めて「エクストラ300LX」を走らせた。




『サクラ様、お疲れ様でした』

 駐機場に機体を止めてエンジンを切り、キャノピーを開けるといつものクルーが……二人だが……並んでいた。

『ごくろうさま……』

『先に行くわ!』

 イロナが前席から飛び出すと、空港ビルに向かって走って行った。

『……あ……イロナ、気をつけてね』

 呆然とサクラは見送り……

『イロナ様は、どうされたんですか?』

『ん……そ、そうね……手続きに行ったんじゃない?』

 クルーの質問には……イロナの名誉のために……当たり障りのない事を言うしかなかった。




『……イロナ、大丈夫だった?……』

『……大丈夫よ、サクラ。 ニコレットに教わって、パッドを付けてたから……』

『……何でニコレットが、そんな事言ったのかな?……』

『……彼女、以前OOSAKAまで乗ったでしょ。 あの時、少し汚したみたいよ……』

『……「せまいし うるさいし 揺れるし お尻は痛くなるし」って言ってたけど……そんな事があったんだ……』

『……そうよ。 それ以来、乗りたがらないでしょ。 随分懲りたみたい……』

『……そうなんだ。 でもさ、今回はイロナが、お酒を飲むからいけないんだよ。 次回からは持ち物検査をして、お酒を持ち込まないようにするね……』

『……2本……2本は飲ませて……』

『……2本も飲むの? って言うか、今は何本飲んだの?……』

『……5本……』

『……5本! ほんの30分位で? 1本飲むのに6分しか掛かってないよ……』

『……だって……日本のお酒って、美味しいんだもん……』

『……だもん、じゃないよ! これからは、飲酒に対して厳しく指導します……』

『……そ、そんなー ……』

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