インターミディエットの練習
ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。
{ }で括られたものは無線通信を表します。
白く波飛沫が上がる離岸堤……砂浜の侵食を防ぐため、海岸から少し離して設置された防波堤……その上2000フィートを「エクストラ300LX」は水平飛行していた。
{『イロナ、用意はいい?』}
{『いいわ』}
サクラの問い掛けに、砂浜にいるイロナがトランシーバーで答えた。
{『シャークツース ナウ』}
宣言をして、サクラはスティックを引く。
「(……ん……)」
5G……重力の5倍……の力で、サクラはシートに押し付けられた。
「(……ぅー……ラダー、もう少し……)」
めり込んでくるような頭の重さに耐えながら、サクラはコックピットから左を見て……そこには翼端にサイティングデバイスがつけてある……機体のヨー……左右方向……のズレを確認する。
「(……ぅく……もう少しで垂直……よし!……)」
そして、そのサイティングデバイスの垂直バーと水平線が揃った時に、サクラはスティックを戻した。
{『ふぅ……イロナ、どうかな?』}
{『良いわ……ん、ちょっと待って……少し反ってるわよ』}
エアロバティックは、操縦者でなくジャッジ……地上から見ている……から、どういう風に見えるかにより点数が付けられる。
その為に、サクラはイロナを海岸に置いたのだった。
イロナは、どうやら「エクストラ300LX」はUP側……エレベーターを引く方向……にズレているように見えているようだ。
ジャッジの評価は非常に厳しく、姿勢が僅か2.5度ズレているだけで0.5点引いてくる。
素人であるイロナが分かるぐらいだから、おそらく1点以上の減点だろう。
{『了解……ん……どうかな?』}
{『良いわ。 真っ直ぐ登ってる』}
サクラが、わずかにスティックを押した事により、機体の姿勢が良くなった。
「(……んー……この位か? 後でデバイスを調整しておこう……)」
少し狂っているようで、サイティングデバイスの垂直バーは、水平線と並行ではなかった。
垂直に上昇する事数秒……速度の落ちた「エクストラ300LX」の姿勢が不安定になってくる。
「(……ラダー……踏んで……スティック……押して……)」
サイティングデバイスを頼りに、サクラは機体の姿勢を保っていた。
つまり、ずっと左を向いたまま、と言うことだ
「(……そろそろかな……)」
そんなサクラが速度を判断するのは……計器盤の速度計を見ずに……スティックに働く舵からの反力だった。
スティックに掛かる反力が小さくなってくる。
「(……よし!……少し引いて……)」
ふわり、と体が宙に浮き「エクストラ300LX」は、宙返りをした。
「(……スロットル アイドル……)」
頂点を過ぎると、サクラはスロットルを絞り……
「(……ここだな……スティック押して……)」
45度の背面降下姿勢をサイティングデバイスで確認して、釣り合いの取れるところまで昇降舵をダウン……背面飛行なので、実質は上げ舵……に動かした。
背面飛行で45度降下をする「エクストラ300LX」のコックピットの中……下半身をシートに固定され宙ぶらりんの……サクラは先ほどまでと違って正面を見ていた。
そこには白波の立つ離岸堤が見えている。
そう……降下しているお陰で、機体の進行方向に目標が見えているのだ。
「(……1・2・3、ロール!……)」
45度降下姿勢になって三つ数えたサクラは、左にスティックを倒した。
正面に見える海と陸が「くるり」と180度回り、位置を入れ替えた。
お尻に体重が乗ってくる。
「エクストラ300LX」は、相変わらず45度の角度で降下していた。
「(……1・2・3、引いて……)」
段々と大きくなる離岸堤を見ながら、サクラは三つ数えるとスティックを引いた。
「(……んっ!……)」
「ぐんっ」とGが係り、サクラはお腹に力を入れてそれを耐える。
「(……よし、水平……スロットル進めて……)」
「エクストラ300LX」は45度分だけ宙返りをして、水平飛行に移った。
{『イロナ、今のはどうだった?』}
落ち着いた所で、サクラは海岸で飛行を見ていたイロナに尋ねた。
{『形は良かったわ。 角度も……そうねー 私が見る限りは良かったと思う……でも……』}
イロナの声に歯切れが無くなった。
{『……あなた、間違えてない? この2×4、て言うのは……90度ごとに止めるんじゃないかしら』}
{『えっ!……』}
サクラは、慌てて計器盤正面に留めている「アレスティコード」を見た。
{『……あ……あははは……間違えたー ポイントロールじゃないかー』}
{『やっぱりそうね。 ハイ、0点』}
{『く、悔しー……もう一度!』}
「エクストラ300LX」は、鋭くUターンをした。
{『インメルマンターン ハーフロール 2ポイントロール ナウ』}
2度目の「シャークツース 2×4ロール」を間違えずに飛んだサクラは、次の演技を始めた。
{『そうやって、オリジナルから違ってる事を宣言してたら良かったわね。 さっきの「シャーク ツース」も』}
ヘッドセットからイロナの声が聞こえるが……
「(……んー……)」
それに答えず、スティックを引いたサクラに、再び5Gが掛かる。
「(……少しずつスティック戻して……)」
サクラがスティックを戻すに連れて、そんなGも弱くなってくる。
「(……ヨー はズレてないね……)」
機体が垂直になった時、左のサイティングデバイスを見て、サクラは機首方向のズレを確認した。
「(……ん! 見えた……)」
正面に向き直り「うんっ」と首を上に向け、水平線を探したサクラの目の中に逆さになった海が映った。
「(……傾斜……OK……フローティング……)」
水平線を頼りに機体の水平を確かめると、サクラはスティックを戻し始めた。
もう直ぐ宙返りの頂点になるのだ。
「(……ここだ!……ロール……)」
水平線が正面に来たとき、間髪を要れずサクラはスティックを左に倒した。
上に有った海が下になり、空が上になる。
「(……くっ!……右……)」
一瞬の後、サクラはスティックを右に倒した。
水平線が回り、さっき通常の位置に戻った海が、再び上に移動する。
「(……もう一度、右!……忘れずラダー……)」
背面姿勢で一旦止まったロールを、同じ方向に繰り返す。
「……ふぅ……」
お尻に体重を感じて、サクラは一つ溜息を突いた。
「エクストラ300LX」は、真っ直ぐに水平飛行をしていた。
30分ほど練習をして、サクラは空港に機首を向けた。
{『イロナ、ありがと。 これで帰るね』}
{『分かったわ。 格納庫で待ってるけど……何か用意しておく?』}
空の上からは、イロナが歩き出したのが見えた。
{『……んー 特に無いけど……』}
{『……了解。 それじゃ、無線を切るわ』}
{『OK。 んじゃ、待ってて』}
見下ろすと、イロナはトランシーバーをバッグに仕舞い、サクラの「フォレスター」のドアを開けたところだった。
「(……さーて、っと……帰ろうかな……)」
{『関西アプローチ エクストラ111G 現在高知空港の南西2マイル 着陸のため飛行中』}
すぐ近くなので高知タワーでも良かったのだが、サクラは取りあえずアプローチに連絡をした。
{『エクストラ111G 関西アプローチ そのままダウンウインドレグを飛行 ショートファイナルで高知タワーに連絡』}
{『関西アプローチ エクストラ111G このまま飛行 ショートファイナルで高知タワーに連絡』}
流石は関西圏一帯を管轄する管制である。
サクラの要請に、淡々とした答えが返った。
『サクラ様、お帰りなさいませ』
「エクストラ300LX」が格納庫の前に止まり、キャノピーが開くと、いつものようにクルー達が揃って挨拶をする。
『サクラ、お帰り』
そしてイロナが、彼らの横に立っていた。
『ただいま』
答えながら、サクラは機体から降りる。
『サクラ様、調子は如何でしたでしょうか? どこか調整しておくところは、御座いませんか?』
そのサクラの側に、クルーの一人が近づいた。
彼は、機体のメンテナンスを主として、行っているのだった。
『うん……特に無い……あ、サイティングデバイスが狂ってるから、垂直バーを2度後ろに傾けておいて。 後は通常メンテをして』
『畏まりました』
『午後も飛ぶから、ガスの補給もしておいて』
軽く指示をすると……イロナを伴って……サクラは格納庫に向かって歩き出した。
『暑いねー シャワーを浴びてから昼食にしようよ』
格納庫の隅のロッカーで、サクラは薄手のフライトスーツから上半身を抜き出した。
Gに耐える、特別製のブラが現れた。
『そうねー そのブラじゃ、暑いでしょうね。 はい、これ……』
イロナが、メッシュのハーフカップブラをロッカーから取り出した。
『ん……ありがと……』
サクラは、両手を背中に回しホックを外した。
「(……んぁ……はぁ ラクー……)」
締め付けられていた胸が、解放された。
「(……固定するためといえ、もうちょっと締め付けが楽にならないかな……)」
ストラップを腕から抜き、サクラはブラをイロナに手渡した。
『汗をかいてるわね……』
それを受け取ると、イロナは体拭きシートを差し出した。
『……よく拭いたほうが良いわよ。 特に下側をね』
『ん、分かった』
サクラは胸の下に腕を入れ、それを持ち上げた。
『そういえばさ……』
空港ビルに向かって歩きながら、サクラがイロナに話しかけた。
『……これから部屋でシャワーを浴びるんだから、わざわざ汗を拭かなくても良かったんじゃ無い?』
『ダメよ。 さっきのあなたは、とても汗臭かった……』
横を歩くイロナは、サクラを見た。
彼女よりやや背の低いサクラは、VネックのTシャツを着ていて、胸の谷間が見えている。
『……今は、良い香りよ』
満足げに頷くイロナも、しっかりと谷間が見えていた。
『サクラ様……』
昼食を終え、サクラが格納庫に戻ると、件のクルーが彼女の前に現れた。
『……やはり左のマグネトーに繋がったプラグが、汚れやすいようです』
そう……この間から、相変わらず左の点火系統の調子が良くないのだった。
『そう……それで、どういう風にした?』
『はい。 これまでと同じように、プラグの清掃を行いました』
『それで良くなった?』
『はい。 許容範囲には十分入っております』
『OK。 様子を見ようか』
「(……それにしても、おかしいな。 メーカーから技術者を呼ぶかな?……)」
完全に悪くなるのでもなく、整備しても良くなる訳でもなく……サクラはどうするべきか悩んでいた。