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紅い桜  作者: 道豚
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内出血

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 空の青、海の青に挟まれ、シルバーの「エクストラ300LX」が浮かんでいた。

 いや、けして風船のように「ぷかぷか」浮かんでいるのではない。

 それは激しく上下左右に向きを変え、また横転を繰り返していた。

 エンジンは時に唸りを上げ、時にアイドリングで静かになる。

 そう、それはそこに現れてから……もう30分になるだろうか……ひと時の休みも無くアクロバットをしていたのだった。




「……もう一度45度クライムだ」

「は、はい」

 インカムから聞こえる室伏の声に返事をして、サクラは操縦桿スティックを引いた。

「(……んぐ!……)」

 途端、Gの掛かった体がシートに押し付けられる。

「ラダーが足りない!」

 そこに室伏から注意が飛んでくる。

「……ぁぃ……」

 返事をしようとするが、サクラはGのせいで上手く口が動かせない。

 それでも必死に右ラダーペダルを踏んだ。

「ばかやろ! 闇雲に踏んだってダメだろうが!」

「(……っ!……)」

 叱責の声と同時に、ラダーペダルが動いた。

 室伏が前席から干渉してきたのだ。

「……スナップロールでもするつもりか」

 そう、スティックを引いてラダーを踏む、という操作は急横転スナップロールの操作と同じなのだ。

「……ぅ……」

「サイトを見ろ」

 答えようとしたサクラを遮って、再び室伏が言った。

「……ぁ……」

 サクラが、左の主翼端に付けてあるサイティングデバイス……機体の姿勢を確認するための目印……を見た。

「(……やばい。 行き過ぎだ……)」

「分かったな?」

「っはい。 行き過ぎてます」

 真っ直ぐに上昇するためスティックを戻したので、サクラはGから開放された。

「んで? 此処からは何処を見て飛ぶ?」

「えっと……しゅ、主翼から覗いている水平線を見ます」

「ん。 OKだ……っと言ってる間に、機首が下がってるぞ」

「あ!」

 サクラはサイトを見ると、スティックを少し引いた。

「(……この位……この位置に水平線が見える様に……)」

 そして前を向いて水平線の位置を確かめた。

「そうだ、それで良い。 ようし水平飛行にしろ」

 どうやら合格らしい。

 サクラは、スティックを少し押して「エクストラ300LX」を、水平飛行に移行させた。




「ようし、代わろう。 I have control」

「は、はい。 You have control」

 室伏の宣言に答えると、サクラはスティックから手を離し……

「……ふぅ……」

 ため息とともに、シートに凭れた。

「(……疲れた……もう握力が無いや……)」

 両膝の上に置いた手は……ピクピクと痙攣していて……もう二度とスティックを握れそうになかった。

「疲れたか?」

 インカムから聞こえる室伏の声は、さっきまでと違って優しかった。

「はい。 疲れました」

「そうだろうなぁ。 30分ぐらい、ぶっ続けでアクロしてたからな……」

 バックミラーに映る室伏の目が微笑んでいる。

「……ま、男でも根をあげるさ」

「そうですか……室伏さんでも?」

「ああ。 俺でもだ」

「はぁ、そうなんですね……ふぅ……」

 左手で右腕をマッサージしながら、サクラは再びシートに体を預けた。




「……う……はあ……っく!……」

 時々声を上げるサクラは、下着だけを身に着け、ベッドに横になっていた。

『凄く硬いわ……』

 同じベッドの上で、膝を立てたニコレットが零した。

『……いったい、どれだけ力を入れ続けたの?』

『んー アクロをしてたのは30分ぐらいだけど……って、イテテテ……』

 ニコレットに肩を回され、サクラが悲鳴を上げた。

『……痛いよ。 肩を外す気?』

『まさか。 って、あら?……』

 ズレたブラの肩紐を直そうとした、ニコレットが固まった。

『……あなた……肩紐の所が内出血してるわよ。 コッチも……』

 試しに反対側の肩紐をズラすと、そちらも肌が赤黒く変色している。

『……ブラを外すわね』

 ニコレットがホックを外し、肩紐を抜き取った。

 サクラは、うつ伏せで寝ているので、特に胸が揺れる事は無かった。




『……これで良いわね』

 ベッドの上で上体を起こしたサクラの肩に、ニコレットは細長く切った湿布を貼り付けた。

『ありがと。 筋肉痛の所為で、肩紐が食い込んでる痛さが分からなかったよ……っ臭い……』

 後ろに居るニコレットを見ようとして、サクラは肩に張った湿布の匂いを思いっきり嗅いでしまった。

『……ケホケホ……ねえ、めっちゃ臭いよ。 これしか無かったの?』

『ごめんねー これしか無いのよ……』

 ニコレットは、さっき外したブラとは違うビスチェタイプのブラ……肩紐が無い……をサクラの胸に回した。

『……でも、この湿布はよく効くわよ。 ツェティルの謹製だから』

『え~~ ツェティルが作った? ほんとに効くのかなぁ』

『ま、そこらへんは……所謂天才だから。 だから変人なんでしょうね。 さ、出来た』

 普通のブラと違って数のあるホックを、ニコレットがとめた。

『ありがと。 うわ! これって、肩が楽だねー』

 さっきまでのマッサージで痛みの減ったサクラは「ぐるぐる」と肩を回した。

『それはそうよ、肩で吊ってないんだから……』

 救急箱を閉じ、ニコレットはそれを持って立ち上がった。

『……何か考えないといけないわね』

『何か、って?』

 サクラもベッドから降りて、Tシャツを掛けてあるソファに向かった。

『ブラよ。 これからも、こんな風になるようだと問題だわ。 その内出血の痕が消えなくなるわよ』

 ニコレットは、救急箱を棚に収めた。

『これを使ったら良いんじゃない? 肩紐が無ければ、痕も付かないよ』

 サクラは、Tシャツを頭から被った。

『無理よ。 あなたの、その……無駄に大きくて重い脂肪の塊、を……高いGの元で支えきれるわけ無いじゃない……』

 振り向くと、ニコレットは溜息を吐いた。

『……それは、肩の空いたドレスなんかを着るときに使うものなのよ。 パーティーのように、精々がダンスする程度の運動にしか対応できないわ。 っとに、迷惑な胸ね』

『え……っと、なんかゴメン』

 ジーンズに足を通しながら、サクラはニコレットの胸から視線を外した。




「ねえおじいちゃん。 サクラおねえちゃんは どこに いってるの?」

 志津子しずこは、絵本に顔を向けたまま、その辺に居るはずの孝洋おじいちゃんに聞いた。

「ん? 今日は飛行機の練習に行ってるよ」

 映画情報誌を広げたまま、孝洋は答えた。

「ひこうきかー いつ かえるの?」

「そうだなー ……」

 孝洋は顔を上げて柱時計を見た。

「……もうすぐじゃないかな」

「もうすぐ! んじゃ、あそんでもらえるね……」

 志津子も絵本から顔を上げた。

「……ニコレットさんも いっしょ?」

「ん? そりゃそうだろう……」

 孝洋は志津子を見た。

「……って、なんだい? そんな顔をして」

 志津子は、どことなく「にまにま」しているようだ。

「何かおかしいかい?」

「べっつにー (……おじいちゃん ニコレットさんが すきだもんね……)」

 口角が上がるのを押さえられない志津子だった。




「ただいまー」

 玄関のドアが開く音と共に、サクラの声が聞こえてきた。

「(……かえってきた……)」

 志津子は跳ねるように立ち上がり、玄関に向かって走り出した。

「サクラおねえちゃん おかえりー!……」

 見るとサクラは、向こうを向いてしゃがみ、脱いだ靴を揃えている。

「……えーーーっい!……」

 志津子は、その背中に飛びついた。

「……えへへへー……」

 そして腕を回してサクラの胸に触った。

 そう、志津子はサクラの大きな胸が好きなのだ。

「……く、臭ーーーーっい!」

 しかし今日は、それを堪能する事が出来なかった。

 丁度サクラの肩に顎が乗ったから堪らない。

 肩に張った湿布の匂いを、志津子はモロに嗅いでしまった。

「……あ! シーちゃん」

 サクラが反応したときには、台所に向かって逃げていく志津子の後姿が見えただけだった。




「……おねえちゃんが……おねえちゃんがーー……」

 理英子おばあちゃんの胸に顔を埋めて、志津子はベソをかいていた。

「……よしよし。 そう、サクラが臭かった?……」

 そう、志津子はサクラが臭かった事にショックを受け、台所で料理をしていた理英子に泣きついたのだ。

「……うん くさかった。 おねえちゃんは あんなじゃないのに……」

「……そう。 いつもは如何?」

「……おねえちゃんは いいにおいが するんだよ。 きっと にせものだよ」

「そうか。 偽者だったんだね?」

「うん。 だって……」

 志津子は、理英子の胸から顔を離した。

「……だって……」

 志津子の目の前に理英子の胸がある。

「……あれ? もっと大きかった……」

 志津子は理英子の胸に手を当てた。

「……あれ? ほんものかな?」

「シーちゃん。 お婆ちゃんの胸が小さいって?」

 首をひねる志津子を、理英子は見下ろした。

「ん~ん。 ちいさくない ふつうだよ。 でも サクラおねえちゃんは すごく おおきいんだ。 いまのひとも すごく おおきかったから きっと おねえちゃんで まちがいないんだ」

 ほっ、として志津子は微笑んだ。




 夕方の公園に数人の中学生が居た。

 日の入りが遅くなり、もうすぐ夕食の時間だというのに、まだまだ太陽は沈まない。

「……おい、見ろよ。 これ凄いぜ……」

「……おおお……デカイ……」

「……すげー……」

「……でもよー ほんとにこんな胸の女が居るんか?……」

「……だよなー 街に行っても、こんなの見た事無いぜ……」

     ・

     ・

     ・

 思春期を迎えて、異性に興味の出てきた所だ。

 お互いにスマホの画像を見せ合いながら、馬鹿話をしている。

「……さっきは、ごめんねー」

 そんな所に、若い女性の声が……公園の入り口の方から……聞こえてきた。

 見ると、背の高い女性が、小さな女の子と手をつないで入ってきた所だった。

「おおお、おい……見ろよ」

 一人が指差した。

「ああ? 外人だな……って日本語を話してないか?」

 別の一人が、そちらに顔を向けた。

「ばか……そっちじゃない。 胸を見ろよ!」

「ぅわお! で、でかい……」

「だろ! あれ、このグラビアの女よりデカイぜ」

「すげーーー サイズって何だろうな。 FとかGとか……」

「このグラビアの女でFだぜ。 きっとG以上だろうな……」

「おまえら……胸ばっかり見てるけどよ、顔も見ろよ。 すげえ美人だぜ……」

     ・

     ・

     ・

 聞こえてないと思っているのか……彼らは互いに勝手な事を言い合っている。

「……おねえちゃん なわとびしようよ……」

 公園の中まで入ってきた所で、女の子が縄跳び紐を伸ばした。

「……ん、いいよ。 また二人で飛ぶ?……」

 縄を受け取った女性の前に、女の子が立った。

「……いくよ。 せーのっ!……」

 掛け声と共に、勢い良く縄が回された。

「……はい!……はい!……」

 二人は一緒に「ぴょんぴょん」と跳ねる。

「……シーちゃん。 上手になったねー……」

「……うん。 おかあさんとも れんしゅう したんだよ……」

「……そうなんだー……」

 二人の話し声が聞こえてくる。

 そんな様子を見て……

「……ぅおおおおおー ゆ、揺れてる!……」

「……すげえ! まるで別の物体が付いてるみたいだ……」

「……あれ、痛くないのかなー……」

「……お、おお、俺……あそこが痛い……」

「……ば、ばっきゃろー 早く直せ……」

     ・

     ・

     ・

 中学生達は、前屈みになっていた。

 それは、彼らの今夜のメインデッシュが、決まった瞬間だった。




 公園に来たとき、サクラはブラを「チューブトップ」の物に変えていました。

 なぜなら、志津子に逃げられた後、匂いを消すために風呂に入ったので、ついでに取り替えたのです。

 そのため、保持力は皆無となっていたのでした。

     ・

     ・

     ・

『ニコレット! 縄跳びしたら出ちゃったよ』

『サクラ……私は言った筈よね。 飛んだり跳ねたりはダメって』

『ん……そ、そういえば聞いたような』

『これで分かったでしょ。 肩紐は要るのよ』

『ん、分かった』


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