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紅い桜  作者: 道豚
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仮称 アルフィナ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 大型連休ゴールデンウイークの後半は高専も休みになり、サクラは真っ赤なフォレスターを駆ってヤスオカの飛行場に向かっていた。

「(……あ、あれは……)」

 見ると、数台前を大きなワンボックス車が走っている。

「(……チームヤスオカの車だよな。 でも、確か加藤君が譲ってもらったんじゃないかな?……)」

 そう、チームヤスオカが解散した時に、加藤が車を貰ったはずだった。

「(……と、いう事は……帰ってきてるのかな?……)」

 サクラは、ハンズフリーで繋いでいるスマホの電話機能を呼び出した。

『あら、誰かに電話するの?』

 助手席のニコレットが、それに気が付いた。

『ん。 あそこにチームヤスオカの車が居るんだ。 きっと博美が来てるんだよ。 だから電話で確かめようかな、って』

『あ~ そうね……そうみたい』

『でしょ。 ……あ、博美? サクラだよ。 久しぶりー ねえ今、ヤスオカの飛行場に向かってる?』

 無事、電話は繋がったのだろう……サクラは嬉しそうに話し始めた。




 加藤の運転するワンボックス車の助手席で、博美はスマホを耳に当てて首を捻っていた。

「どうした? 誰からだ?」

 そんな様子を見て、加藤が尋ねる。

「……多分、サクラさんだけど……なんて言ってるか、ちんぷんかんぷんなんだ。 ほら……」

 博美は、電話の音声をスピーカーに流した。

『……いつ、高知に帰ったの。 教えてくれればよかったのに……』

 スピーカーから、サクラの声が流れた。

「……こりゃ……英語でも無いな。 ひょっとして、ハンガリー語じゃないか?」

「そうか。 多分そうだね……」

 博美はスマホを顔に当てた。

「……サクラさん。 ハンガリー語になってるよ! 日本語で話して」

 そして、マイクに向かって大きな声で話した。




「……日本語で話して!」

「(……え! 日本語で話せって?……)」

 いきなり割り込むように聞こえた博美の言葉に、サクラは「キョトン」として黙った。

『……ねえニコレット。 博美が、日本語で話せって言うんだけど……私って日本語で話してなかった?』

『ええ、綺麗なハンガリー語だったわ。 今もね』

 ふふっ、と笑いながらニコレットは答えた。

『えーー 早く教えてよ』

「博美、ゴメン。 全然気が付かなかった……」

 ハンズフリーのマイクに向かって話すサクラの頬は、名前の通り桜色に染まっていた。




 滑走路と平行に駐車したワンボックス車の後ろに、サクラはフォレスターを止めた。

「サクラさん、ひさしぶりー ……」

 ドアを開けてサクラが出た所に、博美が駆けてくる。

 それを、サクラは両手を広げて受け止め……

「……んんーー……」

 そのまま背中に腕を回し「ハグ」をした。

 すると……身長差から、サクラの胸が博美の肩にぶつかった。

「……あはは……サクラさん、胸大きいね」

 二人の間で、サクラの胸が大きく変形していた。




「これは、新しい飛行機? 綺麗だね」

 加藤にも「ハグ」しようとするサクラを懸命に引きとめた博美は、ワンボックス車のテールゲートを開けて見せた。

 中には、いつもの「ミネルバ」と、もう一機、さらに大きな胴体の飛行機が入っていた。

「うん。 高専の先輩で、飛行機の設計が趣味の人が居るんだ。 その人、今は浜松に住んでるんだけど……」

 博美はテールゲートから中に入り、ユックリと胴体を持ち上げた。

「……私が名古屋に移って、近くなったから、って……この間会ったの……」

 そのまま車外に出ると、機体スタンドまで運んでいく。

「……その時に飛ばしてみて、って渡されたんだ」

「因みに、それを作ったのは俺だぜ」

 突然、後ろから割り込む声があった。

 博美とサクラ、二人が振り向くと……

「よっ! おはよう。 博美ちゃんは、久しぶりだね」

 笑顔を浮かべた新土居が立っていた。




 サクラの「エクストラ330SC」……今はサクラが元の持ち主から買い取っていた……の横に、博美の新しいスタント機が並んだ。

「大きいねー」

 点検するから、と新土居がすぐ側で腹這いになっていて……サクラが見る限り……その新土居と同じくらいに見えた。

「うん。 でも、コレでも「ミネルバ」と同じ大きさなんだよね……」

 そう、競技会に出るには、縦横2メートル以下でなければならないのだ。

 必然的に、世の中のスタント機は同じ大きさになってしまう。

「……でも、胴体の大きさで、錯覚しちゃうんだろうね」

「名前がどこにも書いてないけど、何て名前?」

 綺麗に塗装されているが、確かに何処にも名前らしきものは書かれていなかった。

「これは、試作機なんだ。 まだ名前は決まってないんだよ」

 動翼のガタを調べていた新土居が、顔を上げて言った。

「うん。 新土居さんの言う通り、まだ試作だから……」

 博美が頷いた。

「……まだまだ、設計変更があると思うんだ。 でも、完成した時は「アルフィナ」って名前にしたいな」

「「アルフィナ」かー 良い名前だね。 ちなみに、どうして?」

 サクラは博美の顔を見た。

「お父さんが、次の飛行機に使おうとしてた名前なんだ……」

 ふっ、と博美の顔に影が差した。

「……どんな飛行機を考えてたのか、今では分からないけど……ま、使っちゃっても良いよね」

 しかし、次の瞬間には「ふふっ」と微笑んだ。




「わー サクラさん、免許が取れたんだ」

 ワンボックス車から張ったタープの下に置いたテーブルを4人……サクラ、ニコレット、博美、加藤……で囲んで、最近の出来事を話している時に、サクラがライセンスを取った事を言ったのだ。

「うん、まだ手元には届いてないけど……」

 サクラは、目の前に置いてあるカップを持った。

「……ん~ 美味しい」

「サクラさん……綺麗……って言うか……優雅?」

 博美が、サクラのその所作を見て「ぽっ」と零した。

「ん? 何が?」

 サクラが首を傾げる。

「その紅茶を飲むときの……マナー? なのかな……」

 そう、サクラの着ている物と言えば、いつものようにジーンズとシャツ、という飾り気も何も無いのだが……

「……なんか気品があるの」

 まるでドレスを着た淑女がパーティーに出ているような……そんな凛とした姿だった。




 「エクストラ330SC」が大きく機首を上げ、空を駆け上っていく。

「サクラさん。 随分慣れたねー」

 お腹の前に送信機を下げたサクラの横に、博美が立っていた。

「うん。 ほとんど毎週来てるから……」

 サングラスを掛けたサクラは、空を見つめたままだ。

「……そうだなー もう20回ぐらい飛ばしたかなー」

 高度を上げてセンターに帰ってきた「エクストラ330SC」が、ゆっくり右に横転ロールをしながら左に旋回を始めた。

「あーー ローリングサークル……」

 それを見て、博美が声を上げる。

「……凄いすごい。 サクラさん、できるんだー」

「うん。 練習したんだ。 でも、難しいね」

 確かに横転速度ロールレートは変化するし、滑らかでなく角ばった旋回になっている。

「でも、たった数十回の練習で出来るなんて、凄いよ。 この演技は難しくて、選手権でもよく採用されるんだよ……」

 話しながら、博美はサクラのスティック捌きを覗き込んだ。

「(……あー そうか。 モード2だと方向舵ラダー昇降舵エレベーターが別のスティックになるんだ。 こういう複合操作には有利かもしれないな……)」

「……ああ……ズレちゃった……」

 そうこうしているうちに「エクストラ330SC」は、一旋回して中央に戻ってきた。

 しかしロールが遅すぎたのか……主翼が傾いたままだった。

「(……外から見て操縦するのは難しい。 乗ってたら、バッチリ合わせられるのに……)」

 実は、サクラ(吉秋)はローリングサークルが得意だったのだ。




 博美の「仮称 アルフィナ」がナイフエッジ……主翼を垂直にして水平飛行……をしている。

「どうだ?」

 横に立った新土居が尋ねた。

「起き癖が有ります」

「そうか……カナライザーの所為で、空力中心が上がってるんだろうか……」

 ポリポリ、と新土居は人差し指で頬を掻いた。

「……とりあえず、ミキシングで誤魔化してくれるか?」

「はい。 んじゃ、ちょっと待ってください」

 博美は、主翼を水平にすると機体を上昇させた。

 そして、その状態で送信機を操作して、プログラミングの数値を書き換えた。

「さあ、どうなったかな?……」

 再び博美はナイフエッジをさせてみる。

「どうなった?」

「ん! OKですね。 んじゃ、次に行きます」

 尋ねる新土居に答えて、博美は次のテストを始めた。




 「仮称 アルフィナ」のテストを終え、博美はタープの下に帰った。

 サクラと新土居も一緒に椅子に座る。

「結論を言うと……」

 博美が正面に座った新土居を見た。

「……このままでは、ダメです。 あらゆる所に癖があり過ぎます」

 そう……「仮称 アルフィナ」は、ナイフエッジだけでなく、垂直上昇や垂直降下、果ては背面飛行からの逆宙返りという基本的なところまで変な挙動をしたのだ。

 勿論、博美の腕なら、調整する事は出来る。

 しかし、選手権大会の様な極限の状況で、そんな無駄な……癖が無ければ不要な……操作に集中力を使うのは、大きなハンデとなるだろう。

「……そ、そうだな……」

 新土居は頭を抱えた。

「……しかし、篠宮君の設計だから、きっと素性は良いはずなんだ。 何とか出来ないものか」

「あの、一つアイデアが有るんですが……」

 サクラが手を上げた。

「ん! 何かな?」

 その声に新土居が顔を上げた。

「……ナイフエッジの時に、空力中心の事を言ってたと思うのですが」

「ああ。 起き上がり癖の時か……」

 新土居は頷いた。

「……空力中心が上がってるんじゃないか? って事だな」

「ええ、そうです……」

『ニコレット。 メモ用紙はある?』

 サクラは、新土居の言葉に肯定を返すと、ハンガリー語でニコレットに言った。

『はい。 これで良い』

 脇に置いてあるバッグから、ニコレットはレポート用紙の束とボールペンを取り出した。

『ありがと。 これで良いよ』

「……で、あの飛行機のカナライザーは、こんな風に付いてますね」

 ニコレットからレポート用紙を受け取り、サクラは簡単な絵を描いた。

「ああ、そうなってる」

 新土居は再び頷いた。

「そこで、この部分を無くして……」

 サクラは、カナライザーの胴体に取り付いている部分に「バツ」を付け……

「……ここに直接付けるんです」

 ……カナライザーを胴体の上に描き、最初の位置から矢印を引いた。

「……ん! なるほど。 ステーを取って胴体に直接付けるんだな……」

 新土居は「んん!」と唸った。

「……いける! これなら強度も十分だし……上手くすれば、カナライザーの取り付け角を調整する部品も内蔵できる」

「サクラさん、それ良いアイデアだよ。 それで起き癖が無くなるならミキシングが消せるし、回りまわって癖がほとんど無くなる」

 博美はサクラの手を握って、上下に振った。




 博美の行った「ミキシング」というのは、例えばラダーを動かすとエルロンが連動して少し動くようにする事です。

 これは少しなら有効ですが、複雑になってくると「ごちゃごちゃ」になって収集が付かなくなります。

 「仮称 アルフィナ」は、まさにそうなっていて、それで博美は使えないと判断したのでした。

 しかし、大元おおもとの癖……ナイフエッジでの起き癖……が無くなれば、殆どのミキシングが不要になる。

 博美はそう判断したのでした。

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