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紅い桜  作者: 道豚
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ほら、彼女だよ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 朝、ニコレットは吉秋の病室のドアを開けた。

『……おはよう ヨシアキ……あら?』

 ベッドの上の吉秋は、ブランケットを頭の上まで被っている。

『(……変ね……誰かが来たのかしら……)』

 確か夕べ最後に見たときは、パソコンでハンガリー語の勉強をしていた。

 当然ブランケットから顔は出ていた訳で、腕の動かない吉秋にはブランケットを被る事は出来ないはずだ。

 アームに取り付けられたモニターがベッドの上に来ているところを見て、ニコレットは記憶の正しさを確認した。

『……ヨシアキ 朝よ 起きなさい……』

 首を傾げながらも、ニコレットはベッドに近寄るとモニターを壁の方に移動させ、ブランケットを捲った。

 一見、病的に見える白い顔が現れる。これは赤毛の女性として仕方のない事だ。

 彼女たちは体の色素が少なく、太陽光線に当たりすぎるとソバカスが出来るのだ。

 いや、ソバカスならばまだいい。

 美容のためにはよくないかもしれないが、とりあえず健康を害するわけではない。

 彼女たちはソバカスを通り過ぎて皮膚ガンになりやすいのだ。

 そのため、出来るだけ外出をせず、もし出るときは日焼け止めが欠かせない。

 そんな訳で、真っ白な顔が出来上がったのだ。

 眉も薄くて主張をしてないが、唇だけは紅をさした様に赤く輝いている。

 部屋を包む柔らかな間接照明は、影を強く作らないので高い鼻も分かりにくい。

『……ほらほら 朝よ……』

 ニコレットは、その高い鼻のてっぺんに人差し指を押し当てた。

 長い睫毛に縁取られた目蓋がゆっくり上がり、青みがかった灰色の瞳が現れる。

『……あ 女神様……』

 ぽかん、と吉秋がニコレットを見つめた。

『……え? 女神ですって……うふふ それじゃあなたは天使かしら?』

 にっこり笑うとニコレットは吉秋のほっぺたを人差し指で押した。

『……ああ……ニコレット おはよう ごめん 寝挽けてた……』

 言いながら吉秋は、右手をブランケットから出して、ニコレットの指を自分の頬から退けた。

『……え! ヨシアキ……あなた手を動かせるようになったの?』

 ブランケットから現れた白い手をニコレットが握った。

「……ん? あ! 動いてる……」

『ヨシアキ 日本語になってるわ……英語でお願い』

『……ご、ごめん 夢だと思うけど……夕べ赤毛の女の子がモニターに現れたんだ。 呪われたかと思ってブランケットを被ったんだ。 その時から動いたのかな?』

 吉秋はきょろきょろとモニターを探した。

『別に何も映ってないわよ』

 ニコレットがモニターを覗き込んだ。

『……だよね 多分夢だよ その女の子って、あの事故のときに最後に見た娘なんだ。 綺麗な瞳が印象的だった。 無事だったかな? 上手く避けられたと思うけど……』

『……そ、そう……その時からなのね……』

 ニコレットが微妙に視線を逸らして頷いた。

『……どこか痛かったりしない?』

『……なんともないよ っあ! 一つ聞きたかったんだ。 ねえ、ここが何か柔らかいもので覆われてるんだけど……これって何かの治療なのかな?』

 吉秋はブランケットをお腹の辺りまで下げると、掌を胸に当てた。

 入院衣を押し上げる膨らみが掌の下で「ふにふに」形を変える。

『……何にも感じないんだけど……ゼリー状の保護材かな?』

『……ちょ、ちょっと止めなさい……』

 ニコレットが吉秋の手を押さえた。

 二人分の力が掛かり、いっそう膨らみは変形する。

『……これは……そ、そう ち、治療の副作用のような物よ……(……っち! 相変わらず大きいわね……)』

『そうなんだ んじゃ、心配ないね』

『……そうね それじゃ洗面器を持ってくるわね もう自分で顔を洗えるでしょ』

 ニコレッットはいそいそと部屋を出て行った。




 ニコレットは、逃げるようにナースステーションに飛び込むと、机の上で頭を抱えた。

『(……ああ……彼が気がつくのは時間の問題だわ。 どうすればいいの?……)』

『やあ ニコレット どうしたんだ? 頭が痛いのかい……』

 ノンビリとした様子でツェツィルが入ってきた。

『……ツェツィル先生、今日も来るのが早いわね ……違うわよ……ヨシアキの事よ。 彼、とうとう手が動かせるようになったわ……』

 ニコレットが下からツェツィルを睨む。

『……おお! そうか そこまで神経が繋がってきたんだな』

 ツェツィルが「うんうん」と頷く。

『……それはいい事ですけど……彼、胸の事に気がついてますよ。 今は誤魔化しましたが、バレるのは時間の問題ですね……どうしましょう……』

『その事だ。 あのお方と連絡がついた。 早ければ今日の午後にでもお出でになる』

『……そ、そうですか……間に合えばいいけど。 ……っあ! 洗面器を持っていかなくちゃ。 それに朝食も……』

 ニコレットは、立ち上がり「ばたばた」と用意を始めた。


『……これは 素敵な ぼうし です……ですね いくらだ……いくらです?』

 準備に手間取ったニコレットが持って来た洗面器のぬるま湯で顔を洗い、遅めの朝食を取った後は吉秋は、暇つぶしにハンガリー語の勉強を再開していた。

「(……なんか、言い回しが女性的なんだよな……)」

 手が使えるようになったので、吉秋はこの先に続く文章を確認できた。

 英語の対訳が付いているので、それなりに意味は掴める。

「(……間違えたんじゃないよな、ニコレットは……)」

 これらの教材はニコレットが用意したものだ。

「(……はあ、飽きてきたなー なんかゲームでもインストールされてないのかな?……)」

 吉秋がトラックボールに手を伸ばしてソフトを終了させると、ごく普通のデスクトップ画面が現れた。

「(……さてさて、ゲームは……っと……)」

 カーソルを動かし吉秋はあちこち探し始めた。




「(……なんにも無いや……)」

 病院の備品だからだろうか、ゲームは見つからなかった。

「(……これって、テレビ電話のソフトだよな……)」

 吉秋は、唯一見つかったソフトを起動してみることにした。

「(……日本に繋がったら……ひょっとしたらお袋と話せるかも……)」

 この時点で、レース中の事故から一月ほど経っている。

 家族が見舞いに来ないのはおかしいのに、吉秋はその事に気が付いてなかった。




「(……ダメかー……)」

 モニターは真っ暗だ。

「(……ちぇ インターネットに繋がってないんかなー…… ん?……)」

 いろいろと設定を変えていると、右上に小さな窓が開いた。

「(……っお! 誰かが映ったぜ……ん~~ なんか見たことある娘だな……)」

 小さな窓の中に色白の女の子が映っている。

 青味がかった灰色の瞳で可愛いが、何故だか髪の毛は短く刈られていて、ベッドの上に寝ている。

「(……ああー きっと入院してるんだな。 入院衣を着てるもんな……もっと大きくならないかな?……)」

 吉秋は窓の角にカーソルを当て、動かしてみた。

「(……おおー 大きく出来るじゃん…………って、この娘……あの時の娘じゃないか?……)」

 大きく見開いた瞳に見覚えがある。

「(……よかった……助かったんだな。 怪我はしてるんだろうけど……)」

 つい吉秋は手を振ってみた。

 その娘も手を振り返す。

「(……お! 繋がってるんか? 声は聞こえないけど……)」

『……ヨシアキ そろそろお昼ごはんだけど 食欲ある?』

 ニコレットが入ってきた。

『……ああ ニコレット ほら、彼女だよ。 事故のとき見た娘。 良かった、助かったんだね……』

 吉秋がモニターを指差す。

『……え!……』

 ニコレットがモニターを覗き込んだ。

「……え! ニコレット……」

 なんとニコレットが女の子と共に窓の中に映った。

「……え? ええ? えええ!……」

 吉秋の目がモニターとニコレットの間を行き来する。

 そろそろと吉秋は指をニコレットの頬に伸ばした。

 モニターの中の女の子も指を伸ばす。

『……ねえニコレット……ニコレットって双子? よく似た女の人が映ってるね……』

『違うわよ 兄が一人居るだけよ』

 ニコレットがゆっくりと首を振った。

『……そ、それじゃ 他人の空似だね……』

『ヨシアキ あなたそろそろ気が付いてるでしょ?……そこに映ってるのは私よ……』

 ニコレットは、吉秋の頭を撫でた。

『……そして……この娘が……ヨシアキ。 可愛いわねー……』

 そしてニコレットが、吉秋の頬に自分の頬を擦り付けた。




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