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紅い桜  作者: 道豚
36/147

向き合った二対の山

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します


 大型連休ゴールデンウイークを目前にした金曜日。

 朝早くから格納庫に来ていたサクラは、機体の整備をグランドクルー達と済ませ、机の上のノートパソコンをいじっていた。

{METER RJOT 262300Z 09005KT 9999 -RA FEW005 SCT050 BKN070 19/17 Q1023}

 モニターにアルファベットが映っている。

「(……うわー 高松も雨が降ってるよ……)」

 いったいサクラは何をしているのか……

「(……今日は試験だってのに……)」

 そう……フライト時間が十分になったので、サクラはライセンスの試験をすることになったのだ。

 試験のために室伏とサクラが考えたコースは、高知を離陸して高松に着陸、高松を離陸して松山で「タッチ アンド ゴー」そして高知に帰ってくるものだった。

 ちょうど頂点を下にした大きな三角形を描くことになる。

 そして今、サクラはフライトプランを作ろうとして、高松の気象情報を確認したのだった。

「(……はぁ……仕方が無い……)」

 顔を上げて窓の外を見れば……高知もポツリポツリと弱い雨が降っていた。




「(……高松は段々と視程が下がる……松山は、どうやら視程は確保できそうだ……高知は……)」

 パソコンの画面に現れる気象予報……TAFと言われ、空港夫々に発表されている……を見ながらサクラは、フライトプランを組み立てていた。

「(……天気は良くなるな……ようし……これで行けそうだ……ん!……)」

『サクラ。 室伏様が来たわ』

 丁度、サクラがプランを組み立て終わったところに、ニコレットの声が聞こえた。

『うん。 お通しして』

「サクラちゃん、おはよう。 試験官を連れてきたよ……」

 サクラが返事をしたのと同時に、室伏が格納庫に入ってきた。

 後ろにスーツ姿の女性が居る。

「おはよう、戸谷さん。 私が、今回の試験官の米沢です」

 その女性……ボブカットで眼鏡をかけている……は前に出ると、右手を差し出した。

「おはようございます、戸谷サクラです。 サクラで構いません」

「室伏さんに聞いた通りね。 ネイティブと言える日本語と……立派な胸の持ち主だこと」

「……そんな米沢さんも、ご立派なお胸で……」

 向き合った二対の山の影に、握手をする手がチラリと見えていた。




 格納庫の中央に置かれた「エクストラ300LX」の周りを、サクラはチェックリスト片手に歩いていた。

 その横には米沢が付いている。

「Propeller and spinner……OK. Air inlet……OK」

     ・

     ・

     ・

「Fuel quantity……OK」

「何リットル?」

 サクラが燃料タンクをチェックした時、米沢が聞いた。

「此処には60リットルです。 反対の主翼も60リットルで、センターにも60リットル。 全体で180リットルになります」

「そう……それで足りる?」

 米沢は、サクラの作ったフライトプランを貼り付けたボードを見た。

「あまり余裕が無いので、高松で給油します」

「……ん、良いわ」

 こうして米沢が質問して、サクラが答えるのが試験なのだ。

「(……良い調子じゃ無いか……)」

 少し離れて室伏は、それを眺めていた。




「(……ふん! 良い身分じゃないか、お嬢様か?)」

 グランドクルーに押されて格納庫から出る「エクストラ300LX」の前席で、米沢はミラー越しに後席に座るサクラを見ていた。

 いまだ小雨が振っているので……視程は十分なので離陸には問題ない……二人は格納庫の中でコックピットに乗り込んだのだ。

「(……私らの頃は、ずぶ濡れで乗り込んだものなのに……)」

「エンジン始動します」

 いつの間にか車止めが置かれたのだろうか……ミラーに映ったサクラの唇が動き、インカムから声が聞こえた。

「……周囲、OK……ブレーキ、OK……」

「……メインスイッチ、ON……」

 米沢の目の前で、電気で動く計器の針が動き出す。

「……オルタネーターON、ポジション、ストロボON……」

「……スロットル フル フォワード……燃料ポンプON……」

「……ポンプOFF……」

「……混合気ミクスチャーリーン……」

 次々と始動前チェックが進み、後席と連結されているスロットルレバーとミクスチャーレバーが、エンジン始動位置に動く。

「……マグネトーON……スタート……」

「ウィ・ウィ・ウィ・ウィウィウィ……」

 目の前のプロペラが……始めはつかえながら、しかし数回転すると滑らかに回り……

「……ズドドドドドド……」

 次の瞬間には、爆音と共にただの円盤に見えてしまう程の回転で、回り始めた。

 キャノピーに付いていた水滴が、吹き飛ばされていく。

「……マグネトーBoth……ミクスチャーFull Rich……」

「……オイルプレッシャーOK……アイドル……」

 淡々としたサクラの声と共にスロットルレバーが動き……

「ストストストスト……」

 エンジン音は静かになった。




{『高知グランド JA111G エクストラ300LX リクエスト 離陸のため使用滑走路へのタキシー許可 フライトプラン提出済み 情報Fを確認済み』}

 エンジンの暖機が済み、サクラは管制に連絡した。

 今日は、流石にATISは受信済みだ。

{『エクストラ111G 高知グランド ランウェイ32へのタキシー許可 試験頑張って』}

「(……え? ええ! 何で試験の事知ってる?……)」

 管制からの通信に不審な物を感じるが……取り敢えずは、返答しなくてはならない。

 サクラは通信ボタンを押した。

{『高知グランド エクストラ111G ランウェイ32へタキシー 了解』}

「……管制で不要なやり取りは感心できないわね……」

 インカムから聞こえる不穏な言葉……それを振り切るように、サクラはスロットルレバーを進めた。




「(……あれが良いな……)」

 滑走路に入る許可を受けるため「エクストラ300LX」を止めたサクラは、雲の形を覚えるため右を見た。

 今日の風は、滑走路から左に60度ずれている。

 風速1.5メートルと弱いが、進行方向から大きくズレた風は、離陸中の機体の向きを不安定にさせるのだ。

 素早く方向舵ラダーを使うためにも、遠くに目標を持っていたほうが良い。

{『エクストラ111G 高知タワー 離陸に支障なし』}

 待つ事数十秒、タワーからの離陸許可が出た。

{『高知タワー エクストラ111G クリヤード フォー テイクオフ』}

 返事をして、サクラはスロットルを開けた。

 「エクストラ300LX」はゆっくりと動き出す。

「(……ここだ!……)」

 センターラインの手前でサクラは右のブレーキを踏んだ。

「(……もうちょい……もうちょい……)」

 少しずつ、さっき覚えた雲が正面に見えてくる。

「(……良し!……)」

 その雲が丁度正面になった時、サクラは左のブレーキも踏んで機体を止めた。

「離陸します」

「……Vrは?」

 インカムに向かってサクラが宣言したときに、米沢から質問が来た。

「……え、と……68ノットです」

 いきなりの事で、やや返事に詰まったが……

「はいOK。 続けて」

 どうやら大丈夫だった様だ。

「(……ふぅ……脅かすなよ……)」

 ホッとして、サクラはスロットルを開けた。




 轟音と共に走り始めた「エクストラ300LX」は、スティックを押すサクラの操作に忠実に尾翼を上げた。

 相対的に機首が下がり、サクラは滑走路の端が見えるようになった。

「(……よし! 真っ直ぐだ……)」

 上手くセンターライン上を走っている。

「Vr!」

 インカムから米沢の声がした。

 もう離陸速度……機首を引き起こす速度……になったのだ。

「Vr……」

 サクラは間髪を入れず……それまで押していたスティックを……引いた。




 余剰馬力の大きな「エクストラ300LX」は……小さな見栄えにも関わらず……ジェット機のように上昇できる。

「……セット、2400フィート/分……」

 サクラはエンジン回転数を2400rpmにセットして、エレベータートリムを調整した。

 アッ、と言う間に下層の雲……METARによると高度200メートル……を突き抜け、中層の雲……高度900メートル……に迫った。

{『エクストラ111G 高知タワー 125で関西デパーチャーに連絡してください』}

 高知の管制空域を抜けたようで、タワーから周波数の変更指示が来た。

{『高知タワー エクストラ111G 125で関西DPEに連絡 good day 』}

{『エクストラ111G 高知タワー good day 無事帰ってね、待ってるよ』}

「(……またかよ……勘弁してくれ……)」

 普通に返したはずなのに、管制からは、何故か余分な一言が付いてくる。

「……サクラさん? あなた、随分人気があるようね……」

 そして、やはり米沢からも一言が飛んできた。

「……い、いや……あ、ははは……」

 なんと答えていいか分からず、乾いた笑い声を上げたサクラだった。




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