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紅い桜  作者: 道豚
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フライト終了

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 前方遠くに見える滑走路に今、DHC8-Q400が着陸するのが確認できた。

 ファイナルレグに入った「エクストラ300LX」は、100ノットで滑走路に近づいている。

{『エクストラ111G 高知タワー クリヤード フォー ランディング』}

 DHC8ーQ400が誘導路に入ったところで、着陸許可が出た。

{『高知タワー エクストラ111G クリヤード フォー ランディング』}

「やっと降りられるな。 大丈夫か? 疲れてないか?」

 管制に返事をした室伏が、インカムに切り替えて尋ねた。

「大丈夫です……(……ブーストポンプ ON……プロペラピッチ ロー……)」

 それに返事をしながら、サクラはアプローチに向けて準備をする。

「(……っと……回転が上がる……スロットル下げ……)」

 プロペラのピッチを最小にしたため、負荷が減り回転数が上がってしまった。

 サクラはすぐにスロットルレバーを引いてパワーを下げた。

 当然の様に速度が落ち、高度が下がろうとする。

 それをスティックを引く事で打ち消していると、どんどん速度が下がる。

「(……82ノット……こんなもんかな?……)」

 左手のスロットルと右手のスティックを使って、サクラはファイナルアプローチに適した……POH(パイロット オペレーティング ハンドブック)に書かれている……速度に調整した。

 その状態でスティックを左手に持ち替え、右手でエレベータートリムレバーをゆっくり動かす。

「(……こんなもんかな?……)」

 うまいこと調整できて、サクラはスティック加えていた力を抜いた。




 PAPI(精密進入路指示灯)のライトが滑走路の左側に見えた。

「(……ん……低いな……)」

 これはライトの色で進入角をパイロットに知らせてくれる物だ。

 今は四つのライト全てが赤く見えている。

 「エクストラ300LX」は、適正進入角より下側を飛んでいた。

「(……アルティチュード 1000……パワー上げて……)」

 サクラはスロットルレバーを前に押し、エンジンパワーを上げた。

 エレベータートリムはそのままなので、エンジンパワーを上げても速度は速くならない。

 「エクストラ300LX」は降下するのをやめ、水平飛行を始めた。




 滑走路に近づくにつれ、PAPIのライトが左側から白色に変わっていく。

 そして二つ目が白に変わったとき……

「(……スロットル下げて……ダウン……)」

 サクラはストッルレバーを手前に引き、スティックを少し押した。

 なぜスティックを押したかと言うと……パワーを落とせば降下を始める、と言っても少しタイムラグがある。

 今、丁度良い高さに合ったのだから、ここでグライドパスに乗せたいのだ。

 その操作のお陰で「エクストラ300LX」は、PAPIのライトの色が赤2灯、白2灯という理想的な降下角でアプローチを始めた。




 サクラの眼下を滑走路端が通過した。

「(……もう少し……)」

 サクラはフレア……滑走路に接地するときにエレベーターを引き(上げ舵)、降下速度を落としてショックなくタイヤを地面に着ける操作……のタイミングを計る。

 旅客機に合わせて設置されているPAPIは、そのままでは小型の「エクストラ300LX」にとって、高い高度で進入させてしまうのだ。

 旅客機がフレアを掛けるタイミングでは「エクストラ300LX」にとって早すぎる。

「(……ここだ!……ラダー右……エルロン左……フレア……)」

 サクラは7秒ほど降下を続け、フレアを掛けた。

 フレアの前の操作は何か……

 現在、滑走路に対して左斜めから風が吹いていることは覚えているだろうか?

 「エクストラ300LX」は風に流されないように、機首の向きは滑走路に対して左を向いている。

 つまり、地面に対して横滑りしているようなものだ。

 この横向きの角度を「クラブ角」と言うが、そのままタイヤを地面に着けると……想像の通り色々なトラブルが発生する可能性がある。

 そこで、ラダーを使って機首の向きを滑走路の方向に合わせたのだ。

 しかし、そのままでは風に流され、滑走路からはみ出るかもしれない。

 それを避けるために、エルロンを左に切って機体を左に横滑りさせる。

 横滑りの速さを横風に合わせれば、真っ直ぐ着陸できるという訳だ。




 トン・トン・トン……尾輪テールギヤ左主脚メインギヤ、右主脚……と三回の軽いショックで「エクストラ300LX」は滑走路に接地した。

「(……アイドル……ブレーキ……ゆっくり……)」

 透かさず、サクラはスロットルレバーをアイドリングの位置まで引き、両足でブレーキペダルを踏んだ。

 ここで強いブレーキは禁物だ。

 機首が下がってプロペラを滑走路に当ててしまうかもしれないし、左右の強さが僅かに違っても急激に向きが変わってしまう。

{『エクストラ111G 高知タワー 次の誘導路に入って』}

 それなりに行き足が落ちた頃、タワーから連絡が来た。

{『高知タワー エクストラ111G 了解』}

「サクラちゃん。 そこから入ろう」

 室伏が答え、右手で誘導路を指差した。




{『エクストラ111G 高知タワー 126.2で高知グランドに連絡してください』}

 滑走路から出たところで、連絡が入った。

 ここからは管制が変わるのだ。

{『高知タワー エクストラ111G 126.2でグランドに連絡 了解』}

{『高知グランド エクストラ111G リクエスト 格納庫までタキシー』}

{『エクストラ111G 高知グランド 格納庫までのタキシー許可』}

{『高知グランド エクストラ111G 了解 格納庫までタキシー』}

 たかがタキシーをするために、これだけの通信がされる。

 面倒なことだ。

「さ、行こうか」

「はい」

 室伏にうながされ、サクラはスロットルレバーを進めた。




 格納庫の前で、サクラは「エクストラ300LX」をブレーキを掛けて止めた。

「(……ブーストポンプ OFF……ライト オール OFF……)」

 電動の燃料ポンプを止め、離陸前に灯したライトを全て消す。

「(……エンジン 1000rpm……)」

 アイドリングでエンジンを休ませる。

「(……さて、良いかな……ミクスチャー カットオフ……)」

 1分程して、サクラは混合気レバーを引ききった。

 燃料がこなくなり、エンジンはゆっくりと止まった。

「(……イグニッション OFF……電源 OFF……)」

 これで「エクストラ300LX」は完全にフライトを終えた。

「キャノピーを開けます」

 サクラは室伏に断って、キャノピーのラッチを外した。




 イロナの目の前で、キャノピーがゆっくりと開いた。

『おかえり、サクラ。 調子はどうだった?』

『ただいま。 んー……』

 答えながら、サクラはシートベルトを外し、ヘッドセットを取った。

 乱れた髪を手櫛で撫で付け……

『……上手くは、いったよ。 でも疲れた……ふぅ……』

 ……溜息と共にサクラは、シートに体を預けた。




 高知空港の中にあるVIPルーム……以前からあった訳では無く、ヴェレシュ家が作らせた……の中にサクラは居た。

『……イタタタ!……イロナ、い、痛いよ……』

『少しは我慢しなさいよ、サクラ』

 一体、何をしているのか……

『……そうは言っても……イロナは力が強いんだから……』

『……ん……ここかしら?』

『い、痛ーーーーい!』

 スポブラと短パン姿のサクラが、ベッドの上で飛び跳ねた。

『……ふむ……大体分かったわ……』

 サクラの脇腹から手を離して、イロナは傍に置いたカルテを取った。

『……うぅーーー やっと終わった……』

 汗をかいた体をベッドに横たえ、サクラはイロナを横目で見た。

『……んで? こんなに痛い思いをしたんだから、ちゃんと分かったんだよね?』

『ええ、分かったわ。 何処を重点的に鍛えれば良いのか……何処が足り無いのか』

 つまり、疲れて帰ってきたサクラをマッサージしながら、何処の筋肉を使っているか……何処の筋肉を鍛えれば良いか……をイロナが確かめていたのだ。

『……右手を引きつけるのと、左右に振るのがメインね……』

 話しながら、イロナはカルテにペンで書き込んでいる。

『……だから……引きつけるために上腕筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋……握力のために前腕筋群……ん!……』

 イロナのペンが止まった。

『(……これ、腕が太くなる……)』

 ちらっ、とイロナの視線がサクラに走った。

 サクラは変わらずベッドに伏せている。

『(……こんなに綺麗なラインを崩すのは人類の損失だわ……)』

 イロナは、今書いたカルテを線を引いて消した。

『(……インナーマッスルだけにしましょ……)……ローテーターカフね……』

『……それって、筋肉の名前?』

 伏せたままで、サクラがイロナに顔を向けた。

『ええ、そうよ。 体幹の筋肉ね……ん……ねえサクラ、操縦桿って右手だけで扱うの?』

『うん、普通はそうだよ。 時々は左に持ち替えるけど』

『……思うんだけど……両手で持ったらダメ? それなら随分楽になるわよ』

『……んー 両手で握ったことはあるよ。 確かに楽だった……』

 寝返りを打って、サクラは仰向けになった。

『……そうだねー でも……左手が遊んでるわけじゃないよ。 スロットルやピッチのレバーを動かすし、胴体のフレームを握って、上体を支えることもあるんだ』

『……上体を支える、かー ……』

 イロナは目を閉じて上を向いた。

『……それ、インナーマッスル……体幹の筋肉ね。 それが使えるわよ……もうちょっと鍛えれば』

『そう? それは、腕を鍛えるのに比べて有利なの?』

 キョトンと、サクラはイロナを見た。

『もちろん。 サクラの、そのプロポーションを崩さないために、外から見える筋肉をつけたくないもの』

 怪しい微笑みを浮かべて、イロナはサクラの肩を撫ぜた。




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