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紅い桜  作者: 道豚
31/147

タキシー

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 さっきまで飲んでいた、紅茶の食器をイロナが片付けた所に、室伏は四国のチャートを広げた。

「今回のために、俺も色々調べたんだが……」

 室伏が指で高知空港を指した。

「……ここが高知だよな……」

 そしてゆっくり指を滑らせる。

「……この辺り……空域が空いてるんだ。 ここで練習しよう」

「はい。 私もそこが良いと思ってました」

 サクラが頷く。

 それも当然だろう……そこは吉秋が練習をしていた場所なのだから。

「よし。 それじゃ、飛行計画フライトプランを自分で立ててごらん」

 サクラの返事に満足そうに頷き、室伏は早速課題を出した。




「出来ました」

 30分後、サクラが室伏を呼んだ。

「どれどれ……」

 サクラの差し出すシート……PDFをプリントしたもの……を受け取りながら、室伏は椅子に座った。

「……ん。 良いだろう」

「んじゃ、これで提出しますね。 イロナ……」

 シートを室伏から返してもらい、サクラはイロナにそれを渡した。

『……これをファックスして』

『分かった。 空港事務所でいいのね』

「それじゃ、準備をしようか」

「はい」

 格納庫の隅に向かうイロナを見送って、二人は立ち上がった。




 二人は、以前から置いてある作業デスクの前に来た。

「先ずはMetarメターの確認だな」

「はい。 そうですね」

 サクラは無線機のスイッチを入れ、周波数を合わせた。

{…… RJOK 020300Z 27012KT 9999 FEW025 15/10 Q1008 ……}

 途端に暗号のような言葉が流れてくる。

「(……えっと……高知で間違いない。 2日の12時、風向270度で12ノット。 視程10キロ以上。 高度2500フィートに少し雲。 気温15度で気圧1008hPa ……)」

 それを聞きながら、サクラは置いてある紙にメモをした。

 これは何なのか……

 簡単に言うと、この高知空港の天候をエンドレスで放送しているのだ。

 飛行機は、地上を走る車などに比べて、物凄く気象に影響される。

 特に地上付近を飛ぶ事になる空港近くは、十分な情報が欲しい。

 そのため、1時間ごとに新しい情報が放送されている。

 これを確認していないと、離陸を許可されない事もあるほど重要なことである。

TAFタフは?」

「それは別にいいだろう……」

 メモし終わった所でのサクラの質問に、室伏が答えた。

「……どうせ1時間のフライトだ。 この天気が変わる訳無いさ」

「そうですね。 んじゃ、終わりました」

 その答えに納得して、サクラは無線機のスイッチを切った。

 TAFとはこの空港辺りの天気予報だ。

 予報なので、何時間か後の予想が分かるのだが、どうせ1時間のフライトプランなので、聞いたところで意味が無い。

「いいのかい? ATISエイティスは?」

 椅子からサクラが立ち上がった所で、室伏が聞いてくる。

「あ! えっとー ま、まあ……飛行機で聞けば……」

 忘れていたのだろう……サクラの声が、段々小さくなった。




 格納庫の外に置いてある「エクストラ300LX」の周りを、サクラは点検しながら回っていた。

「(……動翼におかしな所は無し……尾輪もしっかりしてるし、パンクしてない……)」

 この目視点検は、機長に義務付けられている。

 そう……練習とはいえ、サクラが機長で飛ぶ事になるのだ。

 室伏は少し離れた所で見ていた。

「(……OK、おかしな所は無い……)」

「サクラちゃん、OKかい?」

 「エクストラ300LX」を一周して、サクラが自分の方を見たので、室伏は声をかけた。

「はい。 OKです」

「それじゃ、乗ろうか……」

 室伏は歩いてくると、コックピットの縁に手を掛けて主翼に上がった。

「……よいしょ、っと」

 そして縁を跨ぎ中に納まった。

『……イロナ、これをお願い。 それと車止めもお願いね……』

 それを見届けた後、着ていた防寒ジャンバーをイロナに預け、サクラは胴体に付いている足掛けを使って後部座席に乗り込んだ。




 大きなお尻をシートに落ち着け、サクラは5点式のシートベルトの内、下半身を固定する下側3本を閉めた。

 ヘッドセットを付けると、マイクを口元に寄せる。

「前席、用意いいですか?」

「OKだ」

「キャノピーを閉めます」

 前の席に座る室伏に尋ね、サクラはキャノピーを閉じた。

「(……ブレーキOK、周囲OK……メインスイッチON、オルタネーターON、ポジション、ストロボON……)」

 さっきと違い、今回はフライトをするので、主翼端の赤と青のランプを点け、さらに衝突防止用ストロボライトも点灯した。

「エンジン、始動します」

「ウィ・ウィ・ウィ……ズドドドドドド……」

 室伏に一声掛け、サクラがスターターを回すと、簡単にエンジンは始動した。

「(……オイルプレッシャーOK……アイドル……)」

 異常の無い事を確認して、サクラはスロットルレバーをアイドリング位置にした。

「ストストストスト……」

 暖機運転のため、1000rpmで静かにエンジンは回りだした。




『……高知空港 情報Mマイク 4時 現在離着陸は滑走路32を使用中 管制周波数126.2MHz  風向270度で12ノット 視程10キロ以上 高度2500フィートに少し雲 気温15度 QNH(高度補正値)29、77インチ 離着陸する飛行機は、情報Mを受信した事を報告……』

 ヘッドセットから合成音声の英語が聞こえていた。

 これがさっき聞くのを忘れていたATISで、現在の空港の状況をエンドレスで放送している。

 最後に言っている様に最新情報を聞いてないと、離着陸させてもらえないのだ。

「理解できたかい?」

 一緒に聞いていた室伏が尋ねた。

「はい、大丈夫です。 気象状況は、Metarと一緒ですね。 滑走路は32です」

 サクラは右膝に付けたメモパッドに今の情報を書き込み、それまで外していた肩ベルトを緩く……強く締めると胸が潰されてしまう……締めた。




「(……高度計、2977……電子機器アビオニクON……無線機……)」

 サクラは情報通りに高度計を補正して、電気機器のスイッチを入れた。

 高度計は、気圧を測って高度に換算する機器なので、その場所の気圧が変わると狂ってしまう。

 だから、今の地上の気圧を入力して補正しなければならないのだ。

「室伏さん。 タキシー許可をお願いします」

 ATCが使えないサクラは、室伏に無線でタキシーの許可を貰うように頼んだ。

「OK……」

{『高知グランド JA111G エクストラ300LX リクエスト 離陸のため使用滑走路へのタキシー許可 フライトプラン提出済み 情報Mを確認済み』}

 室伏が、流暢な英語で管制に連絡した。

{『エクストラ111G 高知グランド ランウェイ32へのタキシー許可』}

 待つ事無く、返事が帰ってきた。

 サクラは、キャノピー越しにイロナに頷く。

『……車止めを外して!』

 頷き返すと、イロナは側に立っていたグランドクルーに命じた。




 「エクストラ300LX」は、両側に軽飛行機の並んでいる所を通っていた。

 サクラの格納庫から誘導路に出るには、セスナ等の軽飛行機の駐機場を通り抜けなければならないのだ。

 狭い場所だが、サクラは「エクストラ300LX」を器用に……尾輪式テールドラッカーなので前方視界が悪い……操り、危なげなく進んでいく。

{『エクストラ111G 高知グランド その場で待機』}

 駐機場を抜け、もうすぐ誘導路だという所で管制から無線が入った。

{『高知グランド エクストラ111G 了解』}

 室伏が答え、サクラはブレーキを掛けて「エクストラ300LX」を止めた。

「何だと思う?」

 室伏が尋ねてくる。

「んー たぶん、定期便を先に離陸させるんじゃないですか」

 見ると、空港ビルの前に駐機していた「ボーイング737」が、動き出していた。

「ん。 正解だな……」

 室伏は「ふっ」っと息を吐いた。

「……日本の空港は定期便優先だからな。 それ以外は後回しだな」

「こっちが先にタキシーしてたのに……」

 サクラも「ふー」と溜息を吐いた。

「……ルクシちゃんなら邪魔にならないように、さっさと離陸できるのに」

 そう……ルクシこと「エクストラ300LX」なら、僅か数百メートルで離陸できるのだ。

 許可さえ貰えれば、数分で邪魔にならない所に飛んでいけるだろう。

「ま、これが日本さ。 サクラちゃんも慣れないとね……」

 慣れるも何も、サクラの中身が日本人だと知らない室伏だった。




 待機しているサクラ達の前を「ボーイング737」が通り過ぎていく。

 ジェットの旅客機としては小型の737だが「エクストラ300LX」の約5倍の大きさがあり、サクラはコックピットの中で、それを見上げていた。

「(……えっ!……)」

 その見上げた737のコックピットで、サクラは此方を見るパイロットが手を上げるのに気が付いた。

「あの……室伏さん。 737のパイロットが、なんか挨拶していったんですけど……」

「ん……恐らく「先に行ってすまん」って事だろう。 管制官は頭の固い奴が多いが、パイロットは良い奴が居るからな。 こちらが先にタキシーしてたのを知ってたんだろう」

「ああ、そうなんですね」

「それに、女性が乗ってるのが見えたんだろう」

「……さすがに、それは無いんじゃないですか?」

「いや……その胸はどんなに離れてても見えるな」

「む、室伏さん……信じられない! 室伏さんがそんなこと言うなんて……」

「や、ゴメンゴメン。 ただ……今日の、そのフライトスーツ……」

 前に乗っている室伏が、何故後ろのサクラが見えるのか……

「……さっきからバックミラーにしっかり映ってるんだ」

 そう、教官が生徒の様子を見るための、ミラーを付けていたのだった。




{『エクストラ111G 高知グランド タキシー許可』}

 737が滑走路を走り出した頃、管制から連絡が入った。

{『高知グランド エクストラ111G タキシー許可』}

 室谷が返事をするのに合わせ、サクラはブレーキを離しスロットルを開いた。

 「エクストラ300LX」はスルスルと走り出した。




 エンジン始動手順は、省略しました。

 同じ事を何度も書くのは、不要ですよね。

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