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紅い桜  作者: 道豚
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振袖

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 元旦の早朝、まだ暗い中……

「……お母さん、くるしい……」

「なに言ってんの。 まだ襦袢を着ただけじゃない……」

 そう……サクラはピンクの襦袢姿で和室に立っていた。

 大きく膨らんだ胸の下……どう頑張っても潰せなかった……には今、伊達締めが巻かれていた。

「……まだまだ何本も巻くのよ」

「だったら、もっと緩くして! こんなのが、あと何本もあったら……」

 サクラが結び目に指を差し込んだ。

「……息が出来なくなる」

「ほんと、こらえ性がないねー」

  理英子は「やれやれ」と、息を吐いた。




「……明けましておめでとう……」

 テーブルの上に置かれた「さわち」やお雑煮の碗。

 それらを前にして孝洋と理英子、そして振袖を着たサクラが座っている。

「なかなか似合ってるじゃないか……」

 正面に座るサクラを見て、孝洋が「にんまり」した。

「……ほら、外人さんがぎこちなく着物を着てるみたいで」

「はぁ……それの何処が似合ってる、って評価になる?」

 サクラが大きく溜息を吐いた。

「……さっきから胸が苦しくて……」

「そんな事言いながら……しっかり巻き寿司を取ってるじゃない。 お父さん、お餅はいくつ?」

 理英子の横で、お雑煮の入った片手鍋が湯気を立てている。

「……あ、ああ……二つ入れてくれ。 しかし今の振袖って……胸が大きくても着れる物なんだな」

 孝洋の視線は、先ほどからサクラの胸に注がれたままだ。

「な! ど!どこ見てんだよっ!!」

 慌ててサクラは胸の前に左手を……右手には箸を持っていたので……回した。

「これは特別製なんですよ、お父さん……」

 理英子が椀を孝洋に差し出した。

「……この子って、すごくお金を持ってるの。 だからレンタルじゃなくて、体形に合わせてオーダーしちゃった」

「ほぉ……それは凄いな……因みにいくらした?」

 孝洋が椀を受け取った。

「……三百万……」

 ぽそっ、とサクラが零した。

「……だ、だって……こんなに背が高くちゃ、普通のは着れないんだから……仕方が無いじゃない……」

「綺麗な桜の柄の反物たんものがあったものねー」

 うふっ、と理英子が笑った。




 戸谷家の全員……サクラ達だが……が居間のソファで寛いでいると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「はいはい……」

 理英子が「いそいそ」と玄関に向かった。

 ガチャ、と玄関ドアの開く音がして……

「……あけましておめでとうございます!」

 元気な声が聞こえた、と思ったら「トタトタ!」と軽い足音が近づいてくる。

「……おじいちゃん、サクラおねえちゃん。 あけましておめでとうございます!」

 ドアを開けて飛び込んできたのは、志津子しずこだった。




「お義父さん、開けましておめでとう御座います……」

 30前の生真面目そうな男が、和室に座った孝洋にお辞儀をしている。

「おめでとう。 今年もよろしく……」

 それを孝洋は、軽く受けた。

「……あつし君、そんなに改まらなくても良いんだよ」

「いえ。 やはり新年の挨拶ですから……」

 背筋を伸ばした敦が、横に座っているサクラを見た。

「……で、この女性が……」

「お兄さん、明けましておめでとうございます。 先日、戸谷家の養子になったサクラです」

 すかさずサクラはお辞儀をした。

「そうそう、サクラさんだったね。 明けましておめでとう……」

 敦の視線が、上から下までサクラをサーチした。

「……ハンガリー出身だったっけ、背が高いね。 向こうでは、普通なのかな?」

「それなりに居ますけど……普通って事はないです」

 チョッと首を傾げて考え……吉秋としてブダペストをうろついた経験から……サクラは答えた。

「そうなんだ。 しかし……日本語が上手だね。 容姿を見なかったら日本人と間違えそうだ。 何処で覚えたの?」

「大学で……だと思います。 覚えてないので……何故か話せる、としか……」

 サクラが吉秋だったことは秘密なので、なんともぼかした説明しか出来ない。

「あ! ゴメン。 そうだったね……」

 敦は頭を下げた。

「い、いえいえ。 いいんです。 もう、気にしてませんから」

 サクラは胸の前で手を振った。




「さあさあ、難しい話はそれぐらいで……」

 そんな事を言いながら、理英子が「さわち」を和室の座卓に運んできた。

「そうそう。 サクラさんは、もう日本人だから」

 その後ろから由香子が「タタキ」の大皿を持ってくる。

「そうだよー サクラおねえちゃんは……えと、えと……きれいで、やさしいんだから?」

 志津子が運ぶのは、皆の箸だった。




「おねえちゃんの、ふりそで? きれいだねー さわってもいい?」

 ちゃっかり、とサクラの隣に座った志津子が手を伸ばした。

「ん? いいよ」

 巻き寿司の乗った取り皿を片手に持って、サクラが頷いた。

「ちょっと待って!」

 その志津子の腕を由香子が押さえる。

「なに? おかあさん」

 ぽかん、と志津子は由香子を見た。

「……シーちゃん。 さっき揚げ物を手づかみで食べてたわよね」

「うん。 おいしかったよ」

「手を洗ってきなさい。 そんなべとべとの手で触ったら……」

 ぶるっ、と由香子は身震いをした。

「その……何百万するか分からない振袖に、シミがついちゃうわ。 お母さん、そんなの弁償出来ないから……」

「そうなの? おねえちゃん」

 志津子がこてん、と首を傾げた。

「ん~~ その位したかなー」

「そりゃ、大変だ……」

 敦が慌てて、志津子を抱えて洗面に連れて行った。




 初詣の人波でごった返す「若宮八幡宮」。

 その中に幼児を抱いた背の高い女性が居た。

 桜の柄の振袖を着ているところを見れば、未婚である事が分かるから……

 抱いた女の子は、恐らく親戚の子供だろう……

 ……なんて事を思われながら……サクラはウンザリしながら本殿に向けて歩いていた。

「(……はぁ……歩きにくい……)」

 履きなれない草履は玉砂利の上で不安定に傾き、振袖の裾はまつわりつく。

「おねえちゃん。 おもい?」

 つい、ため息が出たのだろう。

 志津子がサクラの耳元で囁いた。

「ん? 大丈夫だよ。 ちょっと人混みが苦手なだけ……」

「志津子、お爺ちゃんの所においで……」

 そんな二人の話が聞こえた孝洋が、手を伸ばした。

「……サクラは、本当はまだ健康じゃないんだよ。 無理させちゃダメだから」

「ぇえーー ほんと? おねえちゃん」

「う、うん……」

「ほんと、ほんと。 さあ……」

 サクラの言葉を遮って、孝洋は志津子の脇の下に手を入れた。

「……うん、わかった。 はやく よくなってね、おねえちゃん……」

 志津子は、大人しく孝洋の胸に移動した。

「……わたしが かみさまに おねがいしてあげるから」

 離れ際、志津子の手はサクラの頭を撫ぜていた。




 無事本殿で初詣を済ませたサクラの前に、長さが4メートル程もある槍が台座に縛り付けられ立っていた。

「(……今年中にはライセンスを取って、アクロバットが出来ますように……これで良し……)」

 手に持った輪……竹製で直径30センチ程……にサクラは、願い事を書いた紙を巻きつけた。

「(……さあ、頼む……)」

「おねえちゃん、がんばれー!」

 竹の輪を胸の前で構えるサクラに、志津子の応援が飛んだ。

 いったい、何をやっているのか……

 ……これは「槍通やりとおす輪」と言う、運と根性を試す縁起物である。

 つまり簡単に言えば、背の高い輪投げなのだが……これがなかなかに難易度が高い。

 これまでに、一投で入れたのは一人だけと言うのだから、恐るべき難しさだ。

「えーーいっ!」

 なかなかに可愛い掛け声と共に、竹の輪が宙に舞い上がった。




 振袖を衣紋掛けに掛けて吊るし、サクラはふんわりした内起毛のパジャマ姿で、ベッドの上で壁に凭れて座っていた。

「(……う~ん……ま、こんなもんかなぁ?……)」

 手に持ったスマホには、昼間に撮った振袖姿のサクラが写っている。

「(……これをニコレットとイロナ、お父さんに送ろうかな……)」

 アドレスを呼び出し、それぞれに写真を添付していく。

「(……あ、お姉さんも……ツェツィルは? ん~~ 止めとこ……)」

 指をスクリーンの上を滑らせ、次々にメールを作成する。

「(……シャロルタとガスパルも……あ! お兄さんが居たんだった。 って、会ったことないや……)」

 サクラの指が止まった。

「(……名前も聞いてないよなぁ……何故誰も教えてくれなかったんだろ? って、可愛い妹に会いに来てもいいじゃないか……ぁ……なに自分のこと妹だっていってるんだよ……)」

 スマホをベッドに投げ出し、サクラは布団に頭を突っ込んだ。




 **********




 ブダぺストの北東にあるゲデレーという町。

 そこの宮殿と呼ばれる屋敷の一室に「ヴェレシュアルトゥール」は居た。

 海から遠い、このハンガリーの冬は寒い。

『(……わしも年だな……どうも寒さが身にしみる……)』

 いつも忙しく働いているアルトゥールだが、さすがに1月1日はゆっくりと休んでいるのだ。

 つい、とアルトゥールは横を見た。

『(……居ないか……)』

 ふっ、と息を吐き顔を上に向ける。

『(……寂しいものだな……日本は、もう夜か。 サクラはどうしてるんだろう……寝たのかな……ん?……)』

 ドアをノックする音と……

『……旦那様。 ガスパルでございます』

 家令のガスパルの声が聞こえた。

『入れ』

 さっきまでの老人は消え、威厳のある男がそこに現れた。




『サクラ様からのメールで御座います』

 部屋に入ったガスパルは、アルトゥールにタブレット端末を手渡した。

『んむ……ん?……』

 手渡された端末のスクリーンに、桜の花の模様のある、不思議な……しかし綺麗な……様式の服を着たサクラが写っていた。

『……おお! サクラ……』

 アルトゥールの顔に喜色が溢れ出す。

『……綺麗になりおって……』

『僭越ながら、この様式の装いを調べさせていただきました……』

 ガスパルが口を挟んだ。

『そうか。 それで?』

『……サクラ様の御召の装いはFURISODEと言われるもので、独身女性の最上級正装で御座います。 特にめでたい時に着るものです』

 メモなどを見ることなしに、ガスパルは説明する。

『……また、この模様は「紫流水しだれ桜」という名称で御座いました。 おそらく、お名前に合わされたものかと……』

『そうか。 これはどれ程の品だ?』

 スクリーンを見つめたままで、アルトゥールは尋ねた。

『……おそらく、日本円で数百万程度かと……』

『数百万円? そうか……意外と安いものだな。 サクラも、なかなかに金の使い方が上手い』

 ニコニコと、アルトゥールはスクリーンを眺め続けた。




 高知では、お正月にも「さわち」が出ます。

 お雑煮の餅は切り餅です。

 今でも暮れになると送ってくるので、餅の塊から短冊状に切り出すのは私の仕事です。

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