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紅い桜  作者: 道豚
21/147

八尾着陸

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 サクラの右手には、遠くに和歌山の峰々と、その手前に青々とした紀伊水道が広がっていた。

 今日は風が強く、海の上は一面に「うさぎ」が飛んでいる。

 その風は「エクストラ300LX」を不規則に揺さぶり、サクラは小刻みにスティックを動かしていた。

「……サクラちゃん、疲れてないか?」

 後席の室伏がインカムで尋ねてくる。

 それと言うのも、サクラは彼是かれこれ1時間近く操縦しているのだ。

 自動操縦の付いてない「エクストラ300LX」は……特に今日のように風の強いときは……常に操縦し続けなければならない。

 無意識にスティックを動かしているにしても、疲れは溜まってくるだろう。

「……いえ、大丈夫です……」

 当然の様にサクラは否定するが……

「いや、代わろう。 サクラちゃんは着陸操作をしたいだろ? その時になって疲れてミスをしたらいけない」

 室伏は交代を「やんわり」伝えた。

「……わ、分かりました。 ユーハブ コントロール」

「……OK。 アイハブ コントロール」

「ふぅ~」

 スティックから手を離したサクラは、大きく溜息を付きシートに体を預けた。




{『……徳島タワー エクストラ111Gは管制空域を出ました……』}

「(……っえ?……)」

 サクラは、インカムから聞こえる無線の声に「はっ!」っと目を覚ました。

{『……エクストラ111G 125.5で関西アプローチに繋いでください……』}

{『……徳島タワー 了解……』}

{『……関西アプローチ JA111G エクストラ300LX 徳島の北東4マイル 高度7500……』}

 どうやら寝ていたようで、室伏が淡々と無線交信をしている。

{『……エクストラ111G 関西アプローチ 了解 高度規正値2992……』}

「……室伏さん……」

 交信が一段落したのを見極めて、サクラがインカムで話しかけた。

「お! 目が覚めたかい?」

「……はい……すみません、どれ位寝ちゃってました? 今は何処でしょう……」

「20分程度じゃないかな? 今、徳島の上を通過した……」

{『……エクストラ111G 同空域に他機あり 8時の方角 4マイル 高度4100 エアバスA321 視認したら連絡してください……』}

 室伏を遮るように、無線の繋がっている関西アプローチから連絡が入った。

 二人は弾かれるように、首を左後ろに向けた。

 いつの間にか、一緒に飛んでいる「エクストラ300L」がそこに見える。

 しかし関西アプローチは「エアバスが近くに居る」と言っていた。

 つまり、そこに見える「エクストラ300L」の事ではない。

 今現在、サクラたちは高度7500フィートを飛んでいる。

 そしてエアバスは高度4100らしい。

 つまり、下に見えるはずだ。

「……よし、見えた……」

 室伏の独り言がインカムから聞こえる。

「……私には、見えません……」

{『……関西アプローチ エクストラ111G エアバスを視認した……』}

 サクラの言を無視するように、室伏は報告をした。

「(……はぁ……見つけられなかった……)」

「サクラちゃん、ガッカリすることはないよ……」

 見えなかった事に落ち込むサクラに、室伏が話しかけた。

「……前席からだと主翼の陰になってたんだ。 見えるわけが無いさ」

 実はそういう事だったのだ。

 エクストラの……小型の前後席式タンデムは概ね……前席は機体の重心位置にある。

 すなわち、そこは主翼の前縁から1/3の位置となって、後方下部が見えにくいのだ。

 自分で操縦していれば、主翼を振ったりして確認できるが、今サクラは操縦してない。

 よって見えなくてもしょうがない事だ。

「……そ、そうか……そうですね……」

「……と、言う訳で……どうだい? そろそろ代わろうか?」

 落ち込んだときは、好きな事をして気を紛らせれば良い……

 室伏は、サクラの好きな事が良く分かっているようだ。

「はい!」

「はは……元気が出たか? ユーハブ コントロール」

 あまりの「食いつき」に、室伏は苦笑を浮べてスティックから手を離した。

「アイハブ コントロール」

 姿勢をただし、サクラはスティックを握った。




「サクラちゃん、ウェイポイントだ。 右旋回ライトターン 機首方向ヘディング90度」

「はい。 ライトターン ヘディング90……」

 淡路島に入ったところで、二個目のウェイポイントに着いた。

 ここから淡路島の南端を飛び、紀伊水道を横断する。

「……他機あり 右下方 ……ん~ 5マイル?」

 右旋回のため右の主翼が下がり、下は海から上は空高くまで、サクラの視界が広がった。

「……機種不明。 旅客機だと思います」

 そのサクラの視界に、小さく機影が映ったのだ。

「ああ……多分、さっきのエアバスだろう。 関空に降りるんだろうな」

 そう、ここは関西国際空港に着陸する飛行機の、着陸コースの上空なのだ。

 よく見ると、さっきの機体の前や後ろに、何機もの機影が並んでいる。

 サクラ達の「エクストラ300LX」は、それらを飛び越えるように飛んでいた。




 サクラの左前には関空が海に浮かんでいる。

 田倉崎の上空で「エクストラ300LX」はゆっくりと高度を下げ始めた。

「……IWADEポイント辺りで5000になればいいから」

 関空の着陸コースを飛び越え、やっとサクラたちは高度を下げることが出来るようになったのだ。




 今、関空はサクラの左側に見えている。

 3番目のウェイポイント「IWADE」で左旋回をして、八尾空港に向かっていた。

{『……関西アプローチ JA111G エクストラ300LX 八尾空港の20マイル南西にいます 八尾への着陸を要請します……』}

 八尾空港への進入を、室伏が関西アプローチに要請した。

 この辺りは空港が多く、飛行機が込み合っているので、関空で一括して管制しているのだ。

{『……エクストラ111G 関西アプローチ 左パターンのベースレグへ進入 滑走路31に着陸してください……』}

{『……エクストラ111G 左パターンのベースレグへ進入 ランウェイ31に着陸……』}

 八尾も北西風が吹いているのだろう。

 滑走路長がやや短い1200メートルの滑走路に着陸する事になるようだ。

 もっとも「エクストラ300LX」にとっては、十分すぎる長さがある訳だが……

 ベースレグに進入するため、サクラは真っ直ぐ八尾を向いていた機首を、少し右に向けた。




「━・━ ━ ━ ━ ━ ・━  ……」

 サクラのヘッドフォンからモールス信号が聞こえてくる。

「(……ようし、八尾を捉えてるな……)」

 これはVOR/DMEといい、飛んでいる飛行機に空港からの方向と距離を教えてくれる、無線標識である。

 それ故、もし周波数を間違えてセットすると大変な事になる。

 サクラが聞いたのは、そのミスを避けるために発信されている、それぞれに「ユニーク」な信号なのだ。

 サクラは手を伸ばしてVOR指示計のOBSのつまみを回し、外周の目盛を33に合わせた。

 こうしておけば、CDI(コース偏向指示器)の針が真っ直ぐになり……その時に空港との距離が3.2マイルならば……ランウェイ31のベースレグに乗っていることになる。

 当然、今はCDIの針は大きく右にズレていた。




 冬の始まりで季節風が強く、お陰で視程は十分なのだが、それでも5マイル離れると風景はかすみ、10マイル先などは霞の中である。

「(……くっそー いつも何時も、この辺りはゴチャゴチャしてて、分かりにくいな……)」

 しかも日本の……特に都会近くの……街は特徴に乏しく、地文航法がしにくい。

 吉秋サクラのメインフィールドの高知は海岸線が見えるし、街が固まりになっていて、見ただけで「何町」かが分かる。

 ライセンスを取り、アクロバットを練習したアメリカも、そこは似たようなものだった。

「(……っと、八尾から10マイルか……)」

 DMEの受信機に10.3と表示されている。

「(……んじゃ、あそこに見えるのが天野山カントリークラブか……)」

 山の斜面にゴルフのコースが何本も刻まれていた。

「(……まあまあ、コースに乗ってるな……)」

 しかし、あり難い事に街の近くの山は開発されていて、その地形によって区別がつきやすかった。




 DMEが残り5マイルを表示した。

 左前に八尾空港が見える。

{『……八尾タワー JA111G エクストラ300LX 現在八尾の南5マイル 着陸のため接近中……』}

 タイミングを計っていた室伏が八尾タワーに呼びかけた。

{『……エクストラ111G 八尾タワー そのままベースレグに侵入 ファイナルレグで連絡してください……』}

{『……八尾タワー エクストラ111G ベースレグに侵入 ファイナルで連絡……』}

「……さあ、サクラちゃん。 行ってみよう」

 無事に着陸侵入の許可が下り、室伏がサクラに呼びかけた。




 左にランウェイ31が見える。

 高度1000フィート……サクラはスティックを左に倒し、左ラダーペダルを蹴った。

 「エクストラ300LX」は左にバンクを取り、旋回をする。

{『……八尾タワー エクストラ111G ファイナルレグ……』}

 機首がランウェイに向いた時、室伏がタワーに連絡した。

{『……エクストラ111G 八尾タワー 着陸に支障なし(クリヤード フォー ランディング)……』}

{『……エクストラ111G クリヤード フォー ランディング……』}

 室伏の無線を聞きながら、サクラは操作に集中していた。

 相変わらず風が強く「エクストラ300LX」は、上下左右に揺すぶられている。

 滑走路はもう目の前で、もし大きく姿勢を乱したら着陸は失敗だ。

 着陸復航ターンアラウンドする事になる。

 その事は、けして恥ではないのだが、やはり着陸は一発で決めたいものだ。

 サクラはエルロンの操舵力が重い事も忘れて、右手一本でスティックを握り、左手はスロットルに置いていた。




 ファイナルレグの長さは、わずか3マイルほどである。

 着陸のため速度を落としているとはいえ、ほんの数分で滑走路上に「エクストラ300LX」はメインギヤを着けた。




 VOR/DMEの使い方は、フライトシミュレーションでの自己流です。

 実際とは違っていると思います。

 ま、雰囲気だけでも……


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