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紅い桜  作者: 道豚
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眠り姫の目覚め

ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


「うわっ! チクショウーーー!」

 突然機体を襲った衝撃、そして見る見る近づく水面……尾翼を失った飛行機は吉秋の持つ操縦桿スティックになんの反応も返さない。

 戸谷吉秋とや よしあきはコックピットの中で歯を食いしばって、水面に叩きつけられる未来を待っていた。




 ここはハンガリーの首都、ブダペストを流れるドナウ川に作られたレースコースだ。

 世界を転戦するレースの第4戦、ブダペスト大会は今日が決勝日で、その前座のチャレンジカップが行われていた。

 吉秋は、第3戦の千葉大会で2位になっていて、今大会の結果次第ではマスタークラスも視野に入ってくる筈だった。




 このコースの変わったところは、川に架かる橋をくぐってスタートするところだ。

 レースに出場しているパイロットにとって、橋をくぐる事など簡単な事のはずなのに……

 朝から調子の良かったエンジンは吉秋の予想を上回って飛行機の速度を上げ、結果として思ったより高度が下がらなかったのだ。




 吉秋の乗った「エクストラ330LX」は垂直尾翼を橋桁に接触させた。

 垂直尾翼は片側の水平尾翼を巻き添えにして、ちぎれ飛んだ。




 浅い角度で水面に落ちた飛行機は「小石の水切り」の様に跳ね返された。

 すでにエンジンのスイッチは切ってあり、上手くいけば何度か水面を跳ねて止まるはずだ。昇降舵エレベーターは反応しないが、吉秋は補助翼エルロンを使って機体を水平に保つ。




「……あ!……くそー!……」

 持ち上がった機首が下がり始め、向かう先が見えた時、吉秋はエルロンを右に切っていた。

 なんと進行方向にボートが浮いていて、赤毛の女性が目を見開いている。

 吉秋の操作に「エクストラ330LX」は右に傾き、機首を水面に突っ込んでいった。

「(……綺麗な瞳だったな……)」

 水面に打ち付けられる寸前、吉秋はそんな事を考えていた。




 ************




 白い部屋の中には音が無かった。

 簡素なベッドの上には若い女性が寝ている。

 落ち着いた寝顔の女性には、多くのチューブが繋がれていた。

『……うん、安定してるわ……』

 ディスプレイに映る女性の様子とバイタルデータを確認してニコレットは独り言を零した。

 剃ってしまったため分からなくなっているが、彼女の白い……白人の中に入ってもなお際立つ……顔は赤毛である事を示していた。

『やあ、彼女の様子はどうだい?』

 ナースステーションのドアを開けて白衣の男が入ってきた。

『……随分遅くまで居たんですね、ツェツィル先生……』

 ニコレットが胡散臭い物を見たように返事をする。

 既に夜中の11時だ。

『俺の患者なんだ。 気になっても仕方がないだろう? ……っと、問題なさそうだな……』

 ツェツィルは肩をすくめると、自らバイタルデータを読み取った。

おもての患者は放っておくクセに……』

『それは仕様が無いよ。 だって彼女の家はこの病院に何十年と寄付をしてくれてる。 表の患者たちは、それの結果を利用してるだけなんだからね』

『……それで? 何故今日来たんです?』

 鼻から息を吐くと、ニコレットはバインダーをデスクの前にある棚に片付けた。

『そろそろ眠り姫のお目覚めじゃないかな、ってね。 そんな予感がして……』

『……っは!? 事実しか信じないツェツィル先生がねー なんならキスします? 王子様……』

『いいねー 彼女は美人だし……っと……おやおや、そんなに俺とキスするのが嫌だったかな?』

 ディスプレイに映る女性の目が開いているのにツェツィルは気がついた。




「(……眩しい……)」

 突然明るくなった事に吉秋は驚いていた。

「(……ここは?……眩しくて何も見えない……)」

 あまりに光に溢れた世界で、目眩がしそうだ。

「(……俺はどうなったんだ?……水面に落ちたはずだよなぁ……)」

 ゆっくりと記憶が蘇ってくる。

「(……助かったんか? ……う、動かない……って言うか、俺の体はどこだ?……)」

 横を見たいのに首は回らず、手足を動かそうにも、どこにもそれの存在が感じられない。

「(……俺は死んだのか……ここって……ラノベでよくある神様に出会う場所なんか?……)」

 気楽に読める事で、吉秋はラノベが愛読書だった。




 虹彩パターン認証装置を覗き込みロックを外すと、ツェツィルはドアを開いた。

 眩しさを軽減する間接照明に照らされたベッドが見える。

『ハイ! 目が覚めたかい? ヨシアキ』

 軽い調子で声をかけ、彼はゆっくりと部屋に入った。

『ツェツィル先生、彼はハンガリー語は分かりませんよ……』

 続いて入ってきたニコレットは

『……ミスター ヨシアキ 気がつきました?』

 英語で声をかけた。

 しかし仰向けに寝たまま、吉秋は何の反応も示さない。

『……ん? まだ神経の接続が十分でないのかな……』

 ツェツィルは首を傾げると、枕元に立った。

 吉秋は目を開いていて、綺麗なグレーの瞳が現れている。

 ツェツィルは顔を近づけて瞳を覗き込んだ。

『……んー……瞳孔が上手く調整出来てない様だ。 このままでは眩しいかな?』

 ツェツィルは手を翳して影を作った。

『照明を暗くします』

 ニコレットがドアの側にあるツマミを回した。




 まだ神様は現れないのか? と吉秋が訝しく思い出した頃、「ボワ~」とした声が聞こえてきて、あたりが暗くなった。

 眩しさが無くなり、目の前に顔があるのに吉秋は気がついた。

「(……なんだ……神様は男だったか……)」

 いったい吉秋は何を期待していたのやら……

「(……ま、そういう小説もあったけど……)」

『ヨシアキ 返事をして』

 女神様が良かったなぁ、と吉秋が考えていると、女性の声で英語が聞こえてきた。

 いつの間にか目の前の顔が女性に変わっている。

「(……お! 願うと女神様に変更できるんだ……)」

『……ヨシアキ 何か反応して』

「(……っと、いけない。 返事をしなけりゃ……) …… …… (……こ、声が出ない……)」

 焦った吉秋は声を出そうとするが、虚しく喉を息が通り抜けるだけだった。




 ニコレットの呼びかけに反応して吉秋が息を吐き出しているのを、横に立ったツェツィルは認めた。

『ニコレット、ヨシアキは意識があるようだ。 だが、どうやら声が出せない様だな』

『どうしましょう? ぁあ! まばたき……今、まばたきしましたね……』

 見つめるニコレットの目の前で、綺麗な瞳が一瞬閉じられた。

『(……これが使えるわ……) ヨシアキ 私の声が聞こえたなら二度瞬まばたきして……』

 ニコレットの言葉が終わるや否や、長い睫毛が二度風を起こした。

『意識がある! 成功……ツェツィル先生、成功しました……彼女は、ヨシアキは生きてるわ!』




「(……なんだろう? 随分喜んでいる……この女神様は感情の起伏が大きいんだろうか……)」

 目の前で喜びの声を上げる女性を、吉秋はぼんやりと見ていた。




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