表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅い桜  作者: 道豚
18/147

サクラさんは、おねえさん

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 日曜日、幼稚園が休みの志津子しずこは、母親に連れられて「おじいちゃん」に来ていた。

 いつも優しいおじいちゃんに遊んでもらえる、と喜んで付いてきたのだが……

「おかあさんー おじいちゃんは まだ帰らないのー」

 肝心のお爺ちゃんは何処かに出かけていて留守だった。

「もうすぐ帰ってくるんじゃない?」

 お母さんもお婆ちゃんも、何故か台所で忙しく用意をしている。

「もー たいくつだよー」

 読んでいた絵本……もう何度も読んだ……を放り投げて、志津子は畳みの上に寝転んだ。

 どういう訳か、珍しく着せられたワンピース……その裾が乱れて太腿が露になる。

 もっとも、まだまだ幼稚園の年中さんの志津子は、そんな事を気にはしない。

「ねー おじちゃんも たいくつだよねー」

 素肌に触れた畳の刺激で痒くなった太腿を「ぽりぽり」掻きながら、志津子は部屋の隅にある真新しい仏壇に話しかけた。

 そこには……留守がちではあったが、居るときには良く遊んでくれた……優しかった吉秋おじちゃんの微笑んだ写真が飾られていた。

「(……また飛行機に乗せて欲しいな……)」

 そう、丁度一年前「どうしても!」と強請る志津子を吉秋は「エクストラ300LX」に乗せたのだ。

「( ……あの裏返しになるのが面白かったなー……)」

 そして、あろう事かアクロバットまでしたようだ。

「(……あとでおかあさんに叱られてたけど……)」

 当然、それを知った由香子ゆかこに吉秋は怒られたのだった。




 外が賑やかになった、と思ったら

「ただいまー」

 玄関から、お爺ちゃんの声が聞こえてきた。

「(……かえってきた……)」

 志津子は飛び起きると襖を開け、玄関に向かって走り出した。

「おじいちゃん、おかえりー!」

 そんなに大きな家ではないから、幼女の脚でも10歩も行かずに玄関にたどり着く。

「どこに いってたのー たいくつだったんだよー」

 そして上がり框に座って靴を脱いでいる、孝洋の背中に体当たりをした。

「おお! 志津子、来とったか……」

 孝洋は、手を回して肩口に覗く志津子の頭を撫ぜた。

「志津子、お客さんだよ。 挨拶しなさい」

「……え?」

 言われて、志津子は顔を上げた。

 開いたままのドアの外……そこにはスレンダーで背の高い二人の綺麗な女の人が立っている。

「……こ、こんにちは……」

 とりあえず、挨拶はしたが……

「……おかあさーーーーん! ガイジンさんが来たーーーー!」

 志津子は、脱兎の如く台所に走り去った。




 リビングのソファにサクラとニコレット、反対側に孝洋と理英子が座っている。

 あいだのテーブルには、戸籍謄本が置かれていた。

「……サクラ……この通り、サクラはうちの子になった……」

 そこには「養親 孝洋」「養子 ヴェレシュ サクラ」と書かれている。

「……改めて言う。 ようこそ……おかえり、サクラ」

「……うん……ただいま、お父さん……」

 サクラは、揃えた膝の上に手を置いて、頭を下げた。

「ねえ おかあさん。 ガイジンさん ただいま って……どういうこと?」

 由香子の膝の上に座っていた志津子が、大きく上を向いて訪ねた。

「外人さんじゃ無いわよ。 サクラさんっていうのよ……」

 膝からずり落ちそうになった志津子を、由香子は抱え直した。

「……今日からシーちゃんの叔母おばさんよ」

「えー! ガイ……じゃなくて サクラさんはオバさんじゃないよー」

 由香子から飛び降りて、志津子はサクラの前に行き……

「キレイでー わかいからー おねえさん!」

 ドヤ顔で周りを見渡した。




 テーブルの真ん中に大きな……直径60センチ以上だろうか……皿に盛られたオードブルや巻き寿司が置かれていた。

 高知の郷土料理の「さわち」である。

 家庭で誰かをもてなす事を「お客をする」と高知では言うのだが、その時のメインになるのが、この「さわち」なのだ。

 昔ならば夫々の家庭で作ったのだろうが、さすがに今では仕出し料理屋に注文するのが、当たり前になっている。

「……かんぱーい……」

 孝洋の音頭で、テーブルを囲んだ皆……サクラ、ニコレット、理恵子、由香子、志津子……ものの見事に女性ばかり……がグラスを掲げた。

「さあ、遠慮せず食べてくれ」

「はーい」

 孝洋の言葉が終わるか終わらないか、というタイミングで志津子が箸を伸ばした。

『……サクラ……これ、勝手に取って良いの?』

 それを見てニコレットが尋ねた。

『……うん、いいよ。 好きな物だけ、取ったらいいからね……』

 サクラもさっそく、巻き寿司を取り皿に積み上げている。

「あら、サクラは変わらず巻き寿司が好き?」

 それを見た理恵子が「にっこり」した。

「……ん? お母さん「変わらず」って? 以前に会った事があるの?」

 由香子が、サクラと理恵子の顔を交互に見る。

「……なーに言っとる。 ハンガリーに会いに行っただろう?」

 カツオのタタキを取り皿に載せつつ、孝洋が横から口を出した。

「……そ、そうそう。 あっちにもお寿司屋さんってあるのね……」

「ああ、日本食の世界進出は凄いな」

 まったく、と孝洋が横目で理恵子を睨んだ。

『何が良いかしら? ねえ、サクラ』

 そんな日本語での会話を無視……さすがにネイティブの話すスピードには、付いていけない……して、ニコレットの箸が宙をさまよっている。

『……ニコレット、そんな風に箸を料理の上で動かすのは「嫌い箸」と言ってマナー違反だよ……』

『だって……どれも綺麗で美味しそうじゃない』

 マナー違反と聞いて引っ込めた箸を、ニコレットは咥えた。

『……それも「嫌い箸」だよ……』

『ええ~~ そんなー どうすれば良いの?』

 とうとうニコレットは箸を置いてしまい、泣きそうになってサクラを見た。

「……ん? ニコレットさんは、どうしたんだ?」

 その様子は、孝洋の目に留まったようだ。

「……えっと……食べる物が決まらないんだって」

「お、そうか……初めて見る物が多いかな?」

 サクラから訳を聞いて、孝洋はテーブルの上を眺め……

「……これなんか、どうだろう? カルパッチョみたいなもんだ」

 カツオのタタキを指差した。




「……いやー ニコレットさん 呑めるねー……」

「……いえいえ おとうさん ほどでは ないです……」

 女性陣が満腹になってテーブルから離れたにも関わらず、孝洋とニコレットは「差しつ差されつ」お酒を飲んでいた。

 さしもの「さわち」も粗方無くなり、今は冷蔵庫から引っ張り出してきた、夕べの残り物が二人の間に置かれている。

「ニコレットさん真っ赤だね、サクラおねえちゃん」

 和室のふすまを薄く開けて覗いていた志津子が、振り返った。

「……うん? そう?……(……なんか、へんな感じだな……)」

 気の無い返事のサクラは、仏壇に線香を上げていた。

「(……まさか自分自身に線香を上げるなんてな……)」

「……もう……何してるの?」

 サクラの返事に不満タラタラ、の志津子が隣に来た。

「……んー お参り?」

「あ、私知ってる。 こうするんだよ」

 横から手を伸ばしてリン棒を握った志津子が、おりんを打った。

 澄んだ音が流れ、二人は手を合わせた。




「これはねー 夏だったかなー そのころに ここにきたんだよ……」

 仏壇を指差して、志津子が言う。

「……吉秋おじちゃんが いるんだって。 あのしゃしんの ひとだよ……」

 志津子の指が、吉秋の写真を向いた。

「……おじちゃん やさしかったんだよ。 かいがいりょこうからかえったら いつも おみやげを かってきてくれたし」

「……そう……そのおじちゃんは、今はどうしてるの?」

 サクラも写真を見ている。

「しんじゃったんだって。 おかあさんが いってた」

「……そう……死んじゃったのか……」

「うん。 だから、もう会えないんだって。 私、もういちど ひこうきで うらがえしに なってみたかったなー」

「……そうなんだ……ねえ、お姉ちゃんは飛行機の免許証、持ってるんだ。 お姉ちゃんの操縦する飛行機にも、乗ってくれるかなぁ……」

「ほんと! のるのる……」

「……ん! じゃあ、お姉ちゃんの体が丈夫になったら、乗せてあげるね」

「うん! やくそくだよ」

 志津子の出した小指に、サクラは小指を絡ませた。




「……もう……お父さんったら、嬉しそうに……」

 台所で洗い物をしている由香子が、隣の理英子に言う。

「……そうね。 あの人、西洋映画が好きだから……」

 食器を布巾で拭きながら、理英子が振り返ってリビングを見た。

「……ニコレットさんて、美人でしょ。 まるで映画に出てる人みたい。 そんな人とお酒を飲めるんだもの……天にも昇る心地って言うんでしょ」

「……んで、そのニコレットさん……何者? サクラさんと、どういう関係で一緒に来たの?」

 由香子の声が、小さくなる。

「あの人は看護婦さんよ。 サクラさんって、吉秋の事故に巻き込まれて大怪我をしたの。 普通に見えるけど、まだまだ健康とは言えないのよ。 だから一緒に来たのよ」

 理英子も声を潜めた。

「そんなサクラさんを、どうして養子に?」

 全て洗い終わった由香子は、台所に置いてあるテーブルの椅子に座った。

「怪我が元で記憶が無くなったのよ。 だから大学にも行けなくなったし……」

 理英子も椅子に座った。

「……もっと問題なのは……えっとね、彼女の家って大家たいかなのよ。 宮殿に住んでるような貴族様なのね。 そんな所の御令嬢が記憶喪失なんて、スキャンダルになるらしいの。 でも、閉じ込めてなんかはしたくない。 だから、うちが責任を取る、と言う事で養子にしたの。 こんな地球の裏側、誰も追いかけて来やしないからね」

 しかも庶民だし、と理英子が微笑んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ