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紅い桜  作者: 道豚
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帰国

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 南国と言われる高知県。

 さらにその南国市と言うと、常夏の土地に思える。

 しかしまあ、そんな事はなくて冬はしっかり寒いのだが……

 そんな冬が近づく11月半ば、その南国市にある高知竜馬空港に、日本人とは思えない二人の女性が降り立った。

 文字通り双発のプロペラ機からエプロンに降りた……小さな飛行機なので、ボーディングブリッジが使えない……二人は、他の乗客とともに空港ビルに歩き出す。

「(……ああ、懐かしい……)」

 ウェーブの掛かった赤毛を背中に流した……もちろんウイッグである……サクラは、10ヶ月ぶりの高知空港をキョロキョロ見渡した。

「(……帰ってきたんだなぁ……)」

 空港の周りに広がる田圃、ビルの後ろに見える四国山脈、南には太平洋が広がっている。

「(……)」

 ぐるり見渡し、サクラはエプロンの外れに立つ小さな格納庫を見た。

「(……お前もずいぶん待たせたな……)」

 そう、その格納庫は吉秋が借りていて、中にはエアロバティック機……エクストラ300LX………が仕舞われているのだ。

「(……すぐにでもライセンスを取って、お前を飛ばしてやるからな……)」

 今のサクラは、ヨーロッパのライセンスを持っているだけなので、日本では飛行機を飛ばせない。

 日本で改めてテストを受け……ライセンス持ちなので、そこまで難しくはないだろうが……更に健康診断を受けなければならない。

『……立ち止まらないで……』

 いつの間にか歩みが止まっていたのだろう。

 横から英語で注意が飛んできた。

『……ごめんなさい……』

 グランドクルーに軽く頭を下げて、サクラは早足で前を歩く乗客を追いかけた。




『……さっきはどうしたの?』

 手荷物受取所のターンテーブルからキャリーバッグを引きずり出し、二人並んで到着ロビーに向かいながらニコレットが訪ねた。

『……ん 何だか、懐かしくて……』

『あの小さな格納庫には、何があるの? 随分と見てたけど』

『……エアロバティック用の飛行機。 レースの練習に使ってた……』

『吉秋の? 高かったでしょ……庶民が手に入れるには』

『……うん、高かった。 当時の年収の4年分だった……中古でね……』

『その飛行機だけど……吉秋の死亡により所有権が宙に浮いてたのよ』

『……っえ! 他人に渡っちゃた?』

 サクラは、ニコレットの顔を見た。

『……いいえ……』

 ニコレットが、サクラに微笑み掛ける。

『……サクラの資産で買い取っておいたわ』

『……そ、そうなんだ。 良かった……』

 ほっと、サクラは胸を撫で降ろそうとして……やめた。

『……私の資産っていくらある? ひょっとして数億円とか……』

『いいえ……とんでもない……』

 ニコレットは、ゆっくりとかぶりを振った。

『……日本円にして、ざっと百億円といった所ね。 黙ってても年に数億円増えるわ』

『……百億……年に数億……』

 想像もしなかった額に、サクラは目を泳がせた。




 到着ロビーと言えば、手荷物受取所のドアが開くのを「今か今か」と待つ、多くの人がひしめいているものだが……

 このローカルな高知空港では、そんな状態は年末年始やお盆の頃だけである。

 今も大阪からの飛行機が着いたというのに、ロビーに居るのは十人に満たないお迎えだけだった。

 その少数のお迎えの人たちが自動ドアが開いたのに気が付き……

「(……っえ?……)」

 そこから現れた人物を見て、一斉に息を呑んだ。

 一人は緩くウエーブの掛かった赤毛を背中に流し、ジーンズにデニムのジャケット……

 もう一人は肩の長さのブロンドでパンツスーツ……

 そんな日本人とは容姿の違う二人が、キャリーバッグを引いていた。




 赤毛の女性が「ふっ」と表情を和らげ、片手を胸の高さで振った。

「(……っえ! 俺?……)」

 正面に居た男性が手を振られた事と、その胸の豊かさに驚いて眼を剥いた。

「お父さん!」

 その女性は、しかし男性をかわして後ろに通り抜けた。

 そこには、それは典型的な日本人の中年の男が立っていた。

「……お帰り……サクラ……」

「ただいま、お父さん。 寒くなってきたけど、元気だった?」

「……ああ、大丈夫だ。 みんな元気だ。 ……あ、えっと……ニコレットさん? ようこそ、高知へ……」

  孝洋はちょっと見上げるようにしてサクラを迎えると、直ぐ後ろに居るニコレットに手を差し出した。

「……おせわ に なります……」

 その手を握って、ニコレットは片言の日本語で挨拶をした。




 海岸沿いの道を……残念ながら海との間に高台が続いていて海が見えず、それらしくないのだが……ニッサンのキューブが走っていた。

 孝洋が運転し、後部座席にサクラとニコレットが座っている。

『可愛い車ね……』

 周りをキョロキョロ眺めながら、ニコレットが言った。

『……せっかくだから、助手席に乗れば良いのに』

『……嫌だ。 恥ずかしい……』

 胸の下で腕を組み、サクラは外を見ていた。

『……あ、ここを上っていくと 「金比羅こんぴら」さんがあるんだよ……』

『こんぴらサン? 何?』

『……ん~~ 神様? 航海の安全を守る?』

『神道の神様ね。 日本って何処にでも神様がいるのよね?』

『……うん。 そう言うよね……』

      ・

      ・

      ・

「(……はぁ……どう見ても吉秋じゃないよなぁ……若い娘だ……)」

 バックミラーにチラチラ後部座席を映しながら、孝洋はため息を吐いた。




『……わぁ! 綺麗……』

 浦戸湾の入り口を越える「浦戸大橋」のてっぺんで、ニコレットが珍しく喜色を表した。

 ここは種崎側から桂浜側に向かうと、橋の頂点で目の前に太平洋が広がるのだ。

 内陸国のハンガリーで生まれたニコレットは……勿論これまで海を見たことが無いわけではないが……これほど突然に広がる海を、見たことが無かった。

「サクラ。 ニコレットさんは何を喜んでるんだ?」

 言葉は分からなくても十分感情は伝わったのだろう、孝洋が運転席から聞いてきた。

「ん? 海が綺麗だって。 ハンガリーには海が無いから、珍しいんじゃないかな」

 そんなニコレットに比べて、サクラは特に感動は無い……子供の頃から見飽きた風景だ。

「そうか、そうか。 ハンガリーには海は無いか……」

 ウンウン、と孝洋は頷いた。

「……今度、海まで連れて行ってあげよう」

「そんな……安請け合いして良い?……お父さん、忙しいだろ」

 それなりの役職に付いている孝洋は、日曜日も会社に出ることがあるのだ。

 その事は、サクラは吉秋だった頃からよく知っている。

「心配するな。 こんな美人さんの為だ。 休みをもぎ取ってやるさ」

「はぁ……お父さん……親父おやじー 西洋人が好きなのは変わらないなぁ」

『ねえ、サクラ。 孝洋様は、何とおっしゃてる?』

 ニコレットは脱力したサクラを見て、話の内容が気になったようだ。

『……ん……ニコレットは美人だから、海を見に連れて行ってくれるって……』

『……あら、嬉しい♪……』

 さて、ニコレットの喜んだのは「海に行く」ことなのか「美人」と言われた事なのか……




 浦戸湾の西側、瀬戸地区は比較的新しい街であり、高知市街に行くのに便利な、所謂ベッドタウンである。

 日本のどこにでもある様な町並みは、どこか退屈で、それが為安心できる。

 そんな街の一角……埋もれてしまう様に特徴の無い一軒の家の前に孝洋の車は止まった。

『……着いた。 ここだよ、ニコレット……』

『ここなの? ……うん、まあ仕方が無いわね』

 サクラに言われて車の外を見たニコレットは、一つため息を吐いた。

『……仕方が無いって?』

 自分からドアを開けて……ハンガリーでは、誰かが開けてくれるのだが……車から降りたサクラが首を傾げた。

『……だって、ここは日本だよ。 それに私はヴェレシュ家の人間じゃ無くなったんだ。 自分でドアぐらい開けるよ……』

『そう言う事じゃ無いのよ。 家がね……』

 反対側から降りたニコレットが、サクラのそばに来て声を潜めた。

『……小さいのよ。 サクラ様が住むには貧相なの』

 『……貧相? ニコレット、これでも日本では普通だよ。 ヴェレシュ家がおかしいんだ……』

 流石に実家を「貧相」と言われては、サクラの声も大きくなる。

「……ん? サクラ、どうした? 大声を出して」

 二人の荷物を降ろした孝洋が、車を回って来た。

「それがさー ニコレットったら、家が貧相なんて言うんだよ」

「はは、そんなことか……その通りだろ。 あのハンガリーのマンションを見たら、そう思うのもしょうがないさ。 それに本宅は宮殿だそうじゃないか……さあ、小さな家ですが、どうぞ……」

 サクラの言葉を笑い飛ばし、孝洋はニコレットを玄関に誘った。




 お待たせしました。

 日本編の始まりです。


 出来るだけ、週一で投稿したいと思っています。

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