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紅い桜  作者: 道豚
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奥さんも大きいんだよ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


「……それで さっきの話……どうしてHIROMIはアンノウンを 覚えないのか?」

 会話の途切れたタイミングで、吉秋サクラが尋ねた。

「あ、そうだったね。 えっとね……サクラさんも知ってると思うけど、アンノウンの演技って雛形があるんだよね」

「……う、うん。 そう だね……」

 そうなのだ。

 アンノウン(知られていない)とは言っても、全てのマニューバ(個々の演技の単位……宙返りや横転ロールなど……これらを組み合わせて一つの演技が出来上がる)は公開されている。

 要するにマニューバの組み合わせが、アンノウンなのだ。

「だから、覚えるのはマニューバの順番、って事だよね」

「……うん……(……そうは言ってもな……その組み合わせによっては難しくなるんだけど……)」

 吉秋サクラは内心を隠して頷いた。

「その順番は、助手の康煕君が教えてくれるんだ。 だから、私はそれを覚えなくても良いわけ。 あ、一応は目を通してるよ」

「……そ、そんなんで いい?」

 覚えない、という事を聞いて吉秋サクラは眼を剥いた。

「いいの、いいの。 そうやって上手くいってるから」

 博美はにこにこ、と答える。

「……そう……その康煕君をHIROMIは、信頼してるんだ……」

「もちろん。 だって婚約者だよ」

 えへへ……、と照れ笑いする博美だった。




 滑走路の方からエンジンの音が響いている。

 決勝の第1ラウンドが始まったのだ。

「……美味しい!……」

 そんな中、博美はのんびりと紅茶を飲んでいた。

「いつもの茶葉なのに……なんでイロナさんが淹れると、おいしいんだろう?」

 そう、博美の飲んでいるのは、イロナが淹れた紅茶だった。

『……イロナ お茶が美味しいって。 何が違うか 知りたいって……』

 博美の言葉を、吉秋が通訳する。

『簡単なことよ。 しっかり器具を 温めることね。 後は 茶葉の量 などは 缶に 印刷されてるから、それを守ること。 けちっちゃダメ』

 アームレスリングのチャンピオンだと言えども、イロナはヴェレシュ家のメイドである。

 紅茶を淹れる、なんて基本的なことは出来て当たり前なのだ。

「……器具を温めることと、茶葉をケチらないことだそうだ……」

「やっぱりそうなんだね。 だめだねー 貧乏性で」

 えへっ、と博美は苦笑した。

「……おい、妖精! なーにくつろいでんだ。 今日は決勝だぜ……」

 タープの外から、大きな声が聞こえてきた。

 見ると、ガタイの良い男が立っている。

「……誰?」

 吉秋サクラが、首を傾げた。

「本田さんって言うんだよ。 日本チームのキャプテンだね……本田さん、おはよう。 調子は如何?」

「如何って、おまえ……この美人の外人さんは誰だ?」

 奥にいるサクラが見えた途端、本田が目を見開いた。

「この人はサクラさん。 車椅子が壊れて困ってたから、居てもらってるの。 車椅子は、森山さんが直してる」

「……はじめまして。 サクラと言います……」

 博美に紹介されて、吉秋サクラが頭を下げた。

「(……え! 日本語?……)……あ、どうも……本田です。 一応、キャプテンを任されてます……(……ん? ここって関係者以外は入れないんじゃないか?……)」

 サクラに頭を下げた本田が、違和感を感じたようだ。

「おい、秋本。 サクラさんはどこに居たんだ? ここは関係者以外立ち入り禁止じゃないか?」

「……えっとー 滑走路の側だった……」

 博美と本田が、サクラを見た。

「……え、ええと……関係者かな?」

 二人に見つめられ、吉秋サクラは小さくなった。

「どういう関係か聞いていいか?」

 本田の目が鋭くなった。

「……あの……俺、この飛行場のオーナーの子供なんだ……」

「え? オーナー?」

「オーナーって……この飛行場を私有してるの?」

 これには博美も驚いた。

「……うん……ここはヴェレシュ家の飛行場で、普段はウチの軽飛行機が使ってる……」

「さ、サクラさんって……お金持ちなんだ!」

「……そ、そうなるかな……」

 恥ずかしくなって、吉秋サクラはますます小さくなった。




 本田が送信機を持って操縦ポイントに立っていて、そこから10メートル程離れた場所に、博美がしゃがんでいた。

 その後ろに加藤や森山、その他何人かの日本人が立っている。

 そして、それを吉秋サクラは、博美のピットに座って見ていた。

「(……HIROMIの方が、予選で上位だったんだ……)」

 そう、予選で博美は2位、本田は3位だったのだ。

 予選で下位の選手から決勝は演技をしていて、博美の次は1位のミッシェルになる。

『綺麗に 飛ぶものね』

 惚けたように空を見上げて、イロナが零した。

『……そうだね 彼のフライトは しっかりしてる。 基本に 忠実だ……』

 本田の演技は終盤に差し掛かっているが、これまで大きな減点は無いようだ。

「(……しかし……なにか どこか 物足りない……)」

 なぜか分からないが……吉秋サクラは詰まらなく感じていた。




 本田の飛行機が着陸して回収された頃、博美の手によって「ミネルバⅡ」のエンジンが始動された。

「(……可愛い顔して……自分でエンジンを掛けて調整するんだなぁ……)」

 危険なプロペラの前を避け、後ろに回った博美が機首に手を伸ばして、混合気を調整している。

 吉秋サクラの位置から見ても、だんだんと排気ガスが綺麗になっていくのが分かった。

 エンジンは、乾いて澄んだ音を立てて回っている。

「……良い音だ……」

 吉秋サクラが独り言をつぶやいた時、エンジンの回転数が下げられ、博美が加藤に頷き、立ち上がった。

 そのまま博美は審査員の前に向かって歩き出し、森山が「ミネルバⅡ」を抱えて滑走路に歩き始めた。




 操縦ポイントに博美が立った時……広い飛行場から音が消えた。

 選手、助手、観客、そして運営をしている役員……ここにいる全ての人間は、息をすることも忘れて「ミネルバⅡ」のフライトを見ていた。

 完璧な水平飛行……

 風の影響を感じさせない垂直上昇……

 滑らかなロール……

 高い位置、低い位置、どんなシチュエーションでも同じ半径のループ……

 それら全てに曖昧な部分が無い。

 そして、集大成とも言える「ローリングサークル」や「チャイニーズループ(ローリングループ)」……

 見ている者たちの夢のような10分間の演技を終え「ミネルバⅡ」が着陸した途端、飛行場全体から爆発するように拍手が沸き起こった。




 吉秋サクラも例に漏れず、力一杯拍手をしていた。

 しかも、いつの間にかタープを出て滑走路のすぐ側にいる。

「(……凄い。 こんなに綺麗に飛ぶ飛行機は、実機を含めて見たことが無い……っと、いつの間にこんな所に来てたんだ?……)」

 ふと我に帰ると、吉秋サクラは自分がタープから離れていることに気がついた。

 いつも近くにいるはずのイロナが居ない。

 急いでタープに戻ろうとして……

「……わっ!……」

 吉秋サクラは足をもつれさせ、へたり込みそうになった。

 近付く地面に向かって、吉秋サクラが両手を伸ばした時に、

「おっとー」

 すぐ側から男の声がして、腰に腕が回された。

 落下に急ブレーキが掛かり、伸ばした腕が宙を切った。

「……あ、ありがとう……」

 ホッとして、とりあえず助けてくれた誰かにお礼を言う。

 「……いえいえ、どういたしまして。 ところで日本人とは見えないけど、日本語ができるんだね……」

 振り返ってみると、30過ぎの大人しそうな日本人だ。

「……はい。 単位を取ってます。 貴方は?」

「俺は新土居って言うんだ。 チームヤスオカのメンバーさ。 そういう君はどこのチーム?」

「……あの……別に何処のチームでもなくて……」

「あれー 新土居さん。 サクラさんと何してるの?」

 さっきの本田とのやり取りを思い出して、吉秋サクラが言いよどんでいると、博美が帰ってきた。

「腰なんか抱えてー いけないんだー 奥さんに言ってやろ!」

「ば、ばか!……これは……そ、そう……人助けだ……なあ、あんたも言ってくれ」

 奥さん、と聞いて新土居が大いに慌てだした。

 そう、新土居は新婚3ヶ月なのだ。

「……うん、間違ってない。 この……新土居さん? がこけそうになった俺を支えてくれた……」

「うふ♪ 分かってるよ。 新土居さん、恐妻家だもんね……」

 慌てる新土居を見て、博美は微笑み……

「……でね、サクラさん。 俺は変だよ。 女は私って言わなきゃ」

 吉秋サクラにしっかりダメ出しをした。




 チームヤスオカのピットに置いてあるテーブルの周りに、メンバーが集まっていた。

 さっきまで予選1位だったミッシェルの演技を見ていたのだが、終盤になったころに皆が帰ってきたのだ。

「……ま、何と言うか……あれだな……」

 加藤が、戸惑うように口を開いた。

「……期待はずれ?」

 そう、予選トップだったとは、とても思えない演技だったのだ。

「そうだねー どうしたんだろうね」

「博美ちゃんの演技を見て、ショックを受けたんじゃないか?」

 新土居は……ちらちらサクラを見ながら……椅子の背もたれに体を預けた。

「……おれ、じゃない……私も そう思う。 気持ちの問題?」

 新土居に発言を促されたと思い、吉秋サクラは答えた。

「……でも、これで HIROMIの優勝が見えてきた……」

「あはは そうだと良いね。 でも、こればっかりはねー」

 決勝は4ラウンド行われ、そのうち最悪のラウンドは集計から外されるのだ。

 結果は集計が全て終わらないと分からない。

「でね、サクラさん……」

 博美がサクラの耳元に口を寄せた。

「……さっきから新土居さんが……サクラさんの胸を見てるよ。 新土居さんって、巨乳が好きなんだ。 奥さんも大きいんだよ」

 「……っんあ!……」

 吉秋サクラは、慌てて両手を胸の上で組んだ。




 前作から読まれている方へ……


 時間軸として今作は、前作の最終話(エピローグを除く)から3年後辺りです。

 博美は高専の5年生で、誕生日も過ぎているので20歳です。

 加藤は誕生日が来てないので19歳。

 よって、サクラとは同年代となります。

 ちなみに、二人とも就活は終わっています。

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