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紅い桜  作者: 道豚
146/147

東京ラウンド(8)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 先の方で旋回しているフローリアンを追って、サクラは「ミクシ」を上昇させていた。

 午後も遅くなってきて、太陽は西に移動していた。

「(……もしかして、ループの途中で太陽が目に入るかもしれないな……)」

 サクラは、右に見えているレースコースを見下ろした。

 コースを囲むように沢山のボートが係留されていて、それらが揃って船尾を海岸に向けている。

「(……海風が強くなってる?……)」

 砂浜に寄せる波も、先端が白く見えるものがあった。

「(……横風か~……流されないようにしないと……)」

 そう……波の先端が風に飛ばされるようになる……うさぎが跳ぶと表現される……のは、10ノット程度の風が吹いている事を表している。

{『フローリアン レースコントロール レースコースクリヤー』}

 レシーバーから無線が聞こえた。

{『レースコントロール フローリアン レースコースクリヤー』}

 フローリアンは返事をすると同時に、コースに向けて降下していった。

「(……さて、始まった……)」

 サクラは、小さくなっていくフローリアンの「エクストラ330LX」を見ながら「ミクシ」を旋回させた。




 サクラが旋回しながら見下ろすコースを、「エクストラ330LX」が飛んでいた。

 それは機首を上げると、大きくループを描く。

「(……エンジンパワーは出てるね。 オーバーヒートの対処は出来たんだ……)」

 高く上がるその様子を見て、サクラはスティックに付けたレバーに触った。

「(……次は、如何に小さく回るかだよね……)」

 そう……森山考案のこのレバーが無ければ、サクラも高く上がってタイムをロスすることになる。

「(……サクラマジックか……バレるまでに何回勝てるかな……っと、ゴールした……)」

 チェッカーマークのパイロンを通過した「エクストラ330LX」が急上昇してきた。

{『フローリアン レースコントロール 滑走路に戻れ』}

 同じ周波数に調整しているため、フローリアンに指示する無線が聞こえてきた。

{『レースコントロール フローリアン 了解 タイムは?』}

{『フローリアン 54、479だ』}

{『レースコントロール ありがとう』}

 フローリアンの通信を最後に無線は沈黙した。

「(……54,479かー……まだ少し勝ってた……)」

 そう……サクラの1回戦でのタイムは54,421だったのだ。

「(……よし! 気負わずに行こう……)」

{『サクラ レースコントロール レースコースクリヤー』}

 コントロールから指示が来た。

{『レースコントロール サクラ レースコースクリヤー スタートします』}

 コースを見ながら、サクラはスロットルレバーを引いた。




 ---------------




「フローリアン選手、54,479秒でゴールしました」

 観客席より更に一段高くなった放送席で、日本語のMCを任された工藤はマイクに向かって話していた。

「どうやらエンジンのオーバーヒートは、解決できたようですね……」

 横に座る解説者の伊勢が、続けて話し出す。

「……最後までパワーが出ていました」

「そうですね。 それでもサクラ選手の1回戦のタイムより0.05秒程度遅かったですね」

 工藤は、手元に用意したメモを見た。

「正確には0.058秒ですね。 視聴者の方は、僅かなタイム差に思うかもしれませんが……これを距離に直すと6メートルくらいになります」

 レース中の飛行速度は、だいたい時速360キロぐらいなので換算は容易だ。

「「エクストラ330LX」の胴体の長さが6.9メートルですから、ほとんど胴体分……競馬で言うと1馬身差と言えます」

 工藤は、競馬の中継も経験があるのだろうか?

「そうなりますね。 そういう風に見れば、かなりの差と言えると思います」

 伊勢は、うんうん頷いた。

「さて……サクラ選手の機体が低空に降りてきました」

 モニターを見ずとも、ここ放送席からは良く見えた。

「はい。 もうすぐスタートです……」

 伊勢もしっかり見ている。

「……ところで、サクラ選手は機体に愛称をつけているんですよ。 知ってます?」

「いえ、知りません。 愛称ですか?」

 工藤は、首を振った。

「ええ愛称です。 「ミクシ」って言うんですよ。 可愛いですよね」

 伊勢は、つい頬が緩んだ。

「「ミクシ」ですか? 確かに可愛い愛称ですね……」

 工藤も微笑んだ。

「……他に愛称を付けている選手は居るんでしょうか?」

「流石に他にはいませんねぇ。 同じ女性選手のナタリー選手も、付けてなかったですね」

「それは……やっぱりサクラ選手の可愛らしさの現れですかねぇ」

 何だか二人が「ほっこり」していると……

「おい! ボンヤリしてると、スタートするぞ!」

 後ろの技術スタッフから声が飛んできた。




 ---------------




「……くっ!……」

 チェッカーマークのパイロンが視界の左右に消えたと同時に、サクラはスティックを左に倒し左のペダルを蹴った。

 「ミクシ」は、弾かれた様に左に回る。

 スティックを倒していた時間は0.2秒ほど……

「……くっ!……くっ!……」

 サクラはスティックを戻すと、間髪を入れず引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 Gが、サクラをシートに押し付ける。

 カウリングの上に見えたいたパイロンが、それの下に隠れた。

「……くっ!……くっ!……」

 サクラはスティックを戻すと、すかさず右に倒した。

 「ミクシ」は右に回る。

 やはりスティックを倒していた時間は、0.2秒程度。

「……くっ!……」

 「ミクシ」は水平になった。

 さっきのパイロンは右前に見える。

「よし!……くっ!……」

 サクラはスティックを右に倒し、右のペダルを蹴った。

 「ミクシ」は右にロールする。

 そして0.2秒後……

「……くっ!……くっ!……」

 サクラは、スティックを戻して引いた。

「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 Gを耐えながら上を見ると、赤いパイロンが直上を通過した。




 ---------------




「……さあサクラ選手、縦のターン……ループに向かいます……」

 放送席では、変わらず工藤が話していた。

「……今回は、スモークが途切れませんね。 エンジンの調子が良くなったんでしょう……」

 伊勢が、隣にいる。

「……そうですね。 1回戦の時は、あそこでスモークが薄くなってましたね……」

 工藤は、頷いた。

「……サクラ選手のメカニックをしている森山氏は、エンジンメーカーに居たことがあったそうですから、調整はお手の物でしょう……」

 伊勢は、精力的に取材をしていた。

「……今! パイロンを通過して、さあ! ループ……」

 二人が見ている前で、「ミクシ」は機首を上げた。

「……低く回ります。 サクラマジック、炸裂!……」

「……ターンが早いですよ。 パイロンを通過するときは、フローリアン選手に0.1秒遅れていましたが、もう追いついてしまいました……」

 そう……伊勢の見ているモニターには、サクラの画像にフローリアンの軌跡がオーバーレイで表示されていた。

「……降下しながら、ロール。 引き起こして……今! パイロンを通過……」

「……良いですね。 フローリアン選手より0.1秒早くなりました……」

「……つまり、サクラ選手は縦のターンでフローリアン選手より、0.2秒早いということですね……」




 ---------------




 アルトゥールは、急降下から水平飛行に移行した「ミクシ」を、瞬きも忘れて見つめていた。

『(……あれにサクラが乗っているというのか?……)』

 これ程の低空を高速で飛ぶ飛行機を、アルトゥールはこれまで見たことが無かった。

『(……話には聞いていたが……実際に見ると……な、何か体から湧き上がってくる物が有る……)』

 いつの間にか、アルトゥールの拳は固く握られていた。

「おねえちゃん、がんばれ!」

 横の方から志津子の応援する声が聞こえてきた。

『(……あの幼子は、何を言っているのか分からないが……)』

 アルトゥールは、大きく口を開け……

『行けー! サクラ! トバせー!』

 湧き上がる感情を爆発させた。




 ---------------




「……」

 スラロームを飛び、離れて行く「ミクシ」を見送って理恵子は、隣にいる孝弘の腕を無言で掴んでいた。

「ん? どうした?……」

 孝弘は、妻の顔を見た。

「……顔色が悪いぞ」

「大丈夫かしら……あんなに低く飛ぶなんて……」

 理恵子は、「ミクシ」から目を離さない。

「……何かあったら……直ぐに海だわ。 サクラさんとして生き返った吉秋が、今度は本当に行っちゃうんじゃないかしら」

「ばか……そんな事を気にするんじゃない……」

 孝弘は、理恵子の肩を抱き寄せた。

「……大丈夫だ。 危険なように見えても、このレースは十分に安全に配慮している。 直ぐに駆けつけるレスキュー隊も居る。 それに……あのツェツィルさんが待機しているそうだ。 彼なら、黄泉の国からでも引き上げてくれるさ」

「そうでしょうか?」

 理恵子は、変わらず「ミクシ」を見つめていた。




 ---------------




 正面に二つ並んだパイロンを見て、サクラはスティックに付けたレバーを握った。

 プロペラピッチが増え、回転数が下がる。

 直後、パイロンは左右に消えた。

「……くっ!……」

 サクラはスティックを右に倒し、右のペダルを蹴った。

 景色が左に回る。

 それも0.2秒……

「……くっ!……くっ!……」

 サクラは、スティックを戻して引いた。

「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 Gを耐えながら、垂直になった海面とそれに浮かんだボートしか見えない上を見つめた。

「(……ぐぅぅぅ……もうちょい……もうちょい……ぐぅぅぅ……)」

 180度以上の旋回をするのだ。

 Gを耐える時間は3秒以上になる。

「(……ぐぅぅぅ……見えた……)」

 やがて頭上から対になったパイロンが、横になって降りてきた。

「(……よし! パワー……)」

 サクラは、握っていたレバーを離した。

 プロペラピッチが減り、回転数が上がった。

 「ミクシ」は加速を始めた。

 パイロンが、正面に見えた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒した。

 パイロンが、右に回り垂直に立った。

「……くっ!……」

 スティックを中立に戻す。

 直後、パイロンは視界から消えた。

「……くっ!……」

 サクラはスティックを右に倒し、右のペダルを蹴った。

 景色が左に回る。

 それも0.2秒……

「……くっ!……くっ!……」

 サクラは、スティックを戻して引いた。

 見上げる視線の先には、スラロームの3本のパイロンがあり、その後ろに観客でいっぱいの海岸が見えた。

 その一番手前のパイロンが、エンジンカウルに消えた瞬間……

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒した。

 「ミクシ」は左に回り、消えたパイロンが正面やや左に立った。

「……くっ!……」

 スティックを中立に戻す。

 「ミクシ」は、時速360キロで海岸に向かって飛んでいた。




 ---------------




 青地に紅い桜の花びらが舞っている。

 そんなラッピングをされた小型機が、上部を赤く塗られたパイロンを……主翼が垂直になるほど傾いて回っていた。

「……2回目のスラロームを通過したサクラ選手、ここで大きくパイロンを回りこみます……」

 工藤は、「ミクシ」を見つめていた。

 つい力が入ってしまうのを、なんとか宥めて普段通りの声が出た。

「……ここは……何と言うか、コースを難しくしている所ですね……」

 伊勢は、落ち着いているようだ。

「……と、言いますと?……」

 工藤は、感心して相槌を打った。

「……この後、縦のターン……宙返りが控えているんです。 縦に回りますから、誰もが速度を出しておきたいですよね。 ところが、このターンのせいで速度が落ちるんです。 如何にエンジンパワーを出すか? メカニックの腕の見せ所ですね……」

「……さあ、サクラ選手が、こちらに帰ってきました……」

 一旦沖合に向けて飛んでいった「ミクシ」が、パイロンを回って海岸に向かってきた。

「……ここで左旋回……パイロンの間を通ります……」

「……フローリアン選手と同じくらいのタイムで通過しました……」

 そう……1度目のループで0.1秒勝っていたサクラだが、少しづつ遅れていたのだ。

「……それなら大丈夫ですね。 確か縦のターンは、サクラ選手が0.2秒早かったはずです……」

 工藤の見つめる先で「ミクシ」は、宙返りをしていた。

「……そうですね。 おそらく大丈夫でしょう。 今回も「サクラマジック」ですよ……」




 ---------------




「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 裏返しになったコックピットで、サクラはシートに押し付けられながら上を見ていた。

 上に見える海面から、対になったパイロンが下がっている。

「(……パワー……)」

 サクラは、スティックに付けたレバーから手を離した。

「(……もうちょい……)」

 「ミクシ」が加速を始めたのを感じながら、それでも……10Gを超えないように加減しながら……スティックを引き続ける。

「(……よし!……)」

 パイロンが、エンジンカウルに隠れた。

 サクラは、引いていたスティックを戻し、左に押した。

「(……ふぅ……)」

 さっきまで耐えていたGから解放されて、サクラは息を吐いた。

 海面が右に回りながら近づいてくる。

 対になったパイロンがカウリングから現れた。

 それが真っすぐに立った時……

「……くっ!……」

 サクラはスティックを引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 再びGが体をシートに押し付けた。

 しかし……それもわずかな時間……

「……くっ……」

 サクラはスティックを戻した。

 次の瞬間、「ミクシ」はパイロンの間を通り抜けた。




 ---------------




『……少し右に振って。 さあ、サクラ、ゴールに向かう……』

 ゴールのパイロンは、縦のターンの終了地点から右にズレているのだ。

『……これは早い。 フローリアンより0.2秒早い……』

『(……あと少しだ。 サクラ、頑張れ……)』

 モニターから流れるMCの声を聴きながら、アルトゥールは「ミクシ」を見つめていた。

 そして……

『……ゴーーーール!……』

 MCの絶叫と同時に

『…ぅおおおおーーーー!』

 立ち上がって叫んだ。




 ---------------




「……終わったのね」

 ゴールのパイロンを通過した後、急上昇していく「ミクシ」を見ながら、理恵子はポツリと零した。

「ああ、ゴールした……」

 肩を抱いたままだった孝弘は、腕に力を込めた。

「……まだタイムは分からないが、無事だったことを喜ぼう」

「ええ、無事にゴール出来たんですもの。 嬉しいわ」

 理恵子は、緩やかに微笑んだ。




 ---------------




「……さあ、サクラ選手のタイムは?……」

「(……さっき おおごえでしゃべってたのに へんなの……)」

 モニターを見て、志津子は感心していた。

 そう……さっきサクラがゴールするときは興奮した様子で叫んでいたのに、いきなり落ち着いた声になったのだ。

「……どうでしょうか? 54.2秒台が出ているんではないでしょうか……」

「……期待できます。 出ました! 54.287! 54.287秒です……」

「……やりました! サクラ選手、フローリアン選手に勝ちました……」

 モニターの中では、工藤と伊勢が嬉しそうに話し始めた。

 それを聞いて……

「やったーーー! おねえちゃんがかったーーー!」

 志津子は、椅子の上で飛び上がった。




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