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紅い桜  作者: 道豚
144/147

東京ラウンド(6)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 キャノピー越しに見えるエンジンカウル。

 その向こう、やや右側に見える高層ビル群が、少し右に傾いて右に動いていく。

 今、「ミクシ」はスタートパイロンに向けて、緩やかに左旋回をしていた。

{『スモークオン』}

 ヘルメットのレシーバーから無線が聞こえた。

「(……スモークオン……)」

 サクラは、心の中で復唱するとスロットルレバーの近くにあるスイッチを入れた。




 ---------------




『……スモークを出して……サクラ、スタートに向かいます……』

 青地にサクラの舞う、そんな格納庫の中でメイたちはモニターを見つめていた。

『……いつもより、スモークが濃い……』

『……そうですね、今日はサクラのスモークが、一番濃いように思えます……』

『……これは、迫力があって良いね。 見栄えがする……』

「(……そりゃ、しっかりオイルを出してるんだよ。 そうすると排気管の温度が下げられるんだ……)」

 森山は、聞きながら「ニンマリ」した。

『森山さん、あれの本当の意味を理解してないようですね』

 メイは、森山を見た。

『そうだなぁ……本当に分からないのか? あるいはとぼけてるのか? それは分からないが……ま、さらにその中の秘密は分からないだろうな』

 森山は、頷いた。

『しかし……森山さんは、すごいね。 スモークの出し方で排気効率を上げるなんて』

『ま、使えるものは使おう、って事さ……』

 そう……どうせ出さなければならないなら、スモークオイルを勢いよく出して、それに排気ガスを引っ張らせることにしたのだった。

『……ノズルとポンプの開発は大変だったけどな。 だから、やっと今日付けられた』

『これも秘密の一つですね。 サクラにも言ってない』

 メイは、ウインクをした。

『ああ、知ってる者は少ないほど漏れないからな。 サクラちゃんには、東京ラウンドが終わってから教えよう』

 森山は、再び頷いた。




 ---------------




 少し上に見えるチェックマークに向けて、サクラはスティックを少しだけ引いた。

 「ミクシ」は、機首を上げて上昇する。

「(……200、よし!……)」

 運動エネルギーが位置エネルギーに変換されたことにより、それまでの速度が下がった。

「(……バンク、OK……高度、OK……方向、OK……)」

 スタート時は、速度200ノット以下で完全な水平飛行でなければならない。

 サクラは、素早く周囲を見て水平を確認した。

 左手で持つスロットルレバーを一番前まで進め、そのままスティックを持つ右手の下を握る。

 次の瞬間、チェックマークのパイロンが視界の左右に消えた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し左のペダルを蹴った。

 前方に見えるビル群が、弾かれた様に右に回った。

「……くっ……」

 時間にして僅か0.2秒少々、サクラはスティックを戻すと……

「……くっ!……」

 引いた。

「(……ぐぅぅぅ……)」

 途端にGがサクラを襲う。

 一瞬のち……横になって見えるパイロンがエンジンカウルに隠れた。

「……くっ……」

 スティックを戻し、すぐに右に倒す。

 「ミクシ」が水平飛行に入った時、さっきのパイロンは機首のやや右側に立っていた。

 それを確かめた直後……

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒し右のペダルを蹴った。

 さっきのビル群は消えていて、遠景の山が左に回った。

「……くっ……」

 スティックを倒していた時間は、さっきと同じで0.2秒少々。

 サクラはスティックを戻し……

「……くっ!……」

 引いた。

「(……ぐぅぅぅ……)」

 たちまち立ち上がるGによりシートに押し付けられながら、サクラは首を上げて上を見た。

 そこには、すぐ傍にパイロンがあった。

「(……よし……)」

 それを確かめると、サクラは前を見た。

 縦になった海岸が、上から下へと流れている。

 スティックを引いて1.5秒少々……

「……くっ!……」

 サクラはスティックを戻し、左に倒した。

 縦だった海岸が水平になり、再びビル群が見えた。

 そして、やや左に並んだパイロンが見えた。

「(……よし……ここだ……)」

 サクラは、左手でスティックに付けたレバーを握った。




 ---------------




「……第1パイロンを回って……サクラ選手、縦のターンに向かいます……」

 スタンドで見ている志津子の前にあるモニターから、日本語の放送が聞こえていた。

「……まだ始まったばかりですが、いい調子で飛んでますよ……」

「……縦のターン、サクラマジックが見られるでしょうか?……」

「……もちろん、見られるでしょうね。 っと? 今スモークが一瞬だけ薄くなりました……」

 そう……真っ白に残っているスモークが、一部薄くなっていた。

「……エンジンが、息を吐いたのでしょうか? 不調でなければいいのですが……」

「……さあ、どうでしょう?……少し心配ですが……」

「……左旋回をして……パイロンを通過……さあ、ループ!……」

「……良いですね。 いつものように低くターンしています……これがサクラマジックです……」

「……10Gを保ってます……」




 ---------------




 Gによりシートに押し付けられながら、サクラは限界まで上を見ていた。

 上にある海から、対になったパイロンが下がっているのが見え、それが降りてくるとカウリングの向こうに消えていく。

「(……よし……)」

 サクラは、引いていたスティックを戻した。

 Gが抜けて、肩バンドに体重が掛かる。

「……くっ……」

 サクラは、スティックを左に倒した。

 正面に見える海面が右に回り、さっき消えたパイロンが横になってカウルの上に見えてきた。

 そのパイロンが垂直になったとき、スティックを中立位置に戻す。

 「ミクシ」はロールを止めた。

 さっきから降下姿勢になっているため、海面が見る見るうちに近づいてくる。

「……くっ……」

 サクラは、スティックを引いた。

 「ミクシ」は機首を上げ、水平飛行に移った。

 直後、対になったパイロンが左右に飛び去った。




 ---------------




「すごい! おねえちゃん、はやい! カッコイイ!」

 志津子の目の前にある……スタンドからの距離が一番近くなる……3本のパイロン。

 それの間を「右」「左」「右」と素早く機体を傾け、「ミクシ」がすり抜けて行った。




 ---------------




 スラロームを抜けた「ミクシ」の前方には、海原の遠くに低い山が見えていた。

 しかしサクラは、そんなものに目もくれず……

「(……もう少し……もう少し……)」

 左前に見える、次に通過するパイロンを見ながら、ターンするタイミングを計っていた。

 スラロームと違って、パイロンを通過するときは機体を水平にしなければならない。

 そのため、わりと離れた場所でターンする必要があった。

「(……よし!……)……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し左のペダルを蹴った。

 景色が右に回り、左前にあったパイロンが上に移動する。

「……くっ!……くっ!……」

 サクラはスティックを中立に戻し、すかさず引いた。

「(……ぐぅぅぅ……)」

 Gに耐えるサクラの前に、横倒しになったパイロンが降りてくる。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒した。

 倒れたパイロンが起き上がる。

「……くっ……」

 サクラはスティックを中立に戻した。

 直後、パイロンが視界の左右に消えた。

「……くっ!……」

 すぐにサクラは、スティックを左に倒し左のペダルを蹴った。

 再び景色が右に回り、次に通過するパイロンが上に見えた。

「……くっ!……くっ!……」

 スティックを中立に戻し、すかさず引く。

「(……ぐぅぅぅ……)」

 横になったパイロンが降りて来た。

「(……もう少し……)」

 体幹に力を込めてGに耐えながら、サクラは「ミクシ」を水平にするタイミングを待った。

「(……よし……ここだ……)」

 パイロンがカウルに隠れた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒した。

 「ミクシ」は右に回り、さっき隠れたパイロンがカウルから出てきた。

「(……よし……パワーダウン……)」

 サクラは、左手でスティックに付けたレバーを握った。




 ---------------




『……サクラ、横のターンに入ります……』

 変わらずに、メイと森山はモニターを見ていた。

『……ここまで、サクラはミカエルより0.6秒早い……」

『……何もなければ、サクラの勝利は揺るがないでしょう……おや?……今、スモークが途切れたようですか?……』

『……ええ、一瞬ですが途切れましたね。 証拠に少しだけスモークが薄くなってます……』

『……さっきのループ前も途切れましたね。 エンジンの不調か?……』

「(……しまったな。 スモークを濃くした所為で、パワーダウンのタイミングが見えてしまってる……)」

 森山は、顔を顰めた。

『森山さん。 これって大丈夫かな?……』

 メイは、森山を見た。

『……何度も繰り返していたら、サクラマジックの種がバレるんじゃないかな?』

『いや……別にバレたって問題は無いんだが……』

 森山は、腕を組んだ。

『……真似しようとしても、すぐに出来る事じゃない。 それでも……バレるのは、遅い方が良い。 ちょっと細工しよう』

『何か思いついた?』

『ああ。 タイミングを合わせてスモークオイルの吐出量を増やそう……』

 森山は、腕を解いて「くるり」と回り後ろを向いた。

『……帰ってきたら、直ぐに取り掛かる』

『森山さんは、サクラが勝てると?』

 メイは、森山を目で追った。

『当然だろ?』

 森山は、親指を立てた。




 ---------------




 右に海面、左に空を見ながら……左の人差し指は、スティックに付けたレバーを引いたまま……サクラはスティックを引いていた。

「(……ぐぅぅぅ……見えた……)」

 Gに耐えながら上を向いたサクラの視界に、海から突き出したパイロンが降りてきた。

「(……もうちょっと……もうちょっと……よし!……)」

 パイロンが正面に来た時……

「……くっ!……」

 サクラはスティックを左に倒し、海と空が右に回った。

 スティックを倒していた時間は、僅か0.2秒少々……

 対になったパイロンは、目の前で垂直に立っていた。

「(……よし!……)」

 サクラは、スティックに付けたレバーを離した。

 プロペラピッチが減り、ライカミングAEIO-580が本来の……森山のチューンした……パワーを発揮した。

 加速した「ミクシ」は、パイロンの間を通り抜けた。




 ---------------




「かえってきた……」

 志津子の正面にある3本のパイロンに、サクラの「ミクシ」が左側からやって来た。

「……すごい! はやい!……」

 志津子の見ている前で、「ミクシ」は真横に傾きパイロンを躱すと、次の瞬間反対側に横転する。

「……はやすぎて、おねえちゃんみえない!……」

 「ミクシ」の上側、キャノピーは見えたが……さすがにその中までは見えなかった。

 2本目のパイロンの向こう側を通り、「ミクシ」は再び180度ロールする。

「……いっちゃった」

 3本目のパイロンを回り、「ミクシ」は離れて行った。




 ---------------




『……さあサクラ、縦のターン……ループを終わって、ロール……』

 モニターの中で、MCが話している。

『……早いですよ。 ミカエルより0.7秒速く飛んでます……』

『……先ほど、ループ前にもエンジンが息を吐いたようですが、どうやら最後まで飛べそうです……』

『……それですが……ひょっとして、あれは故意じゃないでしょうか?……』

『……故意?……それはどういう事でしょう?……』

『……不調ならば、どこで息を吐いてもいい訳ですが……見ている限り、ターンの前でのみ息を吐いています……』

『……規則性があると?……』

『……そうです。 その意味までは分かりませんが……』

『……っと、話している間に、サクラゴーーーール!……』

 モニターに写っている「ミクシ」は、急上昇していった。

『……タイムは54.421ですね。 ミカエルより0.8秒早い……』

『……公式練習からサクラは絶好調ですね。 それに対して、ミカエルはエンジンの調子が出ませんでした……』

『……やはり、この湿度と温度ですね。 ここ日本はヨーロッパとは違って、どちらも高いですから……』

『(……どうやら、うやむやになったけど……次はバレそうだ。 森山さん、上手くやってくれよ……)』

 メイは、工作台で作業する森山を見た。





 成田空港……

『ええい! 入国審査に、何故これ程行列が出来ておるのか?』

 赤毛の初老の紳士……アルトゥールは、並んだ行列を見た。

『日本は観光客に人気で御座いますれば、仕方がないことかと。 今、ここの担当の者に連絡をしましたので、もう少しお待ちを』

『速く出来んか? サクラの飛ぶ姿が見れないではないか』

『これ程の混雑を予測できなかったこと、私の失態で御座います。 何卒現場の者に処罰を与えませんように、お願いいたします』

『分かっておる。 わしも昔のように癇癪など起こさんわ……』

 アルトゥールは、ガスパルを見た。

『……ん? 何を話しておる?』

『失礼いたしました。 サクラ様、1回戦を勝ち上がられました。 2回戦は、3時間後で御座います』

『おお! そうか……』

 アルトゥールの顔に喜色が現れた。

『……い、いや……分かっておったぞ。 サクラが、あんなフランス人などに負けるはずがない』

『さようでございます』

『アルトゥール様。 準備が出来ました……』

 空港の制服を着た男が現れた。

『……此方を通って頂けますでしょうか』

『うむ、ご苦労』

 一瞬で顔を引き締めたアルトゥールは、重々しく頷いた。


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 サクラさん、無事に勝利、秘密はバレかける。  お父さん、来日、次の飛行時間に間に合うのですかね。
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