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紅い桜  作者: 道豚
141/147

東京ラウンド(3)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 青地にサクラの花吹雪が舞う、そんなカラーリングの格納庫に仕舞われた「ミクシ」はカウリングが外され、森山のチェックを受けていた。

 その格納庫の一角、パーティションで囲まれた中でサクラは、コース通りに並べられたミニパイロンの周りを……スティックを持つように手を前に出して……歩いていた。

「……ふぅ……」

 チェック模様のパウロンの間を通り抜け、サクラは息を吐いた。

『55秒だね』

 その様子を見ていたメイは、ストップウォッチを止めた。

『55秒かぁ……』

 サクラは、メイを見た。

『……大体良いところに来たかな?』

『そうだね。 始めたころに比べて、安定してきたよ』

 メイは、頷いた。

 二人は何をしているのか?

 つまり……昨日のフリー飛行で取ったデータを基に、飛ぶときの操作のシミュレーションをしているのだ。

 極限状態になると、一々パイロンや景色を見て判断をする暇はなくなる。

 そうなったときのため、スティックを動かすタイミングを体に覚えこませていたのだった。

『しかし……55秒かぁ……』

 サクラは、何だか凝ったような気がする肩に手を当てて揉んだ。

『……もう少し早く飛べないかな? エキスパートクラスの52秒なんてのは無理でも、もう1秒くらいは縮めないと勝てないよね』

 そう……フリー飛行での最速は、ナタリーの54秒台だったのだ。

 ちなみにサクラは、55秒台後半が最速だった。

『一つ思いついたことが有るよ』

『え!……』

 サクラは、メイを見つめた。

『……何か考え付いた?』

『うん。 効果は少しかもしれないけど……』

 メイは、並んだミニパイロンに近づいた。

『……このスタート直後の左、右と切り返すところ……』

 メイは、右手を飛行機に見立てて動かした。

『……サクラは、左旋回から右旋回に直接変えてるよね?』

『そうだけど? それが普通じゃない?』

 何を言い出したのか?

 サクラは、首を傾げた。

『でもさ……このパイロン同士の距離は、スラロームよりも離れてるんだよ……』

 メイは、腕を広げてスラロームの場所と問題にしている場所のパイロン間を比較して見せた。

『……ほらね』

『そうね。 それで?』

 サクラは、頷いた。

『つまり……この距離だと円弧を二つ繋げるより、間に直線飛行を挟む方が飛行距離が短くなるんだ……』

 メイは、再び右手で飛び方を示した。

『……しかもGが掛からないから速度が上がる』

『そうか! つい切り返しだからと、直接旋回方向を変えてたけど……どいて……』

 サクラは、メイを押し出してミニパイロンの間に立った。

『……こうだね。 うん! 行けそうだ』

『ちょ、ちょっとぉ……乱暴だなぁ……』

 メイは、パーティションの前でたたらを踏んだ。

『……で? どう?』

『もぉ最高!……』

 サクラは、メイに飛びついた。

『……やっぱりメイは頭が良いわねぇ』

『おあっ!……』

 メイは、ぶつかってきたサクラを抱きとめた。 が……

『……痛ててて……』

 何故かメイは、胸を押さえた。

『あ、ゴメン。 胸を固めてたんだった』

 そう……これから飛ぶ予定のサクラは、いつものようにケブラーのブラで胸を固めていたのだ。  

 それがぶつかってきたものだから、メイとしては二つの砲弾が胸に突き刺さったようなものだった。




 チェック模様のパイロンが、視界の左右に消えた。

「……くっ!……」

 サクラはスティックを左に倒し、同時に左のペダルを踏んだ。

 景色が右に回る。

 それが垂直なる寸前……

「……くっ!……」

 サクラはスティックを中立に戻した。

 直後、それをお腹に付くぐらい引く……

「(……ぐぅぅぅぅぅ……)」

 体に力を入れてGに耐えながら、上に見える……横に倒れた次のパイロンが降りてくるのを待った。

 1秒にも満たない時間後……

「……くっ!……」

 パイロンがカウルに隠れると同時に、サクラはスティックを戻すとそのまま右に倒した。

 景色が左に回る。

「……くっ!……」

 機体が水平になったとき、サクラはスティックを中立に戻した。

 次のパイロンは、右前に見えていた。




 ---------------




「……おや? サクラ選手、今日は切り返しに水平飛行を挟んできましたね……」

 フリー飛行二日目の今日も、サクラの会社はインターネット放送をしていた。

「……そうですね。 今日は飛び方を変えてきたようです。 確かに昨日はタイミングを取るのに苦労していたようですから。 これはいい方法だと思います……」

「……これは、ナタリー選手と同じ飛び方ですよね……」

「……そうなりますね。 これは、ますます二人の争いから目が離せなくなりました……」

「……もしかして、サクラ選手がコピーしたのでしょうか?……」

「……そこは分かりませんね。 しかし、コピーするにも同等の技術がないと出来ない訳ですから……けして非難されるものではないですね……」




 ---------------




『気が付いたみたいね……』

 黒地にイエローのラインが入った「エクストラ330LX]のコックピットで、ナタリーはスマホで実況放送を見ていた。

『……ま、秘密でも何でもないんだけどね』

『ん? サクラが飛んでるんだろ? 何に気が付いたって?』

 独り言を、ナタリーのクルーの一人が聞いていたようだ。

『スタート直後の切り替えしよ……』

 ナタリーは、スマホに視線を落としたまま答えた。

 サクラの「ミクシ」は、ループに入るための左旋回に入っていた。

『……昨日は直接切り返してたけど、水平飛行を入れた方が楽だって……今日はそう飛んでるわ。 ほんと……このループを低く飛ぶ方法が知りたいわね』

 画面の中には、他の機体より随分と低い高度でループする「ミクシ」が映っていた。




 ---------------




「(……ふぅ……)」

 「ミクシ」は、スラロームを抜けて一旦水平飛行をしていた。

 しかし、それも一瞬……

「……くっ!……」

 サクラは、「ミクシ」を左旋回させ……

「……くっ!……」

 直ぐに水平に戻した。

 直後、対になったパイロンが左右に分かれて通り過ぎる。

「……くっ!……」

 サクラは、再び「ミクシ」を左旋回に入れた。




 ---------------




「……サクラ選手、横のターンに入ります……」

「……上手いこと飛んでますね。 この……短い間に旋回と水平飛行を繰り返すコースを上手く読んでいると思います……」

「……そうですねぇ。 これほど狭い間隔でパイロンが並んでいると、傍から見ていても大変さが分かります……」




 ---------------




「(……ぐぅぅぅぅぅ……)」

 コックピットから見える景色は、右半分は水面で左半分は空。

 そんな中、サクラはスティックを引いていた。

 Gメーターは、さっきから10を表示している。

「(……ぐぅぅぅ……もうすぐ……)」

 限界まで上を向いた視界の中で、対になったパイロンが降りてきていた。

「……よし!……くっ!……」

 パイロンが正面に来たところで、サクラはスティックを左に倒した。

 パイロンと水面が右に回る。

「……くっ!……」

 空かさずサクラはスティックを中立に戻した。

 パイロンが視界の左右の飛び去った。

「……くっ!……」

 それを気にすることもなく、再び右旋回をする。

 その先には、スラロームをする3本のパイロンが立っていた。




 ---------------




 スラロームをするパイロン近くの海岸には、バズーカのような望遠レンズが並んでいた。

「……来たぞ、来たぞ……」

 誰かの声がした。

 真正面から、機銃掃射でもするように低空を飛行機が飛んで来る。

 途端にシャッター音が響き始めた。

 それらの音が重なって、まるで反撃の対空砲火の様だ。

「(……まだだ……まだ早い……)」

 そんな中に居て、その男はじっとシャッターチャンスを待っていた。

 覗いたファインダーの中で、コックピットの中に居るパイロットが段々と大きく見えてくる。

 ヘルメットに付いたバイザーの所為で、顔は見えないけれど零れた髪の色は紅だ。

「(……今だ!……)」

 被写体の僅かな動きを察知して、男はシャッターボタンを押した。

 2000ミリのレンズを付けたニコンが、軽快な音を立てて秒12コマの連写を始めた。

 直後、その飛行機のエルロンが動き左にバンクをした。

「(……よし! 良いタイミングだった……)」

 機体を追ってカメラを振りながら、男は「ニンマリ」していた。




 ---------------




 ナタリーの見ているスマホの中では、「ミクシ」がチェックのパイロンに向かって最後の直線を飛んでいた。

『(……ほんと、あのループは反則よ……)』

 そう……2回目のループも、サクラは他のパイロットより低く飛んだのだ。

『(……あの武器があるから、サクラは有利だわ。 これは……私もしっかり飛んでおかなくちゃね……)』

『……54.882秒! サクラ、今日最速のタイムだ!……』

 スマホからMCの男の声が響いた。

『(……追いついてきたわね。 さて……気合を入れましょ……)』

 ナタリーは、スマホを閉じ……

『行ってくるわ。 これ持ってて』

 すぐ傍に立っていたクルーに渡した。

『了解……』

 クルーは、スマホを受け取った。

『……サクラは、良いタイムだったみたいだな』

『そうね。 負けられない……燃えるわ』

 ナタリーは、ヘルメットを持ち上げた。




 ---------------




「……さてサクラ選手、残りの時間はどうするのでしょうか?……」

 ゴールのパイロンを通過して上昇している「ミクシ」を見て、MCのアナウンサーが言った。

「……そうですね。 持ち時間はタップリありますから……多くの選手は何度かコースを飛ぶんですが……」

「……おや? サクラ選手、スタート位置には行きませんね……」

 そう……「ミクシ」は、スタート位置とは逆になるループの方に行っている。

「……これは……どうやらスラロームに直接入るようですね……」

「……そのようですね。 高度を下げて……ループ後に通過するパイロンに向かっています……」

「……間違いないですね。 十分上手く飛んでいたと思うんですけど……横のターンを練習するんじゃないでしょうか……」

「……横のターンですか? あの……短い間に旋回と水平飛行を繰り返す部分ですよね……」

「……そうです。 私には十分だと思えましたが……サクラ選手は、満足できなかったんでしょう……」

「……さ、どういう風に飛びを変えてくるのか? 今、スラロームに入りました……」




 ---------------




「(……ぐぅぅ……)」

 頭上にスラローム最後のパイロンを見ながら、サクラはスティックを引いていた。

 先に見える対になったパイロンが降りてくる。

「……くっ!……」

 それがエンジンカウルに隠れたと同時にスティックを戻し、直後左に倒す。

 空と海が回り、水平になった。

 パイロンは、左前に見える。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し同時に左のペダルを蹴った。

 再び空と海が右に回る。

 それが垂直になる寸前……

「……くっ!……」

 スティックを戻し、引く。

「(……ぐぅぅ……)」

 10Gに耐えるのも一瞬。

「……くっ!……」

 スティックを戻し、右に倒す。

 景色が左に回り、対になったパイロンが左右に見え……直後、視界から消えた。

「……くっ!……」

 すかさずサクラは、スティックを左に倒し同時に左のペダルを蹴った。

 「ミクシ」は、1秒に400度というとんでもない回転速度で左に回る。

 10Gの旋回で釣り合うバンク角までは、ほんの0.2秒ほどしかない。

「……くっ!……」

 姿勢を確かめる暇もなく、サクラはスティックを戻し、引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 体をシートに押し付ける10Gに耐えるのも一瞬。

「……くっ!……」

 サクラはスティックを戻し、右に倒した。

「(……よし! ぴったり……)」

 正面に、横のターンを始めるパイロンが見えた。

「(……さあ、やってみよう……)」

 サクラは、スティックに付けたレバーを握った。

 プロペラピッチが増え、抵抗の増えた「ライカミングAEIO-580」が唸りを上げた。




 ---------------




「……軽快にパイロンを通過したサクラ選手、横のターンに入りました……」

「……そうですね。 上手くパイロンを通過しています……」

「……おや? 随分と旋回半径が小さくないですか?……」

「……ええ、小さく回ってますね。 えと……Gは? 10Gを超えてないですね……」

 そう……小さく旋回するためには、大きなGを掛けなければならないはずだ。

「……これは……縦のターンと同じでしょうか?……」

「……あ、そうですね。 よく似ていますが……これ、私には理解できないんですよね。 いったいどうやってGを掛けずに小さく回れるのか?……」

「……不思議ですよね。 さしずめ「サクラマジック」とでも言いましょうか?……」

「……「サクラマジック」……それ良いですね。 何時か種明かしがされるまでは、そう呼びましょう……」




 ---------------




「(……メアリのアイデア、上手くいった……)」

 スティックを引きながら、サクラは「ニンマリ」していた。




 フリー飛行を終え、ナタリーは格納庫に戻ってきた。

『やあ、お疲れ……』

 クルーが声をかけてきた。

『……気合が入ってたね。 最速は54.655秒だったよ』

『そう……』

 メアリは、ミネラルウォーターを受け取って椅子に座った。

『……サクラは54.8だったっけ?』

『54.882秒だ。 これなら勝てるな』

『それって、最初に回ったタイムよね。 その後はどうだったのかしら?』

『ナタリーが見た後は、サクラはコースを回ってない。 横のターンを練習しているだけだった』

『あらそうなの? 上手く飛んでいる様に見えたけど』

『俺たちにもそう見えたな。 何が気になるんだろうな?』

『そのフライトの録画は無いの?』

『いや、すまん。 そんな所を練習するなんて思ってもみなかったから、録画してないんだ』

『気になるわね。 よそのチームが持ってないかな?』

『分かった。 知り合いに聞いてみるよ』

『おねがい。 私も尋ねてみるわ』

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― 新着の感想 ―
 サクラさんの飛び方に愛称が付けられましたね。  熱心なカメラマンさん、ナタリーさん側の人間でしたか。
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