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紅い桜  作者: 道豚
139/147

東京ラウンド(1)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 東京湾に面した国際展示場の巨大な駐車場。

 普段、催し物が行われているなら沢山の車で埋まっているであろう、その場所に今はカラフルな簡易格納庫が並んでいた。

 そこに次々と大型トレーラーがコンテナを運んでくる。

「(……やっと始められたなぁ……)」

 サクラの花びらの舞う模様の格納庫の前で、サクラはそれらを眺めていた。

「(……中々許可が降りなくて、ヤキモキしたけど……)」

 そう……航空局の役人の前でデモ飛行をした後も、あれこれと理由を付けて許可を引き延ばされたのだ。

「(……結構、サービスしたつもりだったのになぁ……)」

 あの日……請われるままにサインをしたり、「ルクシ」の前席に乗せて飛んだりしたのだった。

「(……ディナーを断ったのが悪かったのかな……)」

 流石に、そこまで付き合う訳にはいかなかった。

「(……ま、一週間遅れたけど……局長が代わってゴタゴタしてたみたいだし、しかたがなかったのかもしれないけど……いい場所を教えてくれたし、結果OKだね……)」

 当初予定していた5月末開催から遅れ、決勝が6月の第1日曜日となるスケジュールになっていた。

『ハイ、サクラ。 貴女、また黄昏てるの?』

 突然後ろから声が掛かった。

『ナタリー……』

 サクラは、声の方に振り返った。

『……何? その挨拶は』

『アハハ……ごめんゴメン。 久しぶりね。 調子はどう? ずっと日本でトレーニングしてたんでしょ? 良いわねぇ、日本に住んでると』

 ナタリーは、ニコニコとサクラに並んだ。

『ほんと久しぶり。 ナタリーは、何処でトレーニング? フランスかな?』

 サクラは、右手を出した。

『マレーシアでしてたわ。 なるだけ日本と同じような空気の所が良いものね』

 ナタリーは、サクラの手を握った。

『そうなんだ。 一人で? 危なくない?』

 サクラは、首を傾げた。

『いえ、ハリムと一緒よ。 彼のホームグラウンドでね。 良い飛行場だったわ』

『あ、そうか。 ハリムはマレーシア人だったね』

『ええそうよ。 マレーシア軍のパイロットね……』

 ナタリーは、ウインクをした。

『……おかげで空軍基地を借りられたのよ。 貴女はどこで? ここじゃないわよね』

『もちろん、ここじゃないよ。 四国の高知って所で練習してた。 ずっと田舎だね』

 サクラは苦笑を浮かべた。

『田舎、良いじゃない。 日本の田舎って、興味あるわ』

『そう? 遊びに来る?』

『いいかしら? レースが終わってから、数日は観光をしようと思ってるの』

『ん、いいよ。 きっと満足すると思うよ』

『じゃ、決まり。 お互い良いレースをしましょ』

 ニッコリしてナタリーは歩いて行った。




 サクラが格納庫の中に戻ると、そこでは森山達が忙しく「ミクシ」の組み立てをしていた。

「お帰り、サクラちゃん。 外の様子はどうだった?」

 サクラに気が付いた森山が、作業の手を止めた。

『森山さん、ハンガリー語……』

 サクラは、森山に近づいた。

『……ま、日本に帰って気が抜けてるんでしょうけど』

『お! そうだったな。 っで? 様子は?』

 悪びれた様子も見せずに、森山はハンガリー語で返した。

『はぁ……まあいいです……』

 サクラは、息を吐いた。

『……で、外ですけど……もう殆どの機体は搬入されているようです』

『そうか。 遅れたチームは居なかったんだな……』

 森山は、頷いた。

『……コースの方は?』

『そっちは、メイとメアリが行ってる。 そろそろ帰って来るんじゃないかな?……』

 サクラは、チラッと外を見た。

『……森山さんの方は?』

『もう殆ど終わってるよ。 新しいオイルクーラーも上手いこと付いた』

 森山は、立てた親指を「ミクシ」に向けた。

『あ、そうなんだ。 これで心置きなくフルパワーに出来るね』

 サクラは、ホットしたように微笑んだ。

 そう……ここまでのレースは、比較的湿度と気温が低い場所だったのでエンジンの冷却に問題は無かったのだが、もうすぐ梅雨入りしそうな此処日本はどちらも高くてエンジンのオーバーヒートが懸念されていた。

『ああ、パワーに関しては任してくれ。 サクラ様を失望させないだけの事はするぜ』

 森山は、強く頷いた。




 「ミクシ」が鎮座する格納庫の隅、壁で囲まれた場所にサクラ達は集まっていた。

『……と、まあ、こんな感じだった』

 ホワイトボードを背に話を終えたメイは、席に戻った。

『ありがと、メイ……』

 サクラは、立ち上がった。

『……それじゃ、これから攻略法を話し合いましょ。 意見のある方は居ますか?』

『少し質問があるんだが』

 森山が手を上げた。

『はい、森山さん。 何でしょう?』

 サクラは、首を傾げた。

『メイが見に行った時は、まだ設置の途中だったんだろ? この先変更になることはないのかな?』

 そう……メイがコースの下見に行ったときは、まだパイロンを立てる台船を固定しているところだったのだ。

 そんな状態で、コースの攻略法を考えていいのか?

 森山の疑問は、当たり前だった。

『大丈夫だと思う……』

 メイが答えた。

『……事前に配布されたコース図と同じ様に設置されていた。 変わるとしても、おそらく全体の位置を海岸から遠ざけるぐらいじゃないかな』

『私もそう思う……』

 サクラは、頷いた。

『……多分、大きな変更はないよ。 海岸に一番近づくのがスラロームなんだよね。 流石にこれを大回りする人は居ないから……ま……このままと考えて良いんじゃないかな』

『分かった。 それじゃ俺の気になった所を言うと……』

 森山は、前に出てホワイトボードに描かれたコース図を指した。

『……今回、横のターンがキツイと思う。 スタート直後のターンは、よくある事なんだが……このコース図だと、此処と此処。 2周目に入るためのターンとスラローム後にわざわざターンをさせて縦のターンに向かわせるところだ』

『私もそう思う。 特にこの2週目に入るところなんて、わざわざパイロンを立てて180度以上のターンをさせられるんだよね……』

 サクラは、コース図の上で指を走らせた。

『……しかも、ここだって10Gを超えたらいけないわけだし』

『ねえ……』

 ここまで静かだったメアリの声がした。

『ん? 何かある? メアリ』

 珍しいこともあるものだと思いながら、サクラは尋ねた。

『……私は難しいことは分からないけど、これって……ループを横に倒したのと同じじゃない?』

『ちょっと待って……』

 サクラは、ループの部分とターンを交互に見た。

『……そ、そうだね。 確かにループを倒して反対に飛べば同じだ』

『だよね。 だったら……ループと同じにパワーを落としたらどうだろう? 小さくターン出来ないかな』

『え! ターンでパワーを落とす?……』

 サクラは、メアリを見つめた。

『……それ、ヤバくない? 下手したら失速するよ』

『そ、そうだよね。 ゴメン、今のは忘れて……』

『姉さん、待って……』

 メイが、割り込んだ。

『……それ、良いかもしれないよ。 上手いことに「ミクシ」には、パワーを下げるレバーが付いてる。 ループとはタイミングが違うかもしれないけど、やってみても良いんじゃないかな』

『……え、そうなのメイ』

 メアリは、割り込まれたことも気にせず、メイを見た。

『うん。 試してみる価値はあると思う。 先ずは何時ものようにシミュレーションしてからだけど』

 メイは、頷いた。

『それじゃ、メイ。 直ぐにシミュレーションを始めて。 続きは、その結果を見てからにしましょう』

 サクラは、メイを見た。

『了解。 直ぐに始めるね』

 メイは立ち上がり、出て行った。




 サクラは、展示会場の中にある建物の中に居た。

 周りにはレースに出場する選手や関係者が座っていて、みんな揃って前方のスクリーンを見ていた。

 今は、明日からのレースに向けての最終説明会だった。

『……以上がフライトの範囲だ……』

 スクリーンの前でペーテルがマイクを握っていた。

『……くれぐれも範囲を出ないように。 狭いかもしれないが、やっとのことで手に入れた空域だ』

 ペーテルは、手元のファイルに目を落とした。

『では、次……』

 スクリーンに映っていた地図が変わった。

『……ここが滑走路だ。 基本的にRW12を使うことになる。 見て分かるように長さは500メートル程度しかない……』

 ペーテルは、レーザーポインターをスクリーンに向けた。

『……ま、君たちにとっては問題ないだろうが、トラブルが発生した時のエスケープゾーンは皆無と思ってくれ……』

 ペーテルは、選手たちを眺めた。

『……うん。 全員、そんな事は気にしてないようだな。 では次……』

 スクリーンの映像が変わった。

『……離陸後は、このコースを飛んで海の上に出る。 そしてこの範囲でコースに入る準備をするんだ……』

 ペーテルの持ったレーザーポインターの光が、スクリーンの上を走った。

『……コースへの侵入は、いつものようにレースコントロールから指示する。 速やかにスタートしてくれ……』

 スクリーンに、コースが大きく写しだされた。

『……コースは、事前に公開された物と変わりない。 ここがスタートだ……』

 ポインターの光が、スクリーン上で円を描いた。

『……スタートしたらスグに左旋回。 このパイロンで右旋回。 その後左に旋回して対になったパイロンを通過。 縦のターンに入る……』

 それまでスクリーン上をなぞっていたポインターを消して、ペーテルは顔を皆に向けた。

『……この縦のターンは、捻ることを禁止する。 垂直から5度ズレていたら、2秒ペナルティだ……です……』

「(……な、なんだよ……わざとするわきゃ無いだろ……)」

 サクラはペーテルに殊更ことさらに見られているようで、心の中で愚痴を零した。

『……いつものようにハーフロールして、このパイロンを水平に通過。 スラロームに入る……』

 再びポインターのスイッチを入れ、ペーテルは説明を続けた。

『……右旋回でスラロームが終わったら、このパイロンを通って左旋回。 こっちのパイロンを通過して、ぐるっと右旋回してこのパイロンをさっきと反対に通過。 左旋回でスラロームをして、終わるとそのままスタート直後にターンしたパイロンに向かう。 パイロンを右旋回で回り、先ほどと同じ様に縦のターン。 後はそのままスタートしたパイロンに向かい、ゴールだ……』

 一気に話したペーテルは、「ふぅ」と息を吐いた。

『……見ての通り、スラロームが一番観客席に近づく。 これは、場合によっては多少動かすかもしれない。 さて、何か質問は?』

『その場合……とは?』

 誰かの声がした。

『これは、実際に飛んでもらって確かめる。 具体的には、明日のフリー飛行だな。 ほかに質問は?』

 ペーテルは、見渡した。

『特に無いようだな。 では、次はトラブル時のレスキューの説明だ。 それじゃお願いする』

 ペーテルは、隣に座っている男にマイクを渡した。




『やっぱりターンをきつくしてきたね……』

 説明会が終わり、自分たちの格納庫に向かう途中、サクラと並んで歩くメイが零した。

『……これは……縦のターンよりもタイムに響きそうだ』

『そうだね。 説明会の間、ペーテルは私の様子を度々窺ってたんだ……』

 サクラは、頷いた。

『……これは、私達への課題じゃないかな? ループを攻略したようにターンも攻略できるか、って』

『それは感じるね。 どうもペーテルは、僕たちのエンジンのパワーが大きすぎると思ってるようだ』

 メイも「うんうん」と頷いた。

『ちょっと理不尽だよね。 けしてズルをしてる訳じゃないのにさ。 ただ森山さんが研究してチューンしてるだけなのに。 ちゃんとルールに則して』

 サクラは、肩を竦めた。

『悔しいよね。 では、それを跳ね返そうか……』

 メイは、辺りを窺った。

 二人の周りには、誰も居ない。

『……シミュレーションの結果が出たよ。 説明会の間に答えが返ってたんだ』

『あ、そうなんだ。 それで?』

 サクラは、メイの取り出したスマホを見た。

『これで見ると効果はある。 ただ……』

 メイは、スマホの画面をサクラに向けた。

『……ループとは、パワーダウンの量が違う。 これは……どうするかな? 難しいね』

『そうか。 それはそうだよね。 むしろ同じだったらシミュレーションを疑うよね……』

 サクラは、再び頷いた。

『……森山さんに相談かな?』

『そうだね。 彼なら良いアイデアを思いつくかもしれないね』

 メイは、足を止めた。

 そこは青地にサクラの花びらが舞っている、そんなカラフルな模様の格納庫の前だった。





『なあ……サクラ様の様子は、どうだったかな?』

『ペーテル、何を気にしてるんだ? 彼女だって、今はただの選手だぜ。 こちらサイドの決定に口は挟めないさ』

『そうは言ってもな……サクラ様はヴェレシュのお嬢様だ。 こんな……狙い撃ちするような事をして……サクラ様は気にされなくても……あのアルトゥール様が知ったら』

『え! サクラって、あのヴェレシュの? 本当かよ! 何で早く教えてくれなかったんだ? メインスポンサーだってだけで』

『サクラ様本人から、そういう事で忖度するな、って言われてるんだ』

『おい……どうするんだ? もうコースは発表しちまってるぜ。 今更変えられない』

『祈ろう。 アルトゥール様の逆鱗に触れないことを』

『ああああ……神様……』

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― 新着の感想 ―
 本年も楽しく読ませて頂きます。  さらっと局長の首が飛んでますが、東京大会が開催できるようなので良しですね。
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