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紅い桜  作者: 道豚
138/147

東京ラウンドに向けての練習

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 春を迎えた浜改田の海岸は、「ポカポカ」とした陽気で座っていると眠くなってくるようだ。

「ゴーーー……」

 そんなのんびりした空気を引き裂くように、高回転で回るエンジン音を響かせて、一機の飛行機が飛んでいた。

{1分3秒。 ちょっと早くなった}

 トランシーバーを握った森山は、トークボタンを押して言った。

{了解。 スラロームの上下動は? 気を付けて飛んだんだけど}

 スピーカーからサクラの声がした。

{ん~……ちょっと待ってくれよ……}

 森山は、パソコンに表示されているグラフを見た。

{……まだ上下してるな}

{はぁ……そうなんだ……難しいね。 ん……そろそろ帰るかな}

 サクラの声は、少し疲れた様子だ。

{ああ。 もう30分以上飛んでるからな。 休憩した方が良いだろう}

 二人は何をしているのか?

 そう……2年前と同じように、高知空港近くの海岸に仮のポールを立てて「ルクシ」で練習しているのだった。

{んじゃ、帰るね。 データは格納庫で見せて}

 「ルクシ」は、機首を東に向けた。

{了解。 格納庫だな}

 森山は、周りに設置してある機器のコードを、まとめ始めた。




 格納庫の前に「ルクシ」が帰ってきて、マールクの合図でエンジンを止めた。

 サクラはラッチを外して、キャノピーを押し上げた。

『おかえり……』

 そこにメイが来た。

『……しっかり練習してたね。 予定時間を過ぎてるよ』

『ただいま……』

 サクラは、ベルトを外して立ち上がった。

『……どうにも、納得できない所があったから。 ちょっと熱くなっちゃったわ』

『そうなんだ。 それは「ルクシ」だからかな? 「ミクシ」だったら変わるかもよ』

 メイは、主翼の上に足を下ろしたサクラに手を伸ばした。

『ん~……どうだろ? そんなに変わらないと思うけど……』

 サクラは、メイの手を取った。

『……ま、分からないわね。 どうせ「ミクシ」に乗れるのは、レース期間だけだから……』

 そう……「ミクシ」は改造機なので、日本で乗るには特別な許可が必要なのだ。

『……「ルクシ」で練習するしかないしね』

『サクラ様、点検はどういたしましょうか?』

 メインギヤに車止めを掛けたマールクが来た。

『ん……通常通りで良いわ。 「ルクシ」の調子はいいから』

 サクラは、主翼から降りた。

『は! 畏まりました』

 マールクは、頭を下げて行った。

『っで? サクラはこれからどうする?……』

 メイは、マールクを目で追った。

『……森山さんは、まだ帰ってこないけど』

『シャワーを浴びるわ……』

 サクラは、空港ビルの方に歩き出した。

『……その後、さっきのデータを森山さんと解析して……それから昼食かしら。 メイはどうする?』

『一緒に居るよ』

 メイは、サクラの横に並んだ。

『分かった。 シャワーは別だからね』

 サクラは、横眼でメイを見た。

『分かってる、おとなしく待ってるよ』

 メイは、サクラの肩に手を置いた。




 空港ビルの2階にある部屋に、サクラとメイ、そして森山が居た。

『ん! 今のところ、もう一度』

 大きなモニターを前にサクラが言った。

『OK……っと此処かな』

 それを聞いて、森山がパソコンを操作した。

『そう、そこそこ……ぁあー、やっぱりズレてる』

 モニターの中には「ルクシ」の中で操縦するサクラと、それによる各舵の動き、そしてその時の「ルクシ」の位置と速度、そして加速度がそれぞれ表示されていた。

『どれどれ……森山さんもう一度……』

 メイのリクエストで、森山は再び操作した。

『……ん~……ズレてるかなぁ~』

『ズレてるよぉ~。 森山さん、もう一度……』

『ロープ再生させるぜ』

 何度も繰り返すのが面倒な森山は、パソコンを操作した。

『……ありがと。 スローに出来る?』

『出来る……これで良いか?』

 モニターの中のサクラが、ゆっくり動き出した。

『うん、それでいいわ。 っで……ここ!……』

 サクラは、モニターを指した。

『……ほら! スティックの動きに対してラダーペダルが遅れてる』

『う~ん……』

 メイは、腕を組んで首を傾げた。

『……確かに、少し遅れてペダルを踏んでるようだけど?……でも、大体は少し遅れて踏むものじゃない?』

 そう……自身も操縦するメイは、考えてみれば……スティックを動かしてからラダーペダルを踏んでいる。

『普通なら、それでいいんだけど……レースの時みたいに物凄く早く操作するときは、そんな悠長な操作じゃ間に合わないんだよ。 もう決め打ちでペダルを踏むんだ……』

 サクラは、手をスティックを動かすように動かした。

『……上手くいってるデータってあるかなぁ?』

『映像データだけでいいなら、あるぜ……』

 森山は、キーボードを操作した。

『……これなんかはどうだ? この間のカンヌラウンドでのデータだ』

 モニターの映像が切り替わった。

『あ、いいね!……』

 サクラは、頷いた。

『……ね! どう? 違うでしょ』

『ん? 違う……かなぁ~』

 再びメイは、首を傾げた。

『もぉ~ 分からないの?……』

 サクラは、頬を膨らせた。

『……森山さん、二つの映像を重ねて表示できない?』

『出来るぜ。 ちょっと待ってくれ……』

 森山は、キーボードを叩きだした。

『……これでどうだ?』

『ん! これなら分かりやすいね……』

 モニターの中に、二人のサクラが重なって映っている。

 そして、その二人がスティックを左に倒した。

『……ほら、ペダルを踏んだ足が太くなった』

『本当だ……』

 メイは、頷いた。

 どういうことか?……つまり、ラダーペダルを踏むタイミングがズレているため、サクラの足がダブって映っているのだ。

『……ズレてるね。 これって、早いのかな? 遅いのかな?』

『遅いね。 どれぐらいだろ? 分からないけど、遅れてるってのは分かる。 測れる?』

 サクラは、森山を見た。

『ん……出来るぜ。 少しづつスタート位置をずらすから……』

 森山は、マウスポインタを動かした。

『……これ位か?』

『うん……大体合ったね。 何秒』

『0.2秒だな』

 森山は、サクラに答えた。

『了解。 はぁ……結構遅れてるね。 何故だろう?』

 サクラは、溜息を吐いた。

『疲労じゃないかな。 もう5日連続で練習してるからね』

 メイが、サクラの肩に手を置いた。

『そうかなぁ?』

 サクラは、首を傾げた。

『それは俺も思う。 現に今日は昨日よりタイムが悪いし、機体の上下動が激しい』

 森山は、頷いた。

『そっかー んじゃ、今日はもう止めて、明日は休みにしよう』

 サクラは、肩の上に乗ったメイの手に自分の手を重ねた。

『それが良い。 明々後日しあさってからは、レースコースのテスト飛行で東京に行くから、しっかり休んでいた方が良いからね』

 メイは、重なったサクラの手を握った。

『そうね、そうしましょう。 「ルクシ」をフェリーしなくちゃならないし、体調を整えていた方が良いわね。 それじゃ、森山さん。 今日はこれで終わり。 続きは東京から帰ってからにします』

『了解。 さて、片付けるか』

 森山は、マウスを操作してパソコンの電源を切った。




 手荷物受取所から待合ロビーに繋がるドアが開き、キャリーケースを引いた初老の男性が現れた。

 日本の玄関口だけあって、広いロビーのそこかしこで挨拶が行われている。

『(……さて……迎えが来ると聞いたが……)』

 彼は立ち止まり、ゆっくりと見渡した。

『ペーテルさん』

 そこへ彼を呼ぶ声が聞こえた。

 見ると、真っ赤な髪の背の高い女性が片手を上げている。

『……これはサクラ様……』

 慌ててペーテルはサクラに駆け寄った。

『……まさかサクラ様自ら、こんな老いぼれを迎えていただけるとは』

『何を言ってるんですか。 私なんか、ペーテルさんに比べたら「ひよっこ」ですよ……』

 サクラは、出された手を握った。

『……大先輩を迎えるのは、当然じゃないですか』

『いや……サクラ様は生まれが違いますから。 私のような庶民には、恐れ多いことです……』

 ペーテルはサクラの手を離すと、隣に立っている男に手を差し出した。

『……なあ、ムロフシ』

『ようこそ日本へ、ペーテル……』

 室伏は、がっしりとペーテルの手を握った。

『……ただ、まあ……俺には、そんな身分なんかは分からない。 話を振られたって、どうしようもないぜ』

『はぁ……これだから、日本ってのは困る。 あの「ヴェレシュ」のお嬢様なんだ。 素晴らしいお方なんだ』

 ペーテルは、ムロフシを睨んだ。

『おいおい。 そんなら、何で簡単に握手するんだ? お手に触れるなんて、不敬じゃないか?』

 室伏は、口角を上げた。

『あ! あぁぁぁ……』

 ペーテルは、サクラに向かって頭を下げた。

『……も、申し訳ございません。 お手に触れてしまいました。 平にご容赦を』

『はぁ……何言ってるんです? 今更じゃないですか。 それに私から握ったんですから、ペーテルさんが悪い訳じゃないですよ……』

 サクラは、溜息を吐いて肩を竦めた。

『……まあ、茶番はこれまでにしておきましょう。 ペーテルさんもいいですね』

『ええ、それでは仕事に行きましょうか』

 ペーテルは頷いた。




 埼玉県の河川敷にある、長さ600メートルの滑走路を持った小さな飛行場。

 そのエプロンに駐機している「ルクシ」と室伏所有の「エクストラ330SC」の傍に3人は居た。

『さて……それでは飛んでみましょうか』

 フライトスーツを着込んだペーテルは、肩を回した。

『時差は大丈夫ですか?……』

 サクラはペーテルを見た。

『……着いたばかりですが』

『大丈夫です、サクラ様。 飛行機の中では、ずっと寝てましたから。 明日から役人の前で飛ぶんです。 無様な飛びでは「レース」の開催に悪影響ですからね。 ここはしっかり練習して、明日は役人の度肝を抜いてやりますよ……』

 ペーテルは、「エクストラ330SC」に近寄った。

『……それじゃ借りるな、ムロフシ』

『ああ、使ってくれ。 調子は良いはずだ』

 室伏は、ペーテルの肩を叩いた。





 霞が関の、とあるビルの中……

「局長。 明日は本当に行かれるので?」

「ああ、そのつもりで届は出しておいた。 君も行くんだろう? 鈴木君」

「はい。 私は安全に関する立場ですから、当然見ておきたいですね」

「そうか、よろしく頼むよ。 事故があっては大変だからね」

「もちろんです」

「いやー……ようやくサクラ選手を間近で見られるね。 どうかな? 朝から床屋に行って髭をそっていた方が良いかね?」

「ま、まあ……身だしなみに気を使われるのはよろしい事かと……(はぁ……お前なんか、サクラ様が気にかけてくださるはずがないだろぉ。 勝手にしろ)」


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― 新着の感想 ―
開催が怪しい東京大会は目前。サクラさん疲労によるタイムラグ、隊長、裏では色々と言われてますね。 本年も楽しく読ませて頂きました。 来年も楽しませて頂きます。
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