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紅い桜  作者: 道豚
136/147

カンヌラウンド(4)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 レースのカーテン越しに朝日の入る食卓には、茶碗に入ったご飯、焼き魚、お椀に入った味噌汁が並んでいた。

「いただきまーす……」

 それを前にして、サクラは箸を手に取った。

「……ん! 美味しい。 やっぱり朝は日本食だね」

『大丈夫そうだね……』

 向かいに座ったメイは、そんなサクラを見た。

『……ショックを受けたと思っていたよ』

『ん~? 何……』

 サクラは、持っていたお椀を置いた。

『……ショックなんて無いわよ。 仕方がないことだから』

『そうかい? 僕は、結構ショックだったけどね……』

 メイは、コーヒーカップを持った。

『……あんなに良いタイムを出したのに、直後に逆転されたんだから』

 そう……昨日の準決勝で、サクラは59秒892という驚異的なタイムを出したのに……フローリアンは59秒889と、0.003秒上回ってきたのだった。

 これは距離にすると、僅か0.3メートルの差しかない。

『そういうこともあるわよ。 大体、私のタイムだけで大喜びする皆がおかしいんだから……』

 サクラは、お茶碗を持ち上げた。

『……相手がある競技なのよ』

『そうだね。 それは分かってたつもりだったけど……今回の事でハッキリ理解したよ』

 メイは、深く頷いた。




 目の前の入り江には、十数本の巨大な柱が立っていた。

 それに向かって、シルバーの小型機が低空を高速で飛んできた。

『……サムライ室伏! スタートだ!……』

 サクラは、仮設のスタンドに座ってレースを見ていた。

『……うぉーーーーーーー!……』

 声援なのか?……ただの叫び声なのか?……そんな周りの老若男女の騒ぎが煩い。

『初めて観客席に来たけど……こんなに皆興奮してるものなの?』

 サクラは、隣に座っているイロナの横顔を見た。

 そう……決勝に出られなくなったので、サクラは観客の視線でレースを見ようとやって来たのだ。

『知らないわよ、私も初めてだから……』

 イロナは、顔を顰めた。

『……ガードを呼んでおいて良かったわ』

『それ言える。 でなかったら、そこらのオッサンに勝手に肩を組まれたりしてたかも』

 二人の周囲には、屈強な黒服が座っていた。

『ふぅ……サクラは有名だものね。 ここに来るまでも、何人ものファンが突撃してきたわよ』

 イロナは、溜息を吐いた。

『そうだねー ここらの人は、ただサインを要求するだけじゃなくて、「ジュテーム」だもんね。 これって「アイ ラブ ユー」だよね。 ちょっと困るね』

 そう……ガードの男たちに阻止されたファンは、サイン帳を差し出しながら「愛してる!」と叫ぶのだ。

『……うぉーーーーーーー!……』

 室伏の機体が……飛行コースが観客に最も近いスラロームに入ったとき……周囲の叫び声が一段と大きくなり、二人は話すことを諦めた。




 サクラは、格納庫に戻ってきた。

『……ハンネス ゴーーーーーール!……』

 今は、みんなと一緒にモニター……ネットに繋いである……を見ている。

『……さあ、タイムは?……』

 画面の中で、MCと解説者が話していた。

『どうかなぁ? 室伏さん、負けたかな』

 サクラは、隣のメイに話しかけた。

『ん~~……際どいね。 ハンネスにペナルティが無ければ……多分、負けたんじゃないかな』

 メイは、画面を見つめたまま首を傾げた。

『……タイムが出た! ペナルティは無い! ハンネスだ! ハンネス、室伏に勝った!……』

『……これで準決勝に進む選手が決まった。 ポール、マット、ニコラス、そしてハンネスだ……』

『負けちゃった。 さっき見てた時は、勝てたのにね』

 そう……サクラが見ていた1回戦は、室伏が余裕で勝っていたのだ。

「サクラちゃんが、見てなかったからかもよ……」

 森山が振り返った。

「……勝利の女神が、いなかったって事だね」

「それは無いでしょ。 だって、私は負けたんだから……」

 サクラは、首を竦めた。

「……自分が勝てない神なんて、誰にも信仰してもらえないわよ」

『二人で何を話してるの?』

 メイが、サクラを見てきた。

『大した事じゃないわ。 森山さんが、私の事を女神なんて言うから……』

 サクラもメイを見た。

『……だったら、何で負けたのよ、って返したの』

『ん? サクラは、女神だよ。 僕にとってはね』

 メイは、サクラの肩を抱いた。




 ===================




「……パトルイユ・ド・フランスのアクロバットが終わりました。 これからチャレンジクラスとエキスパートクラスの決勝が行われます……」

 プログラムは進み……途中に様々なアトラクションが行われていて、ついさっきフランス空軍のアクロバット飛行チームの飛行があった……レースも最後の対戦を残すだけになった。

「……そうです。 ついに優勝者が決まります……」

「……出場選手は、チャレンジクラスがフローリアンとナタリーで、エキスパートクラスはポールとニコラスです……」

「……ナタリーとニコラスは、ともにフランス出身ですから……盛り上がると思いますよ……」

「……そうですね。 地元で勝利できるでしょうか?……」

「……ニコラスはともかく、ナタリー選手は難しいかもしれません。 フローリアン選手のタイムは、ずば抜けてますから……」

「……そのフローリアン選手に肉薄したのは、我らのサクラ選手でしたね……」

「……そうですね。 準決勝の戦いは見事でした。 僅か千分の3秒差ですから……」

「(……そうだったな。 あと僅かで勝てたのに……)」

 日曜日……もうすぐ月曜日になる。

 そんな遅い時間に敦は……志津子が隣に居ないにもかかわらず……リビングのテレビをネットに繋いで見ていた。




 ===================




『……フローリアン、最後のロール!……』

 サクラ達の見ているモニターの中で、フローリアンの駆る「エクストラ330LX」が降下しながらロールを始めた。

『……これは凄い。 最後まで攻めてる!……』

『……準決勝のタイムと遜色ないタイムが出そうだ……』

 モニターの右下に表示されているタイムは、まだ1分には余裕がある。

『……フローリアン、ゴーーーーーール!……』

『……タイムは? 59秒962! 速い! ナタリーより0.5秒も速かった!……』

『……フローリアンは、これで1回戦、準決勝、決勝と全てで1分を切ってきました……』

 モニターには、コックピットの中でガッツポーズをするフローリアンが映っていた。

『……1回戦と準決勝は、サクラも1分を切っていたんですよね。 特に準決勝は薄氷を踏む様な思いだったでしょう……』

『……そうでしょうね。 そして、そのサクラは、フローリアンの優勝によって3位となりました……』

『……これも凄いことですね。 女性が表彰台に二人も上るんです……』

『……そうです。 レースの歴史で、初の事です……』

『……何か起きそうですね……』

『だって、サクラ。 何か起こす?』

 メイがサクラに向かってウインクをした。

『ん? ナタリーと相談してみるね』

 サクラは、小悪魔的な笑みを浮かべた。




 すべてのプログラムが終わり、静かになったレースコースを背後にしたステージ上に、サクラは居た。

『……チャレンジクラス優勝は、フローリアン!……』

 MCのコールに合わせて、ガッツポーズをしたフローリアンがサクラとナタリーの間に上った。

『……うぉーーーーーーー!……』

 観客の声援が響く。

 その中を、トロフィーを持った女性が進み、それをフローリアンに渡した。

『……うぉーーーーーーー!……』

 フローリアンは、それを高々と掲げた。

『さて、それではお待ちかね……』

 MCがそう言うと、表彰台の3人に大きな瓶が渡された。

 当然フローリアンはトロフィーと交換だ。

『……シャンパンファイトだ!』

 空かさずサクラとナタリーは表彰台から飛び降りて瓶を振った。

 瓶の口から栓が飛ぶ。

「くらえ!」

『くらえ!』

 サクラとナタリーの持つ瓶から、シャンパンがフローリアンに向けて発射された。

『……卑怯だぞ!……』

 行動の遅れたフローリアンは、慌てて栓を飛ばした……が

『……いててて……』

 シャンパンを目に入れてしまい、彼のシャンパンは明後日の方向に飛んでしまう。

「くたばれ!」

『くたばれ!』

 その間にも、二人のシャンパンはフローリアンを濡らし続けた。

『……降参だ!……』

 ついにフローリアンは、瓶を掲げた。

「やった!」

『勝ったわ!』

 二人はハイタッチをした。




『……エキスパート優勝は、ポーーーール!……』

 自分たちの表彰式が終わって、サクラは観客に混じってエキスパートクラスの表彰を見ていた。

『……うぉーーーーーーー!……』

 例によって、周りは歓声が凄い。

「ダメでしたね、室伏さん」

 隣には室伏も居た。

「ああ、今回は皆早かった」

 室伏は頷いた。

「それでも……室伏さんが負けた相手のハンネスさんが3位ですから、もうチョットだったんでしょうね」

「そうかもしれないが……負けは負けさ。 皆の機体は、仕上がってきている。 それなのに俺の機体は……まだ十分じゃない……」

 室伏は首を振った。

「……だが、次は東京だ。 地の利はこちらにある。 速めに日本に帰って調整をすることにした。 サクラちゃんはどうする?」

「私もキングシティに寄らずすぐに帰ります。 一度ハンガリーに行ってからですけど」

 サクラは前を見たまま答えた。

『……うぉーーーーーーー!……』

 ステージの上では、男3人のシャンパンファイトが始まっていた。




 格納庫の解体が進み、寂しくなったエプロンのフェンスにもたれて、サクラはボンヤリしていた。

『ハイ! サクラ……』

 そこにナタリーが来た。

『……オシュコシュの時みたいに、また黄昏てるの?』

『ハイ ナタリー……』

 サクラは、ナタリーに顔を向けた。

『……終わっちゃたね』

『そう、カンヌラウンドはね。 でもレースは続くわ。 まだ2戦だもの……』

 ナタリーは、頷いた。

『……次は東京よね』

『そうだけどさぁ……』

 サクラは、息を吐いた。

『……噂は聞いた?』

『少しね。 あれって本当の事?……』

 ナタリーは、体をサクラに向けた。

『……開催場所で揉めてる、って』

『残念ながら本当よ……』

 サクラは、フェンスを握って猫のように背中をそらした。

『……予定してた離着陸場所の近くに高層マンションが建ってたの……』

 そう……レースが中断する前まで使っていた離着陸に適した所に、中断している間にタワーマンションが建ってしまっていたのだ。

 東京という事もあり、近くに代わる土地は無い。

 既存の空港は混んでいて、とてもレース機の離着陸には使えないし、それに開催場所から遠すぎる。

『……東京都は、開催に協力的だけど……航空局が、許可を出さないの。 そんな障害物なんて、私たちなら簡単にかわして離着陸出来るんだけど。 それが役人には理解できないのよね』

『そうなのね。 それでどうするの? メインスポンサー様は』

 ナタリーは、サクラの隣でフェンスにもたれた。

『アイデアは色々あるけど、これから実家に帰って相談してくるつもり……』

 サクラは、姿勢を戻してナタリーを見た。

『……東京大会は、必ず開催するから。 そこは心配しないで』

『分かったわ。 聞かれたら、皆にも言っておくね。 じゃ、次は東京で会いましょう』

 ナタリーは、手を振って歩いて行った。





 霞が関の、とあるビルの中……

「仮の場外飛行場に関する許可願いが届きました」

「またレースの事か……何度出されても、答えは変わらないんだけどな」

「今度は東京都からです」

「例え東京都でも、一緒だよ」

「いつまで拒否するつもりですか?」

「時間じゃないよ。 安全! それが一番の問題だろ?」

「その通りですが……」

「一応は、その書類を審査しておくよ。 門前払いはしたくない。 未決済の箱に入れておいて」

「分かりました」

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― 新着の感想 ―
[一言] サクラに続き室伏さんも一歩及ばず。 サクラ、シャンパンファイトを耐え抜く(酔ったら大変だった記憶が) 暗雲の東京。
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