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紅い桜  作者: 道豚
135/147

カンヌラウンド(3)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 格納庫の中に作ったパーティションの中で、メイを筆頭にイロナや森山達が液晶テレビを食い入るように見ていた。

『……フローリアン、最後のターン!……』

『……素晴らしい。 サクラのターンも良かったが、フローリアンも負けてない……』

 画面ではフローリアンの駆る「エクストラ330LX」が……オーバーレイで表示されている「ミクシ」を僅かに先行して飛んでいる。

「(……くそ! 少しぐらいミスしろよ……)」

 森山は、画面を睨みつけていた。

『……ロールをして……ゴーーーーーール!……』

『……さあ、タイムはどうか?……』

 オーバーレイは消え、フローリアンの様子が画面いっぱいに現れた。

『抜かれちゃったかな?』

 メイが、ポツリと零した。

『いや……ペナルティがあれば……』

 森山が言った時……

『……タイムが出た。  59秒957! サクラを上回った!……』

 MCが声を張り上げた。

『……やられた!』

『負けちゃったか……』

 メイは、言いながらも画面を注視している。

『……でも、サクラのタイムは十分に早かった。 最速敗者になれるかもしれない』

 チャレンジクラスに出場しているのは6人なので、1回戦での勝者は3人になる。

 3人では準決勝が成り立たないため、1回戦で負けた3人の中から「最もタイムが良い」者を選んで準決勝を4人で行うのだ。

『お! そうか。 そうなると、しっかり整備しておかなくちゃな』

 まだ「ミクシ」は帰って来てないにも関わらず、森山はパーティションから飛び出していった。




 マールクと森山に押される「ミクシ」に乗って、サクラは格納庫の前に帰ってきた。

『お帰り、サクラ』

 最近恒例になったメイの迎えを受けて、サクラはキャノピーを開けた。

『ただいま。 はぁ……疲れたわ……』

 サクラは、ヘルメットを脱ぎながら息を吐いた。

『……で? フローリアンのタイムは?』

『 59秒957だね……』

 メイはヘルメットを受け取ろうと、手を伸ばした。

『……残念ながら負けちゃった』

『そっか……』

 サクラは、ヘルメットを渡した。

『……良いタイムが出たと思ったんだけど……やっぱりフローリアンは凄いや』

『そうだね。 でもサクラだって凄いよ……』

 メイは、コックピット内で立ち上がるサクラを支えた。

『……1分を切ってるからね。 今のところタイムで言えば2位だよ』

『でもねー 結局は勝負に負けちゃったんだから……』

 サクラは、主翼の上に足を下ろした。

『……今回は、これで終わりかな』

『それが、そうでもないよ……』

 メイは、サクラの手を取った。

『……さっきも言った通り、サクラのタイムは2番なんだ。 最速敗者になるかもしれないよ』

『あ、そうか……』

 サクラは、主翼から降りた。

『……可能性があるね』

『そういう事……』

 メイは、サクラの腰に手を回した。

『……だから、諦めるのはまだ早いからね』

「だから俺がしっかりと整備しておくぜ」

 森山がそう言うと、マールクと一緒に「ミクシ」を格納庫に押していった。




 ===================




「……さあミカエルがゴールしました……」

 サクラがゴールした後も、志津子はテレビを見ていた。

「……タイムはどうでしょうか?……」

「……今出ました……1分223です……ナタリーが勝ちました……」

「……これで準決勝に進出する選手が決まりましたね……」

「……フローリアンとフランシス、そしてナタリーですね……」

「……ん? 3人ですか? 4人いないとペアが組めないですが?……」

「……そこで、敗者のうちで一番タイム良い選手が繰り上がるんです……」

「……という事は……」

「……そう……1回戦で負けた選手の中でタイムの一番良いのは……」

「……サクラ選手ですね!……何と言っても、全体で2番手のタイムですから……」

「おとうさん、どういうこと?」

 志津子は、隣で見ている敦に尋ねた。

「ん? つまりだな……サクラさんは一回負けたけど、まだレースを続けられるって事だよ」

 敦は、志津子を見た。

「じゃさ、まってればおねえちゃんがとぶのを、またみられるの?」

 志津子は、ニッコリと敦を見た。

「そういう事だけど……志津子は、寝る時間になるよ?」

「やだ! おきてる!」

 志津子は、「プイ」っと顔を背けた。




 ===================




『……室伏ゴール!……』

『……タイムは?……59秒113!……』

『……これで全員の順位が出ました……』

 いつも見ているテレビの中では、エキスパートクラスの飛行が流れていた。

『(……終わったな。 さて、サクラの所に行こうか……)』

 誰も居なくなったテレビの前を離れ、メイはパーティションから出た。

『メイ。 室伏さんは、どうだった?……』

 格納庫に現れたメイに向かって、森山が尋ねた。

『……最終フライトだったんだろう?』

『59秒113だった。 順位は……5番かな?……ところでサクラは?』

 メイは、キョロキョロと格納庫を見渡した。

『あそこ』

 森山が、肩越しに親指で後ろを指した。

『ああ、予習中だね』

 そこには……地面に空き缶を置いて、その周りで不思議なダンスをするサクラがいた。




 ===================




「……さて、エキスパートクラスの予選が終わりました……」

「……はい。 明日はエキスパートクラスの決勝ですが……その前に、これからチャレンジクラスの準決勝があります……」

「……そうですね。 準決勝に残った4人の中に、サクラ選手がいます……」

 リビングのテレビでMCと解説者が、話をしていた。

「(……さて、そろそろ起こさないと……)」

 ソファに座った敦は、自分の膝を枕にして寝ている志津子を見下ろした。

 もう時刻は11時をまわっている。

 頑張って途中まで起きていた志津子だが、流石に寝落ちしてしまっていた。

「(……見れなかった、って言って怒るだろうからな……)」

 敦は、優しく志津子の頬を撫ぜた。




 ===================




 「ミクシ」のコックピットでシートベルトを締めているサクラを、彼女のヘルメットを抱えたメイが見ていた。

『OKかい?……』

 メイは、コックピットに近寄った。

『……はい、ヘルメット』

『ありがと……』

 サクラは、ヘルメットを受け取った。

『……まさかもう一度フローリアンと対戦って、思ってもみなかったな』

 そう……最速敗者は、準決勝で最速者と対戦することになっているのだ。

 つまりフローリアンは、出場選手の中で最もいいタイムを出していた。

『嫌なの? 良いことじゃないかな?……』

 メイは、サクラを覗き込んだ。

『……リベンジが出来るよ』

『そうね。 で……今朝のような「幸運」はくれないの?』

 メイを見たサクラの頬が、赤くなっている。

『なんだい? 嫌がってた風だったのに……』

 メイの唇が、サクラの口に触れた。

『……気に入っちゃった?』

『ち、違うよ。 けど……』

 サクラは、ブンブンと首を振った。

『……結果が良かったから。 そう……ゲン担ぎよ』

『ふふ……サクラは可愛いね……』

 メイは、真っ赤になったサクラから離れた。

『……じゃ、行っておいで』

『ん!』

 サクラは、ヘルメットを被った。




 ===================




「……チャレンジクラス準決勝1番手のサクラ選手が、スタートに向かっています……」

「……いい調子でエンジンは回ってますね。 ここはフローリアン選手にリベンジしてほしい所です……」

「……そうですね。 1回戦では、僅かな差で負けましたから……」

「……ミス一つでしたね。 殆ど実力は拮抗していると思います……」

 画面の中で「ミクシ」が、青い海の上を飛んでいる。

「ふぁ……おねえちゃん、がんばれー」

 敦に起こされた志津子は、膝の上に頭を載せたまま欠伸を噛み殺しながらテレビを見ていた。

「……スモークが出ました! スタートです……」




 ===================




 並んだパイロンが視界の左右に消えた。

 サクラは、左手でスロットルレバーを前に押すと、スティックに持っていく。

「……くっ!……」

 次の瞬間、チェックのパイロンが左右に消え、サクラはスティックを左に倒した。

 正面に見える……観客で溢れている海岸が右に回った。

「……くっ!……くっ!……」

 海岸が垂直になる寸前、スティックを戻すとすかさず引く。

「(……ぐぅぅ……)」

 Gが、サクラをシートに押し付けた。




 ===================




「……サクラ選手、いいスタートです……」

「……そうですね、気合が入ってますよ……それに、3舵のバランスが良いですね……」

「……バランスですか?……」

「……ええ。 エルロン、ラダー、エレベーターですね。 これを動かす量とタイミングが、絶妙です。 だから、スラローム中に機体が上昇下降しないんです……」

「……なるほど。 確かにスモークが水平に続いてますね……」

「……タイムロスが少ないと思いますよ……」

「なんていってるの? おとうさん」

 敦の膝の上から、志津子は敦の顔を見上げた。

「ん? えっと……サクラさんが上手だって言ってるんだよ」

「そんなの、あたりまえじゃない。 ねえおかあさん」

「ええそうね」

 志津子に顔を向けられた由香子は、頷いて見せた。




 ===================




 Gに耐えながらスティックを引くサクラの前に、対になったパイロンが大きくなりながら降りてくる。

「(……ぐぅぅ……もうちょい……よし!……)」

 それが正面になったとき……

「……くっ!……くっ!……」

 サクラはスティックを戻すと、右に倒した。

 「ミクシ」は旋回を止め、右に回る。

「……くっ!……」

 傾いていた水平線が、文字通り水平になった所でスティックを戻す。

 対になったパイロンが、左右に飛んでいった。

「……くっ!……」

 それを確認することもせず、サクラはスティックを左に倒した。

 水平線が右に回る。

「……くっ!……くっ!……」

 スティックを戻し、手前に引く。

「(……ぐぅぅ……あそこだ……)」

 上を向いたサクラは、次に通るパイロンを見た。




 ===================




「……横のターンを終えて……さあ、縦のターンに向けて右旋回……」

「……ここまで、良いタイムで飛んでますよ……」

「……パイロンを通過して、縦のターン!……」

 画面の中で「ミクシ」が機首を上げた。

「……やはり小さく回りますね。 これで10G以下ですから凄い……」

「……宙返りの頂点を過ぎて……おや? 意外と降下角度がキツイ……」

 オーバーレイで表示されている……エキスパートクラス最後に飛んだ室伏の軌跡から、明らかに下を「ミクシ」は飛んでいた。

「……これは……低くなりすぎないでしょうか?……」




 ===================




「……くっ!……」

 急降下をする「ミクシ」の中で、サクラはスティックを左に倒した。

 海面が「くるり」と回る。

「(……よし!……)」

 目線を上げると、対になったパイロンが見えた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを引いた。




 ===================




「……大丈夫でしたね。 ちゃんと引き起こされました……」

「……そうですね。 これは狙ってたんでしょうか? 随分ロールを早く回りましたが……」

「……チェックのパイロンを通って……2周目に入りました……」

 パイロンを水平に通過した「ミクシ」は、鋭く左にロールした。

「……あ! 分かりました。 サクラ選手、このスラロームに入るタイミングを1周目と同じにしたかったんですね……」

「……どういうことです?……」

「……見てください。 1周目と全く同じ様に飛んでますよ……」

 今、オーバーレイで表示されているのは、サクラの1周目の飛行だった。

「……そうですね。 殆ど同じところを飛んでいます……」

「……1回戦では、2周目のスラロームに入るところで、大きく膨らんだんですよね。 今回は、それがありません……」

「……ちゃんと修正してきたと?……」

「……そうですね。 これでタイムは縮んだでしょう……」




 ===================




 左に海面、右に空が見える。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒し、右のペダルを蹴った。

 海と空が左に回る。

「……くっ!……くっ!……」

 海と空の境界が垂直になる寸前、サクラはスティックを戻し引いた。

 前方直ぐ上にパイロンが見える。

「(……ぐぅぅ……)」

 体をシートに押し付けるGを、お腹に力を入れて耐えるのも一瞬……

 頭上をパイロンが通過した。

「……くっ!……くっ!……」

 引いていたスティックを戻し右に倒すと、左のペダルを蹴る。

 景色が右に回った。

 スラローム3本目のパイロンが斜め上に見える。

「(……くぅぅ……)」

 これでスラロームは終わり、次は横のターンだ。

 さっきまでよりはGは小さくなった。




 ===================




「……横のターンが終わり……さあ、縦のターンに入ります……」

「……ここまでミスなく飛んでますよ。 これは良いタイムが出るんじゃないでしょうか……」

「(……おねえちゃん、がんばれ……)」

 志津子は敦の膝から起き上がって、両手を握っていた。




 ===================




「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し「ミクシ」を水平にした。

 パイロンが視界の両側に消える。

 スティックに付けたプロペラピッチ増加レバーは、既に左手で握っていた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 即座にGがサクラを襲う。

「(……ぐぅぅ……引け!……ぐぅぅ……負けるな!……)」

 歯を食いしばり、サクラは最後の力を込めてGを堪えてスティックを引いていた。

 Gメーターは、10Gを指して動かない。




 ===================




「……最後のループ、やはり小さく回ります……」

「……頑張って操縦桿を引いてますね。 サクラ選手の呼吸が聞こえます……」

「……そうですね。 この早いタイミングで息を吐く音ですね……」

「……そうです。 細かく強く呼吸をしないと、Gでブラックアウトしかねませんから……」




 ===================




 限界まで上を向いたサクラの視界に、逆さになったチェックのパイロンが見えた。

「(……よし!……パワー!……)」

 サクラは、左手で握っていたレバーを離した。

 プロペラピッチが減り、負荷の減ったエンジンが回転を上げた。

 増えたパワーのお陰で、「ミクシ」の減速が緩くなる。




 ===================




「……ループの頂点を過ぎて。 さあ、最後のダイブです……」

「……凄いですね。 ループの途中で加速したように見えましたよ。 エンジンのパワーがあるんでしょうね……」

「……サクラ選手、最後にロールして……水平に引き起こして……今!ゴーーーーーール!……」

「……明確なミスは無かったように見えます。 これはタイムが期待できますね……」

「……そうですね。 サクラ選手、高く上がって行きます……っと? 審議の表示が出ています……これは?……」

「……何でしょうか?……あ、消えましたね……」

「……タイムが出ます。 59秒892! これは凄い!……」

「……1回戦でのフローリアンのタイムが、59秒957でしたから……0.065秒上回ってます……」




 ===================




『うぉーーーーーーー!』

「やったぜーーー!」

 青地にサクラの花びらが舞っている、そんなラッピングで飾られた格納庫の中から歓声が響いた。





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