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紅い桜  作者: 道豚
133/147

カンヌラウンド(1)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。

 南仏カンヌは春を迎え、昨日までの寒さが嘘のような陽気に包まれていた。

 カンヌ国際空港の補助滑走路沿いにある小型機用のエプロンは……普段並んでいる軽飛行機は無く……カラフルなテント式の格納庫が十数棟立ち並んでいた。

「(……ん~~……)」

 その中の一つ、 青地に赤い桜の花びらが舞っている装飾の格納庫の前で、サクラは大きく背伸びをした。

『はぁ……何やってるの?』

 メアリが、呆れたように声をかけてきた。

『ん? コースを頭に入れるのに疲れたから、ちょっと休憩』

 サクラは、腕を上げたままで振り返った。

『そう……ま、いいけど……』

 メアリが、サクラの前に出た。

『……写真に撮られてるわよ』

『別に写真位いいけど……』

 サクラは、腕を下ろした。

『……撮られるのも仕事みたいなものだし』

『無防備なところを撮られるのは、よした方が良いわ……』

 メアリは、サクラに向き直った。

『……特に、今のポーズって……胸が強調されてセクシーだったわよ』

「(……んぁ!……)」

 回れ右をして、サクラは格納庫に駆け込んだ。




 ===================




「……さあ、サクラ選手ですが……先ほどから、入念にゅうねんにループをチェックしてますね……」

 志津子の見ているパソコンの中で、二人の男が話をしていた。

「……そうですね。 今日はフリー飛行ですから、コースを飛ばなくてもいい訳ですが……何か気になることがあるのでしょうか?……」

 そう……今日からレースのカンヌラウンドが始まり、その実況がサクラの配信会社から送られるようになったのだ。

 時差により、志津子は夜にライブで見ることが出来た。

「……そう言えば……気になる情報が入っています。 サクラ選手ですが、1週間前にインフルエンザに罹ったそうです……」

「……そうですか。 それは……十分な機体の調整が出来なかったかも知れませんね……」

「……えっ! (……おねえちゃん、びょうきになったの?……)」

 驚いた志津子が、声を上げた。

「ん? どうした?……」

 風呂から上がった敦が、頭をタオルで拭きながらリビングに入ってきた。

「……大きな声を出してたが」

「あ、おとうさん……」

 志津子は、振り向いた。

「……あのね……おねえちゃんが、インフルエンザ? にかかったって言ってたよ。 インフルエンザって、すごくおねつが出るんだよね」

「ああ、そうだね……」

 敦は頷いた。

「……それで? サクラさんがインフルエンザに罹ったって? ま、出てるんだから……もう治ってるんだろうね」

「だよね。 だいじょうぶだよね……」

 志津子は、うんうん頷いた。

「……ねえおとうさん。 パソコンをテレビにつないでよ。 おおきくしてみたい」

「え? それはチョット待ってくれないか……」

 敦は、手を前に出した。

「……お父さんは、野球を見たいんだ」

「え~~ おとうさんのケチ……」

 志津子は、頬を膨らませた。

「……いいじゃない。 やきゅうなんて、まいにちやってるんだから。 おねえちゃんが出るのは、たまになんだよ」

「あなた? 繋いであげたら?……」

 洗濯機のスイッチを入れるために行っていた、由香子が入ってきた。

「……志津子が見たがってるのよ」

「い、いや……わ、分かったよ。 繋ぐよ」

 由香子の表情を見た敦は頷いた。




 ===================




 フリー飛行を終えて、サクラの「ミクシ」が帰ってきた。

 マールクの合図に合わせて「ミクシ」を止めると、サクラがキャノピーを開けた。

『どうだった?……』

 森山が、さっそく機体に近寄った。

『……だいぶ念入ねんいりに確認していたようだが?』

『ん……ようやく、良いところが見えてきた、って所かな?……』

 サクラは、ヘルメットを脱いでコックピットの前に乗せた。

 軽く頭を振って、乱れた髪を整える。

『……やっぱり今回のコース、ループが勝負になるね』

『レイアウト図を見て予想した通りだな……』

 森山は、サクラのヘルメットを持ち上げた。

『……それで?』

『そうねぇ……』

 サクラは、主翼の上に足を下ろした。

『……取り敢えず、回転数は今のままで良いわ。 ループの直前に急旋回があるから、これ以上下げたら速度が落ちすぎる』

『そうか。 分かってたつもりだったが、やっぱり実際に飛んでみないと分からないもんだな。 っと手をどうぞ』

『ありがと……』

 サクラは、森山の手を取って主翼から降りた。

『……こういうの、森山さんも慣れたね』

『そりゃ1年以上過ごしてれば、慣れてくるさ。 んで? 「ミクシ」はどうする?』

 森山は、持っていたヘルメットをサクラに差し出した。

『取り敢えず今のままで良いわ。 これ以上触っても、あまり変わらないと思うから』

 サクラは、ヘルメットを受け取った。

『了解。 通常メンテだけしておこう。 マールク!』

 森山は、エンジンカウルを開け始めたマールクに声をかけた。

『んじゃ、よろしく』

 サクラは、それを聞きながら格納庫に向かって歩き出した。




 ---------------------




{『サクラ こちらレースコントロール レースコースクリア』}

 フリー飛行の翌日、公式練習にサクラは出ていた。

{『レースコントロール こちらサクラ コースクリア 侵入します』}

 チャレンジクラスは、この公式練習のタイムが本選でのスタート順、および対戦相手を決める指標になる。

 出ないという選択肢は無かった。

「(……よぉっし!……行ってみよう……)」

 サクラは、「ミクシ」をスタートパイロンに向かわせた。




 入り江に向かう「ミクシ」のコックピットで、サクラは近づく対になったパイロンを見つめていた。

 その向こうに……ゴールを示すチェックのパイロンが見える。

「(……随分と変なレイアウトを考えたよな……)」

 今回のコースは、スタートパイロンとゴールパイロンの位置が違っているのだ。

「(……しかもスタート、ゴールと通ってからスラロームに入るから……嫌でも近道が出来ない……よし!……これで良いな……)」

 そう……二つのパイロンを水平に通過しようとすれば、必然的に直線に飛ばなければならない。

 サクラは、スタートパイロンの内側にゴールパイロンが見えるように「ミクシ」を誘導した。

「(……あは!……昔高知で練習した時みたいだ……)」

 「ミクシ」は、スタートパイロンの間を飛びぬけた。




 スタートパイロンが左右に消える。

 サクラは、左手をスロットルレバーからスティックに移した。

 チェックのゴールパイロンが目の前だ。

 すぐにゴールパイロンも左右に消えた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し左のペダルを踏んだ。

 「ミクシ」が左にバンクする。

 ペダルは直ぐに中立に戻す。

「……くっ!……」

 空かさずサクラはスティックを戻し、直後お腹に付くほど引いた。

「(……ぐぅぅ……)」

 殆ど真横に倒れたコックポットの中で、サクラはシートに押し付けられながら上を見た。

 左を占める海の中から、右を占める空に向かって1本のパイロンが伸びている。

「(……あいつのすぐ下側を通る……)」

 この先はスラロームだ。

 出来るだけパイロンの近くを飛ぶことが必要だった。

 Gに負けてスティックを緩めてしまえば、それはつまり大回りをすることになりタイムを伸ばしてしまう。

「(……ぅぅぅ……)」

 気合でスティックを引くサクラの前に、パイロンが降りてくる。

「(……よし!……)」

 サクラは、スティックを戻した。

 途端にパイロンが頭上を通過した。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒した。

 「ミクシ」が右に回り、海と空が左に回る。

「(……見えた!……)」

 正面上に次のパイロンが……さっきまではエンジンカウルに遮られて見えなかった……横になって見えた。

「……くっ!……」

 サクラはスティックを戻し、直後引いた。

「(……ぐぅ……)」

 Gを感じるのは僅かで、パイロンが頭上を通る。

「……くっ!……」

 直ぐにサクラは、スティックを左に倒した。

 海と空が右に回る。

「(……この位……)」

 スラロームを抜け、次は横のターンだ。

 比較的大きな左旋回をして180度向きを変えるのだが、例によって意地悪なことに途中でパイロンを通らなければならない。

 通る時には機体を水平にする必要があるので、単純に丸く旋回すればいい訳では無かった。

「(……くぅぅぅぅ……)」

 「ミクシ」は垂直の少し手前のバンク角で旋回を始めた。

「(……まだ……まだ……)」

 二本並んだパイロンが、上から降りてくる。

「(……よし!……)」

 パイロンが正面になる寸前、サクラはスティックを右に倒した。

 横倒しだったパイロンが垂直に立つ。

 「ミクシ」は、パイロンの間を水平飛行で飛びぬけた。




 ===================




「……サクラ選手、横のターンを終えて……もうすぐ縦のターンの為の右旋回です……」

 志津子の見ているテレビの中で、サクラの「ミクシ」が左旋回を終えて水平飛行に入った。

「……今のところ、大きなミスは無いですよ。 このまま行ってほしいですね……」

「(……がんばれ、おねえちゃん……)」

 心で念じながら、志津子は隣に座っている敦の腕を握っていた。

「……綺麗に回ってますよ。 さあ、縦のターン……ループに入ります……」

 右旋回した「ミクシ」は、スタートパイロンをスタート時とは逆に通過して機首を上げた。

「……上手くGをコントロールしてますよ。 良いですね……」

 画面の右下に表示されているGの値は、10Gを示している。

「(……おねえちゃん、くるしそう……)」

 コックピットカメラでは、表情はヘルメットのバイザーに隠されて見えないが、サクラが全身に力を入れているのは志津子に分かった。

「……今回から、ループが傾くとペナルティがあるのですが……どうですか? 傾いていませんよね……」

「……傾いてないですね。 先回のアブダビラウンドで、サクラ選手は上手く捩じって飛んだのですが……さすがに今回は、そんな冒険はしてないですね……」

「……ループの頂点を通過して……さあ、降下しながらのロールです……」

「……ん~……大丈夫でしょうか? 降下角が緩いように思えますが……」

「……どうでしょう? サクラ選手、上手くチェックのパイロンを通れますか?……」




 ===================




「(……くそ! くそ!……少しぐらい苦しいからって……)」

 スティックを左に倒しながら、サクラは唇を噛んでいた。

 そう……さっきのループが苦しくて、ついスティックを速く戻してしまったのだ。

 そのため「ミクシ」は、このままでは次のパイロンを通過するのに高度が高くなりそうだった。

「(……仕方がない。 一旦押して高度を落とすしかない……)」

 サクラは、ロールが終わって降下姿勢になった所でスティックを少し押した。

 「ミクシ」は、先ほどより機首を下げた。

 海面が近づく。

「……くっ!……」

 直ぐにスティックを引く。

「(……くぅぅぅぅ……)」

 機首を下げた事により速度が上がってしまい、引き起こすのに大きなGが掛かってしまう。

「(……上手くいった!……)」

 それでも「ミクシ」は、2本のポールの間を水平に通り抜けることが出来た。




 ===================




「……やや上下しましたが、サクラ選手上手く通過しました……」

「……そうですね。 ちょっと無理な操作でしたが、なんとかなったようです……」

 MCと解説者の会話も、少し落ち着いたものに変わっていた。

「(……ふぅ、よかった……)」

 良く分からないながらも、志津子も「ほっ」と息を吐いた。

「……サクラ選手、2回目のスラロームに入ります……っと!……」

 「ミクシ」が左旋回してスラロームのパイロンを向いたところで、ブザーの音が響いた。

「……これは、何かのペナルティですね……」

「……何でしょうか? サクラ選手は、そのままスラロームを飛んでいますが……あ!……コースから外れました……」

 「ミクシ」が、急上昇した。

「……ジャッジからの発表を待ちましょう……」

「どうしちゃったのかな? お父さん」

 志津子は、敦を見上げた。

「お父さんも分からないよ。 ただペナルティって言ってたから、何かサクラさんが違反をしたんだろうね」

 敦は、テレビを注視している。

「……今出ました。 えっと……飛行禁止範囲飛行ですか?……」

「……そうですね。 私は、そんな風には見えなかったんですが……」

「……あ、画像が出ました……」

 「ミクシ」が飛んでいるビデオが流れ始めた。

「……ああ、ここですか?……」

 スロー再生されるビデオの中、オーバーレイで表示されている禁止エリアを「ミクシ」は掠めるように飛んでいた。

「……禁止範囲に入ってますか? スレスレですが、入ってないように見えますけど……」

「……そうですね。 私も入ってないように見えますが……っと? どうやらサクラ選手陣営から抗議が入ったようです……」

「……そのようですね。 どうなるのでしょうか?……」

「こうぎ?って、なに?」

 志津子は、再び敦の顔を見た。

「ん? そうだなぁ……志津子に分かるように言えば……」

 敦は、首をひねった。

「……難しいな。 まあ、簡単に言えば……今のは間違いじゃないですか?って言うことかな」

「そうだよね。 まちがいだよね。 おねえちゃんが、しっぱいするなんてないもんね」

 志津子は、うんうん頷いた。

「……っと、サクラ選手は、一旦空港に戻るようですね……」

 画面には、高く上がった「ミクシ」の後ろ姿が映っていた。

「ああ、おねえちゃんかえっちゃうよ」

 志津子は、敦を握った手に力を込めた。

「ちょっと志津子、痛いよ……」

 敦が志津子の手を振り払おうとした時……

「……仕方がないですね。 レースに出るときは、ギリギリの燃料しか搭載しないのです。 長く待機するわけにはいかないですから……」

 解説者から、サクラが帰る訳が話された。

「お父さん、なんて言ったかわかる?」

 志津子は、首を傾げている。

「……ああ、つまりはね……「ミクシ」のガソリンが無くなるから、空港に帰るんだって」

「そうなんだね。 おかしなことじゃなかったんだ」

 志津子は、「ほっ」として敦を掴んでいた手を離した。




 ===================




『お帰り、サクラ……』

 キャノピーを開けたサクラに向かって、メイは微笑みかけた。

『……抗議は通ったよ』

『そう……それは良かったわ……』

 サクラは、ヘルメットをメイに渡した。

『……っで? 条件は?』

『もう一度飛べるよ。 全員が飛んだ後だけどね……』

 メイは、ヘルメットを脇に抱えた。

『……で、残念だけど……公式練習のタイムは無しになる。 つまり最下位だね』

『まあ、それは仕方がないわね……』

 主翼の上に立ったサクラは、差し出されたメイの手を取った。

『……ま、今日の結果は対戦相手を決めるだけだし、大した事じゃないわ』

『そうだね。 さて、これからどうする? 結構時間があるよ』

 メイは、地上に降りたサクラの肩に後ろから手を載せた。

『休むことにするわ。 何だか疲れちゃった』

 サクラは、メイの手を優しく退けると、歩き出した。





 『イロナ。 サクラはどうしてる?』

 『あらメイ。 気になる?』

 『そりゃねぇ。 インフルエンザからそんなに経ってないからね』

 『大丈夫よ。 ツェツィル謹製の薬があるから。 今頃は、しっかり夢の中のはずよ』

 『しかし……たった1回飛んだだけで疲れるなんて、サクラらしくないね』

 『そうね。 やっぱり体力は、完全には戻ってないわね』

 『後でもう1回飛べることになったけど……キャンセルした方が良いかな? 明日のために体力を温存しておくために』

 『それも一手ね。 でも……それはサクラが決める事よ。 私達は、それを尊重するからね』

 『うん。 それは勿論だ』


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