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紅い桜  作者: 道豚
132/147

インフルエンザ

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 サクラは、目の前でトレーラーに積まれる「桜吹雪」のコンテナを見ていた。

 中には勿論「ミクシ」が分解されて入っていた。

 これからカンヌに向けて運ばれるのだ。

「(……はぁ……結局、ドンピシャの設定は出来なかったなぁ……)」

 そう……土日の休み以外は毎日テスト飛行をしたのに、中々「ピッタリ」の回転数が見つからなかったのだ。

「(……下げ過ぎると失速するし……下げ足りないと効果が無いし……良い回転数が見つかったと思っても、次の日どころか数時間後にはダメになってるし……)」

「準備できたぜ、サクラちゃん……」

 森山が、歩いてきた。

「……ん? まだ悩んでるのか?」

「だって……」

 サクラは、森山を見た。

「……せっかく森山さんの装置を付けたのに……使えないなんて」

「いや……別に使えないわけじゃない。 少しは効果があっただろ?」

 そう……最終的に取り敢えず、アブダビの時に使った「-50回転」に設定したのだ。

 効果は少ないが、それでも一々サクラがピッチレバーを調整しなくても良い。

「そうだけどさぁ……それなら、最初からその回転数で飛べばいいじゃない……」

 サクラは、「ぷくっ」と頬を膨らせた。

「……面白くない」

「面白くないって……ま、今回は諦めな。 次回、東京ラウンドでは使いこなせるかもよ」

 森山は「ぽんっ」とサクラの肩を叩いて、トラックに向けて歩いて行った。




 キングシティで「ミクシ」を見送ってから1週間後、サクラはカンヌ国際空港の隅にある格納庫に居た。

 格納庫の中には「ミクシ」がジグに据えられ、主翼を取り付けるのを待っている。

「(……キングシティよりは暖かいけど……それでもチョット寒いね……)」

 3月のカンヌは、最高気温が16℃程度と東京よりは少し暖かいのだが……

「(……もう少し着てくれば良かったかな?……あ、来た来た……)」

 サクラが肩をさすっていると、森山とマールクが主翼の乗った台車を押して入ってきた。

『ん? どうした? 寒いか?』

 森山が、目を細めた。

『ん……ちょっとね。 ま、動けば暖かくなるから』

『俺は寒く感じないんだが?……』

 森山は、サクラの前に立った。

『……無礼を承知で言うが……ちょっとオデコを出してくれるか?』

『無礼、って何?』

 サクラは首を傾げながら、前に掛かる髪を持ち上げた。

『いや……サクラ様の体に触るのはな……俺たちの等級では、禁止されてるんだ……』

 森山は、右手を伸ばした。

『……触っても良いか?』

『別に良いですよ。 って……私って熱があるのかなぁ』

『それを確かめるんだよ……』

 森山は、そっとサクラの額に触れた。

『……あぁ、熱い。 こりゃ、ヤバい』

『え? ヤバいって?』

 サクラは、ポカンと森山を見た。

『かなり熱があるぜ。 マールク!……』

 森山は、振り向いた。

『……すぐにイロナを呼んでくれ』

『分かった!』

 マールクは、台車を置いて走り去った。

『あははぁ……そんな……あ……何だか目が回ってきた……』

 サクラは、その場に座り込んだ。

「……気持ち悪い」

「今、毛布を持ってきてやる。 横になってろ!」

 森山は、「ミクシ」の傍に置いてある……傷がつかないように掛けておく……毛布を取りに走った。




 息を切らして、走るように歩いてきたメイは、ホテル最上階のドアをノックした。

『ハイ、早かったわねメイ……』

 すぐにドアは開き、イロナが顔を出した。

『……ハンガリーから来るのに、世界記録かしら?』

『悪いけど、今は冗談に付き合ってられないよ。 サクラは?……』

 何時になく、メイはイロナにつっけんどんに返し、横をすり抜けた。

『……はぁ……寝てるのか』

 そう……部屋の真ん中に置かれたベッドの上に、サクラは居た。

『薬が効いて、少し前に眠ったわ……』

 ドアを閉めたイロナが、傍に来た。

『……メイが来るまで起きてようと頑張ってたみたいだけど。 流石に無理だったようね』

『そんな事で頑張らなくてもいいのに……』

 メイは、サクラの顔を覗き込んだ。

 いつもならメイを見返す、青味がかった灰色の瞳は緩やかに閉じられていて、長い睫毛が影を作っていた。

『……インフルエンザなんだよね? いったい何度位の熱があったのかな?』

『呼ばれて私が行ったときは……39度くらいだったかしら……』

 イロナは、宙を見上げた。

『……それから更に上がって……最高は40度くらいになったわね』

『それは高いな……』

 何時の間に入ってきたのか?……ツェツィルが居た。

『……ちょっと精密検査が必要だな』

『ツェツィル。 いつの間に?……』

 いきなり聞こえた声に、メイは振り返った。

『……それに精密検査って? たかがインフルエンザで?』

『たかが、なんてインフルエンザを馬鹿にしちゃいけない……』

 ツェツィルは、サクラの顔を見た。

『……それにサクラは……知ってるよな? サクラは、意識不明の重傷を負ったことが有る。 分かるか? 意識不明って事は、その時に脳がダメージを受けた、って事だ……』

 ツェツィルは、視線をサクラからメイに移した。

『……ここは慎重になるべきだ』

『ああ、その事は聞いた……』

 メイは、頷いた。

『……分かった。 それで? これからどうする?』

『設備の整った病院に運ぶ。 イロナ?』

 ツェツィルは、離れていたイロナを呼んだ。

『ハイ。 高機能救急車を呼んだわ』

 イロナは、スマホから顔を上げた。

『流石に早いな。 それでこそヴェレシュだ』

 ツェツィルは、満足げに頷いた。




「(……あれ?……知らない天井だ……)」

 「ふっ」とサクラは目を覚ました。

「(……どうしたんだっけ?……って、何か体がだるい……)」

 体を起こそうとしても、上手く動かない。

「(……はぁ……確か……メイが来るからって、待ってたんだよな……)」

 起きるのを諦め、サクラは耳を澄ました。

「(……誰も居ないのかなぁ?……って、ここはどこだ?……まさか?……)」

 サクラは、ゆっくりと右手を胸にあて、左手をしたろした。

「(……ある、こっちはない……だよね……)」

 サクラは、安どの表情を浮かべた。

「(……良かった、死んで転生なんかじゃなかった……)」

 どうやらサクラは、転生すると性別が変わると思っているようだ。

『おや? 目が覚めてたな』

 男の声が近づいてきた。

『その声は、ツェツィルね……』

 サクラは、声のする方に顔を向けた。

『……今はどうなってるのかしら?』

『サクラは、丸一日寝ていた。 さて……体温計だ。 これを咥えて……』

 ツェツィルは、細い棒状のものをサクラの口に差し込んだ。

『……サクラが寝ている間に、精密検査をしておいた。 良かったな。 特に異常は無かった』

『フェヒヒフヘンハ?』

『物を咥えたままで喋っても、何を言ってるか聞き取れないなぁ……』

 ツェツィルは、片方の口角を上げた。

『……まあ、何を言いたいのかは分かるけどな。 サクラも、インフルエンザ如きで精密検査なんてしなくてもいいのに、何て思ってるんだろ?』

『……』

 コクコクと、サクラは頷いた。

『まあ、これが普通の奴だったら、放っておくんだけどな。 それだけサクラは特別ってことだ……』

 ツェツィルは、「ふぅ」と息を吐いた。

『……お前はヴェレシュにとって、たった一人の後継者なんだ。  アルトゥール様からの命令だよ。 それに高熱が出たって事だったからな、脳に何か障害が発生してないかを調べたかったというのもある。 さて、もう体温計を取ってもいいぜ』

『そうだったのね……』

 サクラは、体温計を口から抜き取った。

『……お父様の心配は、理解できるわ。 でも……ツェツィル? 貴方は、私をモルモットかなんかと見てるわけ? なに? その「調べたかった」っていうのは』

『いやいや、そんな事はない。 そこは主治医として、患者を心配するのは当然だろ?……』

 ツェツィルは、首を振った。

『……それに、細密検査をすれば合法的にサクラの体型を計れるじゃないか……あっ!』

『ツェツィル! 出ていけ!』

 サクラは枕を……頭の下から抜き出し……投げつけた。




 カンヌから東に5キロほどの、東西5キロ、南北3キロ程の大きな湾。

 そこの真ん中を「ミクシ」は飛んでいた。

「(……ん! 調子良いじゃない……流石は、森山さんだね……)」

 サクラがインフルエンザで休んでいた間に、森山たちは「ミクシ」を組み立てておいたのだ。

 しかもメアリが、テスト飛行までしていた。

「(……私の調子は、いまいちだけど……)」

 そう……やっとインフルエンザの隔離期間が終わったのだが、サクラは体の重さが気になっていた。

「(……ダメだ……このままじゃ危ない。 帰ろう……)」

 サクラは、カンヌ空港に「ミクシ」を向けた。




「随分早かったが、どこかおかしなところでも有ったか?」

 格納庫の前でエンジンを止め、キャノピーを開けてヘルメットを取ったサクラに森山は尋ねた。

「ううん、「ミクシ」は絶好調だった。 けど……」

 サクラは、ベルトを外した。

「……私自身の調子が良くないから、帰ってきた」

「そうか……ま、病み上がりだからな。 ゆっくり調整すればいいさ」

 森山は、ヘルメットを受け取った。

「そうはいってもねぇ……レースの開幕まで、あと1週間しかないんだよね……」

 サクラは、主翼の上に足を下ろした。

「……あんまりのんびりしててもねー」

「焦ってもしょうがないさ。 事故を起こしたら、それどころじゃなくなるからな」

 森山は、サクラに向かって手を差し伸べた。

「分かってる。 十分気を付けてるわ」

 サクラは、森山の手を取って主翼から降りた。




 サクラの目の前には、大きな入り江が広がっていた。

 左手にはヨットハーバーがあり、右に視線を向けるとマンションだろうか? 十数階建ての建物が入り江を巻くように並んでいる。

 正面遠くに向こう岸があり、その後には丘が並んでいた。

『ちょっと寒いね……』

 サクラは、コートの襟を立てた。

『……意外と風があるんだ』

 水面は一面に風波が立っていて、近くの木立は梢を揺らしていた。

『そうだね。 大丈夫かい? また体調を崩すと、レースに出られなくなるよ』

 メイは、サクラの肩を抱いた。

『それは嫌だな……』

 サクラは、メイの腰に腕を回した。

『……もう明後日からレースだもんね。 やっと良くなったんだから』

『ああ、やっと始まるね。 パイロンの設置も佳境だ』

 そう……二人の見ている入り江には、そこかしこに台船が浮かべられ、その上で沢山の作業員が働いていた。

『これはサクラ様。 ご視察で御座いますか?』

 ライフベストを着てヘルメットをかぶった男が近づいた。

『……っ!……』

 メイが、サクラを後ろに下げた。

『……誰だ!』

『これは失礼いたしました!……』

 どうやらハンガリー人のようで、男は頭を下げた。

『……突然で失礼いたしました。 私はここの監督をしている者で御座います』

『あら、そう……メイ、もういいわ……』

 サクラは、メイの後ろから出た。

『……私を知ってるって事は、あなたはヴェレシュの者?』

『はい、 フランツィシュカ様に命じられて来ております』

 直立不動で男は答えた。

『お姉さまから? そう……』

 サクラは、頷いた。

『……あなたの名前は?』

『は! 名乗ることをお許しいただき有難う御座います……』

 男は、深々と頭を下げた。

『……ヨージェフと申します。 レースのコース関係のリーダーをしております』

『ヨージェフね……』

 サクラは、右手を出した。

『……ヨージェフ、貴方の働きがレースの成功に繋がってるわ。 しっかり働きなさい』

『おお……有難う御座います!』

 ヨージェフはサクラの手を握って、何度も頭を下げた。



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[一言] サクラちゃんダウン。 ツェツィル、また余計な一言を。 サクラちゃん回復するも操縦は不調。
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