キングシティ帰還と二人で旅行
ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。
{ }で括られたものは無線通信を表します。
ここはカリフォルニア州の小さな町、キングシティ。
そこにある……町の規模にしては大きな空港……のエプロンに面した小さな事務所。
『そろそろかしら?』
そこで事務をしているジェニーは、一人大きめのディスクの向こうに座っている……社長の……タッカーを見た。
『ああ……』
タッカーは、壁の時計を見た。
『……サイテーション・サクラの着陸宣言が聞こえてから8分経つな。 そろそろ此処に来るだろう。 ハーイって』
『ハーイ!……』
タッカーの言葉が終わると同時に、エプロン側のドアが開いた。
『……二人とも、久しぶりー。 元気だったー?』
『な。 言った通りだろ……』
タッカーは、ジェニーにウインクをした。
『……おかえり、サクラ。 貴女は元気そうだ』
『ええ、おかげさまで病気一つしないわ……』
サクラは、事務所を見渡した。
『……後のメンバーは? フライト中?』
『ああ、そうだ。 ベンとユウイチは、訓練で飛んでるよ。 ケンは、いつものように格納庫さ……』
タッカーは、ニンマリとした。
『……もっとも、今はきっとサクラのコンテナの前に居ると思うよ。 あの「エクストラ330LX」に興味津々だからな。 サクラが来るのを、今か今かと待ってるぜ』
そう……「ミクシ」は、一足先にキングシティに届いていたのだった。
『……ヤァ! 帰ってたね、サクラ』
「ミクシ」の組み立てをしている格納庫の入口から声が聞こえ、サクラはそっちを見た。
『ハイ! ベンは、訓練終わり?』
『ああ、そうだが? なんか素っ気なくない?……』
ベンは、ゆっくりと格納庫に入ってきた。
『……俺とサクラの関係だろ?』
『ん? 私とあなたの間に、何か関係があったっけ?……』
サクラは、首を傾げた。
『……ティーチャーとスチューデントの関係は、すでに解消したし……あっ! ストーカーする方とされる方!』
『バカバカ! あれは俺の勘違いだって認めただろう? って、半年も前の事じゃないか』
そう……去年の初夏に開催された「パインカップ」というエアロバティックの大会で、ベンはサクラの正体を突き止めようとストーカー行為をしたのだった。
『そうだっけ? んじゃ、特に関係は無いわよね。 言えば「無関係」という関係?……』
サクラは、「ミクシ」に向き直った。
『……私は、組み立てで忙しいの。 暇? なら手伝って』
『そうじゃないだろ? 友人じゃないのか? って言うか、少なくても知り合いだろ?……』
ベンは、工具を手に持った。
『……手伝うけどよ』
『あは! ありがと。 持つべきは友人ね』
サクラは、ニッコリした。
『なんだよ。 やっぱり友人なんじゃないか』
ほっとした顔で、ベンは「ミクシ」に取りついた。
『やだぁ……ベンったら、冗談を本気にしてたの?』
ぽんっ、とベンの肩を叩いて、サクラは主翼を運んできたメイの方に向かった。
サクラの乗った「アウトバック」が、白い壁にオレンジの屋根の平屋……サクラの別邸……の前に止まった。
『ありがと』
サクラは、メイの手を取って助手席から降りた。
『サクラ様、おかえりなさいませ』
可愛い門柱の内側に……例によってイロナを先頭に……メイドたちが並んでいた。
『ただいま。 もう片付けは終わった?』
サクラは、イロナに尋ねた。
イロナや他のメイド達は空港に着いた後、そのまま此処に来ていたのだ。
『ええ、終わってるわ。 ジルが留守を守ってたから……』
イロナは、一番後ろに立っているジルに目を向けた。
『……たいして時間は掛からなかったわね』
『そう……』
サクラは、ジルを見た。
『……一人だったのに、頑張ってくれていたみたいね』
『とんでもございません……』
ジルは、慌てて頭を下げた。
『……これが私の役目で御座います。 それに一人ではありませんでした』
『そうだったわね……』
サクラは、離れた所に立って頭を下げているイレムを見た。
『……イレム。 よくジルを支えてくれたわ。 褒めてあげるわね』
何も言わず、イレムは深々と頭を下げた。
夕食が終わった食堂のテーブルに、サクラは居た。
『……それで? 森山さんは、何かアイデアがあるって?』
メイも同席しているため、サクラは英語で聞いた。
『ああ。 あれから考えていたんだが……』
森山は、何枚かの紙を取り出した。
『……「ミクシ」のパワーを抑制するのは、やっぱりやめた方が良い。 せっかくのアドバンテージを捨てることになる』
『でも……』
サクラは、森山の言葉を遮った。
『……パワーを落とした方が、タイムは良かったよ』
そう……先回のレースの詳細なタイムを調べたところ、パワーを落とした時の方が……特にループで……タイムが良かったのだ。
『それは知ってる。 しかし……』
森山は、一枚の紙を差し出した。
『……これは、今度のレースで変更になる事なんだが……』
森山は、手書きされた文章の上を指さした。
『……まだ正式には発表されてないから手書きなんだ。 で、内容は……ループが傾いたらダメだ、という事だ。 つまり、この前サクラ様が飛んだように、ループを捻って向きを変えたらペナルティが掛かる』
『森山さんに「様」なんて言われると、違和感があるね……』
サクラは、森山の指す所を読んだ。
『……うん、そう書いてあるね。 という事は?』
『つまり、コース取りでタイムを縮める事が出来ないんだ。 ここはパワーで押したい』
森山は、言葉に力を込めた。
『しかしモリヤマサン。 パワーを出すと、ループが大きくなりすぎてタイムが悪くなる。 これはどうしようもないよ』
メイは、森山を見た。
『ああ、そうだ。 だが、考えてくれ。 パワーがあって困るのは、そのループだけだ……』
森山は、メイの方を見た。
『……もっと言えば、ループの最初だけだ。 だったら……そこだけパワーを落とせばいい』
『そうか! ループの手前でパワーを少し絞ればいいんだ……』
メイは、サクラを見た。
『……そして、ループを始めたら戻す。 出来そうじゃない?』
『ちょっと待って。 私、左手でもスティックを持ってるんだけど……』
サクラは、左の掌をメイに向けた。
『……ピッチレバーになんて、移せないわよ』
『あ! そうだった……』
メイは、項垂れた。
『……ダメじゃん』
『そこで、俺の出番だ……』
森山は、二人を見渡した。
『……サクラ様は、左手がスティックから離せない。 だったら……』
森山は、「ニッ」と笑った。
『……スティックにピッチレバーを移せばいい』
『具体的には?』
サクラは、首を傾げた。
『スティックで出来ることは、ただ少しピッチを増やすことで良い……』
森山は、新しい紙を取り出した。
『……だから、こんな風に……』
森山は、描かれた図面を指さした。
『……メインのピッチレバーに横から干渉する部品を作って、それをスティックに付けた小さなレバーに繋がったワイヤーで動かす。 「ミクシ」はエクスペリメンタルクラスだから、この程度の改造は問題ないと思う』
『そうね……』
サクラは、右の握りこぶしの下に左の握りこぶしを当てて、人差し指を曲げ伸ばしした。
『……出来るかも。 勿論、練習は必要だけど』
『それじゃ、これで改造を進めても良いかい?』
森山は、サクラの顔を見た。
『ええ、それで良いわ。 どれぐらい掛かる? 時間は』
サクラは、森山を見た。
『そうだな……』
森山は、「ブツブツ」言いながら指を折った。
『……1週間見てくれると助かる。 悪いが、その間は飛ばせない』
『1週間ね。 分かった、その間はシミュレーターで練習しておくわ』
サクラは、大きく頷いた。
キングシティに帰ってきて5日目……サクラは、メイと一緒に「スホイ」のコックピットに居た。
キングシティを離陸して南に向かい20分ほど……前方には太平洋が見えていて、手前の小高い山の頂上に、何か建造物が立っているのが見える。
『ねえ……』
前席に座っているサクラは、インカムでメイに話しかけた。
『……あれが「ハースト・キャッスル」かな?』
『うん……多分そうだよね。 あの先に見えてるのがハースト空港だろう』
山の麓に……海岸までは、もう少しある……小さな空港があり、滑走路が……こちらから見て……左右に伸びているのが見えた。
『うふふ……楽しみね。 どんな所だろう』
そう……二人は、久しぶりに休日を一緒に過ごすために、ここに来たのだった。
『あそこに泊まるのなんて……とてもじゃないが、大変だって事なのに……はぁ……』
メイは、溜息をインカムに吹き込んだ。
『……ヴェレシュって……どんなコネを持ってるんだろう』
『あら? 家令候補のメイが、そんなこと言って良いのかな? そんな事じゃ、クビになっちゃうよ』
サクラの声は、多分にからかいが含まれている。
『しょうがないじゃないか。 勉強を始めてから、まだ半年も経ってないんだから。 まだまだだよ』
『泣き言言わないの。 頑張れ。 ヴェレシュの中に居場所がないと、私と結婚できないよ……』
サクラは、狭いコックピットの中で振り返った。
『……それとも愛人ポジションで良い?』
『まさか……』
メイは激しく首を振った。
つられて……スティックを持つ手が揺れたせいで……「スホイ」も激しく主翼を振った。
『……僕は、絶対家令のポジションを勝ち取ってみせるよ』
『わぉ! 「スー」ちゃんまで否定してるよ……』
サクラは、慌てて構造材を掴んだ。
『……頑張ってね。 私も、今のところメイしか見てないから』
『え! 今のところ?』
メイの目が、大きくなった。
『そ! 今の所ね』
サクラは、口角を上げてウインクをした。
「スホイ」は高度を下げ、右下にハースト空港が見える。
{『CM66トラフィック N666SU RW33ライトパターン ダウンウインドレグ』}
例によってタワーの無い空港なので、サクラは位置を……誰も居なくても……無線で報告した。
(「……ん、誰もいないね……」)
レシーバーは沈黙している。
『誰も居ないようだから、着陸しよう』
同じように無線を聞いていたメイが、インカムで言ってきた。
『そだね。 んじゃ、お任せするわ』
サクラは、両手をメイに見えるように差し上げて「ひらひら」振った。
『了解』
メイは、頷いた。
『サクラ様、メイナード様。 お待ちしておりました……』
「スホイ」を小さな駐機場に置いたところに、黒服が数人現れた。
『……私が、お二人を「ハースト・キャッスル」までお送りいたします』
『あら? そういう事になってるの?……』
サクラは、首を傾げた。
『……別にキーを渡してくれれば、私達だけで行けるわよ』
『申し訳ございません。 旦那様からの命令で御座いますれば……』
黒服は、恭しく頭を下げた。
『……私に役目を全うさせて頂きたく思います』
『お父様が?……』
サクラは、メイを見た。
『……どういう事かしら』
『家令の勉強をしている僕から言えるのは……』
メイは、腕を組んで少し考え込んだ。
『……多分……「ハースト・キャッスル」は、上流階級の者でしか泊まれないんだと思う。 そんな所に自分で運転しながら行ったら……「なんだ? この庶民は!」って思われるんじゃないかな。 上流階級には、それなりの態度が必要なんだろう』
『はぁ……そんな事でねぇ……』
サクラは、溜息を吐いて黒服に向き直った。
『……分かったわ。 それじゃ、頼むわね。 あ! 「スホイ」は? 誰かが残る?』
『はい。 ここに二人残ります……』
黒服は、再び頭を下げた。
『……それでは、こちらで御座います』
『行こう、メイ。 エスコートしてね』
サクラは、メイの腕を抱えて歩き出した。