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紅い桜  作者: 道豚
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処分

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。


 ブダペストの北東30キロ程のゲデレーという町に、宮殿と呼ばれる屋敷が建っていた。

 その広大な前庭を持つオレンジの屋根のバロック様式の建物は、中世よりあまたの貴族の邸宅として使われてきたが、現在はヴェレシュ家の本宅である。




 赤いカーペットの敷かれた車寄せに一台のリムジンが入ってきた。

 すかさず車椅子がリヤドアの前に置かれ、数人の女性が傍らにかしこまった。

 助手席から黒服の男が降りると、うやうやしくリヤドアを開ける。

『……ありがとう……』

 反対側から回ったニコレットの手に掴まり、ドレスを着た吉秋サクラが車から出た。

『サクラ様、おかえりなさいませ』

 控えていた女性たちがお辞儀をした。

「(……うぉ!……本当にメイドが居る……)」

 並んだ女性たちは、皆同じロングスカートのワンピースにエプロンを付け……但しホワイトブリムではなく、シニヨンにカバーを付けた髪型をしている。

『……た、ただいま……』

 やや気圧けおされた吉秋サクラだが、微笑むと車椅子に座った。




 ニコレットに押されて車椅子が玄関に近づくと、そこにも数人畏まっていた。

『サクラお嬢様。 おかえりなさいませ』

 その中の一人、金髪をオールバックに固めた……ヴェレシュよりは若いが、それなりの年齢に見える……ブルーの瞳の男が腰を折った。

『おかえりなさいませ』

 それに合わせ、並んだメイドたち……後ろを付いてくるメイドより年上……も頭をさげる。

『……ただいま……えっと……貴方がガスパル?……』

 吉秋サクラが、オールバックの男を見上げた。

『は! さ、左様でございます。 家令を仰せつかっております、ガスパルでございます』

『……う、う、う、う……』

 ガスパルの隣で顔を伏せて立っている女性から、押し殺した嗚咽が聞こえる。

『……ど、どうしたの? えっと……あなたは?……』

 不思議に思い、吉秋サクラはその顔を覗き込んだ。

『……お、お、お嬢様……おいたわしや……』

 その、メイド服を纏った……ブラウンの髪に白い物が混ざった……女性は顔を上げてブラウンの瞳を向けた。

『……あんなに活発だったお嬢様が……く、車椅子などで……しかも、ガスパルや、私めシャロルタをお忘れになるほどの怪我をされるなんて……』

 彼女の頬は、滂沱の涙で光っている。

『……あの……何と言ったか、日本人のパイロット……死んだそうですが、今すぐ私が地獄まで追いかけて袋叩きに……』

『……ま、ま、待って!……えっと、シャロルタ? そこまで しなくて いいからね。 私は ちっとも 怒ってないから……』

 慌てて吉秋サクラは、シャロルタの手を取った。

『……そんなに 泣かないで……』

『……嗚呼、言葉まで不自由になられて……それなのに、怒らないなんて……なんてお優しい……』

『……シャロルタ いつまでお嬢様を外に居させるつもりだ?』

 イラついたように、横からガスパルが口を挟んだ。

『……も、申し訳ございません。 ニコレット、お嬢様を……』

 頷いたニコレットに押され、吉秋サクラの車椅子は玄関をくぐった。




『……お嬢様。 おくつろぎの所、申し訳ございません』

 サクラの部屋だと案内され、その広さに驚いた吉秋サクラがソファーに座っていると、ノックの後にガスパルの声がドアに外から聞こえた。

『……入って……』

『失礼します』

 吉秋サクラが言うと、ガスパルはドアを開け頭を下げた。

『……何か?』

 ソファーの側に来た所で、吉秋サクラは尋ねる。

『旦那様からの御言付けでございます』

『……お父さんから?』

 改めて何だろう? と吉秋サクラが首を傾げた。

『はい。 あの事故の起きた時の 艇長兼スキッパーは、ブラジルに 行きました。 恐らく 生きて ヨーロッパには 帰らないでしょう』

「(……お、おやっさん……怖いよ。 それって流刑?……)」

『……あ、いや……けして死んだ わけでは ございません……』

 吉秋サクラの様子を見て、ガスパルは付け足した。

『……そして乗り合わせた お友達でございますが……調べた所、サクラ様の 良い人を 誘惑しておりまして……サクラ様に 手を出したかどうかは 分かりませんが……お二人に シベリアの方の就職先を 紹介しました。 こちらも、恐らくは 帰らないかと……』

『……就職した……(……就職先……言葉通りじゃないよな……)』

『……大丈夫でございます。 お二人は結婚して、仲良く暮らすでしょう。 それなりの資金は渡しております』

『……そ、そう。 分かった……』

『……大丈夫でございますか?』

 吉秋サクラの顔色を見て、ガスパルは尋ねる。

『……だ、大丈夫……』

『それで、で御座います。 まだ処分の決まってない者が4人おります』

 ガスパルは、ファイルを差し出した。

『……4人?』

『はい。 旦那様は、その処分をサクラ様に任せる、と……』

『……私が決めるの?』

吉秋サクラはファイルを受け取り、中を開いた。

「(……船員が二人、メイドが二人……これだけじゃ分からない……)」

 英語で書かれているので吉秋サクラは辛うじて理解できるが、やはりファイルだけでは判断は付かなかった。

『……この4人に会える?』

『……そうで御座いますな。 では午後にでも呼びましょう』

『……お願い……』

 ガスパルは、礼をして出て行った。




『……ねえ、ニコレット……』

 ガスパルの居るあいだ、部屋の隅に立っていたニコレットを、吉秋サクラが呼んだ。

『何かしら?』

 ニコレットは、ソファーの前に来た。

『……これ、どうしたらいいかなぁ……』

 吉秋サクラは、今受け取ったファイルをニコレットに渡した。

『……せっかく 仮退院を 勝ち取って、模型飛行機の 世界選手権を 見に来たのに……こんな 事を させられるなんて……』

 ニコレットはファイルを開き、ゆっくりと読み始めた。

『これは あの事故の時、夫々が 如何行動したか、の報告書だわ……』

 最後まで目を通すと、ニコレットはテーブルにそれらを広げた。

『……これとこれは、船員の 行動で……これとこれが メイドね』

 ファイルには吉秋サクラが読んだ1枚目以外に、夫々の調書が綴じられていたのだ。

 その書類には写真が貼ってあり、履歴書のようだ。

『……みんな若いね……ねえ、どんな処分をすれば いいのかな? みんな 偶然 乗り合わせたんだよね。 それなのに 使用人だからって……かわいそうだよ……』

 一枚づつ取り上げ、吉秋サクラは写真を確かめた。

『……そうね。 でも、処分なしはダメよ。 調べたけど 日本は 階級が 無いのよね? でも、此処には あるの。 そしてヴェレシュ家には 並ぶ者はあれど 上の者は いないわ。 毅然として処分を下さないと……』

『……下さないと?』

 『地位が下がるわ。 と、言うか……下に見られるわね……つまり「なめられる」のよ。 日本語だとそう言うわよね』

 合ってるわよね? とニコレットが微笑んだ。

『……そうか~ 「なめられる」と 困る わけだね。 理由は 分からない けど……』

 ふぅ、と吉秋サクラはソファーに背中を預けた。

『……ん、じゃ……どんな 処分が いいかなぁ……あまり酷くないので……』

『そうねー 軽いものだと……減俸とか、謹慎とか……』

 ニコレットもソファーに腰掛けた。

『……あ! そんなもので 良いんだ。 ……お父さんの 下した 処分に 比べて、随分 軽く 感じるね……』

 いかにも「ほっ」と吉秋サクラが、息を吐いた。

『それが 狙いなのよ。 きっとこの4人は あなたに 忠誠を 誓うことになるわ』

 ふふっ、とニコレットは笑った。




 水夫セーラー服を着た男女、それぞれ二人が大きな机の前で頭を下げていた。

 机の向こう側には、スーツを着た赤毛の女性が座っている。

『……あなた方が あの事故の時 現場に 居た 船員と メイドですね……』

 彼女は青みがかった灰色の瞳を、彼らに向けた。

『……では 其方から その時 とった 行動を 言いなさい……』

『はいサクラお嬢様。 私は機関士でして、その時はエンジンルームで、機関の整備をしておりました』

 端に立った男が話し始める。

『停泊中ですので機関は止まっており、私は各部の注油作業中でした。 突然機関が始動し、走り出したと思ったら、いきなりブレーキが掛かり、船が横に振られました。 私はバランスを崩し転倒してしまい、腕をフライホイールにぶつけて打撲を負いました』

「(……よ、弱った……言葉が難しい……)」

 聞いたことの無い単語が「バンバン」出てきて、吉秋サクラは横に立っているニコレットを見た。

『ちょっと、貴方。 サクラ様は低酸素脳症のため、言語が不自由になっています。 簡単な言葉で説明しなさい。 小学生が理解出来るぐらいで』

 吉秋サクラに頷くと、ニコレットは船員に言った。

『……は、はい。 わ、私は……機関士……えっと……船を走らせるエンジンの整備士 で御座います。 あの時は 私は エンジンに油を して……油をそそいでいました。 突然 船が 動き出した事で バランスを崩し 回り出した エンジンに 腕が当たり 怪我をしてしまいました』

『……その時、貴方は、何が起きたか 理解できましたか?』

 簡単な言葉を、切れ切れに話したお陰で、吉秋サクラは彼の言っている事が理解できた。

『いえ、エンジンルームは 密室で御座います。 私には 船が 突然 走り出し、急に止まった事が 分かった 全てで御座います』

『……分かりました。 次は、貴方……』

 吉秋サクラは頷き、隣の男を指した。

『はい。 私は 甲板員……船の運航の 雑用係り で御座います。 あの時は、私は 船の舳先で ロープなどの 整理を しておりました……』

 さっきの機関士の話し方を聞いていたのだろう、甲板員は簡単な単語を並べて話し始めた。

『……舳先に おりましたので、私は 船が 横に 振られた時も 立っている事が 出来ました。 そして、お嬢様が 落ちた という メイドの声を 聞いて 川に 飛び込みました』

『……そう……貴方が 私を 助けてくれたのですね?』

『はい。 無我夢中でした』

『……礼を言うわ。 ありがとう……次は 貴方ね……』

 吉秋サクラは立つと軽く頭を下げ、座り直して船員の隣に立つ女性に顔を向けた。

『はい……私は 船の中 専属の メイドでございます。 あの時は、私は お茶の 用意で 炊事場に おりました。 大きく船が 揺れた所為で 転倒し、飛び散った 熱湯を受けて 火傷を 負いました』

『……た、大変! 大丈夫? 痕は残って無い?』

 火傷と聞いて吉秋サクラは、机の上に乗り出した。

『大丈夫で御座います。 男性のいる所では お見せできませんが、ツェツィル先生の お陰で、全く 判らなくなりました』

『……そう 良かった……次は 貴方……』

 最後も女性だった。

『はい。 私も 彼女と同じ 専属の メイドでございます。 あの時 私は サクラ様の お側に おりました。 船が 激しく 揺れた事で 私は 転倒してしまいました。 起き上がり サクラ様を 探した時 船縁ふなべりに アンナ様が居て、その向こう側に 水飛沫みずしぶきが 上がったのです。 私は サクラ様が 落ちたと 思って 大声で 船員を 呼びました……お側に 居たのに お助けできず 誠に 申し訳ございませんでした。 罰は 甘んじて 受けたく 御座います』

 彼女は深々と頭を下げ、動きを止めた。

『……そう 貴方が 声を 上げてくれたのね。 皆、顔を上げてちょうだい……』

 全員が吉秋サクラを見た。

『……私の 決めた あなた方の 処分は……全員、20%の減俸 二ヶ月……』

 にっこり、と微笑む吉秋サクラと、それを「信じられ無い」と見つめる4人の男女だった。




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