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紅い桜  作者: 道豚
128/147

アブダビラウンド(5)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 画面の中では、高速で回るエンジン音を響かせて、 青地に紅い桜の花びらの舞っている、そんな特徴的なラッピングの小型機が長いスモークを引きながら、左にバンクを取って旋回していた。

「……ミクシちゃん、もっとはやくとんで……」

 さっきまで大声で応援していた志津子は、今は祈るように画面を見つめていた。

 画面の右下に表示された飛行タイムは、段々と先に飛んだハリムのタイムに近づいている。

「さあ! サクラ選手、もうすぐゴールです!」

「これは……いい勝負になりそうですね」

「そうですね。 ハリム選手と、殆ど同じくらいのタイムになりそうです」

「後は、サクラ選手にペナルティがあるかどうか?」

「それは、一回目の縦のターン手前ですか?」

「そうです。 あれは画面越しでも傾いていた様に見えましたから」

「それは心配ですが……さあ! い……今! サクラ選手ゴールしました」

 並んだチェッカーマークのパイロンの間を飛びぬけた「ミクシ」は、急上昇を始めた。




「……さあ、タイムは?……出ました! ああ……60.832秒」

「やはりインコレクトレベルを取られてしまいましたね。 2秒のペナルティです」

「残念ながら、サクラ選手敗退です」

「惜しかったですね。 ペナルティが無ければ、サクラ選手が上回っていたのですが」

      ・

      ・

      ・

「おねえちゃん、まけちゃった……」

 解説者と実況アナウンサーとのやり取りが続く中、志津子は由香子の胸にしがみついた。

「……いっぱいおうえんしたのに」

「そうね。 残念だったわね……」

 由香子は、両手で志津子を優しく包んだ。

「……でも、きっとシーちゃんの応援はサクラさんに届いてたわよ。 それに、あんな大怪我をしても立ち直ったサクラさんだから、これ位は大丈夫よ。 次の大会では、勝つわよ」

「……うん……そうだよね。 おねえちゃん、つよいもんね」

 志津子は、胸の中から由香子を見上げた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 格納庫の前で「ミクシ」のエンジンを切ったサクラは、憤怒の表情でヘルメットを脱ぎ捨てた。

『おっと……』

 メイは、飛んできたヘルメットをキャッチした。

『……悪いのはヘルメットじゃないよ?』

『分かってるわよ!……』

 サクラは、叩きつけるようにしてベルトを外した。

『……不甲斐ない自分が悔しいの!』

『そうだね……』

 メイは、立ち上がるサクラの手を取った。

『……あれは、気が緩んでたよね』

『なによ!……』

 サクラは、コックピットから片足を出して主翼に乗せた。

『……少しは慰めてくれたって良いじゃない』

『ん? サクラは、慰めてほしいのかい?……』

 メイは、エプロンに降りたサクラの肩を抱いた。

『……残念だったね。 サクラは悪くないよ。 なに、次があるさ』

『ごめん。 やっぱり慰めはやめて。 さらに自分が惨めになる』

 サクラは「ぶるっ」っと震えてメイの胸を押した。

『そうなるでしょ。 ここは、しっかり見つめなくちゃね』

 メイは、腕をサクラの肩から外した。

『うん、分かってる。 反省会をするわ』

 サクラは、格納庫に向かって歩き出した。




『……フローリアン、ゴーーーールッ! タイムは……57.251! ナタリーに勝ちました!……』

 格納庫に置いたモニターで、アナウンサーが叫んでいた。

『……公式練習では最下位だったフローリアンが優勝! 初優勝を狙ったナタリーは、二位となりました』

『ナタリー、負けちゃったかぁ……』

 モニターを囲むように集まった中で、サクラは零した。

『……0.2秒差……もうチョットだったのになぁ』

『残念かい?』

 隣で見ていたメイが尋ねた。

『うん、少しね……』

 サクラは、モニターを見たまま答えた。

 モニターには、コックピットの中で大喜びするフローリアンが映っている。

『……そして少し安心している』

『安心? それはどうして?』

 メイは、サクラを見た。

『ん~ 安心とは、チョット違うかな?……』

 サクラは、首を傾げた。

『……ただ……女性パイロットの優勝、ってこれまで無いんだよね。 その第1号になるチャンスは残ったかな? ってね』

「おーい、サクラちゃん……」

 どこかに行っていた、森山が格納庫に入ってきた。

「……室伏さんからメッセージを貰ってきたぜ」

「え? 室伏さんから?……」

 サクラは、振り返った。

「……って言うか、森山さん何処に行ってたんです?」

「はい、これ……」

 森山は、サクラにカードを差し出した。

「……ちょっと室伏さんの所に行ってたんだ。 呼ばれたんでね」

『サクラ、森山は何を言ってる? って言うか、ここでは英語で会話するのがルールだよね』

 横からメイが口を挟んだ。

『あ、ごめんね……』

 サクラは、メイを見た。

『……森山さんは、呼ばれて室伏さんの所に行ってたんだって。 そこでカードを貰ってきた』

『ああ、そうなんだ。 で? カードには何て?』

 メイはカードを指した。

『ちょっと待って……』

 サクラは、受け取ったカードに目を落とした。

『……ナイスファイト。 結果はドンマイ。 だって』

『どういう事かな? ドンマイって何?』

 メイは、首を傾げた。

『あ、ごめん。 never mindね。 ドンマイは和製英語……えっと……英語風の日本語だった……』

 サクラは、苦笑を浮かべた。

『……意味は……多分……挑戦したんだから、結果が悪くても気にするな……かな』

『なるほど。 流石はムロフシだね……』

 メイは、うんうん頷いた。

『……サクラには、ピッタリのアドバイスだ』

『ふぅ……はいはい……さっきの態度は、謝るわ。 あれは大人げなかったわね』

 サクラは、溜息を吐いた。

『大丈夫。 サクラは、まだまだ大人じゃないから……大人げなくても、それこそnever mindさ』

 メイが、口角を上げた。

『なによ! 私は、もう子供じゃないわよ』

 サクラは、メイを睨んだ。

『お~怖い。 大人だったら、そこは軽く流そうよ』

 メイは、大げさに肩をすくめた。

『メイの、そういうとこ嫌い……』

 サクラは、頬を膨らませた。

『……婚約、解消しようかな?』

『ごめんごめん。 冗談だよ』

 メイは、サクラの肩を抱いた。

「(……はぁ……何だよ! この空気は……)」

 砂糖水が霧吹きで撒かれたような、そんな空気に、森山は呼吸困難になっていた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 志津子の見つめるテレビの中に、シルバーグレーにブルーが鮮やかな小型機が映っていた。

「……最後のパイロンを通過して、さあ! 後はゴールまで少しだ!」

「これは……どうですか? 届かないか?」

 画面右下の時計は、無情にも進んでいた。

「ハンネス選手は55.013秒でしたが……これって、今のところトップタイムなんですね」

「そうですね。 これは、相手が悪かった。 今! ゴール」

「タイムは……55.717秒……これも良いタイムでしたが」

「残念です。 室伏選手、準決勝で敗退となりました」

「あ~あ、おねえちゃんのせんせい、まけちゃった」

 画面には、コックピットの中で息を吐いた室伏が映っていた。

「速かったんだけどね。 相手の選手が速すぎたよね」

 エキスパートクラスの決勝が行われている今日も、敦が隣で一緒に見ていた。

「そうだよね。 きのうのおねえちゃんは、60びょう? くらいだったもんね」

 志津子は、「うんうん」頷いた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『室伏さんも負けちゃったかー……』

 モニターを見ながら、サクラは呟いた。

『……ハンネス、調子いいな。 優勝するんじゃない?』

『そうしたら、ムロフシは3位になるかな? しょっぱなから表彰台だね』

 横で見ていたメイが、質問とも言えない問いに答えた。

『そうなるかもね。 でも……準決勝のあと二人は、ポールとマーティンだから……どちらが勝ちあがっても強敵だよ』

 モニターには……コックピットの中のマーティンが映っている。

『そうだね。 特にポールの速さは、異次元だよね』

『……ポール、スモークオン!』

 白地に赤いストライプの……シンプルなカラーをした機体からスモークが吐き出された。




『……マーティン、ゴーーーールッ!』

 興奮した叫びが、スピーカーから吐き出された。

『……タイムは……55.336。 マーティン、ポールのタイムより0.5秒早い! 勝者はマーティンだーーーー!』

『これで決勝はハンネスとマーティンの戦いとなりました』

『奇しくもレースの再開に尽力した二人が決勝で戦う。 これは……神の与えた祝福ですかね』

『そうですね。 神は素晴らしい舞台を用意してくれました』

「(……はぁ……なんちゅう大げさなセリフなんだ。 外人ってのは、すぐに神様を出してくるな……)」

 モニターの前で、サクラは呆れ顔で溜息を洩らした。

『決勝は、ハンネスとマーティンか……』

 メイは、今日も隣でモニターを見ていた。

『……予想ではポールかな、って思ってたんだけどね』

『そうだね。 意外とポールの飛びに精彩が無かったよね……』

 サクラは、頷いた。

『……セッティングが不味かったのかな? マーティンは、気合が入ってた』

『その辺、ほんの僅かな違いなんだろうね。 それでも、全てのパイロンをミスなく飛び抜けるのは、物凄いテクニックだ。 さて、決勝までは少し時間がある。 お茶でもしようか? アンナがケーキを用意してたよ』

 メイは、サクラの手を取って歩き出した。




 一段と高くなったステージの上で、フライトスーツを着た3人の男たちがシャンパンを掛け合っていた。

 所謂シャンパンファイトだ。

「(……結局マーティンが1位だから、室伏さんは表彰台に登れなかったな……)」

 そう……決勝でマーティンがハンネスに勝ったため、ハンネスに負けた室伏は4位となったのだ。

「……負けちまったな。 悔しいが、しょうがない」

 横に立った室伏の小さな声が聞こえた。

「惜しかったですよね。 タイムで言えば3位ですから」

 そう……単純にタイムを並べると、室伏はポールより上の順位になるのだが……

「ま、そういうルールだからな。 対戦相手とのタイム差だけが勝敗を分ける。 そうしないと、フライト順によって風なんかの条件が変わって、それはそれで不公平になるからな。 それでも……」

 室伏は、チョット言い淀んだ。

「……やめておこう。 これ以上は愚痴になる」

「ナイスファイト。 結果はドンマイ。 ですね」

 ステージを見たまま、サクラは言った。

「そうだ。 そう思ってないと、心が折れる……」

 室伏もステージを見つめていた。

「……なに、いずれは、あそこに立てるさ。 それぐらい能天気でいい」

「あは……能天気ですね。 ふふ」

 サクラは、微笑んでいた。




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― 新着の感想 ―
[一言] レース再開&サクラのデビュー戦は室伏さん&サクラ共にほろ苦い結果に。 今年も楽しく読ませて頂きました。 良いお年をお迎えください。
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