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紅い桜  作者: 道豚
126/147

アブダビラウンド(3)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


『ついにレースが……中断されていたレースが始まりました……』

 マイクを持った男が、カメラマンを連れてエプロンを歩いていた。

『……死亡事故を切っ掛けに、およそ2年の中断を挟み……再びここアブダビからシーズンの始まりです……』

 男は、エプロンの端に立つ……青地にサクラの花びらが舞う模様の、簡易格納庫の前に来た。

『……今日から始まるレース、その公式練習の一番手にふさわしい……サクラ選手です』

『はい、サクラです。 くじ引きで決まったんですけどね、一番に飛ぶことになりました……』

 マイクとカメラを向けられ、サクラは微笑んだ。

 そう……公式には今日からレースが始まり、そしてサクラの会社によるインターネット配信も始まったのだ。

『……くじ引きですからね。 けして変な忖度は無いですよ』

『いやー サクラ選手は美しい方ですから、この順序は妥当ですよ……』

 カメラは、サクラの顔をアップにした。

『……映画スターが、宣伝のためにレース機に乗る、って言われても納得してしまいます』

『レースには、容姿は関係ないですからね。 全ては各自のテクニック、そしてチーム員の努力に掛かってますから……』

 サクラは、困ったように眉をひそめた。

『……そういう風に、俗な言い方はやめてください』

『これは失礼いたしました……』

 インタビュアーは慌てて頭を下げ、カメラもバストアップの位置まで下がった。

『……改めて、このレースに掛ける思いなどを、お願いします』

『そうですね。 中断からそのまま終わってしまうと思われた……このレースが再び始まったことを喜んでいます。 出来れば、私もいずれマスタークラスで飛びたいですね。 そのためにも、チャレンジクラスで勝利したいです』

 サクラは、真っすぐにカメラに向かって話した。

『サクラ選手、ありがとうございました。 がんばってください』

 インタビュアーは一礼をすると、カメラマンを連れて立ち去った。




{『サクラ こちらレースコントロール 離陸して待機空域に行くように』}

 格納庫の前の「ミクシ」のコックピットに収まったサクラは、無線を聞いた。

「(……よし!……)」

 サクラは気合を入れると、キャノピーの外に向かって頷いた。

 それを見て森山とマールクが、車止めを持って離れる。

{『レースコントロール こちらサクラ 離陸します』}

 既に観客が近寄れないように、誘導路に続く通路の両側にフェンスが張られている。

 サクラは、スロットルレバーを進めた。

 フェンスの外に居る観客の顔が、「ミクシ」を追って……シンクロして……動くのが面白い。

 その中に、チラホラと日の丸を振っているのが見える。

「(……こんなところにも、応援してくれる人が居るんだ……日の丸を描いといて良かった……)」

 そう……「ミクシ」は今回から、垂直尾翼に「日の丸」を描いていた。




 離陸したサクラは、待機空域で旋回していた。

 キャノピー越しに上空を見ると、別の「エクストラ330LX」が同じように旋回していた。

「(……フローリアンも来てるね……)」

 そう……なるだけ飛行条件が同じになるように、チャレンジクラスに出る者は固まって……連続で公式練習を飛ぶのだ。

 サクラが待機空域を離脱するのに合わせてフローリアンが高度を下げ、次の選手がその上にやって来るだろう。

{『サクラ こちらレースコントロール レースコースクリア スタートしろ』}

 全ての準備が出来たのだろう……

{『レースコントロール サクラ スタートします』}

 サクラは、コースに向けて降下を始めた。




 加速しないようにスロットルを調整しながら、サクラは「ミクシ」をコースのある入り江に向かわせた。

「(……高度300フィート……180ノット……このまま……)」

 入り江に入る手前にハーバーのある小さな島がある。

 そのため、高度はレースでの30メートル以下にする訳にはいかない。

 入り江に入ってから高度を下げると、その位置エネルギー分だけ速度が早くなる。

 その分を見越して、サクラは少し遅めに侵入していた。




「(……もう少し……)」

 小島を超えて高度を下げながら、サクラは右にスタートパイロンを見ながらタイミングを計っていた。

「(……この辺で良いかな……)」

 サクラは、スティックを右に倒した。

 「ミクシ」は滑らかに右旋回を始めた。

「(……よし……)」

 ほぼ90度回った所で、サクラは旋回をやめた。

 正面にスタートパイロンが見えている。

「(……高度……よし……速度……200、よし……)」

 パイロンは通過すべき高さにだけ色が付いているので、それを参考に高度を合わせればいい。

 速度は、計器盤につけたデジタル表示を見て合わせる。

 もうスタートパイロンは目の前だ。

{『サクラ スモークを出せ』}

 コントロールから指示が来た。

 見栄えを良くするためのスモークだが、しかし……もし出さずにコースを飛んだら、大きなペナルティを受けてしまう。

{『スモークオン』}

 サクラは、スロットルレバーの近くに森山がつけたスイッチを入れた。

 「ミクシ」の機首下側にある排気管から真っ白な煙が吐き出され、後に伸びていった。




 二本並んだスタートパイロンの左側に、スラロームをする赤いパイロンが見えていた。

 そのパイロンたちは……昨日は小動こゆるぎもせずに真っすぐ立っていたのに……今は、ゆっくりと左右に揺れていた。

「(……揺れてるよ。 風が吹いてる……)」

 そう……今日は風が強く、その風がパイロンを揺らしていたのだ。

 しかも周りに立っている高層ビルの所為で、風の強さが一定でなかった。

「(……上手く通ってくれよ……)」

 斜めに通過することにしているので……それでなくても狭いパイロンの間が、パイロンが揺れているため更に狭くなっていた。




「(……くっ! 来るな!……)」

 スタートパイロンを通過しようとするとき、左側のパイロンが風に吹かれて近寄ってきた。

 しかしサクラにはどうしようもない。

「(……やっちゃったかな?……)」

 もしかしたらヒットしたかもしれない、が……

「(……切り替えて行く……)」

 過ぎたことを考えても仕方がない。

 サクラは、スロットルレバーを前に倒し、左手を右手で持つスティックの下側に添えた。

 直ぐ左前に赤いパイロンが見える。

「(……くっ!……)」

 サクラは、スティックを左に倒し、同時に左ラダーペダルを蹴った。

 それも0.2秒少々……

「(……くっ!……」

 サクラはスティックを戻し、右のラダーペダルを踏んだ。

 「ミクシ」は、主翼を垂直に立てて飛び始めた。

 さっきの赤いパイロンは、今は頭上に見える。

「(……くっ……)」

 サクラはスティックを引いた。

「(……ぐぅ……)」

 途端に立ち上がるG ……

 しかしそれも一瞬……

「(……くっ!……)」

 サクラはスティックを右に倒した。

 「ミクシ」は右にロールをする。

 時間にして0.5秒足らず……

「(……くっ!……)」

 サクラはスティックを戻し、ラダーペダルを右から左に踏み替えた。

 スティックを引く。

「(……ぐぅ……)」

 再びGがサクラを襲い、二つ目のパイロンが頭上を通り、三つ目のパイロンがエンジンカウルの下に消える。

「……くっ!……」

 無意識のうちに漏らした気合の声と共に、サクラは「ミクシ」を左にロールさせた。

「(……ぐぅ……)」

 これでスラロームは終わり。

 垂直ターンの手前にあるパイロンに向かうため、この旋回はさっきまでより余計に旋回をしなければならない。

「(……ぅぅぅ……そろそろ……)」

 しかも目標が無いので、感覚で旋回を止めて向かうことになる。

 もっとも、そのために昨日から練習しているのだし、イメージトレーニングもしている。

 サクラは、さっきまでとは違ってゆっくりと……比較してであり、旅客などに比べると十分早い……バンクを戻した。

「(……ん……まあまあ良い所かな……)」

 直線飛行を始めた「ミクシ」は、無難な方向を向いて飛んでいた。




 右前に二つ並んで立つ青いパイロンが見える。

「(……ここから……)」

 サクラは、背景に見えるビルを見て……フリーフライトの時に確かめた……右旋回を始めた。

「(……よし……)」

 見る見るうちにパイロンは近づき、その間がハッキリしてきた。

「……くっ!……」

 気合と共に、サクラは「ミクシ」を水平にする。

 直後、「ミクシ」はパイロンの間を通過した。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを引いた。

「(……ぐぅぅぅぅぅぅ……)」

 「ミクシ」は宙返りをはじめ、サクラはシートに押し付けられた。

「(……ぅぅぅぅ……まだ……)」

 くだんの……桜吹雪の……フライトスーツに対G効果があるとは言っても、精々体感を数G減らせるだけだ。

 しかも、なるだけ早くターンを終わらせるために、ルール上決まっている10Gギリギリを狙ってスティックを引き足していく。

 サクラは目の前が暗くなりそうなGを感じながら、それでも顔を上げて降下すべきコースを見ていた。

「(……ぅぅぅ……もうすぐ……)」

 頭上から水平線が降りてくる。

「(……ぅぅぅ……よし!……)」

 並んだパイロンがエンジンカウルに隠れた瞬間、サクラはスティックを戻しロールを始めた。




「(……ズレてる……)」

 90度程ロールしたあたりで、サクラはコースが左にズレていることに気が付いた。

「(……ヤバいよ。 ループ中に風に押されてたんだ……)」

 そう……今日は横風が強く吹いていたのだ。

 うっかりと、それを忘れていたサクラは、風に対する修正をしていなかった。

「(……間に合うか?……)」

 サクラは、スティックを左に倒したままで、少し手前に引いた。

 それにより「ミクシ」は、右に向きを変えた。

「(……斜めに入っちゃう……)」

 そう……ズレたところからパイロンを狙ったせいで、まるでスタートパイロンを通過するときのように、斜めにパイロン間を通ることになった。

「(……こいつらも揺れてるよ……)」

 並んだパイロンは、仲良く風に揺れている。

「(……高度OK……)」

 もう、十分高度は下がっている。

 サクラは、ロールを止めてスティックを引いた。

「(……くぅぅ……よし水平……)」

 短時間Gが立ち上がり、「ミクシ」は水平になった。

「(……寄ってくんな!……)」

 パイロン間を通過するとき、スタートの時とは違って右のパイロンが近づいてきた。




 正面に赤いパイロンが見えている。

「(……あいつの右側……ん?……もう向いてるよ……)」

 そのパイロンの右側を垂直旋回で通過するために、少し右に旋回しなければならなかったはずなのに、既に進行方向が右を向いていた。

「(……ラッキー!……)」

 ケガの功名か?……さっき斜めにパイロン間を通ったお陰で、旋回をする必要が無くなっていた。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを左に倒し、左のラダーペダルを踏む。

「……くっ!……」

 機体が垂直になった所でスティックを戻すと少し引き、右ラダーペダルを踏んだ。

 赤いパイロンが頭上を通る。

「……くっ!……」

 サクラは、スティックを右に倒して機体を水平にした。

 目の前に対になったパイロンが有る。

「(……よし! ドンピシャ……)」

 ここは、練習通り上手く飛べたようだ。

「……くっ!……」

 パイロン間を通過したとき、サクラはスティックを左に倒し、左のラダーペダルを踏んだ。

 「ミクシ」は、大きく左旋回を始めた。

「(……くぅぅぅぅぅぅ……)」

 さっきまでに比べたら、比較的Gは小さい。

「(……ちょい抜いて……ちょい足して……)」

 サクラは、次の……ナタリーに指摘された……追加されたパイロンを通過するために、細かく旋回半径を調整する。

「(……よし、良いところに来た……)」

 パイロンが、正面に見えた。

「(……意外と揺れてない……)」

 このパイロンは、風に揺れている様子が無かった。

 何故か?

 さっきまでと飛行方向が90度変わっているので、サクラから見て揺れが左右でなく前後になっていたのだった。

「(……今のうちに……)」

 理由を考えている暇はない。

「……くっ!……」

 サクラは、「ミクシ」を水平にした。

 直後「ミクシ」は、パイロンの間を通り抜けた。




「(……ちょい抜いて……もう少し……足して……足して……)」

 二周目に向けて、サクラはスタートパイロンに向けて細かく修正しながら「ミクシ」を誘導していた。

「(……一本しかないよ……はぁ……ヒットしてたんだなぁ……)」

 そう……その向かっているスタートパイロンは、二本立っているはずが一本しか無い。

 サクラがスタートするときに、主翼を当てて切り飛ばしていたのだった。

 軽い布で出来たパイロンは、機体が僅かでも接触すると破けてしまう。

 そうすると、空気で膨らんでいるパイロンは萎んでしまい、立っていられなくなるのだった。

「(……あいつの左を通る……)」

 悔やんでいても仕方がない。

 残った右側のパイロンを頼りに、二周目を始めなければならなかった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「……さあ、サクラ選手が二周目に入りますが……スタートパイロンは一本しか立ってません……」

 ライブで流れているネット放送が、志津子の前にあるパソコンから流れている。

 そう……学校から大急ぎで帰ってきた志津子は……時差のお陰で……サクラのフライトをライブで見ることが出来ていた。

「(……ぶつかっちゃたんだよね。 おねえちゃん、どうするんだろ……)」

 画面の中で、サクラの「ミクシ」がパイロンに近づいている。

「……レース中には、パイロンを直せませんからね。 この場合は、其処にパイロンが有る、と思って飛ぶんです……」

 放送はローカライズされていて、日本語で解説が入った。

「(……あ、そうなんだ。 おねえちゃん、がんばれ!……)」

 志津子が見ているうちに、「ミクシ」はパイロンのすぐ横をとびぬけた。

「……さあ、今残ったパイロンの左側を通って、二周目だ……」

「良いコースですよ。 一周目も上手くスラロームに侵入しましたが、今回も同じコースを飛んでいます」

「そうですね。 先ほどは、風によって近づいてきたパイロンをヒットしてしまいましたが、スラロームはスムーズに行きましたよね」

 画面の中の「ミクシ」は、翼を縦にしてパイロンのすぐ傍を通っている。

「(……あ、おねえちゃんが、うつった……)」

 腕のいいカメラマンなのだろう……コックピットがアップで写された。

 真っ赤な髪がヘルメットから零れ、胸が大きく前に張り出している。

「……さあ、縦のターンに向かいます……」

 ズームは戻され、「ミクシ」が対になったパイロンに向かっているのが映った。

「さっきは、上手く機体を捻ることで、次のパイロンに機体を向かわせましたが、あれは凄かったですね」

 どうやら解説者はサクラの失敗を、意図して飛んだものと勘違いしているようだ。

「あれは、難しいんですか?」

「ええ、あんな風に機体を捩じりながらループをするのは、大変難しい操作になりますね」

「そうなんですね……さあ、サクラ選手、エレベーターを引いてループに入った!」

 「ミクシ」は、大きく機首を上げた。

「……サクラ選手、上手くGをコントロールしています……」

 画面の下隅に表示されているGメーターは、9.5~10を指している。

「この機体は、エンジンのパワーが大きいんでしょうね。 随分と上昇してるようです……」

 そう……上を向けば速度が落ちるはず……そうすれば、更にエレベーターを引くことが出来る……つまり早くターンが出来る……それなのに「ミクシ」は速度があまり落ちないので、結果としてサクラはエレベーターを引き足すことが出来ないのだ。

「……これは、ターンに時間が掛かってしまいますね」

「ちょっと勿体ないですね。 っと……頂点を過ぎて、ロールを始めました」

「やはり、一回目と同じように捩じっています。 良いコースですよ」

 ロールしながら急降下した「ミクシ」は、並んだパイロンの間を飛びぬけた。




 画面の中では、「ミクシ」がゴールに向けて最後の左ターンをしていた。

「(……もう少し……おねえちゃん、がんばれ!……がんばれ!……)」

 応援する志津子の体感としては、長い時間……実際は数秒……

「さあ、今!……サクラ選手、ゴールしました!……」

 「ミクシ」は、一本残ったスタートパイロンの側を通過した。

「……タイムは……58、335秒です。 これが、これから飛ぶ選手の参考タイムとなります」

「いや、パイロンヒットをしてますから……2秒足されてしまいます」

 そう……パイロンヒットのペナルティは、2秒なのだ。

「あ、そうですね。 という事は、60,335ですか」

「そうなりますね。 ま、パイロンヒットが無ければ58,335ですから、それが参考にはなるでしょうね」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 サクラは、スティックを引いて「ミクシ」を上昇させた。

「(……ふぅ……終わった……)」

 左手をスロットルレバーに戻しながら、一つ息を吐く。

「(……パイロンヒットしたのは、悔しいな……)」

{『サクラ こちらレースコントロール 空港に帰りなさい』}

 さっきまで黙っていた無線が入った。

{『レースコントロール 了解 空港に向かう』}

 サクラは、機首を空港に向けた。




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