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紅い桜  作者: 道豚
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アブダビラウンド(2)

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


『さあ、始めましょう……』

 格納庫の奥を目隠しのためパーティーションで区切った中で、サクラは集まったメンバーに告げた。

 皆の前のテーブルには、レースコースの模型が置いてある。

『……タイムを縮める為のアイデアを言って。 正直、今のままじゃ勝てない』

 そう……午前中に飛んだサクラのタイムは、エキスパートクラスは勿論チャレンジクラスにおいても平凡な物だったのだ。

『……はい』

 周りを見渡し、おずおずとメイが手を挙げた。

『はい、メイ。 何かある?』

 サクラは、メイを指した。

『うん……僕は、高層ビルの上から見てたから。 だからコースを俯瞰で見られたんだ……』

 メイは、「ミクシ」の模型を持った。

『……だから、気が付いたんだけど。 サクラはスタートを、並んだパイロンを結んだ線に直角に飛んでるよね……』

 メイは、模型をスタートパイロンに向けた。

『……確かに、これならパイロンヒットの可能性は低い……』

 メイは、模型をパイロンの間に通した。

『……でもこうすると、次のスラロームに入るのに少し右に飛ばなくちゃいけなくなる……』

 メイは、模型を右旋回させた

『……これは無駄に距離を飛ぶことになるし、Gが掛かることでブレーキになる。 更にサクラが左手をスティックに持っていくのが忙しい』

『ん? 別にそれは慣れてるから、問題ないわよ。 で……それを避ける方法は? アイデアがあるの?』

 サクラは、首を傾げた。

『そこで提案なんだけど……』

 メイは、模型をスタート位置……ただし少し左……に持ってきた。

『……こういう風に、斜めにスタートパイロンを通れば右旋回しなくてもいいんじゃないかな?……』

 メイは、模型をパイロンの間に動かした。

『……ただ、狭くなるからパイロンヒットのリスクが上がるけど』

『斜めにスタートする?……』

 サクラは、胸の下で腕を組んだ。

『……盲点だったわ。 真っすぐスタートするものだって思ってた。 貸して……』

 サクラは、メイから「ミクシ」を受け取った。

『……そうだよ! こう飛べば、右旋回しなくていい……』

 サクラは、何度も模型をスタートパイロンの間に通した。

『……うん、午後のフライトで試してみるね』

『俺からも良いかな?』

 森山が、声をあげた。

『はい、森山さん。 まだ何かあります?』

 サクラは、「ミクシ」を置いて森山を見た。

『ああ、少し気になったんだが……』

 森山は、「ミクシ」を持った。

『……こう、スラロームを飛ぶときに、垂直旋回をしてるよな? 俺はビデオでしか見てないけど、そういう風に見える……』

 森山は「ミクシ」を垂直に立てて、ポールの周りを回した。

『……どう?』

『うん、垂直旋回をしてる。 けど、それが? その方が旋回が早く出来ると思うんだけど』

 サクラは、不満げに答えた。

『あ、いや……確たる自信があるわけじゃないけど……』

 森山は、サクラを見た。

『……これだとラダーを使うだろ? それって抵抗にならないか? 確か以前聞いた時には、垂直旋回じゃなくてバンクが深い旋回だって言ってたと思うんだが』

『そう言えば……え! いつの間に私って垂直旋回をするようになったんだろう?……』

 サクラは、腕を組んで首を傾げた。

『……どうなんだろう? ラダーの抵抗かぁ どれほどのものなんだろう? 何となく抵抗が有るなー、って思うけど』

『サクラ、僕が計算してみようか?』

 メイが口を挟んだ。

『出来るの?』

 サクラは、腕を解いてメイを見た。

『多分。 ヴェレシュのサーバー経由でスパコンに接続すれば……』

 メイは、天井の照明を眩しそうに見上げた。

『……数時間で』

『んじゃ、お願いできる』

 サクラは、ニッコリした。

『ん! いいよ。 すぐ始めるね』

 メイはサクラに微笑みを返すと、パーティーションの外に向かった。




『さてと……数時間かかるとすると、次のフリーフライトには間に合わないな』

 森山が、ポツリと零した。

『そうだね。 どうしようか? スタートを斜めにするってのだけを試す?』

 サクラが、それを拾った。

『なあ、サクラ……じゃなかった。 サクラ様……』

 メアリが、慌てて言い直した。

『……思ったのですが、そのラダーを使わない、って事は……バンク角をGに合わせて調整しなくちゃ行けなくなる、って事になるんじゃない』

『メアリ、無理しなくていいよ。 結局最後には口調が崩れてるから……』

 サクラは、苦笑を浮かべた。

『……でも、そうだね。 メアリの言う通りだ。 これは難しいね』

『でしょ。 だから、メイの計算結果がどうなるか分からないけど、試しておいても良いんじゃない?』

 結局メアリは、敬語をあきらめたようだ。

『そうしようか。 んじゃ、次のフライトでは……スタートを斜めにすることと、垂直旋回は止める。 これで行ってみよう』

 サクラは、頷いた。




 スタートパイロンに向かって飛ぶ「ミクシ」の右側に見えるハーバーが、少しずつ近づいてきていた。

 二本並んだスタートパイロンの間に見える赤いパイロンは……午前のフライト時には右のパイロンに重なっていたのだが……今は、左のパイロンの近くに見えていた。

「(……これ位で良いかな?……)」

 そう……先ほどからサクラは、メイの言った「斜めに侵入する」というのを試していたのだ。

 既に3回スタートを試していて、良いところが見えてきていた。

「(……やっぱり狭いなぁ……)」

 斜めに二つのパイロンの間を通ることで、「ミクシ」の主翼はパイロンギリギリを通過することになる。

「(……速度、OK……高度、OK……バンク、OK……)」

 パイロンが迫ってきて、サクラは機体が水平飛行をしていることを確認して、左手でスティックを握る右手の下を握った。

 次の瞬間……

「(……よし! 通過……)」

 「ミクシ」はスタートパイロンの間を通った。

「(……くっ!……)」

 安心している暇はない。

 スラロームの赤いパイロンが、左前にある。

 サクラは、スティックを左に倒した。

 「ミクシ」は鋭く左にバンクをする。

「(……ふっ!……どうだ!……)」

 サクラは「ミクシ」が垂直になる寸前で、スティックを戻した。

「(……くっ……)」

 すかさずサクラは、スティックを引いた。

「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 スティックを引いたことで、「ミクシ」はつり合いの取れた左旋回を始めた。

 と言っても、並の旋回ではない。

 そう……ルールギリギリを狙った10G……重力の10倍の荷重が掛かる急旋回だ。

 計算すればわかるが、10Gで旋回するにはバンク角84度……「ミクシ」のロール速度では、僅か0.215秒しか掛からない……因みに垂直までは0.225秒……での旋回になる。

 つまり、見た目では垂直旋回のようだが……今はラダーを使って機首を持ち上げる必要が無いのだ。

 1本目のパイロンはサクラの頭の上にあり、2本目のパイロンが機首の下にすっ飛んでいく。

「(……くっ!……)」

 サクラはスティックを右に倒し、一緒に右ラダーペダルを蹴った。

 「ミクシ」は、右にロールをした。

「(……ふっ!……)」

 右にバンクを取った所で、サクラはスティックを戻し、直後引いた。

「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 再び10Gの力がサクラを襲う。

「(……ぅぅ……あれ……機首が下がる……)」

 スティックは引いているのに、流れる景色が左上に向かっている。

「(……バンク深すぎ?……)」

 そう……機体が立ちすぎていて、いくらスティックを引いても機体を浮かべる十分な揚力が出ないのだった。

「(……ラダー左?……いや、間に合わない!……)」

 今「ミクシ」は、僅か15メートルの低空を飛んでいる。

 ほんの少し高度を失うだけで水面に突っ込んでしまうだろう。

「(……中止!……)」

 サクラは、スティックを左に倒して「ミクシ」を水平にした。

「(……ぐぅぅぅぅ……)」

 スティックを引いたままだったので、当然のように「ミクシ」は宙返りを始めた。

「(……ふぅ……)」

 機首が真上を向いたところで、「ほっ」とサクラはスティックを中立に戻すことが出来た。

{『サクラ! どうしたの? 大丈夫?』}

 ヘルメットの中に、焦ったメアリの声が響いた。

 高層ビルの最上階で見ていたメアリには、「ミクシ」が突然コースを外れたのが見えたのだ。

 何かトラブルがあったと考えても仕方がない。

{『大丈夫よ、メアリ。 バンクが深くなりすぎたから、大事をとって中止しただけだから……』}

 スティックを押して、機体を水平飛行に戻しながらサクラは答えた。

{『……もう一度やるわ。 スタートの感じが掴めそうだから』}

{『了解。 だけど気を付けてね』}

{『ハーイ』}

 軽く答えて、サクラは「ミクシ」を入り江の入口に向けた。




 フリーフライトの時間が終わり、再びサクラ達はパーティーションの中に集まった。

 テーブルには、変わらずコースの模型が置かれていた。

『明日は、公式練習だけど……』

 サクラは、集まった皆を見渡した。

『……今日の結果は、どうだったかしら? 皆の意見を聞かせて』

『それじゃ、俺から……』

 森山が口を開いた。

『……「ミクシ」のエンジンは「ばっちり」だ。 この程度の気温じゃ、冷却も問題ない。 推定、325馬力くらい出てる』

『ありがとう、森山さん。 それは、私も感じたわ……』

 サクラは、頷いた。

『……マールクは? 機体の方はどうかしら?』

『はい、サクラ様。 機体の方も、各部万全でございます』

 マールクは、サクラに向かって頭を下げた。

『そう……その調子を最後まで維持してね……』

 サクラは、視線をマールクから外しメイに向けた。

『……さて、メイは?』

『うん……先ずは、スタートを斜めにする、っていうのだけど……』

 メイは、プリントされた紙を取り出した。

『……これを見て』

『これは?』

 広げられたものを見て、サクラは首を傾げた。

 そこには、ただ表が描かれているだけだ。

『これは、スタートパイロンを通過してから、スラロームの第一パイロンを通るまでの時間を計ったものなんだ……』

 メイは、表を指さした。

『……これが午前中のフライトで、ここからが午後のフライトになっている』

『なるほどねー……確かに午後の方が、早くなってる……』

 そう……表に記された数字は、午後の方が小さくなっていた。

 しかも、後になるほどその数字は、より小さい。

『……こうして見ると、段々と慣れて行ってるのが分かる』

『そうだね。 最終的には、ここで0.2秒稼ぐことが出来そうだよ』

 メイは、頷いた。

『やったじゃない! お手柄ね、メイ』

 サクラは、満面の笑みをメイに向けた。

『ありがと。 で、次はスラロームなんだけど……』

 メイは、照れたように「ぽりぽり」と人差し指で頬を掻いた。

『……危なかったんだって? サクラ』

『え、ええと……』

 サクラは、焦ったように皆を見た。

『……』

 全員、無言でサクラを見ている。

『……もう……誰がメイに教えたのよ。 はぁ……』

 サクラは、諦めたように溜息を吐いた。

『……そうよ。 バンクが深くなっちゃって、スティックを引いても機首が下がるから、中止したの。 そんなに危なくはなかったよ』

『それは、危険な事だよね。 ビデオを確認したけど、水面との距離は5メートル程度しか無かったよ』

 メイは、咎めるような目でサクラを見た。

『引き起こせたから良いじゃない……』

 サクラは、目線をそらした。

『……練習なんだから。 それに、その後は大丈夫だったんだよ』

『結果論だね。 しかも、それを僕に隠そうとするし……』

 メイは、優しくサクラを見た。

『……分かるよね。 僕は、サクラにケガなんかしてほしくないんだ』

『ごめんなさい。 隠そうとしたことは、謝るわ。 でも……』

 サクラは、メイを正面から見た。

『……レースは続けるわよ。 それは譲れないから』

『はぁ……まあいいさ……』

 メイは、溜息を吐いた。

『……それでは、垂直旋回とバンクを付けた旋回とのタイム差、なんだけど……』

 メイは、新たにペーパーを出した。

 そこには、何か複雑な計算式と……不可思議な文字の羅列が書かれていた。

『……これが計算式と、それをスパコンで実行するためのコード……』

 メイは、それを指しながら皆を見た。

『……で、結論は……』

 メイは、それを一枚めくった。

『……こうなった』

『これだけ?……』

 サクラは、首を傾げた。

 そう……そこに書かれていたのは……

『……たった0.01秒しか変わらないの?』

『そうなった。 もっとも、これは1旋回の差だから、スラロームで6回旋回することを考えると、全体では0.06秒になる。 無視できない結果だよね』

 メイは、サクラを見た。

『そうねー……』

 サクラは、胸の下で腕を組んで森山を見た。

『……森山さんは、どう思う? 森山さんのアイデアだったんだけど』

『そうだな……』

 森山は、サクラを見た後メイに視線を向けた。

『……メイは、どう思ってるんだ? その様子じゃ、止めてほしそうだが』

『そうだね。 僕は、この程度のタイムだったら……止めた方が良いと思う』

 メイは、頷いた。

『何故? 少しでもタイムを縮めたいんだよ?』

 サクラは、首を傾げた。

『危険だからだよ。 さっきのようにバンク角が違うと、墜落する可能性がある。 特にレース本番だと、緊張のあまりオーバーコントロールするかもしれない』

 諭すようにメイは言った。

『そんなの、練習すればいいじゃない! さっきは、ブッツケ本番だったんだから』

『いつ練習するんだい? 明日は公式練習だよ……』

 メイは、声を荒げるサクラを冷静に見た。

『……エキスパートクラスと違って……チャレンジクラスは、実質明日が予選なんだよ』

 そう……チャレンジクラスには、明確な予選は予定されてない。

 しかし、それでは本選の飛行順が作れないので、明日の公式練習のタイムを元に飛行順を決めるのだ。

『……むぅ……』

 サクラは、頬を膨らせた。

『そんな顔をしても無理なものは無理だよ。 今回は時間切れ』

 メイは、微笑んだ。




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[一言] サクラの身体になった原因の事故か思い出される嫌なフラグが。
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